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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者強化編

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黒幕の要求

 その後俺は部屋へと戻り、そのまま就寝した。警戒は解かなかったが、結局誰かに襲撃されることもなく朝を迎えることができた。

 部屋で待機していると、律儀に食事が運ばれてきた。さすがにそれを口にすることはなく……食事が下げられたタイミングで再びラダンに呼ばれた。俺は無言で部屋を出て、昨日と同じ部屋を訪れる。


 中に入ると、昨日と同様椅子に座り、コーヒーを飲む彼の姿があった。


「おはよう、勇者セディ……逃げなかったということは、昨日の作戦会議は不調に終わったのか?」


 ヴァルターと共に牢へ入ったことを言っているのだろう。無言で立っていると、彼は小さく笑みを浮かべる。


「もし今、この場で剣を向けるならばそれ相応の態度で臨む意志はある……しかしそのまま逃げてくれるのならば、私としては見逃そうかと思う」


 見逃す、か……もしこのまま逃げたのならば、俺はエーレ達に報告を行い……ラダンにより生じた災いを払おうとするだろう。

 それは彼にとって目論見通り……ここで俺は、一つ問う。


「俺が、目論見通り動くと思っているのか?」

「大いなる真実を知る君から見れば、昨日の話は反発もあるだろうが、見過ごすこともできないだろう?」


 問い掛けに俺は無言……するとラダンは笑みを消し、


「私は知っている……戦いの中で最も力が光り輝く時は窮地に陥った時だと。私の一派が君達と戦い、その結果新たな力が生まれるかもしれん」


 そこまで述べると彼は、カップを置いた。


「既に、芽は出ている」

「……何?」

「君のように天使を一蹴するような力では決してない。それは弱弱しく、中には自覚していない者も存在する。だが、私は君のように神魔の力を得ている人間を、幾人か知っている」


 昨日は語らなかった点だ……もし今後俺や魔族がラダンの一派と戦う場合、それが覚醒する可能性は十分ある。


「さらに言えば、大陸東部での出来事……魔族や神の力を利用した兵を生み出すことに成功している……私は決してこの大陸を蹂躙しようというわけではない。だが、それを通し神魔の力を得ることのできる人間が増えるかもしれない……だからこそ、やるのだよ」


 ――正直、怒りを堪えるのにかなりの集中を要した。そして、次に彼は予想通りの言葉を続ける。


「不満のようだな。だが、その果てに栄光の未来がある」

「……一つ、いいか? あんたが『原初の力』を手に入れて見事創生した世界……それは、果たして今よりも良い世界なのか?」


 質問に、ラダンは口元に手を当て考え込む。


「ふむ……当然疑問に思う所か。確かに君が考える通り、難しいというのは事実だろう」


 ラダンは神妙な顔つきで語る……その顔は人間としての寿命を超えた不気味さと、老獪さが滲み出ていた。


「私とて、全知全能の存在ではない……人間である以上、独自の考えも持っている……その考えにより、君や、人々の望まない方向へ進む、という可能性は否定できないな」

「それでも……やるのか?」

「絶対的な力を手に入れれば、私自身が望む世界を何度でも創れる」


 駄目だったらやり直せばいい――そう語りたいのだとはっきりとわかった。

 さらに顔を険しくさせると、ラダンは肩をすくめた。


「その表情、予想していたよ。私の考え自体、魔族や神はおろか、普通の人々にさえ不快なのは、私もよく理解している……だがな、勇者セディ。力を手に入れ創生した世界……少なくとも今の世界――争いが続く世界よりは、マシにできる自信はある」


 何を根拠に――そう問いたかったが、ラダンはにこやかに続ける。


「そして、だ……もし私に協力してくれるのならば、君も当然『原初の力』に触れることとなる……君も同じように力を手に入れてみてもいいし、あるいはまったく別の力を得てもいいだろう」

「……仮の、話だが」


 そこで俺は口を開く。


「もし俺が、その力に触れあんたと同じような力を得たとしたら……どうする気だ? あんたにとっては、好ましくない展開じゃないのか?」

「この世界を統治するという気があるのならば、共に力を手に入れてから雌雄を決することになるだろう」


 その点についてまったく気にしている様子はない……むしろ、受けて立つとばかりの言い方。


「それもまた、選択の一つだ……」

「お前はそれでいいのか? 場合によっては、あんたは目論見の前に倒れるかもしれないんだぞ? しかも、利用しようとした人間に――」

「それもまた、人生というものだ」


 言葉に、俺は口が止まる。


「勇者セディ、私はあくまで『原初の力』を得ることに集中しているのだよ。だからこそ反発は必至であろう君をここへ招き、話をした。君がこの情報を魔族や天使に伝えることによって、君とは異なる神魔の力を所持する者が現れる可能性も上がるだろう……まあ、私がこうやって動いている以上、大いなる真実の枠組みの中で動いている者達が何をしようとも、そうした力を持つ者が現れる可能性はあるわけだが」


 そこまで語ったラダンは、机の上で手を組んだ。


「とはいえ、だ……私としては君が傾いてくれることにも期待している。戦乱の種を蒔き、結果として君に出会えた。そのチャンスを私は逃したくない。延命を行っているとはいえ、私にとって時間は有限だ。時が経つごとに求める人間の遭遇確率が上がっているとはいえ……君という逸材は私も初めて見たし、手放しくはない……だからこそ、こうして話をしている」

「その結果が破滅でも、か?」

「無論だ。もし戦うとしたら……受けようじゃないか」


 平然と告げるラダン。いや、彼の場合はこちらに対抗する策がある、とでも言いたいのかもしれない。


 ともかく、俺を懐柔しようという気があるのは間違いない。加え、俺がここで牙を向けたとしても彼としては別に構わない。俺には話していないだろうが、何かしら別の策を立てているのだろう。大いなる真実を知るエーレ達に今まで見つからなかった相手だ。俺がどんな選択をしようとも、それに対する策くらいは用意しているはずだ。


「その顔だと、私の味方になるのは無理そうだな」


 ラダンは言う。どこか残念そうではあるが……対する俺は顔を険しくしつつ、彼へと告げる。


「……納得することは、無理だな。あんたとは、考え方が違う」

「そうだな……君は、私と立場は違えどまったく違う選択をした人間だ……私とは大いなる真実に対するスタンスも違うだろう」

「ああ、そうだ」


 頷く俺。それに対しラダンは目を細めた。こちらが話すのを催促するような素振り。


「……参考に、訊いてもいいかな? 君が私と異なる考えに至った経緯を」


 どういう意図でそう要求したのかはわからない。ただ単に同じ勇者として興味を抱いたのか、それとも俺から何か情報を引き出して策を施すつもりなのか――


「個人的に興味がある……大いなる真実という枠組みの中で、勇者という存在はただ利用されるだけの存在だ。魔王を倒すということで存在が確立されている勇者……しかし君は、そうした存在理由の否定を飲み込み管理に参加している……話してもらえないか?」


 一時、沈黙が生じる……その中で、俺は一つ決意をした。


「――いいだろう」


 承諾する俺。相手に乗せられたというよりは、ここできっちりと告げた方がいいと思ったのだ。

 宣戦布告する前に――俺がなぜ、こうして活動しているのかを。


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