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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者始動編
17/428

その魔族について

 翌日、魔法陣のある部屋にメンバーが集合し、いよいよ任務を始めることとなった。ちなみに俺の格好は黒衣に加え、魔族としての真紅の髪と翡翠の瞳。


「さて、転移する前にいくつか言い含めておこう」


 俺の目の前にいるエーレがそう前置きをして、話を始める。


「まずセディ。あなたの力についてだ。人間である時は問題ないが、魔族に変化すると強制的に力が低減するようになっている」

「え、何で?」

「魔族として、私より強い者がいるのはまずい」


 ああ、確かにそうだ。


「能力だが、人間時の七割程度だと考えてくれ」

「魔族の時の方が人間より弱いというのは、なんだか奇妙だな」

「私もそう思う」


 エーレは心底同意するような顔つきで言う。


「付け加えると、通常の力を使う分には問題ない。ただ、覚醒――あなたがベリウス討伐時や、私との戦いで見せた力は出せないと考えてくれ。場合によっては勇者に戻って戦ってもいい。その辺りは、あなたの判断に任せよう。ただし、あなたの存在が露見すれば任務はできなくなる。その点は忘れないで欲しい」

「わかった」

「なら次だ」


 頷くと、エーレは俺の横にいるシアナへ言う。


「シアナ、手筈はわかっていると思うが、弱みを見せる様な真似はするなよ」

「はい」


 エーレは返事を聞くと、俺の背後に控えているリーデスとファールンに視線を送る。


「お前達にはセディの教育係と同時に、シアナの護衛を言い渡す……大丈夫だとは思うが、注意をしてくれ」


 二人はエーレの言葉にうやうやしく頭を下げた。


「では出発だな。セディ、陣の中央に」


 呼ばれ、俺は部屋の中央に立つ。

 他の面々も合わせて立った瞬間、魔法陣が光り輝いた。


「無事を祈っている――」


 最後にエーレの声を聞いて――俺はゆっくりと目を閉じた。

 一瞬だけ浮遊感が生まれ、それが収まると周囲から様々な音が聞こえ始める。


 目を開ける。木々に囲まれた、空き地のような空間だった。


「さて、進もうか」


 隣にいるリーデスが言う。俺は「ああ」と答え歩き出そうとして――すぐにやめる。


「えっと、どっちに行けば?」

「こっちだよ」


 リーデスは俺の正面方向を指差す。


「道すがら今回会う魔族について説明をするよ。あ、シアナ様も聞いておいてください」

「はい」


 彼女の言葉と共に俺達は森に入る。


 鎧を着ていない分、多少歩きやすかったのだが――シアナのことが気に掛かった。確か彼女はドレス姿だったはず。

 振り返る。彼女はドレスの裾を一切気に掛けず歩いていた。


「……進みにくくないのか?」


 訊いてみると、シアナはにこやかに答える。


「大丈夫ですよ」


 本人は街道を歩くように優雅に歩いている。明らかにドレスの裾が草なんかに引っ掛かっている気がするが――まあいいか。

 思い直して足を進めると、程なくして森を抜け街道に出た。左右に道が伸びているが、左を見るとやや遠くに城下町が見える。


「あそこが目的地だ」


 リーデスが言う。俺は首を向け、彼に尋ねた。


「あれって、魔族の城じゃないよな?」

「うん。あそこはエージェス王国首都、マジェンだ」


 聞き覚えのある国名。俺の故郷であるランクルト王国の右隣に位置する国だ。


「あそこに行くのか?」

「あの都市で、幹部と落ち合う約束をしているんだよ」

「……なぜ人間の都市なんだ?」

「試験の一種だ。人間側の都市を指定することで命令を順守しているかどうかを確かめる。陛下から、魔族が世界に拠点を構える理由は聞いているだろ? 好戦的な魔族というのは、人間が近くにいるだけで暴れ出すからね。きちんと自制し、命令通り行動できるかどうかを調べる意味がある」

