その魔族の正体
逗留、などとラダンは語っていたが、俺が通された部屋はひどく殺風景で窓も無い。彼らとしては手厚く迎え入れたという感じなのかもしれないが、こんなのは幽閉と同義だろう。
「とはいえ……」
俺は手近にあった椅子に座る。何もない部屋だからこそ、ゆっくりと考えることができる。
どうやら勇者ラダン自身、俺を殺すつもりはないようだ。彼にとって俺という存在はせっかく巡り会えた『扉』を開ける候補。殺すよりも利用した方がいいという判断らしい。
で、砦の中にいる傭兵達は俺を殺さないことに同調しているようだ……この部屋に案内したルドウという戦士も俺に対しさしたる感情を持ち合わせていなかった。ラダンがそう判断したのならばそれに従う――という感じだ。
「ラダンは全部話してはいないが、きっちりとした意思の統一は行われている……ま、首謀者自身がいる以上当然と言えば当然か」
ただ彼に反逆する人物もいそうな気配……だがラダンはそれすらも許し、『扉』を開ける人間を見出そうとしている様子。まさに清濁織り交ぜた計略……俺からすればそれは計略でも何でもないのだが……まあ、そこはどうでもいいか。
とにかく、どういう状況になったとしても、どう事態が転ぼうともラダンにとっては構わないことらしいが……俺達が勝つ方法はいくつもある。
まずは彼らの計略によって生み出された戦争を全て集結させ、世界全体を平和に……と、ここまで考えて非現実的だと気付く。そもそも彼らの謀略以外でも争いは起きているはずで……なおかつ、大いなる真実を知らない魔族や神の存在もいる。はっきり言って荒唐無稽だろう。
となれば、ラダンの寿命が尽きるまで待つか……? いや、現状だって延命している上、彼自身色々と処置だって施しているだろう。それ以前に彼自身魔族などの力を取り込み寿命で死なないようにしているかもしれない……それに、彼は活動し続けている以上、放っておくのは危険すぎる。
となれば、彼の目論見そのものを潰すしかない。彼の言う遺跡に踏み込み――『原初の力』を破壊する。
「問題は、俺以外にもう一人使い手が必要ってことだが……」
ラダンの言う神魔の力と、純粋な人間……俺が『扉』を開く一人になるとしても、もう一人神や魔族達とは別に協力者がいる。しかも、神魔の力を持った人間。
「そんな人、いるのか……?」
さらに、協力してもらうにしても問題がある。当然大いなる真実を含めた色々な情報を伝えなければならないわけで……超えなければならない壁、無茶苦茶高くないか?
いや、それ以前にそもそもなぜ俺がこうして神魔の力を使っているのかも疑問だ……確かに俺は女神の魔法具とシアナの魔法具を所持してはいるが……それで成り立つならば、何か他に方法があるのでは。その検証から始めるべきでは――
その時、コンコンとノックが。俺はすぐさま目を扉に向け無言に徹する。やがて扉が開き、
「せめて返事くらいはしてくれよ」
ミュレス――いや、ヴァルターが入って来た。
「どうだ? というより、どんな話をしたんだ?」
「……お前は、事情を知っているんじゃないのか?」
「いや、ラダンは結構警戒心が強くてね……俺では周りに人がいない場で会話をすることができなかった。よって、彼が考えていることなどはあまり聞けなくてなぁ」
……魔族ということで彼なりに警戒していたのかもしれない。
で、俺はラダンが語った事実を伝えるべきか……などと思ったが、よく考えたらこいつは敵だ。教える義理はないし、下手に伝えてさらに情勢を混乱させるようになってしまう可能性もあるため、口をつぐんだ。
「で、これからどうする?」
問い掛けるヴァルター……というか、これからってどういうことだ?
「お前、何が言いたいんだ?」
「は? これからはこれからだよ」
首を傾げさえするヴァルター。ん、どういうことだ?
「お前は、ラダンの味方なんだろう?」
「ん……? おい、ちょっと待て。本気で言っているのか?」
……ますます意味がわからない。ファールンやアイナを捕まえておいて、今更何を言っているんだ?
