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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者始動編
18/428

とある大問題の発生

 距離的には結構あったのだが、移動速度が速くずいぶんあっさりと城の前に辿り着いた。


 この時点で俺を含め全員が魔族の格好に戻っている。例外はグランホークで、彼は街の姿のまま。リーデスによると、これが本来の姿らしい。

 もし勇者が来たら姿を変えるのだろう――思いながら城門を見上げる。鉄柵の城門は魔王城の門と引けを取らない大きさで、柵一つ一つにツタが絡まり、雰囲気だけはかなりのものだ。


 城前でグランホークが指を鳴らす。直後、門が開き始める。


「実際の戦闘はいつ行いますか?」


 開門する間、グランホークが尋ねる。それに答えたのは門を見上げるシアナだった。


「いつでもよろしいですよ」

「そうですか。シアナ様の予定を詰まらせるわけにはいきませんし、できるだけ早いうちに行うことにしましょう」


 グランホークが言った時、門が完全に開く。俺達は彼の先導に従い、入口を抜ける。

 正面には城内に通じる上下式の鉄柵の門。そして城壁と城の間には手入れの行き届いた木々が見えた。


「手入れに一番時間が掛かるのは、やはり城壁の内側ですね」


 グランホークはそう苦笑しつつ、再び指を鳴らし城内へ通じる門を開く。俺達は彼に追随し、いよいよ城内に入る。


 廊下は白い壁面に藍色の絨毯に彩られた空間で、天井は見上げるくらいに高い。右は壁面が続いているが、左手はなんと全面ガラス張りの窓。その奥には中庭なのかたくさんの木々が茂っていた。

窓は天井に見合うだけの大きさを持っているため結構迫力があり、相当金が掛かっていると印象付けられる。


 全員沈黙したまま廊下を抜けると、今度は左右に続く道が現れた。グランホークは右に足をやり、幾度となく角を曲がっていく。

 もし勇者として赴いたらここに敵が現れるんだな――思いつつ今度は階段を上がる。四階に到達すると、右が壁。そして左に客室らしき部屋の扉がいくつもある。


「滞在中は、このフロアをお使いください」


 グランホークが言う。その後一人ずつ各部屋に通される。


 俺の入った部屋は個室で、綺麗なベッドや調度類がある、またしても高級感のある部屋。都市の一級ホテルの個室とでも言えばいいだろうか。あの魔王城で使っていた一室と比べれば部屋の大きさは半分程度なのだが、個人的にはこのくらいが丁度良い。


