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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者襲来編

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彼女の本質

「……ほう」


 クロエが魔物を両断した直後、シアナが呟く。興味深そうな様子だ。


「あの魔物の型は見たことがあるのですが……あれをあっさりと叩き斬るとなると、相当な威力ですね」


 シアナがそう語る以上、どれだけのものなのかは多少なりとも伝わってくる……クロエの持つ一撃は、間違いなく魔族をも驚かせるもののようだ。


『ほう、中々やりおるな』


 ノヴォクもまた告げる。そこで次の一手を考えているのか、クロエを見据え動かない。


『なるほど、幹部が滅ぼされるわけだ……確かに、勇者としては相当なものだな』

「褒めてもらってありがとう……けど」


 そこで、俺は一つ気付いた。ノヴォクは次の手を考える僅かな間……その間に、彼女は戦いが始まる前と同様に前傾姿勢となっていた。

 まさか――考える間にクロエが動く。一気に――ノヴォクへ向かうべく彼女は跳びあがった。


「これで、王手よ!」


 空中ということは、身動きが上手く取れず場合によっては最悪の手法だが……彼女はそれを気にする風もなく、ノヴォクへと迫る。

 だがノヴォクも黙っていなかった。突如左右にいた悪魔がノヴォクを守るように阻む。


「邪魔よ!」


 跳びながら横薙ぎ。悪魔はそれを腕を交差させて防御し――見事入ったが、一撃で倒すことはできない。


『貴様の攻撃手法は、理解した』


 悪魔の反撃。空中で上手く身動きが取れない彼女は、悪魔が放った拳を剣の腹で防ぐ。

 そして落下を始める。ノヴォクは追わず、クロエもさしたる障害なく着地。即座に後退し元いた位置に戻った。


『先ほどの一撃、後ろの従者による魔法と、自身の魔力。そして何より全身を利用した、剣術としての確固たる技術……だが空中では下半身の力が使えまい。もし私に迫られたとしても、滅することは敵わなかったぞ?』

「まったく……慌てた様子くらい見せてもいいのに」


 クロエは肩をすくめると剣を構え直す。後方のニコラは不安な表情だったが……それでも信用しているのか、退却などの言葉は発しない。

 しかし、先ほどのノヴォクの言葉……全身全霊の一撃か。


「彼女は、最高の一撃を出すことを大して苦としていないのでしょう」


 シアナが言う。俺はそれに続けるように、言った。


「どれだけ修練を重ねても、練習で決めた最高な一撃を実戦で放つのは難しい……十の内、本番なら七か八出せばいい方だ……そもそも、十なんて出し続ければ体が壊れる」

「確かに……これは、彼女の才能と呼んでもいいかもしれませんね」


 シアナが言う。それに俺は心の中で同意した。

 才能と言っても、普通の人々が想像するような才能とは少し違うだろう。彼女の場合は戦闘技能が優れているというよりは、体のポテンシャルをいかんなく発揮できる……そんな感じの能力だ。


 これはもしかすると単なる努力の結晶で才能とは言えないかもしれないけど……考える間に、クロエが口を開いた。


「さて、次はどんな魔物が出てくるの?」

『……ふむ、どうやら貴様にはよほどの魔物でなければならないようだな』


 ノヴォクが語る。ふむ、ここからどう動くつもりだ?


『ならば、貴様にふさわしい魔物を呼んでやろう』

「もしかして、あの魔物を?」


 シアナが呟く。む、その言い方からすると、結構強いのか?

