開戦準備
「エーレ……本気で言っているのか?」
俺はエーレの発言に対し確認を行う。すると、
「ニコラという女性の力による成果とも言えなくもないが……ここまで来ても怖気づかない豪胆さや、その戦果には目を見張るものがある」
エーレは至極真面目に語る。
「無論、性格的に大いなる真実を聞いて素直に頷くような人物とは思えないが……少なくとも、実力的には原初の扉を開くに足る人物と言えるかもしれない」
『なら、試すというわけね?』
「ああ。魔王の城に踏み込んでくるような人物だ。期待していいかもしれない」
話が進んでいく……が、確かに実力的なものを勘案すれば、確かにエーレの言う通りかもしれない。
「よし、アミリース。ここは私に一任してもらおうじゃないか」
『ええ、わかったわ……こちらも素質ある人を探すことにするけれど』
「わかっている。というより、神々としてはこれ以上こちら側が採用することを黙ってはいないだろう?」
「……どういうことだ?」
首を傾げると、エーレは笑みを浮かべ解説。
「勇者を見出すことは本来神々の役目だ。なのにセディは結果的に魔王と共に戦っている……神魔の力の研究もこちらが主導で行う形となっていることもあり、魔王の増長を危惧しているのでは、と考えているわけだ」
『確かに大いなる真実を知る者達の中にも、懸念を呟く者はいるようね』
アミリースがエーレの言葉に同調する。
『もっとも、素質ある者が見つかればこちらに派遣するというやり方だってある……そう気にする必要はないわよ?』
「だが、私の方で一任とは考えていないだろう?」
『そうね……ま、いいわ。ともかく今回の件についてはエーレに任せるから、よろしくね』
「ああ」
光が消える。後に残されたのは、魔王城外を見せる映像だけ。
その奥では魔王城に殴り込みをかけようとするクロエを、必死でニコラが止めている光景が見える。
『離しなさいって! 怖いなら私一人でも行くから!』
『無謀だよ! どう考えても二人だけじゃ無理だって!』
膂力においてはクロエが勝っているため、彼女はニコラに押さえられていても少しずつ前に進んでいる。
『ここにきて怖気づいたの!? 私達は魔王を倒すためにここまで戦ってきたんでしょう!?』
『何の準備も無しに突っ込むなんて無茶だよ! お願いだからやめて!』
そうは言っているが、クロエは聞く耳持たないのかニコラを引きずるように進んでいく。
「……なんというか、完全に周りが見えなくなっているみたいだな」
「巨悪が目の前に存在しているため、正義感が爆発しているのだろう」
こちらの言葉にエーレはそう返答した後、頭をかいた。
「ふむ、これなら上手く試せるな」
「試す?」
「ファールン!」
「ここに」
気付けばエーレの横にファールンの姿。
「城内を第七迎撃形態に切り替えろ」
「承知致しました。ただ、勇者を迎え撃つ魔物ですが……」
「選定はリーデスにやらせろ。後は、城内にいる配下達を隔離区域に移動するよう連絡を。指揮する者は、私が選ぶ」
「了解いたしました。すぐに実行いたします」
ファールンはすぐさま行動を開始する。俺は呆然と眺めるしかなく……やがてエーレが説明を始める。
「勇者と戦う場合、万が一にも魔王という存在がやられるわけにはいかないため、勇者の能力や戦力などを勘案し、迎撃の手法を変えるようにしている」
「さっき第七って言ったけど」
「魔王城の中を魔法によって作り変える。迎撃形態は全部で十六種あり、今回使用するのは闘技場だ」
「闘技場?」
「噛み砕いて言うと……私と戦うのにふさわしいか見てやろうとか適当な口実を投げかけ、魔物を一体ずつけしかけて戦闘能力を見る」
……なるほど、戦力分析か。
「ちなみに、他には何があるんだ?」
「人数が多ければ、城内を迷路に用にする第三迎撃形態なんかもあるな……大抵はその二つで事足りるので、他のはほとんど使わない」