 付け加えると、置かれている品々が魔王城より高価な印象を受ける。


「要望があればこれをお使いください」


 グランホークは入口横に掛けられてある呼び鈴を示す。俺が黙って頷くと、彼は一礼し速やかに部屋を脱した。

 残されたのは俺一人。一度部屋をぐるりと見回すと、視界にテラスが映った。足を向け窓越しに外を眺めると、森で埋め尽くされた景色が一望できた。


「……こうなってくると、本当にホテルの一室みたいだな」


 なんだか魔族の城なのか疑わしくなってしまう。グランホークの丁寧さもそれに拍車をかけている気もする――

 その時、コンコンとノックが聞こえた。俺が呼び掛けると扉が開き、リーデスが現れる。


「作戦会議を行いたい」

「わかった」


 二つ返事で部屋を出る。隣室に足を運び、中に入る。


 そこはシアナの部屋らしく、彼女は黒の丸テーブルに備えられた椅子に着席していた。

 リーデスはテラスへ近寄る。窓の外にはファールンがいて、彼は窓を開けて中に入れる。


「会議って、何を話し合うんだ?」


 俺が尋ねる。答えはシアナから返ってきた。


「これからの予定です。グランホーク様を見定めるために、色々と行動します。セディ様には、その中で戦闘面の評価と、彼の印象を教えて頂きたい」

「戦闘面、か。口上から単純に強さを確かめろという感じではないようだけど」

「はい。勇者が魔族化したと言っても、勇者はあくまで魔族を滅ぼしうる存在です。もしかすると恨みが骨髄まで到達しており、戦闘になれば凶暴になるかもしれません」

「……なるほど」


 戦闘一つ取っても厄介な話だと考えると、シアナが口を挟んだ。


「申し訳ありません。早速の任務で大変なことに……」

「いや、それで任務が上手くいくならよろこんでやらせてもらうよ。大丈夫、なんとかするさ」


 俺は笑みを(ほころ)ばせながら答えた。安心させるために言ったつもりだったのだが――途端に、シアナの顔が赤くなる。


「……え?」


 思わず声を漏らす。すると、シアナは誤魔化すように手をわたわたと振りつつ、リーデスに首をやった。


「そ、それでリーデスの方は……」

「はい、私の方は色々と調査を」

「調査?」


 聞き返す。リーデスは俺にわかるように頷くと、説明を始めた。


「表面上穏やかでも裏で何をしているかわからないだろ? 怪しい書類とかがないかを、僕とファールンで調べ回る」

「城に見張りくらいいると思うが、大丈夫なのか?」

「僕を誰だと思っているの?」


 リーデスは自分のことを指差しながら尋ねる。絶対の自信。確かに彼は以前、ベリウスの名を受け継いでいた魔族だ。このくらいのこと造作もないのだろう。


「で、行動開始だけど……今日は滞在一日目だし、明日以降になる。後は、そうだな……機会があれば彼の意志なんかを聞き出してくれるとありがたい」

「わかったよ……あ、そういえば」


 そこではたと気付く。魔族化された勇者、という部分だけで細かい設定を詰めていなかった。その辺りを確認しておくべきだろう。

 俺はシアナへ尋ねようとして――彼女がこちらを凝視しているのを見て硬直した。


「え……」


 目が合い、沈黙する。

 当のシアナは上目遣いで俺に視線を送りつつ、どこか上の空だった。呼び掛けようとするが、射抜いてくる瞳に口が止まる。


「あ、の……?」


 しかもなんだか、目が潤んでなおかつ頬が紅色になっている。

 なんだろうか、これ。俺、何か変なこと言ったか?


「シアナ様」


 そこへ助け舟とばかりにリーデスが声を上げた。彼女は呼び掛けにはっと我に返り、慌てて彼に答える。


「あ、あ、すいません。それで、何の話でしたっけ?」

「今後の予定です。それと、彼が何かに気付いたようですが」


 こっちに話を振る。俺は小さく頷くと、改めて話し始めた。


「えっと、もしグランホークと会話をする場合、どういった感じで喋ればいいのかと。そもそも、魔族化して勇者としての記憶があるのか、とか色々設定しておかないと」

「あ、それはですね」


 シアナはなおもこちらに複雑な視線をやりつつ、答えを示す。


「まず勇者としての記憶はあります。しかし、魔法によってお姉様に忠誠を近っており、尽くすことが至上命題である……という感じでお願いします」

「つまり、記憶はあれど目的を上塗りされ魔王に従っている、という感じ?」

「そうです」


 頷くシアナ。確かに記憶がないフリをする方が大変なので、こっちとしてもやりやすい。


「わかった。それでどうにかやるよ」

「頼んだよ、セディ」


 リーデスの声。俺が「ああ」と答えると、彼は話をまとめるため手を数回鳴らした。


「さて、話はこの辺りでお開き……あ、シアナ様は作戦中どうしますか?」

「私はセディ様の隣にいた方が違和感がないので、そうします」

「わかりました。それではこれでお開きとしましょう」


 リーデスが言い、まずファールンがテラスへ移動し飛び立った。なぜ扉から出ないのか疑問に感じたが――まあいいか。

 続いてリーデスが部屋を出る。その後俺も部屋から出ようとした時、ふと視線に気付いた。


 振り向いてみる。こちらに注目していたシアナが、ビクリと体を震わせた。


「あ、あ……す、すいません」


 か細い声で彼女が言う。俺はなんとなくフォローしておいた方がいいだろうと思い、口を開いた。


「いえ、気にしていないから……けど、何か気になることが?」


 尋ねてみると、彼女は両手を膝の上でキュッと握り、なおも上目遣いで俺を見る。

 反応を見て、(いぶか)った。というか、これは――


「あ、の……」


 シアナが、絞り出すように語り始める。


「す、すいません。こうした仕事が初めてなので、少し緊張しているだけです……」


 俯き加減になりながらの、小さな声。


 けれど、ここで推察がついた。こういうパターンは、間違いなく――

 同時にいくつもの選択が浮かび上がった。適当に一言告げて部屋を出るのも手だが、何か言っておいてもいいと判断――やがて、俺はシアナに近づいた。


「シアナ」


 名を呼ぶ。彼女はゆっくりと顔を上げ――顔をまた赤くした。


「初仕事では誰でも緊張する。けど俺もできる限りシアナを助けるから、安心して欲しい。もし何かあったら、相談してくれ」


 ――あえて言っておくが、これは核心部分を触れたくないが故の言葉ではない。任務を果たす上で一番だと思われる選択をしたまでだ。だからこれは決して逃げではない、と思う。


