攻撃開始
馬車の速度は非常にゆっくりで、歩いてでも並走できるレベル……慎重な印象を受けた。重要な荷物を扱っているための所作なのだろうか。
「……お、始まるな」
そこでミュレスが言う。馬車の進行方向を見ると、ファールンが倒れようとしているところだった。
人が目の前に現れたため、当然ながら先頭の馬車は止まる。さらに後続の馬車が前方の停車により急停止を余儀なくされ、多少ながら傭兵達も声を漏らした。
「おい、どうした!?」
傭兵の一人が声を上げた――その時、ミュレスは俺の袖を引っ張った。
行けということだろう……俺は無言で頷き剣を構え……そして、縦に薙いだ。
次の瞬間、剣先から魔力が生じ――衝撃波により、目の前にあった馬車が吹き飛んだ。
直後、俺の魔法が自動的に解除される……驚き慌てふためく傭兵達。ただしその中でも冷静な面々はいて、俺達の存在に気付く。
「何だ……貴様らは!」
声を上げ、馬を駆り俺達へ向かう。そこでミュレスは俺から離れ、傭兵は視線を一瞬彼に向けたが……動かない俺をまずはターゲットと選んだようだった。
「死ね!」
声を上げながら近づく。それに対し俺は、刀身に魔力を注ぎ剣を振り下ろした。
白い衝撃波が馬ごと相手に当たる。それほど力を入れているわけではないのだが、傭兵は馬上から吹き飛び、なおかつ――まず、馬が消えた。
攻撃を当てると、動物も強制的に転移させられるらしい。これは便利なのかどうかわからないが、とりあえず殺すことはないとわかると踏ん切りがつき、さらに傭兵へ仕掛けようとした。
しかし、その途中で彼もまた消える。ただ消え方が魔法発動などの予兆も見せず瞬時に消えるため、他の傭兵達は何事かとこちらを注視する。
ミュレスは……いつのまにか姿を消していた。自前で気配を殺すことのできる魔法を所持しているのだろう。こうなると俺は一人派手に立ち回るべき……などと思っていると、横にアイナが登場した。
「奪う魔法具にも興味があるけれど……ひとまず、目の前の敵を片付けてからね」
「ああ」
俺は頷きつつ……後方で馬首を返す傭兵がいるのも目撃する。
本来なら気付いた時点で倒すのが当然なのだが……ここはあえて逃がそう。追手が現れればそれだけ目標とする砦の戦力が減るわけだし……さすがに敵だってこの状況で砦に向かうとは思っていないだろう。だとすれば、各個撃破という手段が使える。
「では、アイナさん」
「ええ……始めるとしましょう」
短剣をかざし、彼女は言う。胸当て姿から見ると獲物がアンバランスにも思える。
彼女はその装備で駆け、俺もまたそれに続く。突撃に対し傭兵達は色めき立ったが、二人である以上問題ないと思った一部の傭兵達が、馬による突撃を開始する。
「この野郎――!」
声を上げ、攻撃を仕掛ける……が、それを俺が衝撃波で跳ね飛ばす。またも人も馬も消え、傭兵達に動揺が走る。
この分ならそれほど苦も無く荷物を奪うという目的は果たせるだろう……思っているとアイナへ近づく傭兵が一人。馬を用いてではなく単身での切り込みだった。
天使長である彼女が負けるはずもないのだが……視線を送っていると、彼女は一瞬で間合いを詰めた。それは瞬きを一回するくらいの短い時間であり、傭兵も唐突な動きに対応が遅れる。
結果、傭兵が剣を振り下ろす前に短剣が直撃。彼もまた予備動作なく転移。あっさりと三人倒した。
この調子ならば、ミュレスも簡単に目的の物を確保できるだろう……などと思っていた時、馬車に彼が忍び込む姿を捉えた。ここまでは順調……考える間に、さらに傭兵達が迫る。
