勇者の迷い
で、新たなる真実まで伝えた所で、ファールンとアイナが呆然。一方のヴァルターが憮然顔となった。
「……言いたいことはたくさんあるだろうけど、まず俺から質問させてくれ。ヴァルター、魔王や神が人間を祖先にしているという事実、何かしら情報はあるのか?」
「……そういう研究をしていた者はいたな。そいつは過去の歴史資料からそういう推測を立てていた。研究内容自体ある程度論理的だったため嘲笑されるようなものではなかったが、そもそも神魔の戦争以前のことは大抵の魔族は興味がない。捨て置かれたというのが正解だろうな」
壁にもたれかかり、なおかつ腕を組みながらヴァルターは語る。
「で、『原初の力』か……それに至るための扉を開け、力を手に入れるのが勇者ラダンの狙いというわけか」
「ああ……嘘という可能性もゼロではないけど……」
「お前のことを味方に引き入れため、そんな荒唐無稽な嘘をつくとは思えないな……本当のことだと考えてもいいだろう。で、奴としては、俺達がどう動こうとも利するというわけか……なるほどな」
頭をガリガリとかくヴァルター。
「ふむ、やっぱりここにお前を連れてきて正解だったようだな」
「……情報を手に入れたという観点から見ればそうかもしれないけど、今も俺はやめておいた方がよかったんじゃないかと思っているよ」
「私も同意です」
「同じく」
俺の意見に合わせるようにファールンとアイナが言う。
「これは陛下に話すべき貴重な情報ではありますが……やり方が」
「でもこうでもしないと情報は得られなかった。そうだろ?」
「それなら最初に説明しておいてくれよ……」
もっともな意見だと思うのだが、ヴァルターはファールンを見つつ、
「そんなことしたら逃げられるだろうが」
「逃げられるって……」
「因果応報ってやつだな。カケラも信用されていないから、策を行うために説明しようにも逃げられてしまう」
自分で言うのか、それ……俺は歎息しつつ、もう彼に意見するのはやめにした。不毛だし。
で、改めて彼の表情を見ると、敵に対し懸念を抱いているのは間違いなさそうだった。
「ふうむ、どうやらエーレ達が想定しているよりも面倒な話みたいだな……さて、ここから魔族側はどう動くべきか」
「神側としても、どう動けばいいか微妙ね」
アイナが言う。その顔は真剣そのもの。
「こちらの勝利条件は、勇者ラダンが隠す遺跡を発見し、先に『原初の力』を破壊することみたいだけれど……」
「神魔の力と人間の力が必要なら、最低でも俺以外にもう一人純粋な人間がいる」
俺の言葉に全員押し黙る……そこでこちらは続けて解説する。
「まず、ラダンの目論見を破る手だけど……戦争全てを止める、という方法は非現実的な手法だとわかるだろ?」
「そうね」
「だと思います」
「ま、それに異論はない」
三人が口々に言う……が、アイナだけは憮然顔を伴い意見する。
「けど、それは神々の理想的な展開とも言えるけれど……」
「正直、争い全てを失くすなんてことは無理だろ? それに、西部では戦乱が続いているわけだけど……大いなる真実や勇者ラダンと関係ないことを発端とする戦いもあるだろうし……そうしたことまで介入するのか?」
俺の問い掛けに、アイナは難しい顔をする。
「勇者ラダンの目論見を考えれば特例として主張できなくもないけれど、人間側に影響が大きすぎるわね……神々としても、良い方法だとは思わないはず」
「だとしたら、俺以外にもう一人扉を開けることができる人間を加え、遺跡を発見し『原初の力』を破壊するのが一番だと思うけど……」
「でもそれは、ラダンに力を手に入れる可能性もあるというわけね。扉を開けてしまうわけだから」
「ま、リスクは承知の上だろ」
今度はヴァルターが口を開いた。
「それに、奴が蒔いた種がずいぶんと芽吹いている……その凶行についても止める必要はある。例え、相手の目論見だろうと」
