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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
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勇者の日常と仲間達

「――そなたの活躍は、私もしかと聞いておる」


 玉座の間。俺は跪き、とある人物に謁見を果たしていた。ベリウスがいた土地を領土としている国、フォシン王国の王だ。白髪混じりで、年齢相応に髭を蓄え法衣を来た王は、俺を真っ直ぐ見つめ礼を述べる。


「魔王の幹部、特にそなたが滅した仇敵ベリウスは、我々ではとても手に負える相手ではなかった。幾度勇者が討滅せんと戦ったが、ついに奴を滅することはできなかった。しかし、そなたが倒した。邪悪を打ち破ったそなたに、国を挙げて礼を示す必要がある」

「……もったいないお言葉」


 俺は緊張しながら返答した。


 周囲には俺を眺める大臣や騎士。そうそうたる面々が並んでおり、否が応でも緊張が高まる。こういった舞台は何度か経験しているのだが、一向に慣れない。


「私は、数々の幸運を経て今回の討伐を果たしたまで。ただ人々の笑顔が見れれば、十分です」


 告げると、王は俺を見据えた。


 その眼は俺が魔王腹心を討伐したことに感服しているという様子ではなかった。それはどこか、俺という存在を奇異、もしくは警戒しているような眼差し。

 まあ、今までの勇者が成し遂げられなかった大業を果たし、俺の力が証明されてしまった。王から見れば強大な力を持った勇者だ。扱いに困るのかもしれない。


 じっと視線を交わしていると、王は室内に響く声量で話す。


「我々はそなたの願いを聞き届ける責務がある。何でも言って欲しい」

「わかりました。では――」


 俺は呼吸を整え、王へ願いを告げた。






「……で、何もしてこなかったのか?」

「ああ」


 頷く俺。椅子に座り本を読んでいる俺の目の前には、茶を飲んでいるフィンの姿。鎧ではなく、地味な配色の普段着姿だ。


 王の謁見を済ませ俺は宿へ戻って来た。使用している部屋はフィンとの二人部屋で、この宿を現在の拠点としている。今は戦いも終わり休息ということで、仲間達には休暇を言い渡してあった。

 俺は帰って来た直後にフィンと同じような衣服に着替え、休みであるため本を読んでいた。そこへ外出していたフィンが戻り、先ほどのくだりが発生した。


「報酬とかもらっても、困るだけだろ?」


 俺は本からフィンに視線を移しへ告げる。すると、彼は肩をすくめた。


「金はいくらあっても良いと思うんだが」

「分不相応な物を持つと、大変だよ。それに旅をしている俺達は、金なんて下手に持たない方がいいよ。煩わしくなるだけだ」

「一応国を救った勇者なんだから、贅沢の一つも言って良かっただろうに」


 嘆息するフィンに対し、俺は小さく首を振った。


 結局何もいらないと告げて城を出た。その場にいた人達は例外なく驚愕していたので、これほど無心な勇者は初めてなのかもしれない。


「なんか、性分じゃなくてさ」

「あんだけの大物を倒したんだ。少しくらい無茶言っても罰は当たらないだろ」


 フィンは言うものの、俺はその場で何も思い浮かばなかった。その浅薄(というより、小心さと言った方が良いかもしれない。実際、なんだか申し訳なくて辞退した)には、自分もあきれているところだ。


「まあ、そうした事例も色々と、美談として広めてくれるだろうさ」

「誰が?」


 聞き返すと、フィンは笑みを浮かべた。


「誰って、仲間だよ。俺は面倒だからやらないけど」

「勝手にしてくれ」


 彼に言うと、本を閉じ机に突っ伏した。すると今度は、本当に良かったのだろうかと思い始める。結局、答えは誰にもわからない。


「またいつもの気にする癖か?」


 無言となった俺を見てフィンが話す。


「勇者なんだから、もっとどんと構えてろよ」

「……だから、性分じゃないんだよ」

「自信持っていいんだぜ? いつまでもそんな態度じゃ示しがつかない。一説じゃ、今回の戦いも奇跡とか、勇者のご加護があって犠牲者が出ずに済んだ、とか言われている。カレンなんかが駆けずり回って彼らを助けた、という功績も大きいんだろうけどさ」