相手も一人ではまずいと悟ったか、今度は四人が同時に襲い掛かって来た。しかし、数を増やしても結局は無意味……俺とアイナは四人へ接近し、一閃。その四人もまた強制転移させることとなった。
傭兵達がさらに動揺し、喚くのが聞こえた。完全に統率を失っており、最早崩壊は時間の問題だと言って良かった。
さらに俺達へ仕掛ける傭兵や、動揺する馬車をどうにか制御しようとする人物など……状況が混沌とする中で、さらに追い打ちをかけるような事態が発生する。
突如、先頭側の馬車が吹き飛んだ。見ると、ファールンが手をかざし傭兵達を魔法で吹き飛ばしている光景……そう言えば、彼女は堕天使としての戦い方しか見たことないが、以前はジクレイト王国女王の側近だったんだよな。となれば、堕天使の力を使わずとも傭兵達の対処はできる、というのは間違いない。
考えていると、馬車の中からミュレスが飛び出してくる……手には剣のような物を携え、それを握り締めつつ一気に馬車から離れていく。
「――おいっ!?」
傭兵達がその姿に気付き、声を上げた。やはり重要な物だったらしく、傭兵達は追おうと動く……が、それを俺達が阻む。
結果、さらに俺達の斬撃によって転移する。数もかなり少なくなり、もう傭兵達で馬車を進ませること自体も苦しいような有様となる。
「く、そっ……!」
傭兵の一人が馬首を返す。俺は追撃しようか迷い……ここはミュレスが剣を奪ったことなどを伝えさせるべきだと判断。放置し、迫る傭兵の一人を倒した。
一方アイナは馬車付近にいた傭兵達をどんどん倒していく。傭兵達に対し一瞬で間合いを詰めるその姿は、相手から見れば奇術でも使っているような異質なものに映ること間違いなしだった。
そして――傭兵達は全滅し、残ったのは馬のいない馬車だけとなる。生物を全て転移させた結果、街道に余計な障害物を放置させる結果となった。
俺達は一度集まり、打ち合わせを行う。ミュレスは戻ってこないため、ここからは俺達の判断で動く必要があるみたいだった。
「ミュレスが剣を奪ったことは相手も認知し、取り返しに来るはず……で、俺達はどうする? このまま待つか、それとも目的地である砦に向かうか?」
「このままこれを放置しておくのもまずい気もしますが」
ファールンは荷台に目を向け言う。
「その辺りのことはミュレス様も語っていませんでしたよね」
「馬も転移すると聞けば、尋ねていたかもしれないけどな……ま、考えても仕方がない。で、どうする?」
問い掛けた時……俺は、馬の蹄の音を耳にする。追手にしては早すぎる。一体――
「隠れないとまずいかもしれないわ」
アイナは呟くと、先導し荷台の陰に隠れる。続いて俺やファールンもまた隠れ……そこで、二人の騎士の姿を捉えた。
「何だ……あれは?」
「わからん。馬もいないがどうなっている……?」
馬上で両者は会話を行う……ふむ、近くを通りがかって音に気付いたため、様子を見に来た、と言ったところだろうか。
そこから騎士達は会話を重ね、一人が元来た道を戻る。報告に行くのだろうと思いつつ……ここで俺は提案する。
「いつまでも隠れているわけにはいかない。ここは俺の魔法で姿を隠し、この場は騎士達に任せることにしよう」
「それが無難でしょうね……賛成です」
「私もそれでいいわ」
ファールンとアイナは相次いで同意し、俺は魔法を使用。気配を消して移動を開始する。
去り際、荷台しか残っていない光景を眺める。事情がわからなければ摩訶不思議な光景と言えるだろう……人をどこかに転移させた、などと説明できても国の人には理由を理解することはできないはず。だから大きな謎として、今後語られるかもしれない。
まあ、これについては不可抗力だったと思うことにして……俺達は戦場を離脱した。




