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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者強化編

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戦士の終焉

 足を動かし横に逃れた直後、俺の目には砦の外で剣を地面へ向け振り下ろす漆黒の戦士の姿が目に入る。まさか――胸中呟いた直後剣が地面に触れ、

 漆黒が、地面を伝い砦へ。そして一直線上に、漆黒の刃が砦を縦に両断した。


「うおっ!?」


 同じようにまずいと直感し横に逃れたヴァルターが叫ぶ。ファールンやアイナも回避には成功したが、その顔には驚愕が宿っていた。

 刹那、砦を漆黒が両断する。轟音を撒き散らし、どこからか軋む音すら聞こえた。


「まったく、厄介な相手になったもんだ」


 ヴァルターは下にいるルドウを見据えつつ呟く――様子でも見ているのか、彼は自然体となり俺達を見上げている。


「さっきと魔力の濃縮具合が違いすぎるな……これはさすがに直撃はまずそうだ。とはいえ、あの速さ……セディ、追えるか?」

「反応はできると思う。魔力による身体強化を行えば、攻撃を防ぐことも――」

「なら、話は早い」


 ヴァルターは俺に対し笑みを浮かべると、ルドウを指差しながら続けた。


「俺があいつを引きつけよう」

「引きつける……?」

「あれだけ魔力を高めている以上、まともに攻撃を受けたらヤバそうだが……ま、俺なら一発くらいは大丈夫だろ」


 何を根拠に……思わず声を出そうとしたが、それをヴァルターは制する。


「まあ待て。この面子であれだけの魔力量の攻撃を受け止められるのは、神魔の力を持つセディか、俺だ。だがセディは攻撃に回ってもらわないとまずい……というわけで――」


 言い終えぬうちに、ルドウが跳んだ。俺達へ接近を試みる所作であり、


「じゃ、頼んだ」


 声と共に、ルドウが俺達の場所に到達。同時、ヴァルターが手刀を放った。

 ルドウはそれを漆黒の剣で防ぐ――腕は大丈夫なのかと一瞬焦ったが、ヴァルターは相手の剣と腕を合わせ、耐えている。


 だがその腕に相当な魔力が込められているのを俺は認識する……ルドウの神魔の力は不完全ではあるが、それに神魔の力以外で対抗するためには、相当な力が必要ということなのだろう。

 そしてヴァルターが食い止めている以上、俺やファールン達は自由に動ける……まず俺は、全身に魔力を加える。さらに感覚を鋭敏化させ、先ほどの速度に対応できるレベルまで強化を施す。


 次いでルドウを倒すべく刀身に魔力を……ここまで加えた魔力は、全て神魔の力を利用したもの。賢者の技法により俺は完全にラダンの技法を体得し、ルドウを上回る技法を確立していた。

 それをどうやらルドウも察したらしく……ヴァルターとせめぎ合う中で、俺のことを一瞥した。


「よそ見を――」


 その隙にヴァルターが仕掛ける。ルドウの意識が一時俺に向いたためなのか、ヴァルターが一気にルドウを押し込んだ。

 しかし、ルドウも反撃――しようとしたが、そこへファールンとアイナが同時に動き、魔法を発動。巨人となっていた彼に対し使用したいたものと同じ、拘束系の魔法。特にアイナは容赦なく、雁字搦めにその体を拘束した。


