語り始める勇者
拘束などは一切されず、俺はミュレスや金髪の戦士の案内により砦へ正面から入る。中は理路整然としており、だらけている傭兵の姿もまったく存在しない。雇われている立場である以上怠けていていてもおかしくないような気がしたが……俺達の存在により気を引き締めているのか、それとも勇者ラダンの統率力が高いということなのか。
建物の中に入り、ミュレスが金髪の戦士に「ルドウ」と口にしていた。おそらくそれが彼の名前だろうと認知しつつ……やがて、砦奥へと到着した。
「ここだ」
ミュレスは言うと、ルドウと共に扉の左右に立つ。
「ここからはお前一人だ」
「……一人?」
「ここでお前がラダンを斬れば、事件は解決したも同然だろうな……けど、果たしてそう上手くいくかな?」
茶化した物言いに俺はミュレスを見返す……向こうだって当然対策はしているだろうし、そもそも本当にこの部屋にいる人物が勇者ラダンなのかという疑問もつきまとう。
まあいい。その辺りは議論していても始まらない……俺はドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開く。中はそこそこの広さを持った空間。ただその場所に執務机が一つと本棚が少しだけであり、広さがまったく活かされていない殺風景な印象を俺に与える。
中に入ると後方で扉が閉まる音。そして目の前には執務机の上で手を組む男性が一人。
「ようこそ、勇者セディ」
声は、年配でいながら力強い響き――まず金色の髪が綺麗に整えられている。皺の多さなどは五十代くらいのものであるため、白が一片もない髪色がずいぶんと奇妙に映る。
そして体格は、座っていても細身なのがはっきりとわかる。黒の貴族服に袖を通しており、その威厳と迫力は相当なもの。普通の人が向かい合えば、雰囲気だけでたじろがせるくらいのことは余裕のようにも思える。
「……あんたが、勇者ラダンか?」
今度は俺が口を開く。相手は「そうだ」と簡潔に答えると、執務机正面にある一脚の椅子を指差した。
「そちらに座りなさい」
一瞬罠でもあるのか警戒したが……少なくとも魔力は感じられない。
剣は鞘にしまってあるが、このまま抜き放とうかなどと考える間に――ラダンは、体勢を変えぬまま告げる。
「疑うのは無理もないが、今の所全て私達の術中であるのを忘れるな」
言葉に、俺は黙ったまま椅子に座る。次いで睨むようにラダンを見据えると、彼は一方的に話を始めた。
「こうして君を呼びつけたのには理由がある……とはいえ、君自身納得がいかないことも多いだろうし、その鋭い視線を見ていつ飛び掛かってくるか、少しばかり警戒だってしている」
物腰としては落ち着いているようにも見えるのだが……ラダンは、そう語る。
「だが、それを差し引いたとしても私としては君と話がしたかった」
「それだけの価値があるとでも言いたいのか?」
問い掛けるとラダンは「そうだ」と明瞭に答える。
「さて……本題に入る前に、まずは私がなぜこうした事をしているのかを説明する必要があるな」
説明……? 戦乱を振りまく理由を、ラダンはあっさりと話すというのか?