「……それ、場合によっては城下が大変なことになるんじゃないのか?」


 もし暴走してしまったら――そこでリーデスは笑みを浮かべる。


「もちろん、信用における魔族にしか試さないよ。さっき試験の一種だと言ったけれど、これは最終試験なんだ。大いなる真実を話すことができるかどうか――ここに至るまでに、色々やっているんだよ」

「つまり、大丈夫だという確約はあるわけだな」

「そう。今回の魔族は温和な性格だし、心配はいらない」


 言うと、リーデスはマントをバサッとはためかせ――突如姿が変わった。

 銀髪は相変わらずだったが、瞳の色は黒くなり、なおかつ貴族服のような衣装は旅装に。ついでにマントも茶色となる。


 唐突な変化に、目が点になった。


「このくらいはできないと、幹部なんてつとまらないよ。諜報活動も、仕事の内だからね」


 視線に気付いたリーデスは、俺にそう言ってくる。


「ついでに僕の衣服は支給された物で、体の一部じゃない。魔法によって視覚的に変化をしているだけで、これは幻術の一種だ」

「あ、ああ。そうなのか」


 俺は納得しつつシアナに目をやった。そこには黒ではなく純白のローブに身を包んだ彼女がいた。


「大丈夫ですか? 違和感ありません?」


 自分の格好を見ながら問い掛けてくる彼女に、俺は頷く。


「ああ、大丈夫。とても似合ってる」


 ――と、言った時シアナの体がピクンと跳ねた。すぐさま顔を上げ、目を合わせる。


「え、えっと……?」


 俺は動きに戸惑い口ごもる。

 シアナは上目遣いでしばしこちらを眺めていたが、少ししてはっと我に返り、姿勢を正した。


「すいません……それで、セディ様は?」

「ああ、俺は……格好まで変えられるのか?」

「機能は確かあるようなことをお姉様は言っていましたが」


 そんなこと一言も聞いていないぞ?


「姿を変える要領で変化できるんじゃないかな?」


 リーデスが言う。俺は「そうかも」と応じつつ、一度深呼吸して変化のイメージを頭に浮かべる。


 これでできるかどうかわからないが――果たして、服の色合いが変わった。

 想像したのは青色。その考え通りに、黒衣が深い青に変色していく。


「お、できたね」


 リーデスが感嘆の声を発する。

 俺は自分の姿を見ながら、これで大丈夫だろうと思い、他の仲間を見回した。


「……あれ?」


 そこで気付く。ファールンがいない。


「リーデス、ファールンはどうした?」

「連絡しに先に行ったよ」

「いつのまに?」

「転移した直後に飛び立ったよ。君が気付かなかっただけだ」


 彼は言うと身を翻し、進路を城下町に向ける。


「さて、行こうか。この面子なら勇者パーティーと呼べなくもない。怪しまれることはないだろう」

「そうだな……ちなみに、この場合は誰が勇者だ?」

「意表をついてシアナ様で」

「おお、それはよさそうだな」

「あの……冗談とかはできればやめてくださいね?」


 そんな会話をこなしながら、俺達は街道を進み始めた。






「さて、今回の魔族に関する説明だ」


 街が迫る中、リーデスは俺に語り始めた。


「名前はグランホーク=シェンカー。血統などに特別なものはなく、下級魔族に位置している者だ。武勇に秀でており、幾度か勇者パーティーを破った実績もある」

「殺したってことか?」


 訊いてどうするわけでもないが、尋ねてみる。リーデスは首を左右に振った。


「彼は少しばかり頭が回ってね。下手に勇者を倒せばさらに強力な勇者が現れると確信していた。そのため、殺すまでには至っていない。まあ、隣国のランクルト王国に君という存在がいたからね。来ないように上手く立ち回っていたのかもしれない」

「……そういえば、聞いたことあるな」


 俺はふいに、勇者としての過去を思い返す。

 功績が認められ、養父が領主になったくらいの時期に、エージェス王国で勇者が敗れたという事件があった。彼らはどうにか退散し、リベンジを誓っていたはずだ。


「確かに勇者が殺されていたら、俺が赴いていたかもしれない」

「だろうね……そうした用心深い彼の性格と、何より人を目の前にして殺さず律することができたという事実に、陛下がいたく興味を持った。そこから身辺調査を行い、かなりの力を有しているともわかった」