 そこへ、トドメとばかりに俺が斬撃を決める――縦に一閃された剣は手応えがあった。間違いなく、彼は――

 だが次の瞬間、全身が総毛立つ程の濃い魔力が俺を取り巻いた。ルドウから発せられるもの――そう認識した直後、即座に退いた。


 ヴァルター達も一度後退する。距離を置くと、ルドウを取り巻く漆黒が僅かな時間、さらに濃くなった。


『……さすが、とでも言えばいいのか』


 唐突に声がした――声の主は間違いなく、目の前に存在する漆黒。


「ほう、驚いた。意識はあるんだな」


 ヴァルターが興味深そうに告げると、相手――ルドウは、小さく肩をすくめた。


『当然だろう……しかし、今の一撃は効いたぞ。その魔力は紛れもなくラダン様のもの……その技法すら、手に入れると思わなかった』


 首をこちらに向けるルドウ。表情などは見えないが、声自体は俺に対し感嘆を含んだもの。


『ラダン様が見込んだ人物ではある……それ故に、ここで始末するのは惜しい』

「始末、か」


 ヴァルターが漆黒を見据えながら呟いた。


「お前、現状で勝てると思っているのか?」

『ああ、思っているさ』


 断言。するとヴァルターはわざとらしくため息をついた。


「お前みたいな人間や魔族は腐る程見てきたな。誰もがそう言って、実力が伴わず敗北した」

『やってみなければわからないぞ?』

「……こっちはその自信の理由はわかっているんだよ。お前、自分の命を削りながら力を行使しているな?」


 命――ヴァルターの言葉で俺は直感する。彼は、内なる魔力を無理矢理引き出し戦っているということか。


「死ぬぞ? お前」

『本望だと、語っておこう』


 冷淡に語るルドウ。死すらもいとわないということだろうか。

 何がそうさせるのか――それはヴァルターも疑問に感じたようで、口を開いた。


「お前は他の傭兵とは違い、ラダンに対し相当な忠誠を誓っている……この違いは何だ?」

『ただ、あの方に助けられた……それだけの話だ』


 端的に答えたルドウは、剣を構える。それまでの力押しとは異なる……剣術。俺達も応じるべく剣を構えた。

 ルドウは、俺達を前にして徹底抗戦の構え。取り巻く魔力は、暴虐という言葉が恐ろしく似合うものであり……名のある勇者であっても、怖気づいたかもしれない。


 だが、俺は違った。神魔の力を手にし……なおかつ、勇者ラダンという明確に倒さなければならない相手がいる。

 その考えが――ルドウの気配にも負けない意志を作り出している。


『――行くぞ』


 端的な言葉と共に、ルドウが動く。刹那、ファールンとアイナがまたも拘束魔法を使用し、ルドウの動きを封じにかかる。

 これで多少でも動きを止めてくれれば、俺の剣戟が決まるはず――けれど、そうはならなかった。発せられた拘束の光を、ルドウはものともせず仕掛ける。狙いは、ヴァルター。


「俺か」


 不敵に笑い、ヴァルターは魔力を解放し結界を構成。先ほど以上に発せられた魔力は、まさしく魔王としての力を兼ね備えており、ルドウが放った剣戟を易々と押し留めた。


「俺に勝てると思ったのか?」


 ルドウは答えない。次の瞬間、ルドウの剣がヴァルターの結界にヒビを入れ始める。


「さすが、ってところか」


 ヴァルターはそれでも余裕の表情を崩さない。そこへ、俺が近づく。

 おそらくルドウは結界を一気に叩き壊したかったはずだった。けれどそれは叶わず――ただ結界を突破すれば、ヴァルターでも危ないかもしれない。


 俺は斬撃を放つ。だがそれをルドウは剣で軽く弾くと後退しようとした。


「待てよ」


 そこに、ヴァルターが接近する。無謀とも取れるその動きに対し、ルドウは剣を薙ぎ払うようにして放った。ヴァルターはそれを多大な魔力により防ぐ。それはやはり互角と呼べるものだったが、おそらくせめぎ合っていればルドウの剣戟がヴァルターの体を貫いていたのかもしれない。


 だが彼の目的は――俺が剣を放つための時間稼ぎだった。

 追撃の一閃。それはヴァルターによって後退を止められていたルドウの体に――しかと入り込んだ。


『ぐ……』


 ダメージはある。だが、まだ倒れない。そう思った瞬間、


 突如ザアア、という砂の流れるような音が聞こえた。何事かと思った直後、ルドウが大きく後退する。

 視線を転じ、彼を注視。その体……剣が、塵と化し地面に砂のようになって落ちていた。


「どうやら、限界のようだな」


 ヴァルターが言う。


「おそらく、もう体内の魔力は残っていないんだろう……どれだけ天使や魔族の力を入れたとしても、お前の体は人間であることに変わりはない。魔力が一気に喪失し……とうとう限界が来たというわけだ」


 全力戦闘の時間としては、およそ十分と経っていない……けれど無理矢理改造した彼の体では、それが限界だったのだろう。


「何か、言い残しておくことはあるか?」

『――そうだな、一つだけ』


 ルドウは言う。黒く染まった頭部……表情が無いにも関わらず、俺には笑ったように感じられた。


『貴様らは、ラダン様によって召されることだろう』


 その言葉と共に、ルドウの体は全てが塵となり……その姿が、消えた。


「……やれやれ」


 やがて、ヴァルターは歎息する。


「狂信者、というやつかな……ラダンは堕ちたとはいえ、勇者だ。人を惹きつける力はあるということだろうな」

「だと思う……」


 俺は応じつつ、ここで起こった出来事を思い返す。勇者ラダンの存在に、新たな世界の真実。そして神魔の力と、原初の力。


「色々と、ここからの戦いについて重要な情報が出た……とはいえ、だ。まだ足りないものもある」

「足りない?」


 俺が聞き返すと、ヴァルターは頷いた。


「勇者ラダンでさえ、手に余るような人間が神魔の力を得ている……それを見過ごすわけにはいかないだろ? そういう人物が誰なのか……それを、確認しておく必要がある。もしかするとこの砦に情報が眠っているかもしれない……ここは騒動となったから直に騎士達が来るだろう。それまでに、どうにかして調べておきたいところだな」


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