敵の資料
――ラダンは、神魔の力を持つ人物達と俺達が戦うこと自体、原初の力を得られる可能性があるとして、推奨していた。
だから思う。砦には敵の情報があった……それはきっと、わざと残したのだろうと。
「ふむ、大きな勢力は合計三つだな」
資料を見ながらヴァルターは呟く。
「どれもこれも曲者揃いみたいだな……大気中の魔力を利用し不死者を生み出す霊術師や、傭兵として戦地を駆け巡る戦士団……こいつは聞いたことがあるな」
「戦士……か」
俺が呟くと、ヴァルターは苦笑した。
「といっても、最近は別の活動に切り替えているらしいけどな。評判も上々なんだが、裏があるってことなのかもしれないな」
「詳しく調べないとわからないか」
「そうだな。神魔の力についてどうしているのかは不明だが……ま、彼らの調査をすればすぐにわかるだろ。問題ない」
そう告げると彼は握っている資料をたたむ。そして嘆息しつつファールンに視線を送った。
「あれだけ派手に暴れたんだ。ここには直に国の騎士がやってくるだろう……それまでに、資料を回収しておきたいな」
「ですね……ここには知られてはまずい資料が多すぎます」
言うと、ファールンは両腕に魔力を込める。
「資料ですが、一度魔王城に――」
「いや、待った。転移先は別の場所にしてくれ」
訝しげな視線を送るファールン。すると、彼は肩をすくめた。
「魔王城の中に、敵がいないとも限らない……それは神界においても同様だ。ここは、俺が指定した場所に転移してもらえないか?」
「それは?」
「俺の別荘だよ。そこなら魔族が来ることもないし、エーレ達も資料を回収できる。別荘の場所を知る存在も少ないため、安全だろう」
「できれば、私達もこの資料は欲しいのだけれど」
アイナが言う。至極当然な要求だが、ヴァルターは首を左右に振った。
「現魔王であるエーレを通して資料を提示させてもらいたい。ひとまずここは、勇者セディの顔を立ててくれ」
「なぜ俺?」
「セディは一応魔王との関係者だからな。それに、今回の戦いはセディがいなければ勝てない可能性もあった。そういうわけで――」
「わかった」
アイナは承諾。俺としては首を傾げたくなるような理由なのだが――ま、彼女が承諾したのなら、別にいいか。
そこでファールンが魔法を発動。風系統の魔法らしく、資料が一ヶ所にまとめられていく。
「さて、できることはこれでほぼ終わったな……これからどうするか……」
そんなことを呟き始めるヴァルター……って、ちょっと待て。
「待ってくれ。どうするかって……」
「うん? ああ、セディ達のことじゃない。俺自身のことだ」
「……俺達と一緒に帰らないのか?」
「そんなことしたら俺、殺されちゃうじゃん」
殺されるようなことをしている自覚はあるのか……ま、今更って感じでもあるな。
「ほら、騙してここに連れてきたわけだからな。俺がやったのだと知れれば、地の果てでも追いかけてくるだろ」
「……だから、逃げるのか?」
「そうだ」
胸を張るヴァルター。威張るようなことではない。
「というわけで、俺はトンズラする」
「させませんよ」
ファールンが言う。魔法が終了し、手をヴァルターへとかざした。
「先代魔王様。申し訳ありませんが私と共に同行して頂きます」
「断る」
爽やかな笑顔を伴っての返答。
「悪いが、やることもあるし」
「……お一人で、勇者ラダンを追うのですね?」
「いやいや、もう顔は知られたし、よしんば顔を変えたとしても奴ほどとなれば魔力の多寡でわかるだろう。さすがにこれ以上の深追いは――」
「ならば、原初の力がある場所を探すわけですね?」
無言となるヴァルター。わかりやすい。
「さすがにあなた様単独でそれを行うのは、賛同しかねます」
「……俺が死んで悲しむ奴なんて、この世にいない。そういう存在だからこそ、無茶ができるという話だ」
「私は反対です……それに、悲しまないなんて嘘でしょう。憎たらしいと思っていても、陛下やシアナ様は……帰りを待ち望んでいるはずです」
ファールンは確信を伴った強い瞳でヴァルターに告げる……彼は勇者ラダンという首謀者と接するという無謀な行為を行っていた。神魔の力で滅ぼされる可能性は低いが存在していたのは事実。
そして面が割れた状態で調査を続行しようとする。ファールンが止めるのも無理はない。
「ともかく、一度戻ってきてください。ヴァルター様がここに潜入していた時の情報も気になりますし」
「あ、それならまとめてある」
そう述べると、彼は懐から分厚い資料を取り出し、ファールンに渡した。
「これに全部書いてある」
「え……?」
「ほら、俺は魔王城に帰れないわけだから、こうやって伝えるために資料を書いておくことにしているんだよ」
「……どうしても、戻らないと?」
「そもそも戻ったら俺は断頭台行きだろ」
断言……しかも処刑確定?
「ついでにほら、ファールンだって知っているだろ? 俺の名前が口から漏れただけでも臣下達は口に出すなと叱責し、なおかつ先代魔王を協力などと言おうものなら牢屋に入れられる有様を」
「……お前」
頭を抱える俺。どれだけのことをすれば、そんな扱いになるのか逆に気になる。
「というわけで、俺は戻らない。エーレによろしく伝えておいてくれ」
「ですが……」
「しかし、こうまで心配されるとは思わなかったぞ。魔王を辞めて、こうやって言われるのは初めてかもしれないなぁ」
呑気に呟くヴァルター……なんか悲しいこと言っているぞ。
正直、何をしたのか問いたかったのだが……それを訊くのはなんだか怖い気持ちもある。というか、質問が口をついて出ようとしたその寸前、悪寒が走った。
もし聞いたら、俺は後悔してしまうだろう……そんな予感がして、質問はやめた――って、何でこんなことで悩んでいるのだろうか。
「さて、お前らは戻るわけだが……あ、その前に街に戻って様子くらいは確認しておくか」
「確認?」
「ああ。勇者ラダンがいたという事実がある以上、ここは重要な拠点だったはずだ。まあ壊滅してすぐ目に見えた結果が現れるわけではないだろうが……念の為だ」
「この国を、魔族や神としてはどうするつもりだ?」
俺が問い掛けると、ファールンやアイナは渋い顔をする。
「……こちらが表立って介入することは、難しいと思います」
先んじて答えたのは、ファールン。
「とはいえ、大国に好きなようにされている現状は改善する必要はあるでしょう……上手く戦争を制御し、落とし所を探るといった感じでしょうか」
「ま、そうなるだろうな」
さっぱりとした口調でヴァルターが告げる。
「その辺りはエーレにでも任せておけばいいさ」
「投げやりだな」
「仕方ないだろ。まあラダンが消えたことにより、少しは状況も好転するだろうさ」
本当にそうだろうかと不安になったが……俺達がこれ以上何かをすることもできないし、後は改善することを祈るしかないか。
「というわけで、一度街まで行くとしようじゃないか」
ヴァルターがそう述べた時、遠くから馬のいななきが聞こえた。距離はまだある……が、戦闘音を聞きつけて人がやってくるのが理解できた。
「さっさと移動した方がよさそうだ」
「だな。それじゃあ俺が転移魔法を使用するから、全員固まってくれ」
さらにヴァルターが言う。それに対し残る俺達は一様に視線を彼に向け、
「……何かすると思ったのか? 少しは信用してくれよ」
そう言われても、どこまでも信用できないというのが、俺達の結論だった。