「だから勧誘するわけか」


 俺の言葉にリーデスは、手を広げながら応じる。


「そう。実力もお墨付きであるため、後は今回の最終試験をパスするだけとなった」

「そんな重要な役目を、俺が?」

「もちろん君だけじゃなく、僕らも見る……君にやってもらいたいのは、勇者としての経験や人間としての観点かな。君が思い描いている管理手法なんかと照らし合わせ、大いなる真実を知らせるべきかアドバイスを頼むよ」

「思い描くって、そこまでのレベルには到達していないけどな……」


 そう返した時――城下に辿り着いた。俺は街に視線を移し、観察を始める。

 平原に建てられた城であるため、街の周囲は城壁に囲まれている。とはいえそれほど高くはない。せいぜい徒歩の侵入を防ぐくらいのものだ。後は形。門を中心にしてやや曲線を描いているので、上から見ると円形なのだろうと想像できた。


 そこから俺達は門番からのチェックを受けて、街に入る。特に問題は生じない。変装により、一切疑われずに済んでいる。


「……一応訊くが、もし勇者とかに見つかったらどうするんだ?」


 ふと、俺は大いなる真実を巡る騒動を思い出しながらリーデスに問う。

 あの時俺は、変装するファールンの存在に気付いた。それは魔力を感じたが故――もし力量の高い勇者がいたならば、見た目を変えてもわかってしまうかもしれない。


「大丈夫ですよ」


 質問には、リーデスではなくシアナが応じた。


「私やリーデスの気配に勘付くのはセディ様くらいでしょうし……そうした方がそこかしこにいるとは思えません」

「それは、そうだけど」


 返しながら、シアナを見る。白いローブを身にまとった姿と口調から、カレンを思い出す。


「それとセディ様は元々人間ですし、問題ないはずです」

「そうだといいけどな」


 俺はシアナと目を合わせながら答え――ふと、気付く。

 彼女は装備を変えたことによりヒールも靴になっているため、その分身長も低くなっている。それがどこか昔のカレンを思い出させ――頭から振り払うように呟いた。


「わかった、ありがとう。それと、もし何かあったら遠慮なく言ってくれ。相談に乗るし、シアナを絶対に守るから」


 多少考えを誤魔化すように――それでいて仲間だからというつもりで言った。

 けれど、シアナはピクリと肩を揺らす。


「あ、は、はい」


 頷くシアナ。けれど動作がぎこちない。ん、何かあるのだろうか。


「あ、もしかして不安が――」

「セディ」


 そこで、リーデスが割って入ってくる。


「あそこで食事でもしようよ」

「え?」


 俺はすぐさま視線をやる。彼は指で一方向を示していた。

 その先にはオープンカフェらしき店が一軒。


「朝食事もせず出て来ただろ?」

「ん、そういえばそうだな」

「だったら先に腹ごしらえをしようよ」

「わかった」


 提案を受け入れ店に歩む。

 そこに至るとシアナも平静を取り戻した。なんだか尋ねる空気でもなかったので、質問をする機会を失くしてしまった。






 俺達はカフェの中で外に出ている席に座ると、すぐに店員がやってきて注文を取った。位置としては目の前にリーデス。左にリアナとその奥に店。右手は混雑する大通り。


 料理を待つ間周囲をぐるりと見回す。以前滞在していたフォシン王国の首都と比べ、やや規模は小さい。だが人通りの多さは変わらないようにも見える。さらに道行く人々は笑っていたり、穏やかな顔であったりと幸せそうだ。


