襲撃準備
その日は宿で体を休め、翌日から行動を開始する。ミュレスが用意した馬に乗り城外に出ると、進路を北東へ向けた。
「まずは、戦地へ武器を運んでいる一団を狙う」
いきなりか……沈黙しているとファールンが質問を行った。
「襲撃ですか。護衛の数は?」
「そう多くはない。さらに事前に調べた所、重要な品物を運んでいるのは間違いない……幸い、漆黒の剣を腰に下げるような人間もいない」
「ということは、純粋な傭兵達で構成されていると?」
「そういうことだ……準備運動には丁度いいだろう?」
問い掛けるミュレス。正直馬車を襲撃するという時点で心穏やかではないのだが……まあ、いきなりそういった相手と遭遇するよりはマシかもしれない。
「襲撃に関しては、それほど問題にはならないが……襲撃後が重要だ。武器を流している奴らは現在、中継地点としてとある砦を利用しているんだが……」
「砦?」
聞き返したのはアイナ。
「彼らが建設したわけではないのでしょう?」
戦いが近いためなのか、昨日の丁寧な口調から一転、硬質な声音で質問を行う――ちなみに作戦上仲間ということなので、俺も通常の口調でと忠告を受けていたりもする。
で、彼女の質問に対しミュレスは「そうだ」と応じ、
「一応軍事拠点だったらしいが、まあ小国でロクに戦争もなかったため放置されていた。それをいいことに商人達が入り込み、改修などして拠点にしているというわけだ」
ミュレスの言葉にアイナは「なるほど」と応じ……彼は、さらに語る。
「今から行う襲撃では強敵もいないため、お三方にとっちゃ楽勝だろう。しかし、今後の戦いはそうもいかないはず。勇者ラダンと多少ながら関わりがある以上、漆黒の剣を下げている人間だって大なり小なりいるはずだ。負けるとは思っていないが……負傷でもしたら厄介だからな。その点については注意してくれよ」
そう言いながら、ミュレスはアイナやファールンへ視線を流す。
「そっちの天使さんとファールンは注意して欲しいが……下手に正体をバラさないでくれよ。天使や魔族という存在が露見した時点で、勇者ラダン達本隊が来てもおかしくないからな」
「ええ、わかっている」
アイナは頷きながら応じる。ファールンもまた「わかりました」と承諾。両者の言葉にミュレスは納得の表情を浮かべ、
「そこからの予定だが……まずは敵の馬車を襲い、積んでいる物を奪う。先ほど言った重要な物……特殊な魔法具を、だ。で、俺がそれを回収して逃げる。目的の魔法具についてはちょっとやそっとでは壊れるような代物ではないから、思う存分やってくれればいい」
そこまで語ると、ミュレスは俺達に笑みを向けた。
「で、馬車を襲撃すれば当然敵側も増援が来るだろうから、セディ達はそれを迎撃しつつ、砦へ侵入して首謀者を倒してくれ」
ずいぶんと簡単に言ってくれると思ったが……勇者に堕天使に天使長。アイストで作戦を実行した魔王に女神といった面子と比べれば確かに弱いが、それでも傭兵達が束になっても敵わない力を持っているのは間違いない。だからこの襲撃自体は、成功するだろうと思った。
「それが、修行?」
アイナが問う。するとミュレスは首を振り、
「修行の一部分だ。言っておくが、これで終わりだと思うな」
転戦させる気なのか……? まあ、それならそれでいいけど。
「さて、襲撃されたらすぐにバレるだろう。それを迎え撃ちつつ、セディ達は進んでいくわけだが……ここで、餞別を渡しておく」
と、彼は俺へ何かを投げた。片手でそれを受け取ると、地図だった。
「この周辺の地理だ。砦の場所も記載してあるから使ってくれ。あと、倒した人間の処遇だな」
と、次に彼は俺を一瞥し、
「実は、今回の修行だが……できるだけ人を殺めないでくれ」
「それは……?」
「やむを得ない場合もあるだろうが……大きな目的としては、魔族の力を握ることによって、人間にどういう変化を与えるのかを調べたい。元に戻れるかなどを含め、研究が必要だからな」
「なるほど……でも、どうすれば?」
「これを渡しておく」
さらに彼は懐から何かを取り出し、俺達へ投げた。受け取ると、それは腕輪。
「こいつをはめていると、斬った相手を強制的にとある場所へ転移させるようになっている」
「それは魔界?」
「ああ。一応捕捉しておくが、これは魔王城側の提案だと思ってくれ」
エーレ達がそういう判断なのなら……まあ、大丈夫だろう。俺とファールンは了承し、腕輪をはめた。
アイナは最初渋った表情を見せていたが――やがて、身に着ける。
「よし、これで準備は完了――」
「あ、ちょっと待ってくれ。姿はどうするんだ?」
俺の問い掛けに、ミュレスは「心配するな」と語り、
「修行である以上、セディは本来のパフォーマンスを出せた方がいいだろ? ここにはセディの知り合いなんてのもいないし、そのままでいいじゃないか」
「……わかった」
「残りのお二方も、ひとまずそのままで……ファールンの方は、色々試行錯誤するつもりのようだが」
「はい、そうですね」
「ま、その辺りはファールン自身に任せるさ……と、見えてきたな」
ミュレスが言う。視線を送ると、街道を突き進む複数台の馬車の姿があった。
それを護衛するのは、傭兵らしき人物達……商人の私兵だ。
「襲撃に際し、当然ながら連携も必要となる」
またもミュレスが述べる。連携?
「天使長様が御光臨されたことで、もう一つ訓練できる……全力を出すわけにはいかないだろうが、ひとまずお三方で連携してみてくれ」
「それは、必要あるの?」
アイナが問う。不満、というよりは純然たる問い掛けという感じだ。
「無論だ。天使長様は、まだまだ魔族と連携をとるのに慣れていない様子。今後の戦いで先頭に立つなら、その辺も直さないといけないな」
「……わかったわ」
承諾。ひとまずミュレスの言葉には従う気らしい。
というわけで、俺達は馬車を襲撃し武具を奪うこととなった……が、それをするのはあくまでミュレスで、俺達は時間稼ぎ役といったところだろうか。
傍から見れば俺達が悪役だよなと思いつつ、まずは馬車を止めるべく策を決める。
「私が馬車の前に倒れ込んで前を停止させます。セディ様は魔法で存在を消して近づき、奇襲をかけてください」
「了解」
「そこへ、私も援護に入るのね」
アイナの言葉にファールンは頷く。よし、段取りは整ったので、後は実行あるのみ。
まず俺は魔法具により俺とミュレスの気配を完全に断つ。次いでファールンが動き出し、俺の後方にアイナが控える。
俺は剣を握り締め、ゆっくりと移動を開始。姿は見えなくとも足音などは殺せないため、気取られないよう配慮する必要はある。
近づくと、雑談をする声も聞こえる。傭兵であるためあまり統制もとれておらず、人数はそれなりだが虚を衝けば確実に奪えるだろう。
「奇襲と同時に俺は行動を開始する。目的の物を発見したら即逃げるからな」
「わかった」
ミュレスの言葉に俺は頷き……やがて、馬車近くへ到達。ここまで来ると傭兵達の身に着ける装備に目がいく。魔法具なのは間違いないが……とりあえず、ミュレスの情報通り勇者ラダン達が用意した武具はなさそうだった。