「そうかな……」


 俺は困った面持ちで呟いた。


 フィンは語ってくれるが、やはり自分には合っていないように思う。奇跡とかご加護とか、ずいぶん仰々しい言葉が使われているのも違和感があった。何せ、俺の人生はそれになりに運が良いだけで、特別神のご加護があるわけではなかったからだ。

 小さい頃両親を亡くした俺は、とある家族に拾われ恩を返すために剣と魔法を学び始めた。やがて色んな場所へ冒険に出かけ、成果を上げ続けた。魔物を倒し、時には直接的な魔王の部下を倒し、数年経った今では勇者と呼ばれるようになった。


 勇者とは一種の名誉称号であり、別に資格でも何でもない。勇者の血筋であれば必ず勇者とか、専用の力を使えるというわけでもない。ただ多くの人々にそう呼ばれ称えられることが、勇者の証となる。

 本来は有名人なのだが、俺はあまり顔を表に出さないので、名を知っていても俺自体を知っている人間は極々一部だ。


「ま、魔王でも倒せば性格くらい変わるだろ?」


 フィンは冗談交じりに告げた。俺は頭の中で魔王のことを浮かべ、呟く。


「魔王……か」

「あの腹心は魔王に匹敵するほどの力だと聞いている。巷じゃお前は、魔王を倒せる人間最有力だぞ」


 俺は顔を上げフィンを眺めた。その目は俺を称えるようなものであり、いつか魔王を倒せる、という強い確信を抱いているようだった。


 そんなフィンは、俺へ手を広げ話す。


「ま、今は羽を伸ばせばいいさ。ここを拠点にして半年くらい経つが、まともに観光すらできてないだろ? 行ってきたらどうだ? カレンでも誘って」


 そう提案した時、コンコンと部屋の扉がノックされた。


「はい」


 フィンが音に応じる。扉が開くと、そこには以前の戦闘と変わらぬ純白の法衣に身を包んだ、カレンの姿があった。


「どうも、兄さん。お城から帰ってきたとのことで」

「ああ」


 俺は手を挙げて応じた。


 彼女はカレン――一つ下の、義理の妹だ。孤児になった俺を拾ってくれた両親の、実の娘。端正取れた顔立ちの掛けなしの美人で、清楚な雰囲気ながら非常に接しやすい空気を醸し出している。


「しばらくは街で休息を取るとのことでしたので、街のご案内でもしようかと。いかがですか?」


 窺うようにカレンが尋ねる。俺は視線をフィンにやると、彼は深く頷いた。行って来いという合図だろう。


「……あまり高いものは買えないよ」

「買ってやれよ。勇者だろ」


 フィンが横槍を入れる。俺が苦笑すると、カレンは口を開いた。


「美味しいケーキを売っている店があるんです。そこに行ってもいいですか?」

「ああ、もちろん」


 承諾すると立ち上がった。カレンはなんだか嬉しそうに俺を手招く。

 そこへ、廊下から靴音が聞こえた。


「あ、来たか」


 フィンが呟く。俺が首をやったとき、彼は素早く席を立ち、俺よりも速く扉に向かった。


「フィン、どうしたんだ?」

「回避だよ。お前の『日課』の」


 日課? 首を傾げると、声が聞こえてきた。


「あ、カレン。おはよう」


 カレンよりもはきはきした声音。俺からは何も見えないが、相手が手を挙げカレンに挨拶する姿が想像できた。カレンは相手の動きに反応し、小さく礼を示す。


「……おはようございます、ミリーさん」


 同時に、カレンから放たれる僅かだが刺々しい気配を察知する。


 挨拶をするカレンの相手は、仲間の一人であるミリーだ。フィンと同じく戦士系の仲間であり、俺にとっては両親が魔物に殺される前からの、幼馴染でもある。


「あ、セディ。おはよう」


 ミリーはひょっこりと顔を出し、こちらに挨拶した。


 ショートカットにした赤髪に、動きやすそうな回避型の装備。カレンとは対称的に快活、陽気な印象を与える女性だ。彼女もまた美人の部類に入るのだが、ミリーは結構押しが強い(フィンによると、性格が男性っぽい)所があるため、浮いた話どころかナンパのナの字も出てこない。


