支配と勇者
「俺は、大いなる真実を知り……その段階で魔王に挑める力を所持していた。だからこそ、俺は魔王と謁見することができた」
「ほう……」
こちらの言葉にラダンは感嘆の声を上げる。
「魔王と……なるほど。私としては君の力を見た魔族の誰かが管理に参加しないと持ちかけたのだと思っていたのだが……魔王と直接関わったか」
この辺りはヴァルターが話していてもおかしくないのだが、どうも喋ってはいないらしい。
「……魔王について、お前は何か知っているのか?」
「表層だけは、な……とはいえ私と関わった魔族は高位魔族であっても魔王と直接関わりがある者はいなかった。これは至極当然だ。私は大いなる真実を知る魔王という存在を忌避していたからな」
……大いなる真実がある以上、魔王と関わりの無い魔族としか関われなかったとでも言うべきか。これは神々についても同様だろう。とにかく基本、大いなる真実を知らない存在としか関わらないようにしてきたわけだ。
「とはいえ、現魔王が性別で言えば女性ということくらいは知っている……後は、先代魔王が暴君だったということも。知っているのはそのくらいだ」
暴君……無茶苦茶な行動を行うヴァルターだが、暴君かどうかまでは判断できないな。個人的には微妙な感じだが……まあいい。俺は続きを話す。
「その中で、俺は魔王から選択を迫られた。あんたと似たようなものだ。魔王を倒す、魔王を倒すことをあきらめ管理の枠組みに身を投じる……そして、俺自身が支配者となる」
「そこまで買われていたということだな」
ラダンはさらに感心するように言う。まるで自身の眼力が間違っていない……扉を開けるにふさわしい人物だと確信するような声音。
そうした中で、俺は続ける。
「選択を提示され、俺は考え抜いた結果ある決断をした……ただしそれは魔王に要求しなければならないことだった。その場合は魔王は拒絶し戦うと言っていたから……こっちの要求を通すために、魔王と戦った」
ラダンは嬉々とした表情を見せる。その中で俺は半ば睨みつけるようにして言った。
「結果として、俺は勝った……要求したのは、人間でも管理をできるようにするために、俺がまず大いなる真実の管理について学ぶ……魔王に、弟子入りすることだった」
「――面白い。実に面白い」
背もたれに体を預けるラダンは、感嘆の声を零す。
「魔王を倒せる技量を持ちながら……か。先に言っておくが私は別に不快とも思っていないし、むしろ懸命だと思っている。一時の感情に流されず、自ら答えを導き出した……称賛に値する」
「あんたに褒められても嬉しくないな」
率直な感想を述べると、ラダンは「そうだろうな」と同意し、
「私としては、その選択をした結果君がここにいるわけだから……正しかったという他ないな」
「何とでも言えよ……俺は俺の考えがある。お前の考えには、乗らない」
はっきりと言った。するとラダンは微笑を浮かべ、
「君は、いずれ純粋な人間達が管理できるよう、その足がかりを担おうとしているわけだ……争いが消えることはないだろうが、もし実現すれば世界が崩壊するなどということにはならないだろう」
「ああ……そうだな」
「そしてそれは、絶対的な存在を必要としない世界というわけだ……それもある意味、理想形かもしれない。自らが望んだ世界とならないかもしれないが、誰の支配も受けず、ましてや秘匿された馬鹿馬鹿しい事実に頼らず世界と共に生きていくことは、人間の答えとしては正解なのかもしれない。私と君の意見を何も知らない人物に提示したとしたら、君の方を選ぶ人間が大半だろう」
俺の決断をどこまでも評価する口ぶり……だが、賛同しないことはわかり切っていた。
「ふむ、そう考えているのであれば私とは相反しているのは間違いないな……私は支配を目的とする。だが君は、そうした支配をしないために動いている」
「わかってもらえたようだな……つまり」
俺は剣の柄に手を掛ける。
