判断すべき事
その後、俺は玉座を離れ自室へと移動。だが廊下の位置などが改変されており、自室への道が存在していなかった。右往左往している時シアナと出会い、彼女の力によって封鎖された道を一時的に解放。無事、部屋へと辿り着いた。
「つまり、こういう生活圏を予め塞いでおくというわけか」
「はい。勇者の中には城を破壊しようとする者もいますが……さすがにいつ何時魔物が現れるかわからない場所。強固であることを確認した後は、力を温存するためか破壊活動はあきらめますね」
シアナが語る……それもそうだろう。魔王との決戦が控える以上、力はできるだけ温存しておきたいのが普通だ。
俺達はテーブルを挟んで椅子に座る。そこでシアナが腕を振ると光が生まれる。それがやがて像を成し、目の前に勇者クロエ達の姿が映った。
場所はやはり魔王城の前だったが、今は口論していない。すぐにでも行きたがっているクロエを、従者であるニコラが押し留め魔法を掛けているところだった。
「かなり長い時間、あそこで喋っていたみたいです」
「悠長だな……」
「城から魔物などが出る気配もなかったためでしょう……さて、既にこちらは準備できました。後は、侵入するのを待つだけとなります」
……勇者が魔界に到達して、それほど時間は経っていない。幹部の転移魔法を使ってここに到達したことは、エーレ達にとって予想外の出来事だったはず。だが、城側は粛々と対応し準備を整えた……エーレは玉座で俺に対し説明などをしていたわけだが、口論などをしている様子から余裕があると判断してのことだろう。本来なら、もっと早く準備できるはずだ。
「しかし、あの方々と同行ですか……」
シアナはさらに呟く。今後の予定について話したのだが、彼女は難しい顔をした。
「何か気になる事があるのか?」
「いえ、実力があるのならば見定めるのも手だと思いますが……判断が非常に難しいですね」
「難しい?」
「お姉様は、実力以外の部分はセディ様と私に判断させる、と仰っていたのですね?」
「ああ、そうだ」
「となると、私達としては彼女が信頼に足るかどうかを調べなければならないわけで……これは、大変な仕事になりそうです」
……改めて言われてみると、確かに大変そうだ。これまでは敵を倒すとか、謀略の動きを阻止するとか、内容に差異はあれど比較的問題解決の道筋がシンプルだった……もちろん辿り着くまでの厄介さはあったけれど。
だが、今回は大きく違う。何せ人を見てその人物がどうなのかというのを見定めなければならない……正直、ゴールが見えない。
ここで俺はエーレに弟子入りし、最初の仕事であったグランホークの件を思い出す。エーレ達は大いなる真実を話すべきかの判断を行うために俺やシアナを派遣し、結果として駄目だった。こういう事例もあった以上、判断するのも慎重に行わなければならないわけで……シアナの言う通り、難しそうだが――
「ただ、彼女の行動や性格を勘案すれば……他の勇者と比べて容易なのではと思いますが」
「……そうか?」
「はい。私がそう言う根拠は二つあります。一つは、勇者クロエがこの魔王城まで踏み込んできたということ……しかも従者と二人だけで」
「それが根拠?」
首を傾げると、シアナは深く頷いた。
「勇者といえど、様々な事情を抱えています……中には表向きは勇者ですが、裏で汚い仕事をしているなんてケースもありますね」
「確かに、あり得るな」
「セディ様も思い出して頂きたいのですが、グランホークの件はこのケースが当てはまります。彼は任務を全うしているようで、実は裏で色々と行動していた」
「そうだな」
「ですが、勇者クロエはそのケースに当てはまらないと推測できます」
「それはなぜ?」
「僅か二人で、無謀にもこの魔王城に踏み込んでいるためです」
その言葉で……俺もなんとなく理解できた。
「裏で色々としている人間が、従者だけを連れて魔王の城という死んでしまうような場所まで来るはずがない……そもそもそういう人間は、魔族討伐などを掲げて活動していても、実際は動かないケースがほとんどなわけです」
「なるほど。彼女の場合は迷いなく魔王城に踏み込み、なおかつ従者に制止される程……こんな無謀な行動をする人間が、裏で色々としているわけがないということか」
「そういうことです」
「ただ、これだけだと……例えば、彼女が勇者ラダンなんかと繋がっている可能性については、否定しきれないんじゃないか?」
「彼女の言動を見るに、少なくとも大いなる真実については把握していない様子。加え、装備などにはその力の形跡は見られません……接触している可能性はゼロではないにしても、彼女自身深くかかわっている可能性は低いでしょう……もちろんこれは、より彼女について調べる必要はありますけど」
そこまで言うと、シアナは話を戻した。
「さて、判断が難しくないという根拠の二つ目ですが……あそこまで直情的な性格を持っているという点ですね」
「性格?」
「裏表がない……いかにも、魔族は悪と決めつけている人ではありませんか」
「……魔族を悪と断言している以上、厄介なんじゃないのか?」
「私達は元々人間にとって敵なので、そう思うのが至極当然です。むしろ、魔族を信奉していると主張する方が私達にとっては不気味で、手を組みたくはないですね」
ああ、そうか。裏で色々としていそうだもんな。
「猪突猛進な性格上、説得は確かに難しいかもしれません……いえ、もしかすると私達の説明がきちんと理解されない可能性すら考えられます」
「それは……結構ひどい推測だと思うんだけど」
「そうですか?」
小首を傾げるシアナ。いや、その言い方だとまるで勇者クロエが馬鹿なのではないかと言っているようにも聞こえる。
「ともかく、説得はああいう人ほど難しいのは事実ですが……真っ直ぐな性格なので、事情を把握し理解してもらえば、協力的になってくれると思いますよ」
「俺みたいに、か?」
「そういうことです」
それなりにこっちも葛藤があったわけだが……ふむ、けれど勇者を相手にする以上そうしたリスクは大なり小なりあるわけで……まあともかく。裏で何かをしているという可能性が低いのは、判断材料としては良いかもしれない。
「さて、いよいよ魔王城に入るようです。どうなるかしかと見ておきましょう」
シアナが言う。その言葉通り従者ニコラの魔法を受けたクロエは、歩み始めた。
ここに至りニコラは黙って追随。ただその表情は決意が宿っている。もしクロエが危なくなったら、自分がどうにかして――と、思っているのかもしれない。
「問題は、大いなる真実に関して話をする際、従者のニコラをどうするかですね」
シアナがさらに言う。
「彼女についても話すのか、それとも勇者クロエだけにするのか……」
「説得する際、従者であるニコラの方が厄介そうだな」
率直な意見を述べると、シアナも同意らしく深く頷いた。
「だと思います……彼女についても調べなければなりませんね」
「そうだな……ちなみに、ニコラの方があくどいことをしているという可能性は?」
「ゼロではないと思いますが、だとしたら支援魔法などをメインに使うニコラは、クロエを利用しているという形となるでしょう。そうであれば魔王城に入ることを是が非でも止めると思いますし……」
「わかった」
俺はそう応じ、二人を注視。
二人は門前へと歩んでいたのだが、それが突如開く。途端クロエは剣を抜き身構える。体格に相当するような大剣を握る彼女は、勇壮の一言だった。
魔物の群れが出現するなどと思っているのか、しばし彼女達は動かない。だがそれがないと悟ると、二人は互いに視線を合わせた後、ゆっくりとした足取りで門をくぐる。さすがに魔王城ということで、クロエの方も相当警戒している。
やがて、城の入口に近づくとその扉もまた開く。誘われていると感じたか、クロエは僅かに目を細めながらも――慎重に歩み、とうとう室内へと踏み込んだ。




