もう一つの真実
「洞窟奥で転落し、戻って来た時……兄弟は確かに自身が願った力を得ていた。そして、それ以上……まさしく世界を支配することも、破壊することも可能な絶対的な力……私はこれを『原初の力』と名付けた。それが全ての始まりであるためだ」
「原初……まさか……」
俺の言葉にラダンは一度目を細め、次いで説明を加える。
「その後、兄弟は思うがまま行動した。弟は親を蘇らせ、兄は復讐したいと思っていた相手に暴虐の限りを尽くした……その時点で、兄弟には亀裂が走った。当然だな。破壊と創造……相反する力なのだから。弟は破壊した存在を再度復元し、兄はそれを破壊しようとして……二人は、その絶対的な力を少しばかり恐れた」
ラダンは天井を見上げる。これから事の核心に触れるため、話す準備をしているかのよう。
「……そして二人は、こうした力が他の人間の手に渡ることを恐れた。あらゆる力を得ていた兄弟は、こんな力を持つ者が多数存在すれば世界が破滅すると結論付けた。そして『原初の力』のある地底の裂け目を両者の力で封印し……それでいて、その力に触れることができるような設備を整えた」
「なぜ、そんなことを?」
「他にそうした存在が出た時、対抗するためと書かれていたよ。まあ、兄弟の心情が手記に全て現れているかどうかはわからないから、ここではそう書かれていたと言うだけに留めよう」
……気付けば、話に引き込まれている。俺は相手のペースに飲まれそうになっていると思い、気を引き締めつつ耳を傾ける。
「さて、そうして兄弟は力を封印した後、この世界を狂ったものに変えないよう、自らの世界に閉じこもることにした」
「何?」
「二人は確かに創造と破壊を世界にもたらした……そして、その力がこの世界の理に反するものだとして、除けるべきだと考えたのだ。両者は自身の力を用いて二つの別世界を生み出した。弟は自身が蘇らせた者達を引き取り、また兄は復讐し弟により生き返らせた存在を引き取った。おそらくそうして蘇らせた者達は、理に外れた者だと考えたのだろう」
「……それが」
「そうだ」
俺の言葉に、ラダンは頷いた。
「理に外れていようとも、それは紛れもない人間であり……また兄弟の力を受け、そのありようを大きく変容させていった……そして生まれたのが、神と魔王」
ラダンは俺をどこか睨むようにして、告げる。
「つまりこの世界の神と魔王は、人間……私達と同じ祖先をもつ存在だったのだよ」
新たな事実を口にしたラダンは、俺に対し笑みを浮かべる。
「この事実を聞けば、世界の見方もまた変わるのではないか?」
神と魔王と人間は同じ祖先――そう言われると、魔王や神に対し見方が変わるというのは事実ではある。しかし――
「一つ、いいか?」
「エルフや新竜を始めとした多種族はどうなのか、という話だな」
問おうとしていたことが相手から告げられる。
「その真実の後に調べてみたのだが……人間とは異なる種族は基本、人間と比べ魔力や身体能力に優れているな?」
「そうだが……それがどうかしたのか?」
「私は神や魔王の存在から、彼らもまた人間から派生した種族なのではと考え、色々と調べた……そんな中、これについては兄弟の手記を見ても発見できなかったため、推測しかできないが……おそらく、神や魔王が人間に対し何かしらの魔力を与えたことにより、生まれたのではないかと考えている」
「何……?」
「亜人種とでも言うべき種族は、兄弟の時にはいなかったようだ……そして、神と魔王の戦いでも描かれることはなかった……伝承では不干渉を決め込んだと語られているが、そうではなくおそらくは、神や魔王が創り出した種族なのではないかと思う」
……俺としては、そちらの方が正直心を揺さぶられた。人間に魔力を当て、新たな種族とする。それはまるで――
「君の思う通り、紛れもない人体実験だな」
ラダンが皮肉気に笑う。
「君はおそらく、これまで人体実験などという馬鹿げたことをする輩を成敗してきた人間だろう。そしてそれは、大いなる真実を知った後も変わっていないはずだ」
「……その管理をしている俺に、魔族や神と協力する俺に成敗する資格はないとでも言いたいのか?」
「違う。それを心の中に留めておけと言っているのだ」
笑みを消し、ラダンは俺の心を読むかのように鋭い視線を投げた。
「魔王や神は、こうした一連の事実を知っているかもしれないし、知らないかもしれない……知っているとするならば、魔王や神は事実を飲み込み、大いなる真実の枠組みでこの世界を管理しているということになる」
「……飲み込む、か」
「どういう経緯であれ、今この世界では様々な種族が暮らしている。エルフ、新竜、ドワーフ、妖精……マーメイドやマーマンといったのもいるな。ともかく、そうした言わば人間に近い種族というのは、人為的なものが発端なのだと、私は考えている」
ラダンの言葉はいつしか重くなっていた……が、それを自覚したのか彼は咳払いを一つする。
「さて、私の選択の話に関与することはこのくらいだ……ここから本題を話そう。私は調査を経て至った結論を胸に抱き、ある選択をした」
いよいよ核心部分……正直、俺にそれを話すこと自体異様な気がしないでもなかったが――
「私は……『原初の存在』である兄弟のように、この世界に眠る力を手に入れる」
「……何……?」
「地中深くにあるのならば、どこか大地の割れ目でも探せばいい話なのだが……どうも調査した結果、そう簡単にはいかないらしい……もしかすると、兄弟が悪用を防ぐために封印したのかもしれない」
肩をすくめるラダン……そうか、神や魔王という力を有するに至った力を手に入れることができれば、彼自身が――
「神界と魔界に分かれた兄弟はその後、原初の力を封印し、生を全うした……彼らは多大な力を有していたが、その体は人間のままであったため、子孫のように長生きできなかったらしいな」
「その兄弟が存命だったら、神と魔王が戦争なんてしなかったかもしれないな」
「かもしれない。あくまで仮定の話だが」
ラダンは再度笑う。それは「無理だろう」と語っているような気がした。
「まあ、その辺りの話はしても無駄だ。で、私が言いたいことは理解できたか?」
「……つまり、あんた自身が力を手にし世界を支配。平和な世界を創るということだな」
「そうだ。手記からすると願うことで力が手に入るらしい……ならば、私はどういう力を手にすればいいか深く理解しているし、何よりヒントもあった」
ヒント……俺が訝しげな視線を投げていると、ラダンはさらに続ける。
「兄弟が作り上げた遺跡……そこには、ある封印が成されていた。他人が力を手に入れることを兄弟達が防ぐのであれば、物理的に塞ぐだけでもよかったはずだが……彼らはそうはせず、封印することを選んだ。もしかすると、この世界に原初の存在が必要となる……そんな風に思ったのかもしれない」
「封印、ということは普通じゃ中に入れないわけだろ?」
「無論だ……少し話は逸れるが、私は大いなる真実を知って以後、色々な力を活用し始めた。中には魔族の力を利用した事もあるし、それに関する魔法具も所持していた」
つまり、女神から授かった魔法具以外にも色々と所持していたわけか……大いなる真実を知り、神や魔王と対応する手段を模索していたのかもしれない。
「そして……だからこそ、私は封印された場所に入ることができた」
「何……?」
「遺跡に入る条件はただ一つ。兄弟の力……つまり神と魔の力を同時に使用することだった」
――刹那、俺はマヴァスト王国での戦いを思い出した。