「驚いているな。だがまあ、君に理由を話す事こそが、私の目的を果たす近道になるのだと思ってくれればいい」
まったく理解できない……しかし嬉々として話してもらえるのならば、好都合だと思い沈黙を守る。
「ふむ、聞く気にはなったようだな。結構結構……ではまず、私が大いなる真実を知ることになった件からだな」
一方的に話し始めるが……俺はそれを聞き続ける。
「私の生い立ちなどについては、君も知っているかもしれないが……『女神の剣』という小説に大筋は載っている。私はとある学者に半生を伝え、ああして本になった。単なる記録書だったはずだが、それを加工して小説という形態に変化させたものとなる。誇張表現もあるが、実際ああした魔族を倒したことは紛れもない事実だ」
ラダンは語る……対する俺は、鋭い視線により目を合わせるだけ。
「小説で語られている以降も、私は旅を続けていた。その時点で私は四十を超えており、体もずいぶんとガタが来ていたよ。そうした中で、私は名声からとある国に招待された。是非とも、これまでの戦いについて教えて欲しいと」
そうした依頼については、小説となる程功績を積んだ以上さして変だとも思えない。
また同時に、どういう展開なのかがおぼろげながら読めた。
「私は喜んでその国を訪れ、話をした。やがて……とある王族からさらなる話が聞きたいと請われ、屋敷に招待された。彼は私のその名声を、別の視点から見ていたようだった」
「つまり、その時」
俺が口を開く。ラダンはすぐさま頷いた。
「そうだ……王族は私に大いなる真実について話をした。そして、その輪の中に加わるべきではないかとも言った」
「……なぜ、王族はそのような言動を?」
「今となってはわからない。ただ彼自身、大いなる真実に関することで何かしら不満を抱いてはいたようだ。これは推測だが、大いなる真実を知ってはいても人間はその管理に直接関われるわけではない……だが、私程の名声があればどうにかできるなどと考えたのかもしれない」
不満……その王族も大いなる真実に基づく管理に疑念を持っていたのかもしれない。
そういう存在はきっと、今も存在しているのだろう。ではそうした人物に対してどう対処するのか――予想はついた。
「さて、ここで一つ問題だ。大いなる真実に関して喋った王族だが……その後、どうなったと思う?」
「記憶を消されたんじゃないのか?」
俺は淡々と応じると、ラダンは嬉しそうな顔を浮かべる。
「聡明で助かるよ……魔族や神々は不満を持つ王族に対し少なからず注意を払っていたのだろう。私はその話を聞いて最初信じられなかった。その様子を見た王族は返事は明日でいいと通達し、その日は宿で休んだ。私としては、眠れなかったよ」
苦笑するラダン。その時の光景を思い出しているのだろう。
「そして私は、翌日屋敷へと赴いた。具体的な解答はまだ出ていなかったが……というより、もっと詳しい話を聞こうと思ったのだ。だが、部屋にいたのは――」
「天使か、それとも魔族か?」
問い掛けると、ラダンはどこか遠い目をして、
「天使だったよ。その瞬間私は大いなる真実に関する記憶を封じに来たのだと悟った……ここで私は、一つ計略を巡らせた。所持していた魔法具の中に、偶然自身の記憶を封じ込めるものがあったのだ。私はそれを使い、記憶が失われる寸前に大いなる真実のことを放り込んだ」
そこまで言うと、彼はまた笑みを作る。
「天使はずいぶんと手慣れた様子で私に魔法を掛けた……が、目論見は成功した。次に気付いた時宿のベッドの上だったが、魔法具の記憶を漁り、大いなる真実のことを知った。ついでに、記憶を失う寸前に出会った天使のことも、な」
手慣れた、か……エーレやアミリースは何も説明していないが、そうしたことは今も日常的に行われているのだろう。
人間はそれこそ様々な利害を抱えて生きている。王族であってもそれは例外ではないだろうし、当然魔王や神々の思った通りに動かないケースだって多々あっただろう。
意に反する者は罰する――とまではいかなくても、事情があれば記憶改ざんなどは行っているのだろう。特に戦乱により王位などが簡単に代わってしまう西部ならばなおさらだ。
ジクレイト王国など干渉しにくい国に対しては……もしかするとそれ以外の手段だってあるかもしれない。例えばそれは、もしバラせば国民の方に危害を加える――など。
それの正否についてはすぐに納得はできないが……けれど、そうした活動をしていかなければ大いなる真実による管理は難しい、というのもまた実情なのだろうと思う。
「そこから、あんたはどうしたんだ?」
「悩んだよ。何せ今まで行ってきたことを否定するような事実であったからな」
……俺も散々悩んだことを思えば、何も言えなかった。
「さらに言えば、恐怖もあった。天使達に気付かれればまた記憶を消しに来るだろう……いや、もしかしたらそれ以上の出来事が――けれど結局来なかったため、私は活動を開始した」
「活動?」
「真実を知りどうするべきか……その場で思い浮かんだ選択肢は、全部で三つだった」
ラダンはそう言うと笑みを消した。




