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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者襲来編

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202/428

打ち合い

 ナクウルとクロエ――幼馴染同士が激突する。とはいえ実力差は見なくてもわかるので、勝負という観点で見れば何程のこともない。

 おそらくクロエはナクウルがどれだけ強くなったかを見るために相手を買って出たのだろう――そう俺は思っていた。しかし、


「――やあっ!」


 ナクウルが繰り出した剣を、声と共にクロエは弾き――容赦なく、彼に斬撃を浴びせた。


「へ……?」

「やっぱり」


 こちらが驚く間にニコラは顔に手を当てる。そしてナクウルは吹き飛び――おそらく魔力によって刃を鈍らせダメージはそれほどないだろう。だが地面に激突し、そこから動かなくなった。


「まだまだねえナクウル! ずいぶんと武器の力に頼り過ぎなのよ!」


 ビシリ! と指を差して主張するクロエ。それに対しナクウルはゆっくりと起き上がり、


「ま、まだだ!」

「これ以上やっても無意味よ。どれだけやっても私には勝てないわ」


 はっきりと宣告――俺は何も言わなかったけど、全力で戦った場合こうなるのは予想できていた。


 ナクウルとしてはクロエに並び立ちたいという考えを持っているかもしれないが、どれだけここで訓練しようとも魔族と最前線で戦っているクロエの方が経験だって溜まっていく。差が開くことはあれど縮まるようなことがないのは間違いない。

 それが今、クロエとの攻防で示された――考えていると、好戦的な彼女の瞳がこちらを射抜いた。


「そっちはどう?」

「……俺が?」

「勇者として、東部の有名人と戦いたいって感情はあるのよ」


 そう語るクロエ――勝負したいという感情は当然あるのだろう。とはいえ、それは別に今じゃなくてもいいと思うんだが……そもそも、俺とこの町に来るまでに剣の腕が鈍らないよう訓練なんかはやっていた。そのタイミングで真剣勝負を提案してもよかったはずだが……今までなかった。

 どういう風の吹き回しか――訝しんでいると、クロエの表情がほんの少しだけ変わった。


 それは「今ここで戦ってくれ」という懇願に近い表情だった。同時、俺は彼女の魂胆を理解する。

 なるほど……と、心の呟きと共に、


「わかった」


 俺は承諾した。まあ彼女の剣の技量についても見たかったというのも理由としてはあったのも事実ではある。

 そして彼女の言いたいこともわかる……つまり、クロエとしてはナクウルの強さを求める行為が不安なわけだ。自分に追いつこうとしているのはいくらなんでも無茶。だからこそ、ここで俺と戦って思い知らせようというわけだ。


 クロエとどれだけ差が開いているか、という事を。


「……何かルールはあるか?」

「さすがに魔法を使ってド派手にというのはなしにしましょう。ただし魔力強化はありで」

「……わかった」


 剣を構える。こうして対峙してみると、なるほどクロエの堂に入る態度はさすがだと思った。

 戦士団は唐突な勇者同士の対決に驚き、熱視線を送っている。一方のニコラはクロエの魂胆を理解しているのか、じっと眺めるだけで言及は何もしてこない。


 さて……俺はクロエを見据える。剣を構えた姿は改めて勇壮そのものだと思う。感じられる気配というか雰囲気も完全に最高ランクの勇者であり、名乗らないと勇者だと認識されないこともある俺と比べれば相当なものだと思う。

 まあ彼女の場合はそれ以外にも強気そうな性格も滲み出ているので、それが少しばかり惜しいかと思ってみたり……と、話が逸れた。


 ともかく、真正面から打ち合う場合どういった手が有効なのか……考えている間に、クロエが仕掛けた。

 魔力強化はありということなので、どれほどのものなのか俺もまずは全力で応じる。足を前に出し、体重を乗せた状態でクロエの剣を受ける。


 甲高い金属音が周囲に響いた。俺とクロエは剣をかみ合わせ――両者共、動きが止まる。


「さすが、ね」


 感嘆の声がクロエからもたらされた。彼女はおそらくその強気な性格通り力でものを言わせるタイプのはず。それを真正面から受け切るとは――そう彼女は言いたいのかもしれない。

 俺はどう動きか思案しつつ、反撃。剣を押し返すと同時にまずは牽制目的の横薙ぎ。それをクロエは即座に弾き、反撃に出る。


 単純なやり取り……なのだが、魔力強化も相まって俺とクロエは相当な速度で剣のやり取りを行う。俺はクロエの斬撃を弾くと今度は縦に一閃。それを彼女は受け流すと同時に下段からすくい上げを放つ。

 剣筋から魔力強化は相当施しているのはわかるし、速度も相当なもの。ただ、俺ち合っていて俺の動きを探っている気配を感じ取れる。


 なるほど、猪突猛進が通用しないとわかりこちらの動向を窺いつつ攻撃しているというわけか。戦法とは裏腹に用心深い……と思ったのだが、初見の相手には彼女なりにこうやって判断して動いているのかもしれない。

 傍目から見て相当なぶつかり合いだが、俺達にとってはまだまだ様子見の段階……俺は意識的に剣の速度を上げる。打ち払った剣に対し一歩速く、反撃に転じる。


 するとクロエはそれに合わせるかのように動いてきた。やはりこちらの出方を窺っている……理解した直後、ならばと俺は魔力を全身に込めた。

 同時に足を大きく前に踏み出し、クロエの懐に潜るようにして斬撃を放つ。侵攻速度は先ほど以上。これを避けられるか否か――


 だが、こちらの動きに対しクロエは冷静だった。むしろ待っていたと言わんばかりにこちらの剣戟を打ち払い、逆に威圧でもするかのように俺と同様魔力を発した。

 その魔力は常人には生み出せない強烈なもの。魔族との戦いを経験している俺からすればなんてことのないものだが、観戦している戦士団からすると異様な気配だと思ったかもしれない。


 俺は彼女と同様冷静に、前進しながらも受け流した。それと同時に彼女の横をすり抜けるように足を出し、彼女はこちらの攻撃を読んでいたかのように防ぐ。


 立ち位置が入れ替わる。すぐさま俺は振り返り、今度は一転彼女が間合いを詰める姿を確認する。

 当然俺はそれを受けた――が、今までよりもさらに刀身の魔力量が増えていた。俺は即座に対応すると、お返しとばかりにクロエに剣を見舞う。


 彼女はそれを一時防いだ。しかし立つ続けの攻撃に後退し、距離を置いた。

 そして生じるのは、静寂。俺とクロエは視線を合わせ、次の一手を窺うような状況。


 一分にも満たない時間だったと思う。だが先ほどのやり取りから一転した静寂は恐ろしい程長く、戦士団の面々にとっては焦燥が募るくらいの長い時間だったかもしれない。

 やがて、俺はクロエの目が戦闘態勢から脱したことを感じ取る。どうやらこれで終わりらしいと判断した俺は、力を抜いた。


 クロエもまた同じように力を抜き――俺達は同時に自然体となる。


「……なるほど、東部の勇者も捨てたものではないってことね」

「甘く見ていたのか?」

「違うわ。単に戦乱に明け暮れている西部の方が経験とかも抱負なんじゃないかと考えていたんだけれど」

「東部は平和な分魔族の侵攻も多いからな。そういう所で鍛えられたのかもしれない」

「なるほど」


 クロエは剣を鞘にしまう。同時に戦士団の面々が息をついた。今の今まで緊張していたらしい。

 とりあえず、これで終了……なんとなくナクウルに視線を向けると、彼は非常に戸惑った顔をしていた。


 間違いなく、こう考えたはずだ――まったくついていけなかったと。


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