「交渉は、決裂というわけだ」
「そうだな……だが、それは今後私が放った者達を倒すという意味がある」
ラダンは立ち上がる。圧力も気配もほとんど感じない。ただ立っただけ。
「つまり、君がやることを通し神魔の力を得る存在が現れる可能性があるというわけだ……存分にやってくれればいい」
「だがその前に、俺はあんたにやることがある」
わかっているだろ――という視線を投げる。すると彼は小さく頷き、
「そうだな。主張を踏まえれば、私と君は明確な敵。そして君から見れば、最大の脅威は目の前にいる。つまり――」
彼が続ける前に、駆けた。戦闘態勢に入っていない相手に向かうのは多少だが気が退けたのも事実。けれど、俺は彼を倒すべく剣を放った。
鞘から抜き放つと同時に横薙ぎ。瞬間的に魔力を加え、上位の魔族であっても倒せるであろう剣戟を放つ。
その力は、シアナの魔法具とも組み合わせている。もしラダンの言う通り神魔の力を俺が持っているとしたら、これで――
だが、次の瞬間目に映ったのは彼が手から魔力を迸らせる光景。合わせて瞬間的に剣が生み出され――俺の全力の剣戟と衝突した。
途端、剣が止まる。最高の一撃のはずだった。けれど――
「君には、まだ伝えていないことがあった」
極めて冷静に、ラダンは言う。その間に剣風によって机の上の資料が舞い上がり、周囲に散乱する。
「神魔の力にはいくつか段階がある……君と私の間にはまだ、その段階において明確な差が存在する」
「……段階が違うから、俺の剣が通用しないと言いたいのか?」
「そうだ。これは私が百年にも渡り研究してきた鍛錬の結晶だ」
彼が押し返す。その動きは予想以上に力強く、俺は数歩たたらを踏んだ。
「私は君に神魔の力を持っていると語った上、『扉』を開けることができると伝えた……しかし、今すぐにではない。そのポテンシャルをほぼ確実に秘めているということを言いたかったまで」
「俺は未熟だとでも言いたいのか?」
「そうだな……さらに言えば、協力してくれるのならばその旨を伝え、私にとって都合が良いように力を付与させようと考えていた」
あっさりと目論見を白状するラダン……俺は、相手を睨みつける。
「そうやって、実質的に俺のことを制御しようとしていたと?」
「君に裏切りの意志がありありと見えていた以上、そうした対策を施そうと考えていたわけだよ……しかし『原初の力』を君が握る以上、どうなるかは最後の最後までわからないが」
「……お前はそういう策を考えていながら、俺を説得できないと確信していたみたいだな」
推測を述べると、ラダンは笑う。それは紛れもなく、肯定の意。
「味方となってくれる方が何よりありがたいのは事実だ……しかし『原初の力』について話せば、君でなくとも反発を抱くだろう。私もそのくらい理解している。だからこそ、第二のプランに舵を切り替えたまでだ」
「……戦乱の果てに、力を持つ者を見出すと?」
「そうだ。不完全な君を通してでも……神魔の力という存在そのものが認知されれば、その可能性も増える。加え、その力は神魔の力を持つ者同士が争うことで活性化されるだろう」
――俺を懐柔する策は、提示してはいたが最初から捨てていたのだろう。というより、大いなる真実を知ってなお魔王や神々と共に管理しているとなれば、説得は最初から不可能だと悟っていたのかもしれない。
だからこそ、戦乱の中で――俺は怒りに近い感情を覚えながらも、冷静になるよう自分に言い聞かせる。
「君はどう足掻いても、私がバラまいた戦乱を解決しなければならないのだよ……それを通し君自身が強くなるのもまた、一興だな」
「……まるでお前は、空から地上を見下ろしながら話しているみたいだな」
「私が神だとでも? 冗談だろう」
そして彼は俺に残酷な笑みを浮かべる。
「神――いや、支配者に、これからなるのだよ」
その言葉に――俺は相手を見据え、告げた。
「……お前は、俺が止める」