「あ、フィンもおはよう――」


 ミリーはフィンへ声を発したが、彼は挨拶もせずすれ違うように部屋を出て行った。去り際に、無言でこちらに手を振た。ミリーは眉をひそめ、俺に問い掛ける。


「フィンは、どうかした?」

「さあ」


 肩をすくめ返した。しかし、なんとなく予想が付いた。

 このパターンは確かに、フィンの『日課』という言葉が、痛いくらいにはまる代物だ。


「ああ、俺も出ようかな」


 なんだか誤魔化すように、二人へわかるくらいの声量で呟く。それはこの場を脱するための言葉だったのだが、事態を動かす決定打となってしまった。


「あ、兄さん。私もご一緒に」

「あれ? もしかしてカレンも何か約束?」


 ミリーが尋ねる。対するカレンは――おそらくカレン『も』という所に反応したのだろう。眉をひそめミリーに問う。


「ミリーさん、何かあるんですか?」

「え? うん。まあね」


 ミリーは答えながら微笑を俺に向けた。対するこちらは頭を回転させる。何か約束があったのかだろうか。しかし、思い出せない。


「どうしたの? 固まって?」


 さらに問う。その時、彼女の微笑がどこか悪戯っぽいものだと心の中で確信した。

 間違いなく、この状況を楽しんでいる。


「兄さん、ミリーさんと何か約束を?」


 今度はカレンが尋ねる。俺へ窺うような言葉遣い。しかしその癖、ミリーを警戒しているような雰囲気。


 俺はなんだか二人の様子に耐え切れず、プランも無いまま口を開く。


「あ、あのさ……」

「まさか、憶えていないなんてこと、ないよね?」


 ミリーが訊いてくる。見事に梯子を外された。


「……まあいいわ。きっとあんたのことだから、忘れたか、戦いで一種の記憶喪失になっているか、どっちかでしょ」

「酷い言い草だな」

「でも、実際忘れているじゃない」


 ミリーは不服そうに言った。俺は二の句が継げず、相手の言葉を待つしかない。


「前回の戦いの前もそうだったかな? 神官のレナさんとの約束はしっかり覚えているくせに、私の約束なんて全然覚えていないようで」

「レナさん……と、何かあったんですか?」


 カレンがどこか、険しい顔つきで尋ねてくる。俺は慌てて首を左右に振った。


「いや、何もないって。ていうか、ミリー。何でそんなこと言い出すんだよ」

「事例を紹介しようと思ってさ。他にも酒場にいたアンナちゃんとかと色々……」

「……兄さん」


 怒気を膨らませたカレンの目が視界に入る。まずい。これはすぐにミリーの口を止めないと危険だ。


「で、ミリー。約束って何だ?」

「そこで誤魔化すわけね。まあいいけど」


 彼女は肩をすくめつつも話をやめた。俺は内心ほっとしつつ、ミリーへ再度尋ねる。


「で、用件ってなんだっけ?」

「ていうか、本当に覚えてないの?」


 ミリーが確認すると、俺は押し黙った。だが、心の中ではそれらしきものがおぼろげに浮かんでいる。そしてそれは、この場で言うのは危ないような――


「約束したじゃない。戦いが終わったらデートするって」


 ――言われたのは、一番出てはいけない(気がする)単語だった。

 その言葉を受け、カレンが俺の方へ首を向け、固まる。


「ここまで言えば、セディも思い出せるでしょ?」


 ミリーに問われ、確かに思い出す。だが、それを頷いて肯定するような状況では無い。

 なぜなら目の前にいる妹が、険悪な雰囲気を放っているためだ。


「あの……兄さん?」


 カレンは疑うように声を上げる。その顔はただ純粋に問うているように見えたが、口の端が僅かに引きつっているのが、はっきりとわかった。


「……ああ、えっと」

「あの夕焼け染まる高台で勝利を願い誓った約束は、あの決戦で忘れ去られたのかな?」


 なんだか面白そうに、しかもことさら重要な事実のようにミリーは言う。

 そこでとうとうカレンが耐え切れなくなり、突如俺の腕を引っ掴んだ。


「え、おい。カレン――」

「兄さん。忘れたのであれば申し出を受けてくれますよね?」