 問おうとした直後、唸り声が聞こえた。見ると、ノヴォクの立つ奥から新たな魔物の姿が出てくる。


 それがクロエの前に降り立つと……ニコラが僅かに呻いた。


「これは……」

『驚いただろう? これは私の配下の中でも精鋭に属する魔物だ』


 ――表現するとなると、それは黒い翼を持った堕天使。ただファールンのような人間的なものではなく、どこか彫像のような、神々しさすらまとうような雰囲気を持った魔物だった。

 体躯は鎧によって覆われているが、肩幅や背丈が人間の戦士を軽く凌駕していることから、防具の奥にある肉体は筋骨隆々のように思える。色は黒……というより全身漆黒。ただ虚無をイメージさせるような黒というよりは、やや青みがかった美しい黒だった。


 顔は、それこそ彫刻で掘られたかのように深いもので、なおかつ表情一つ変わらない無機質なもの。さらに特徴的なのは四本の腕と、それぞれ長剣を持っていること。もし色合いが白であれば、見とれていたかもしれない美術的な美しさを持っている……魔王城に存在している魔物としては、ある意味異質な存在だった。


「変な魔物ね」


 クロエはそんな評価を下した。正面から対峙すれば威圧感はかなりのはずだが、彼女は平静を保っている。


『さあて、楽しませてもらおうか』


 ノヴォクが言う。同時に魔物が野太い雄叫びを上げた。


「あの魔物は、上級の天使などが攻撃を仕掛けてきた場合を想定して作られた魔物です」


 シアナの解説が入る……ふむ、となると人間の勇者では相手にならないということか。


「セディ様であれば一撃でしょうけれど、勇者クロエはどう動くのか……」

「俺なら一撃?」

「どれだけ耐性をつけようとも、魔族が作り上げた魔物は女神の武具などには弱いですからね……そういった魔法具を駆使すれば力押しで倒せないこともないです。ただ、セディ様のように覚醒するような出力がなければ――」

「その余裕の態度、へし折らせてもらうわ」


 クロエは宣言し、果敢にも魔物へと突き進む。対する魔物も応じるべく四本の腕をかざし、剣を放った。

 魔物の斬撃は、一斉にクロエと降り注がれる――それを、彼女は魔力収束を行った剣戟で応じた。甲高い音が聞こえ、結果として――クロエが僅かに押し戻された。


「なるほど、これは強いわね」


 不敵な笑みと共に体勢を立て直そうとする彼女。だが魔物はその間に前進。続けざまに剣を放つ。

 しかも今度は四本の剣を生かした上二本、左右一本ずつという三方向からの攻撃。さすがにこれを剣で捌くのは難しく、クロエはまたも後退を余儀なくされる。


 そこへ、今度は魔物の体が淡く青く発光する。何事かと思い見守っていると、光は一瞬で消え、直後魔物の口から青白いブレスが放たれた。


「光をわざと見せて、勇者クロエが対応できるようにしたのでしょう」


 これはシアナの発言。言葉通りクロエは発光した直後から警戒し、さらに後退して避けることに成功する。


「ふむ、やはりこの魔物相手では厳しいのでしょうか」


 シアナは口元に手を当てつつ思案する。


「あの魔物にどの程度傷を負わせるかで判断してもよさそうですが……いや、ノヴォクはおそらくクロエの潜在能力を引き出させるために、あの魔物を呼び寄せたのでしょう」

「どういうことだ?」

「セディ様のように、勇者は時折思いがけない覚醒を果たします。ノヴォクは勇者クロエに対しまだ上があると判断し、強力な魔物をけしかけた、というわけです」


 まだ上――俺は勇者クロエを観察する。現在魔物と睨みあっている状況だが、さすがに攻めあぐねているのか動きを止めている。


『どうした? それで終わりか?』


 ノヴォクが問う。するとクロエは前傾姿勢となり、攻撃の構えを見せる。


『この程度倒せなくては、私に勝つことなどできんぞ?』

「わかっているわよ、そんなことは」


 鋭く返答すると、彼女は呼吸を整える。対するニコラは後方で彼女を支援すべく手をかざそうとするが、


「ニコラ、手は出さないで」


 所作を見なくとも気付いたのか、クロエは告げる。するとニコラは動きを止めた。

 どこまでも一人で戦おうとするらしい……それが良いのか悪いのか。俺は事の成り行きを注視することにして――直後、クロエが走った。


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