 こうした場所に魔族の任務で赴くと思わなかったため、少しばかり嬉しくなる。


「何か気になる?」


 リーデスが問う。俺は彼に目をやりつつ返答した。


「管理の任務だから、人間のいる場所なんて行かないと思い込んでいて、少しばかり驚いているんだ」

「そうか。けどこうした事例は少ないよ。実際は君が想像している通りだと思う。人に見咎められないよう裏でコソコソとやる感じ」


 彼は肩をすくめつつ答えると、俺は笑いなんとなくシアナを見た。


 彼女はこちらを凝視していたが、目が合うとさっと顔を逸らす。

 やはり様子が変だ――俺は口を開こうとしたが、料理が先に来てしまった。


「さて、食べようか」


 リーデスの前にはサンドイッチが置かれ、彼は手に取りながら告げた。俺はなんとなく、その姿が奇異に映る。


 少ししてエーレの姿を思い浮かべる。彼女の場合はケーキや紅茶を食していた。なので、食べることはできるのだが……それ以外に食事をする風景を見たことがない。俺の食事はきちんとあったので、厨房くらいはあるはずなのだが。


「……なあリーデス。魔族というのは食事をしないといけないのか?」

「別にどちらでも良い、が正解だね」


 リーデスはサンドイッチを食べながら答える。


「魔族は魔力の扱いに長けているため、内なる魔力を使って体の維持が可能だ。これは神々も同様。だから別に食事はしなくてもいいんだけど……まあ、お腹が空くとイライラするのは人間と同じだから、考え事をする時くらいは食べるようにしているよ」

「食べることが楽しみだという方もいますね。お姉様なんかが典型です」


 シアナの声。彼女の目の前にはオムライスが置かれ、嬉しそうに頬張っている。その様子を見れば、魔族が人間と同じように食事を楽しむことができると明瞭にわかる。


「そう聞くと、魔族は結構人間と似ているんだな」


 俺の目の前にはトマトソースのパスタ。それをクルクルとフォークで巻き取って食べつつ呟く。

 すると、所作を見てリーデスが驚いた。


「お、上手い」

「ん……? 食べ方のことか? このくらい大したことないだろ」

「いやいや。普段食事をしない僕らからすると、できない者が多かったりする」


 なるほど。食事回数が少ない分、こうした技能(食事することが技能と呼んでいいのか疑問だが)を習得するのは大変らしい。


「仲間の中にはフォークを使うことすらせず、皿を傾けて流し込む者もいるね」

「……それ、口の中に全部入るのか?」

「虚無を呼び寄せる魔法のように、吸い込まれていったよ」


 どういう魔族なのか気になったが――このまま延々と脱線するのもアレだと思い、俺は話を戻した。


「えっと、それでグランホークという魔族の詳細は?」

「ん、今から説明するよ」


 リーデスは残り四分の一になったサンドイッチを一口で食べ、それを飲み込んだ後喋り始めた。


「えっと、本来の風貌は戦士系で君よりも身長が高い。年の頃は二十代半ばと言った所で、好青年といった雰囲気だね。特徴的なのは青い髪と、黒と茶色のオッドアイ。で、武勇に優れていると言ったけど、槍の名手だ」

「槍使いか……そういえば、武具を操る技能とかは訓練するのか?」

「多少はね。僕もベリウスの時は大剣を扱うため頑張った」

「……頑張った?」

「剣術を教えられるくらい経験持っている魔族、少ないんだよね。だから人間のフリをして、剣術を教わっていた時期もあった」


 またも驚愕の事実が出てきた――けれど少し考えれば、魔族の中には人間と同じ武術を使う存在もいる。それは人から教わっているということなのだろう。


「ああ、ただ一つ言っておくけど」


 思案する俺に、リーデスは付け加える。


「そんなことをするのは大いなる真実を知っている魔族が大半だよ。僕の場合は強くなるため命令を受けたため、教わった」

「ということは、真実を知らない魔族はしないのか?」

「人間達に教わるためプライドを捨てれば、やるんじゃない?」

「……ないよな、普通は」


 大抵の魔族は人間を見下しているはず。そんな存在から教わろうなどというのは、命令でもなければやらないだろう。

 思っていると、リーデスはグランホークに関する言及を加える。


「しかし彼の場合は珍しく、自発的なケースだ。下級魔族でありながら元々素質があったというのもあるんだけど……訓練を受け、後はほぼ独学で成長した」

「下級魔族、か」


 俺はその言葉に着目する。昨日リーデスから聞いた、魔族に関する話も思い出す。生まれた時から全てが決まっているという事実を突きつけられれば、足掻こうと人間に教わろうとするのも、理解できる。