他の十四ある形態はどんな感じなのだろう……気にはなったが時間もないので、話を進めることにする。
「俺にできることはあるのか?」
「特にないな……自室でシアナとでも観戦でもしてもらえればいい」
「か、観戦?」
そんな言葉が出るとは思わなかったので聞き返した。
「そうだ。見ることもまた勉強だろう? 勇者に踏み込まれた際どのように対応するか……その迎撃手段をしかと見ておくといい」
「俺は、出ていく必要はないってことだよな?」
確認の問いに対し、エーレは首肯。だが、
「その後、セディには働いてもらう必要があるかもしれない」
「後?」
「その前に確認だ。セディ、また働いてもらいたいのだが、構わないか?」
「俺は別に平気だけど……何をするんだ?」
質問に、エーレはまず腕を組んだ。
「おそらくシアナも同行してもらうことになるな……」
「シアナと?」
「さすがにセディ一人ではまずいだろうからな」
それはわかるけど……沈黙していると、エーレがさらに話を進める。
「まず勇者クロエの実力を評価する……が、合格になったとしてもすぐに採用とはいかない。その人物の人柄や性格などを考慮してないからな。よって、誰かが近くにいてそれを評価する必要がある」
「あ、なんとなくわかった。それを俺に?」
「そういうことだ……とはいえ、セディ一人では限界があるだろう? だからこそシアナを同行させる」
「神魔の力についての研究はいいのか?」
「その辺りは別の者にやらせるつもりでいる……場合によっては母上に持ちかけてもいい」
「なるほど……わかった」
「シアナにはまだこの辺りのことは伝えていないため、セディから話してもらってもいいか?」
「ああ、構わないけど……それより、俺とあの勇者達とはどう接触するつもりなんだ?」
「手は既に考えてある。戦力評価を成した後、二人を眠らせるなどしてから元の世界へと戻す。そして通りがかったセディが助ける……東部の勇者であることを明かせば、多少なりとも興味を持ってくれるだろうし、旅に同行すると言っても悪い顔はしないだろう」
エーレはそこまで言うと、いまだ押し問答を続けているクロエ達に視線を向ける。
「おそらく彼女のことだ。魔王城を発見した事で、他の魔族の住処を狙い、同じようなことをするだろう。それをできれば制御して欲しい」
「制御……? 元の世界に戻って、そう行動するとは限らないんじゃないか?」
「この城を前にしてああまで白熱している以上、追い返されても闘志は消えないはずだ。となれば、彼女は再びここに来ようと考えるはず」
なるほど……俺は心の中で多少なりとも納得しつつ、エーレの言葉を聞き続ける。
「彼女達がここに来訪した転移魔法については機能を喪失させているが……あの調子だ。十中八九別の場所から再びここに来ようとするだろう」
「ああ、それはなんとなくわかる」
「今回彼女達が討伐したのは大いなる真実を知る魔族だった……が、西部は混沌としているところもあるので、できれば無用な混乱を避けるためにも魔族達を討伐されたくない。そこでセディ、頼んだ」
「わかったけど、止められる保証はないぞ?」
「その辺りはシアナも上手く利用してくれればいい……さて」
エーレが述べた直後、ファールンが玉座へとやってくる。
「準備、整いました」
「わかった……では、ノヴォクを呼んできてくれ」
「既に、ここにいますぞ」
新たに、玉座へと入ってくる魔族。見た目四十代の、ひげを生やした紳士的な黒髪の男性。現在は漆黒の鎧姿だが、執事の服とか似合いそうな、やや細身の魔族だ。
「呼ばれると思い、馳せ参じました」
「よし、役者は揃ったな……ノヴォク。行けるか?」
「なんなりと」
「では、厳命する。勇者達の前に立ちはだかり、撃退せよ」
「かしこまりました」
一礼するノヴォク……そして彼は俺へと視線を移し、
「セディ様、是非見ていてください」
「あ、ああ」
どうやら彼はこちらのことを知っている様子で……柔和な笑みを向けてきたのだった。