ヴァルターのまともな意見――考えていると、彼はこちらに首を向ける。
「今、ずいぶんとまともな意見だと思っただろ?」
「ああ」
「即答かよ……ま、いいや。話を戻すが、本来はここでラダンを倒すのが一番なんだろうが……奴は神魔の力を保有しているようだ。となると、俺達では倒すことができない可能性が極めて高い」
「あいつを倒せるのは、俺だけだということか?」
「とはいえ、セディ自身本当に神魔の力を得ているのかはまだ不明な所があるだろう? それを確かめるのは砦の中ではできないだろうし、ひとまず脱出する方を優先とすべきだろうな」
さらに賢明なヴァルターの意見……それが無難な選択だろうし、今採用するべき案だとは思う。
だが、一つ思う……勇者ラダンは俺が頷くまで近くに置いておく気のようだ。となれば、今は奴を倒せる大きなチャンスなのでは。
「セディ、正直奴に仕掛けること自体はリスクが高い」
思考していると、ヴァルターが口を開いた。
「どういう形であれ、こうやって大いなる真実を知る人物と接触した以上、俺達が逃げ出したら奴は雲隠れするだろう……そう考えると奴を倒せる少ない好機なわけだが……そう甘くはないだろう」
鼻の頭をかきつつ、ヴァルターはなおも語る。
「ここで決着をつけるのが一番なのは理解できるが……それをすれば当然、セディの命に関わることもあるからな」
「……ここに連れてきた無茶は、リスクが無いと?」
「殺す気はないと確約は得ていたからなぁ。もしそれを反故するようなら、俺が正体をバラして助ける気でいたが」
「……そのくらいはするのか」
「お前、俺をなんだと思っているんだよ……」
がっくりとうなだれるヴァルターだが、正直自業自得だと思う。
「ま、いいさ……で、セディ。仮に勇者ラダンと戦うとしよう。果たして、勝算はあるのか?」
「勝算……確かに不確定要素が強いし、勝てないかもしれない」
「けど、やってみないとわからない……か?」
ヴァルターが問う。俺が頷くと、今度はファールンが諌めた。
「セディ様、私は反対です。速やかに逃げられるのならば、そのまま逃げるべきです」
「確かに、そうだけど。ちなみにヴァルター。どうやって逃げるんだ?」
「ラダンを避けるようにして移動。交戦した場合は俺が先陣を切る」
「……それだけ?」
「正直ラダン以外は烏合の衆だ。力技でもなんとかなる」
最後の最後まで無茶なやり方だ……思っていると、ヴァルターは腰に手を当て満足げな表情を浮かべる。
「セディのおかげで、重要な情報を得ることができた。成果としては十分だろう。ここは引き上げてもいいはずだ」
なんか、俺達をダシに使って情報を手に入れたとしか思えない……が、彼は彼なりに俺に考えさせる契機を与えた、というのも間違いない。ただやり方は無茶もいい所なので、この手段に賛同はできないけど。
そして――俺としてはこのまま逃げ出すのは納得がいかない部分もある。ここで勇者ラダンを倒しても、人間同士の争いが無くなることは決してない。だがそれでも、彼を首謀者とする一連の騒動については解決させることができる。
彼が関わるこの一連の事件は間違いなく、大いなる真実を軋ませる大きな事件だろう。だからこそ止めなければならないし、なおかつ速やかに解決できるのは今しかない。
だが、ヴァルターの言う通り勝算があるのか……先ほど面と向かって話をしたラダンからはずいぶんと余裕があった。これは間違いなく、俺と戦っても勝てるという自負があるからのはずだ。
俺はしばし考え……他の面々から注目を浴びる中で、口を開く。
「……一日」
「ん?」
こちらの声に、ヴァルターが眉をひそめる。
「一日、考えさせてくれ」
その言葉に誰もが渋い顔をした。けれど全員無言のまま――俺の意見に従うのか、頷いて見せた。




