ある人物からの教え
今まで失念していた、というよりこれまでの戦いで活用されることがなかったため、もう使われなくなった技だった……人間相手にだけ、通用する大技。
俺は呼吸を整える。目の前の勇者ラダンは確かに神魔の力を所持し、魔王や神にとっても驚異的な存在であるのは間違いないだろう……しかし、彼は昨日俺が協力した場合に使用する魔法具を提示した。人間であるからこそ、魔法具が通用する……つまり、どれだけ力を持とうが、元は人間だ。
だからこそ、俺の技が通用するはず。
「さて、どうする気だ?」
ラダンの問い。俺は相手を見据え、剣を強く握る。同時に生じた魔力に、ラダンはやれやれといった様子で応じた。
「どこまでも、抗う気か……あきらめる気はないとは思っているが、無駄な魔力の浪費は避けた方がいいぞ? 私は寛大でも、この砦にいる私の部下達は手負いとわかれば容赦しない」
「そうか……だが、その心配はない」
言って、俺は走る――俺の表情を見てラダンも何か考えがあると悟ったか、剣を構える。
「どのような手であっても、私には通用しない」
しかし口から漏れたのは絶対の自信――直後、俺とラダンの剣が再度衝突した。
魔力が爆ぜる。先ほどと同等かそれ以上の魔力が室内に満ちる。さらに資料が散乱し、床に落ちる。
しかし、やはり俺の剣は届かない。
「無駄だと、これでわかっただろう?」
俺の全力を完全に受け切り、彼は言う。確かに、俺の剣戟は通用していない。さらに言えば俺の込めた魔力を完全に防いだだけでなく、渾身の一撃も受け止めている……つまり、魔力で身体を相当強化しているのは明白で、魔力を操る練度などにしても、俺を上回っている可能性が極めて高い。
けれど、それでも俺は絶望しなかった。
「どうする?」
再三の問い掛け。俺の行動にむしろ期待しているような様子だが……ここで俺は、さらに魔力を刀身に注ぐ。
「ここから巻き返すか?」
剣を合わせた状態でラダンは問い掛ける。それは無理だ――とでも言いたげな雰囲気を覗かせるが、俺は無視してさらに刀身に力を加える。
傍から見れば無謀な攻撃に思えただろう……この技法は俺がまだ勇者として駆け出しの頃に使っていた技。因縁をふっかけられたり、勇者同士の衝突などがあった場合用いていた技法。
しかし人間相手にしか通用しないため、勇者として名が認知され魔族や魔物との戦いが多くなって以後、ほとんど使用しなくなっていた。
けれどその技が――目の前の相手には届く。
さらに魔力を送る。それによりラダンは訝しげな視線をこちらに向ける。
「何をしている?」
問い掛けた直後、俺は相手の剣を押し返した。それはほんの僅かにラダンの剣を押し込んだが……それも一瞬のこと。ラダンが力を加えることによって、またも動かなくなる。
「それで、終わりか?」
さらなる問い掛けに、今度は脱力した。するとラダンの力によって体が後方に傾き、それに身を任せるようにして彼と距離を取る。
「それで、終わりというわけではあるまい?」
さらにラダンが問う。当たり前だ……そう俺は顔で示しつつ、剣を構えた。
準備は整った……俺は剣に、先ほどとは異なるやり方で魔力を加え、ラダンを見据える。
直後――今度こそ、彼の表情が変わった。
「何……?」
「あんたは、最大のミスを犯した……確かに俺はあんたと比べれば技量的にもまだまだだろう。あんたみたいな老獪さは持ち合わせていないし、戦闘経験だって俺の方が下だ。俺は魔王を討ち破った。とはいえ……俺とあんたとの間には、色々と差があるのは間違いない」
にじり寄る。するとラダンは限りない警戒を込め俺のことを見た。
「だが……あんたが魔族や神という存在にならない……人間である以上……いや、人間でなければならない以上、俺にも勝機がある」