俺は不審な目を向けながら警戒の意を示すために剣の柄に手を掛ける。するとヴァルターは俺を止めるべく両手を突き出す。
「ちょ、ちょっと待て。お前、俺のことはラダンから聞いたんだろ?」
「ああ。ヴァルターという名前だな?」
「そう! そうだ、ヴァルターだ!」
そこで、沈黙。ヴァルターは言葉を待つ構えのようだが、俺は一切の警戒を解かず、
「……で?」
瞬間、彼はがっくりと肩を落とした。その姿に俺は拍子抜け。
「……そうか、そういうことか」
肩を震わせ始める。そのまま崩れ落ちるんじゃないかと思えるほどだったのだが……やがて、
「……よし、わかった。ならついてこい」
「は?」
唐突に何を言い出す? 俺が眉根を寄せていると、彼はおもむろに部屋の扉を開ける。
「ついてこい」
もう一度言う。出ていいのかと俺は思ったのだが、とりあえず彼に従って部屋の外に出た。
そして何の説明もなく砦の中を案内される……大丈夫なのかと思ったが、傭兵達は俺のことを見ても大した興味もなさそうにして、一切取り合うことはなかった。
「……部屋から出て大丈夫なのか?」
「お前は客だからな」
確認の問い掛けに、ヴァルターはそう答えた。正直納得できる説明とは言えなかったのだが……考える間に、俺達の前に一枚の鉄扉が現れた。
中は牢屋なんだろうと扉の外観だけで推測できた。問答無用でそこに入り、奥へと進む。
見張りの類はいないが……ここだけ壁面に魔力が感じられた。どうやら補強してあるらしい。
「おーい」
そして一番奥でヴァルターは声を上げる。横に立ち目を向けた先……そこにはファールンとアイナがいた。
「……セディ様!」
両者共手錠らしきもので手を拘束されているが、他は無事。格好もはぐれた時と変わっていない。
「よかった、ご無事だったんですね?」
「ああ、まあ……」
と、言いつつ俺はヴァルターを見る。すると今度はアイナが声を上げた。
「で、そっちの魔族とあなたがなぜ隣同士でいるの?」
「……正直、俺が訊きたいくらいなんだが」
言いつつ俺は牢を見回す。他に人はいない。話していても問題はなさそうだが――
「他に来るやつはいないって」
こちらの視線に気付いたヴァルターが告げる。
「だから、気兼ねなく話してもいいぞ」
「何であんたが仕切っているの?」
睨みつけつつアイナが問う。その雰囲気に俺がちょっと怖いと思うくらいだったのだが……ヴァルターはずいぶんと冷静だった。
「言っておくが、俺の手引きなしに脱出できると思うなよ」
――その言葉に、アイナの目は点になった。
「は……?」
俺と似たような反応を示す。無理もない。
「あなたは敵でしょう?」
「いやいや、実はこれ、俺なりの計略で――」
「計略……?」
疑わしげにファールンも呟く。そこでヴァルターは俺に視線を向け、
「なあセディ。説明してやってくれよ」
こいつは何が言いたいんだ……? 俺としては首を傾げる他なかったのだが、一度ファールン達を見てまずはここに来るまでの経緯を説明する。
「……俺はまず、皆とはぐれた段階で敵と遭遇し、それを撃退した。結界のようなものに封じ込められたらしいが……ファールン達は?」
「同じく」
「私もそう。もっとも、忌々しい隣の魔族によるものだけど」
アイナが不満げに答える。なるほどと思いつつ、さらに解説を加える。
「で、砦に近づき……ミュレス、じゃなかった。ミュレスという偽名を語っていたこのヴァルターという魔族から砦に招かれるような形で……って、ファールン、どうした?」
説明する間にヘナヘナと崩れ落ちるファールン。ちょっと待て、今の説明に何が?
「……あの、セディ様」
「ああ」
「ヴァルター、と仰りましたか?」
「ああ。この魔族の名前……」
「あの……」
ファールンが、とても言いにくそうな雰囲気を伴い、語る。
「大変言いにくいのですが……その名前が正しければ……その方は、先代魔王様です」
――その言葉は、俺に驚愕を与えるには十分すぎるものだった。




