彼らの関係
翌日、まだまだ町の人から歓待を受けるクロエ達を見つつ、俺は町の中を散策することにした。昨夜戦士団に関する情報を手に入れたわけだが、それはエーレが調べてくれないと状況判断ができないので保留。シアナはその辺についてエーレと話し合うことになったようなので、俺は単独で自分のできることをすることに。
まず町の雰囲気だが、非常に牧歌的で平穏そのものだった。この町は他国との国境からもそれなりに遠く、なおかつ兵の駐屯所などが比較的近くにあるためか、盗賊などもあまり見ないらしい。最近魔物が出現し始めた点については町の人も危惧しているようだが、それ以外はおおむね平和。
その内容だけだと、やはりクロエが何かしら恨みを抱いて勇者に……などとは考えにくかった。戦う理由などはこれ以上詳しく調べる必要はなさそうだ。
大通りに出た時、クロエとニコラの二人が歩く姿が。周囲に人はいなくなっているのは仕事を開始したからだと思うが……なんとなく気になって近寄ってみた。
「クロエ」
「ん? ああ、セディ」
手を振る彼女。
「戦士団から話は聞いたわ。魔物の討伐に協力してくれたみたいで」
「情報が早いな……ちなみに俺は何もしていないよ。ナクウルさんが全部片付けたから」
「そっか。あいつも結構腕を上げているというわけね」
憮然とした表情。何か思う所がある様子。
「あいつはまだ剣に憧れているって感じかな」
「……不服なのか?」
「そういうわけじゃないわ。けど、同じ戦士団として町の外に出た私に追いつこうと思っているんじゃないかしら」
追いつこうと……それはどういった理由なのか。
「クロエからすると、あんまり無茶しないでくれって感じか?」
「そうよ。私はたまたま腕が良くてこうして生き残れたけど、ナクウルは正直それほど腕が良いとは言えないし……なんだか、不安なのよね」
そう言うと、彼はくるりと背を向けた。
「ごめん、辛気臭くなったわ。ニコラ、私は一度家に帰るから」
「うん、わかった」
クロエは歩き去っていく。それを見送りつつ、俺は残ったニコラに言及した。
「……不満でもあるのか?」
「幼馴染であるからこそ、あまり無茶をしないで欲しいという感じでしょうか」
苦笑するニコラ。そして彼女は小声で俺に告げる。
「ここだけの話ですけど……その、ナクウルはクロエのことが好きなんですよ」
「……俺に、言ってもいいのか?」
「どうせバレバレですので、すぐにわかります」
だからといって漏らすのは……と思ったが、聞いた以上そこを気にしても仕方がないか。
「なるほど……で、ナクウルさんとしてはクロエと肩を並べ共に戦いたい、といった感じか?」
「そんなところです。表面上は取り繕っている感じですけど、きっと魔王軍幹部を倒したという情報を聞いて、彼も内心穏やかではなかったのかもしれません。で、クロエは昨日ナクウルと話をして、その辺りを危惧している。あ、ちなみにクロエは鈍感なので、ナクウルがクロエをどう考えているかはわかっていないです」
――もし彼が強くならなければと思い武器を求めていたとしたら、神魔の力を秘めた剣に出くわしたのはその辺りが関係しているのかもしれない。
可能性として高いのは彼は武器を求めただけで、偶然神魔の力を宿した武器を誰かから買わされたという感じだとは思うけど……ふむ、なんとなく構図が見えてきたな。
「ちなみにだけど、他の戦士団のメンバーは?」
「昨夜の宴で会いましたけど、全員ナクウルのような野心を持っているような雰囲気ではありませんでしたね」
となると、焦っているのはナクウル一人ということだろうか……ふむ、クロエの過去を探ってもあまり意味はないだろうから、戦士団の方にアプローチしてみるか。
「……その人々と会うことはできる?」
「構いませんが……急にどうしましたか?」
「いや、魔物が頻繁に出現するようになったんだろ? もし何かアドバイスできれば……と思って」
「そこまでして頂かなくても……」
「昨日の宴で俺もこの町に親近感が湧いたんだ。それに、昨夜飲み食いしたお礼もしていないし」
そう言及したが、彼女はなおも考え……しかし、俺の意志が固そうだと見て取ったか、小さく頷いた。
「わかりました。ご案内しますね」
「頼むよ」
というわけで、俺達は二人揃って歩き始めた。今まで彼女はクロエと共に行動していたので、こうして二人で動くのは初めてだ。
「……いくつか、訊いてもいい?」
「クロエのことですか?」
「ああ。といっても、彼女の事については色んな人から聞いたんだけど……誰に聞いても彼女の印象は同じなんだよな」
「裏表がなさすぎるんです。それがクロエの長所でもあり、短所でもあります」
短所――ニコラの苦労人としての顔が垣間見える。
「従者として、勇者クロエと共に戦うのは確かに誇らしく思いますが……やっぱり、もうちょっと揉め事は少なくしてもらいたいです」
「そこが一番の不満か」
「クロエは思ったことを口に出すことが多いですし……なおかつ正論で相手を追い込むことも多いので、結構反発されやすいんですよ」
ああ、なるほどな……いきなり核心に触れて恨みを買うようなタイプか。となれば当然ニコラも苦労しているだろう。
きっと彼女はクロエに散々注意していることだろう。けれどこういう場合クロエの返答が容易に想像できる。即ち「何でこっちが正しいのに黙らないといけないわけ?」といった感じだ。
言っていることは正論なのだが、角がひたすら立ちまくるという面倒なタイプだ……まあそれは旅をしていてなんとなく理解できていたので、予想の範囲内ではある。
そして、性格的に新たな勇者として迎え入れるのはどうなのだろうという疑問が生じる。エーレとしては良いという判断なのかもしれないが、俺としては不安しか感じないのだが――
「見えました。あの建物です」
そうこうする内にニコラがとある建物を指差した。真正面に見えるのは二階建ての大きな木造の建物。佇まいから見ると二階に住居とした酒場みたいな感じなんだが……もしかすると払下げたのかもしれない。
「あそこか……えっと、勝手に入っていいのかな?」
「ナクウルと接しているのなら、特に問題はないと思います」
なら、早速……考えた矢先、その建物から外に出る人影を発見――って、
「あ、噂をすればですね」
ナクウル当人だったため、俺は「おーい」と声を上げる。すると彼も気付いたらしく俺を見てちょっと驚き、
「……もしかして、戦士団に用事ですか?」
近づいてきて問い掛けられる。俺は即座に頷き、
「ああ。魔物が出現するって話だから、宴のお礼にアドバイスでも」
「そうですか……それは非常にありがたいですね」
嬉しそうなナクウル……本来クロエに頼んでもよさそうな状況だが、ナクウル自身ニコラが語ったような事情もあるので頼みにくいというのもあるのだろう。まあ、だからこそ俺が戦士団に接触できる口実を作ることができたのだが。
「装備とか、剣の指導とか……その辺りのことをするけど」
「本当ですか? それなら、戦士団の皆にも伝えますよ」
「……確認だけど、ナクウルは用事とかないのか? 建物の外に出たけれど」
「ちょっとした用事ですけど、後に回してもいいものなので大丈夫です。それより、勇者セディのアドバイスの方がよっぽど重要ですよ」
かなり期待されている様子……さすがに適当に喋るなんて真似はしないけれど、ちょっと緊張しそうだ。
ナクウルは「どうぞ」と戦士団の建物へ手招く。俺は一度ニコラと視線を合わせた。彼女が頷くのを見て俺は「よし」と呟き、ナクウルの後に従い建物の中へと入った。