「彼の概要はそんなところだね。何か質問はある?」


 リーデスは話を区切った。俺はしばし考えた後、さらなる疑問を口にする。


「そうだな……彼の素養に気付いたのは、どういった理由?」

「ディクス様からの報告だよ。大いなる真実を知らない幹部と連絡を取り合っていた折、その者が目を掛けていた魔族から非常に高い潜在能力を確認できた……それが、グランホークだ」

「なるほど……で、その幹部はどうしたんだ? 話に噛んでいるのか?」

「もう滅ぼされているよ。サルファン王国にいた魔族だ」

「……へえ、そういう繋がりがあるのか」

「知っているの?」

「知っているも何も――その国の大幹部は俺が倒したんだよ」


 俺の言葉に――リーデスとシアナは同時に驚いた。


「え、君が?」

「ああ。そういえばエーレも驚いていたな。礼まで言われたよ」

「当然ですね」


 憮然とした面持ちで、シアナが話す。


「あの幹部はずいぶん無茶をしていましたから」

「そんなに評判悪かったのか……って、そうした奴と親交があった魔族なんて、大丈夫なのか?」


 なんとなく口に出してみた。

 エーレの話では、魔王の座を狙おうとしていたと聞き及んでいる。もしかするとグランホークも、同じように考えているかもしれない。


 けれど、リーデスはやけにあっさり返答した。


「いや、大丈夫じゃないかな?」

「根拠があるのか?」

「言っただろ? 魔族に仲間意識なんてないって。あるのは明確な上下関係だけだって。サルファンの魔族だって、グランホークを利用しようと色々していただけだし、滅んだ以上それは解消されているよ」


 彼は言うと、今度は肩をすくめる。


「大いなる真実を知らない魔族はほとんどそんな感じだ。基本彼らは自分の力を高めるか、欲望にまい進しているかのどちらかだからね。利害が一致して動くというのはあるかもしれないけど、そんなものは一時のもので旗色が悪くなればいくらでも裏切る。そうした中、グランホークのように例外……つまり、人間相手に暴走しない者もいるというだけ」

「なんだか……殺伐としているな」

「そんなものだよ、魔族の関係は」


 リーデスのコメントに、俺はシアナの顔を窺った。オムライスをペロリとたいらげた彼女は、同意するような面持ちだった。


「だからサルファンの魔族の件については心配していない」

「そうか。となれば触れなければ問題ないよな?」

「ああ……と」


 リーデスはふと、俺の背後に視線をやった。気になり振り返ると、黒い鎧を着こんだ戦士風の、青い髪の偉丈夫が歩いていた。


「噂をすれば、だね」


 どうやら話題の当人らしい。俺も慌ててパスタの残りを口に入れ、来るのを待つ。

 相手――グランホークはこちらを一瞥した後、瞳に強い光を見せつつ、近寄ってきた。


「どうも、リーデス殿」


 見た目に準じた、やや芯の太い声。

 リーデスの語った通り、二十代半ばの好青年。さらに言えば体格も良くて肩幅が広く、高い鼻が特徴だった。


「お待たせして申し訳ない」

「いえ、大した時間ではありませんでしたから」


 グランホークの言葉にリーデスはにこやかに返すと、立ち上がる。

 俺とシアナも会わせて席を立つと、グランホークはシアナへと礼を示した。


「お初にお目に掛かります、シアナ様。グランホーク=シェンカーと申します」

「初めまして。よろしくお願いいたします」


 シアナもまたにこりと笑みで応じつつ、手で俺を示す。


「今回は実験ということで、あなたの土地を選ばせて頂きました。ご迷惑をおかけしますが」

「いえ、本望です。それで、この者が実験の……?」

「はい」


 シアナは深く頷き、紹介を始める。


「この者が陛下の命を狙った勇者の一人……それを魔族化したものです。現在は調整中で今回は実地によるテスト、と言ったところです。名はベリウス……この者は、先代ベリウスを倒したため、名を与えることになりました」