 なんだか焦った態度に、今度はミリーが言葉を発する。


「カレンちゃん、こういうのは先に言った方が優先じゃない?」

「兄さんは覚えていないので、ノーカウントです」

「でも、セディの態度は覚えていそうだけどね」


 ミリーは言いながら俺に近づこうとするのだが、カレンが俺の腕を抱き、無理やり彼女から距離を取る。

 そこで気付く――ミリーが口の端に笑みを浮かべている。あいつめ、こうなるのを読んでわざと言ったな。


 ミリーが前へ進む度に、俺はカレンに少しずつ後退させられる。そんなやり取りを数度繰り返した後、ミリーは小さく息をつき、カレンに告げた。


「そうね。まあ仕方が無いか」


 あきらめたような言葉。だが笑みは浮かべたままだったので、嫌な予感しかしない。


「でもカレンちゃん。ここはひとまず退散しようよ。準備をする必要はあるだろうし」

「準備……?」


 カレンが聞き返すと、ミリーは頷いた。


「私の約束を覚えているかどうかはわからないけど、どちらにせよセディの体は一つなわけで……とすると、どっちかの約束を守ろうとセディは動くはずだよね? もちろん真摯なセディなら、逃げないわよね?」


 とことん追い詰める言葉を、よりにもよってこんな状況で吐いた。


 カレンは口を堅く結んで何かに耐えるように俺を見ている。一方のミリーは笑みを見せたまま俺へ視線を送っている。

 もしかするとカレンはミリーの笑みに気付いていて、それが余裕に見えているのかもしれない。だが古い付き合いの俺はわかっていた。ミリーの「さあ、この状況でどう取りまとめる?」という心の声がしかと聞こえた。


 俺はしばし二人を見て――小さく息を吐きつつ口を開いた。


「……じゃあ、出て行ってもらえないかな? ミリーの言う通り準備もあるし」


 言うと、カレンは腕を解き、渋々立ち去る。


「じゃあ、準備ができたら一階に下りてきてね」


 ミリーはそう言い残し部屋を出ていった。扉が閉まり、一人となった室内で俺は深いため息をつく。


「……日課か」


 フィンの言葉が、嫌に思い出された。

 確かにあの二人が揃うと(時には他の仲間なんかを巻き込む場合もある)ああした口論が巻き起こっている。それは魔王の腹心を倒しても、一切変わっていない。


 俺は思う。人々に勇者として称えられる中、こうした仲間との関係を続けたいと願っている。もし魔王を倒せば、関係が崩れるかもしれないから。


「何も変わらないというのは、個人的には願ったり叶ったりななんだな……」


 保守的な思考かなと考えつつも、そうなんだろうと自認する。しかし、だからといってこういう状況は望んでいない。

 俺はくるりと体の向きを反転させる。真正面には宿のテラス。窓は少し開いており、あまり気にしなかったが風が少し入っていた。


「さて、と」


 深呼吸をしてテラスの外に出た。ああした話の果てに、いつもこのような結末が待っていることは、心のどこかで知っていた。


 賑わう通りを見ながら、俺は右手をかざし、告げる。


「舞え――耐空の風」


 直後、床から足が離れ宙に浮いた。右手の中指には左手とは異なる赤い石が着けられた指輪――魔法具と呼ばれるこれが、宙に浮かせる力を与えている。


「よし、このまま街をブラブラと――」


 呟いた時、後方から勢いよく扉の開閉する音が。振り向くと、やっぱりという表情でカレンが立っていた。


「――兄さん!」

「――っと!」


 俺は反射的にテラスを脱し、空中に身を躍らせる。そのまま操作をして、石畳の道へ着地した。突然の事態に、周囲を歩いていた人達の注目を浴びる。


 けれど、それに構っている余裕は無かった。


「すぐに追ってくるだろうな……!」


 言って走り始めた所で、カレンの叫び声が聞こえてきた。もちろん、無視して全力疾走。大通りを歩く人達から奇異な視線を向けられながらも、必死に走り続けた。

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