「……それが、君の切り札だというのか?」
ラダンが問う。それに俺は、さらに強く剣を握り締め、答えた。
「相手と剣を合わせることによって、魔力の質や流れを読み取る技法だ……神魔の技法を真似られるのはあんたも警戒していただろうが、それでもこれほどあっさりやられるとは、思っていなかっただろう?」
――俺がやったのは、相手の魔力に同調するという行為。この技法は師匠であるレジウスから教えられたものではない……勇者として旅を始めた時、偶然にも出会ったとある『賢者』と呼ばれる存在から教えを受けた。かなりの魔力を消費する上、膨大な魔力を保有する魔族や魔物にも通用しない……けれど、彼は俺にこう教えた。
「魔力の質……それは時に幾百もの教えを上回る成果に変貌することになる。魔法という概念は同じものでも使用者の力量によってその威力が大きく変わり、なおかつ構築の仕方なども様々だ……勇者として活動する間に、人間とも戦うことがあるだろう。その場合女神の武具などの力が発揮しにくくなる……君が魔王を倒すというのなら、そうした人間とも戦い勝たなければならない。だからこそ、これを教える」
なぜ『賢者』が俺に教えたのか……彼は「期待している」とだけ言っていたが、もしかすると俺がこうなることを察していたのかもしれない……とにかく、俺は『賢者』の技法により人間相手に困難な状況となった場合これを使った。効果は相手が構築する魔力の質や特性を模倣すること。ただあくまで模倣というだけであり、相手を上回ることはできない。『賢者』の目的は俺が人間相手に勝つ、もしくは逃げることのできる手段を持たせることだった。
けれど、今この時においては絶対的な武器となった……神魔の力と言えど、それを扱うのは純粋な人間――だからこそ『賢者』の技が通用した。
「なるほど、君は人間に対しても切り札を所持していたということか」
ラダンが笑う。警戒は無くなり、俺を称賛するかのような態度。
「よくよく考えれば、頷ける……君はまだ若い。天才的な技量を有していたとしても、不完全な部分も多い……しかし君は魔王と相対し、勝った。それはつまり、人間同士からも様々な技法を手に入れていたからというわけか」
俺は無言で剣を突きつける。そして読み取った技法に従い、魔力を増幅させる。
「見事だ……やはり君を味方にするべきだったな。今度こそ本当に、君は『扉』を開ける力を有した――」
「お断りだ――」
声と共に斬撃を放つ。白い衝撃波がラダンへ向かい、対する彼は――それを真正面から迎え撃った。
刹那、轟音が部屋を包んだ――幾度かの衝突ですら人が来なかった以上、ここには防音や魔力を遮断する効果が壁面に施されているのだろう。しかし、今度の斬撃に対して耐え切ることはできなかった。
ラダンへ向かった衝撃波は、彼の剣に触れた瞬間左右に分かれる。弾いたのだと認識すると共に、壁に衝撃波が激突し、破砕した。火球が爆発するような音と、ガラガラと壁が砕け散る音が室内に生じる。合わせて破壊した壁の向こう――外が見えた。ここは二階部分であるため外には何もないのだが……見張りの声が聞こえてくる。
「壁はできる限りの補強をしたはずだが……やはり神魔の力は特別で、完全に耐えることはできなかったようだ」
ラダンが極めて冷静に言う。その間に俺はさらに魔力を込めつつ、足を後退させる。
同質の力を得て、なおかつ俺の力を上乗せしても彼を倒すことはできない……壁を破壊し騒動となった以上、もう時間的余裕はないだろう。倒せないという悔しさは大いにあったが、相手の技法を手に入れたという成果は得た。心苦しいが……これで、退くしかないだろう。
その時後方から、この部屋に駆けてくる音が聞こえる。ラダンを援護するための人間だろう。悠長にしている暇はなさそうだった。