「なるほど。かのベリウスを倒した存在……名を継ぐに足りますね」


 彼は(あご)に手をやり、観察するように俺を眺めつつ、さらに尋ねる。


「テストとは、具体的に何をすれば?」

「まずは行動をしていて問題ないか……実の所調整が終わったのが最近で、暴走しないかを見る必要もあるのです。そしてもう一つは、魔族化して勇者本来の力を出せるかの確認。あなたが槍の名手であることを踏まえ、選定させて頂きました」


 シアナの言葉に――俺はドキリとした。その言い方はつまり、


「なので、戦闘を行っていただいて、きちんと勇者としての力……特に技術面を引き出せるのか試したいのです。それには、人間の技が使えるあなたが適任だと思いまして」


 答えが来た。ああ、確かにそうした理由ならここに来た理屈も成り立つ。


「様々な方を選定しましたが、あなたが最も良いと判断しました」

「光栄です」


 グランホークは小さく頭を下げた。魔王の妹なので(ひざまず)いてもおかしくないところだが、人目もあるためかそこまではしない。


「では、食事も済ませましたし行きましょうか」


 にこやかにシアナが言うと、グランホークは「はい」と深く頷いて言う。


「人目のつかない場所で転移を致します」

「わかりました」


 彼女が了承すると、グランホークは先頭に立ち歩き始める。俺はその後に続き、リーデスは会計を済ませた後追随した。

 俺はシアナの実験体ということで、彼女の横を進む。リーデスは先導するグランホークの隣を歩き、会話を行うこととなった。


「この街に入ったのは、初めてですか?」

「いえ、槍を学んだ道場があるので、ここは馴染みの場所です……そういえば、なぜこの場所を指定したのですか?」

「あなたが人間のいる場所で平静にいられるかどうかを試していたのですよ。少々やって頂きたい任務がありまして」

「任務、ですか? それは今回の件と関係が?」

「ええ」


 リーデスの言葉に、グランホークはにわかに緊張した様子。

 人間に例えれば、何の実績もない兵士が王様から勅命を受ける様なものだろう。そう反応して当然だ。


 会話をしつつ、やがて俺達は大通りを逸れ路地に入る。さらに幾度か角を曲がると、どんどん人気がなくなっていく。


「あそこにしましょうか」


 やがてグランホークが示したのは、木々が生い茂る一角。周囲には家もなく、ひどく静かで閑散としている。

 俺は一応周囲に目を配りながら茂みに入る。程なくして城壁が見えた。どうやら街の端らしい。


「では、よろしいですか?」


 グランホークがシアナに振り返り発言する。彼女が頷くと、彼は軽く手を振り――すぐに、周囲が発光を始める。


「では、行きますよ」


 穏やかに告げたグランホークと同時に、一瞬視界がブレ、景色が変わった。

 木々が生い茂る森なのは間違いないが、グランホークの立つ場所の奥側は崖となっており、綺麗な青空を覗かせていた。


「あちらになります」


 彼はそちらを手で示す。俺やシアナが歩み寄り眼下を見下ろす。


 真正面にグランホークの居城があった。周囲は森。さらに城の四方を囲む分厚い城壁がツタで覆われている。

 そして城は黒と白を合わせた色合いの建物で、自然の中で唯一、圧倒的な威圧感を放っている。


「防衛のためここから徒歩となりますが、ご了承ください」

「出入りはここからされるのですか?」


 シアナが問う。グランホークは首を左右に振った。


「中から外に出ることは可能です。外から侵入を防ぐわけです」

「なるほど」


 彼女が納得したように声を上げた後――俺達は進み始めた。

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