 その言葉に、シアナはコクコクと頷いた。顔が相変わらず赤いのだが、言葉を掛けられて少しばかり安堵したようだった。

 きっと悟られていないとか思っているのだろう――けど、こちらとしてはモロにバレている。


「それでは」


 けれど触れないまま退出した。

 扉を閉めて俺は一息。そして横を見ると、腕を組み悠然と立つリーデスの姿があり、驚いて立ち止まってしまう。


「で、どうするの?」


 そして問われる。


「いや……どうするの、って」

「君だって気付いているんだろ?」


 さらに告げられる。それは、まあという顔で仕方なく頷く。


「というか、出会って二日なんだが」

「一目惚れじゃないかな。きっとセディの言動から、陥落してしまったんだろう」

「……俺、変なことしたか?」


 大層なことをした記憶がない。けれどリーデスは、深く頷いた。


「衣装を綺麗だとのたまい、君を守るとか言い出し、なおかつ満面の笑顔を見せた」

「……いや、本当にそれだけなんだけど」


 それだけでああなるというのは、どうにもウブ過ぎやしないか。


「魔王の血筋ともなると、君のように接してくる者がいないんだよ」


 それが答えだと言わんばかりに、リーデスは答えた。


「だから君のように対等な目線で接してくれる人がいなかった。おまけに出る言葉は全て優しい言葉。惚れないわけがないだろ?」

「いや……訊かれても」


 どうも釈然としなかったが、面倒な展開になってしまったのだけはわかる。


「あ、そうだ。セディ、一つだけ言っておくよ」

「何だ?」

「シアナ様はああ見えてかなりしっかり者でね。城のメンテなんかも行っているから、かなり重要な立ち位置にいる」

「あ、ああ」

「で、陛下はああ見えて、案外シスコンだったりする」


 急に何を言い出すんだ、こいつは。


「噛み砕いて言うと、もし陛下がシアナ様の心境を知れば……陛下が君を灰にしてしまうかもしれない」

「……おい」


 えらく物騒な話になった。


「誤魔化し続けることはシアナ様の態度からできないだろうから、言い訳を必死に考えておくといいよ」

「ちょ、ちょっと待て。言い訳で通るものなのか?」

「さあ?」


 首を傾げた。うわ、実はかなりまずいんじゃないか?


「まあ、個人的にはバレた方が面白いのでこのまま放っておく気だけど」

「……フォローの一つもなしか?」

「どうやってフォローするんだよ」


 と、リーデスが返したところでシアナの部屋の扉が開いた。

 奥から出てきた彼女は、扉の前で話をしていた俺達を見て、びっくりする。


「あ、あの……」

「え? あ、ごめん」


 俺は即座にその場を後にしようとした。しかし、


「あ、セディ様。お姉様からご連絡が」


 そう言葉が来た。俺は首を傾げ、聞き返す。


「え、連絡?」

「はい」


 返事と共に、中に通される。

 部屋を見回すとシアナの座っていた場所――その正面に当たる空間が、歪んでいた。


「話があるとのことなので、私は少し退出します」


 シアナは言うと、部屋を出て行った。

 俺はわけがわからないまま、とりあえずシアナが座っていた椅子の背後に立つ。すると空間の歪んだ景色の奥に、エーレが立っていた。


『ご苦労、セディ』

「ああ、こういう風に連絡できるのか」


 俺の問いにエーレは頷くと、説明を始める。


『転移術の応用だ。シアナには定期的に連絡を寄越すよう言ってある。もし何かあれば、シアナに言ってもらえれば私に伝わる』

「わかった……けど、直接はまずいのか?」

『親族以外の幹部が魔王である私と連絡を取るのは、怪しまれる』

「ああ、確かに」


 納得し、俺は本題を切り出す。


「で、連絡って?」

『ああ、そのことだが……』


 と、僅かに沈黙を置いた。俺がエーレの顔をじっと見据えた時、


『もし、シアナに手を出したらどうなるかわかっているな?』


 怖い笑顔を伴い宣告された。うわ、速攻バレてる。


『まあ、あなたのことだから無茶すまいと考えているが、もし手を出したらどうなるかわかっているな?』

「あ、ああ……それはもちろん」


 首を縦に振りながら、エーレの表情を窺う。

 顔にちょっとだけ浮き出ている青スジが、はっきり恐怖を与える。


『まあ、私はあなたのことを信用しているからとやかく言わない。しかし――』

「ああ、わかった。わかったから暗い笑みを向けるな」


 耐え切れなくなってそう口にすると、エーレも表情をゆっくりと戻した。


『……まあいい。とりあえずシアナのことは頼む。懐いているようだからそれほど問題も無いはずだ』

「ああ」

『私としては、シアナが好きになった者と結婚させてやりたいと考えている……それがあなたであっても構わないが……もし、あなたが打算的な考えでそうなったならば――』

「エーレ、顔が怖い」


 またも震撼させる笑顔を向けられて、たまらず答えた。リーデスの言っていたことが、今如実に理解できた。


『……話はそれだけだ。シアナを頼むぞ』


 エーレはなおも言いたそうだったが、そう告げると突如空間の歪みが戻り、俺だけが取り残される。


「……はあ」


 ため息をついて、部屋を出る。

 廊下には何やら話し込んでいるシアナとリーデス。こっちの姿を認めると、まずはシアナが口を開いた。


「お姉様は何と?」

「……業務連絡だ。今回の仕事とは関係ないな」


 とりあえずそう返答した。けれど俺が浮かない顔をしているのを察したか、シアナは心配そうな声を上げる。


「何か気に掛かることが?」

「いや……まあ……なんというか、前途多難だと思って」


 苦り切った声。


 シアナは意を介さなかったのか、頭にクエスチョンマークが浮かび上がっていた。反面リーデスは気付いたらしく、シアナの見えない所でお腹を押さえて忍び笑いを始めた。


 俺は彼の反応を見て、再度ため息をついた。初日ではあるが、相当困難な問題を抱えてしまったのだと認識できた。

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