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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者強化編

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襲撃の結果

 森は外側から見たらずいぶんと広大なようにも見えたのだが、周囲に注意を払いつつゆっくり進み、かつ休憩を入れて少し歩いた結果森を抜けることに成功した……時間としては一時間程度だろうか。正直、思ったよりも広くないと感じた。


 ただ、アイナやファールンとは再会できていない……森を抜けた先には砦があったのだが、さすがにここからは一人では無理だ。よって合流してから行動するつもりで、茂みに隠れていた。


 で、砦の外観なのだが……地図を見た所によると、隣国からはまだ距離がある。さらに確認すると他にも砦が点在しているようなので、ここは軍事拠点というよりは兵達を教練する場所だったのかもしれない……などと推測する。


 砦の周囲は森に囲まれ、他とは隔絶した空間が広がっている。物々しいという感じはあまりなく、森の中にこうした人工物が存在することで変な違和感を抱くくらいだった。


 土色の外観を眺めつつ、俺は周囲を見回す。砦の入口周辺には当然見張りもいる。さらに俺が金髪の戦士達を追い払ったため多少ながら警戒していてもよさそうなものだが……、それほど強い警戒感を持っているようにも見えない。ただ欠伸をする様子などもなく、過不足なく職務を全うしているという感じだ。


 この場合マニュアルか何かがあって、動揺しないような対処が施されているのかもしれない……そう考えると傭兵の集まりとはいえど、それなりに練度がありそうな気もする。なので、俺はどうやって砦に入り込むかを思案し始めた。


 正面で誰かが陽動を行い……というのも、相手は既に警戒しているだろうし難しいだろうな。となると姿を消して行動するか? 警戒しているにしてもそうした魔法を所持していると推測するのは難しいだろう。


 ただ、この方法も問題はある。現在女神の魔法具を用いた気配を消す魔法は確実に目をくらませることができているわけだが、魔族の力を用いて武具を開発している以上、対応できる物が存在する可能性だってある。


 それに、この魔法は露見すれば色々と対策を立てられてしまうので、こういう状況なら最後の手段としたいところだが――


「ん?」


 砦を観察していると、変化が起きた。車輪の音。


「さっきの馬車が戻って来たのか、それとも別の馬車か……」


 呟く間に、今度は砦の中から人が現れた。先ほどの金髪の戦士。彼は多少見張りと会話を行った後、砦から出る。その後方には新たな戦士達が。


「……悠長に構えている暇はなさそうだな」


 ファールンやアイナとはまだ合流できていないが、さらに森の中を調べようとしている気配。実力差はあるとは思うが、多勢に無勢という状況も考えられなくはないため、ここは一度引き上げるしかないか。

 とはいえ、二度目以降はさすがに相手も警戒するだろう。ここはミュレスと一度相談するべきだろうか――


 そんなことを考えていた時、背後から気配。

 即座に振り向くと、そこには戦士が一人立っていた。


 いつの間に――!? 俺は内心驚愕しつつも振り返り剣を回避する。しかしその拍子に茂みから出てしまい、当然ながら砦付近にいた戦士達の注目を集めてしまう。

 しまったと思いながら、ギリギリまで気配を殺した戦士に警戒し剣を構える。その間に砦付近にいた戦士達も俺へと近づき……状況がさらに悪くなる。


 これは……逃げの一手しかないな。俺は茂みにいる戦士に目を向けつつも、体を彼に対し横にして砦から来る戦士達にも眼差しを向ける。

 アイナやファールンのことは気に掛かるが……ここは一度退却だ。森に入り姿を消す魔法を使えば、逃げることは十分可能なはずだ。


「逃げる、という気配ですね」


 金髪の戦士が言う。俺は相手を見返しつつ、逃げるタイミングを窺う。もし飛び掛かって来るなら剣の出力を上げて一蹴してもいい。人数はそれなりだが、まだ対応できるレベルだから――


「どうやらあなたには、実力行使ではなく交渉した方が良いでしょうね」


 さらに金髪の戦士が言う。視線を転じ彼と目を合わせた瞬間、相手は笑みを浮かべる。


「あなたが先ほどお話頂いた残りの二人……女性の方々ですが、既に砦に捕らえています」

「……何?」


 俺は険しい顔をしつつ聞き返した。内容は、個人的に信じられないもの。


「とはいえ、私達は諸事情により彼女達をどうこうするするつもりは、今の所はありません」

「今の所ってことは、何かしでかす気ではあるんだな」

「当然です。何せ――」


 と、男性は両手を大袈裟に広げる。


「天使と堕天使……貴重な客人かつ、サンプルですからね」


 その言葉で、俺の顔はさらに険しくなる……二人の素性を知っている?


「さて、あなたにとっては謎が深まるばかりでしょう……ここで提案です。少しばかり、話をしないかと」

「お前と、か?」

「いえいえ。砦の主です」


 主と……俺としては相手が何をしたいのかイマイチ理解できず、さらに警戒を強めるに至る。


「ふむ、さらに物腰が硬くなりなりましたね」


 コメントに俺は剣の切っ先を金髪の戦士へ向ける。すると彼は肩をすくめ、


「できれば、主はあなたとじっくり話がしたいとのことなのです」

「何……?」


 俺と? その言葉に俺は引っ掛かりを覚えた。その言い方では、まるで俺がここに来るということが予めわかっていたような響きであり――


「ま、そういうことだ」


 森方向から声がした。それはひどく聞き覚えがあり、視線を転じると――


「ミュレス……!?」


 魔法具を持ち逃走を図ったはずのミュレスが、そこにはいた。

 同時にこの戦いの魂胆が見えてくる……まさか、ミュレスは――


「事情は飲み込めたようだな。そういうことだから、ファールン達はあっさりと捕まったというわけだ」

「お前……!」


 剣を強く握りしめる。これはつまり、ミュレス自身が裏切者であり、俺達を捕らえるために動いていたということなのか。

 魔王の母親の近くに、こうした存在が……一刻も早くエーレ達へ言わなければならないという思いと共に、俺はミュレスを見据え、


「言っておくが、逃げない方がいいぞ」


 俺の考えを予見するように、彼は言う。


「この砦の主には、ファールン達については丁重に扱えと伝えてある……まあ貴重な素体である以上乱暴な真似もできないのだが、お前がいなくなったらそれこそどうなるかわからん」

「何だと……?」

「特に天使はその魔力の質から見て貴重なサンプルとなる。ま、一瞬で息の根を止められるのであればまだマシな方かもしれないな」


 怪しく笑みを浮かべるミュレス。その表情に俺は後悔がつきまとう。油断してはいなかった。しかし、こうまで手玉に取られるとは。


「さて、状況もわかったことだし砦の主と話をしようじゃないか。心配するな、主は寛大な方でお前と色々話がしたいと言っている。そしてお前にとっても悪い話じゃない」


 悪い話ではない……冗談としか思えなかった。

 ただ、ファールンやアイナのことを考えれば、ここで無闇に動くべきでないのは理解できた。だから俺はまず剣を下げる。


「賢明だな」


 にこやかにミュレスは言う。そんな彼に向け、俺は一つ尋ねた。


「その砦の主というのは、誰だ?」


 こちらの問い掛けにミュレスは余裕の表情を見せ、


「――勇者、ラダンだ」


 その言葉に、俺は心の内で驚愕した。


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