修行内容
俺達がミュレスに対し注目していると……彼は俺達を一度見回した後、説明を再開した。
「大国が一切動いていない……つまり、結果的にこの戦争はザイオン王国とオーグ王国の一騎打ちとなっているわけだが……当然、戦争するには金以外に諸々の資材がいる。食料とかはまあどうにかなっていたんだが……戦争直後の最大の問題は武器だった」
武器……ここが小国であることを考えれば、俺にもミュレスが言おうとしていることは理解できた。
「小国である以上、兵数だって少ないが……まあ、大国の庇護だったせいもあって双方ともロクな武具を持っていなかった。で、当然ながら双方財政を圧迫させるのと引き換えに武器を調達し始めた。そこまではいい。問題はここからだ」
「武器自体に問題があったということか?」
俺が質問する。けれど、ミュレスは「惜しい」と答える。
「双方の国が武器を調達するということは、それに準じ物資を提供する商人がいるわけだが……その元締めを辿っていくと、両国の同盟国に行き着くわけだ」
「……おい、それってまさか」
嫌な予感がして声を上げると、ミュレスは笑った。
「そういうこと。しかも武器は武器でもただの武器じゃない。新たに製造した魔法具であったり、あるいは財政状況が悪くなったのを見計らって旧式の物を安く売ったりしている。大国だって平和というわけじゃないが、それでも侵略され続けているというわけでもなく、少し前と比べれば落ち着いて来た感じもあって、必要のない武器なんかも結構保有していたわけだ」
「そこまでくると、どういうことなのか簡単に推察できるな」
「そうだ……自国の軍事兵器を戦争起こして無理矢理買わせる……とか、そういう可能性が高い。また、新たに開発した魔法具の実験なども兼ねているんだろうな。こうなると戦争始めた経緯だって怪しく思えるよな?」
同意を求めるミュレス。けれど俺やファールンは何も答えなかった。さらに天使長のアイナも同じだったが……窓の外に目を向ける横顔は、ひどく憮然としたものだった。
ずいぶんと面倒なことをなっている……が、戦争が起きなければ製造した兵器は肥やしにしかならないわけだから、そういう動きがあるというのも納得できる。納得できるのだが――
「大国がどういう経緯でそんなことをやりだしたのかはさすがにわからないが……その矛先として選ばれたのが二つの小国だったというわけだ。最初のきっかけである小競り合いも、双方が会談なんかを開けば決着がついていた可能性があるわけだが……それをしなかったというより同盟国達がさせず、わざと戦争へ向かうように仕向けた、と考える方が自然だろうな」
彼の語っていることはあくまで推測のはずだが……まあ、裏事情を理解しているとそう思う以外にないよなとは思った。
で、そこまではいい……俺達にとって問題は、ここからだ。
「ミュレス、一ついいか?」
「どうぞ」
「戦争の背景を裏事情込みで語ったというのは、なぜだ? 俺達もそれに対し何か行動を起こせと?」
「そういうこと……ここが、今回の修行だ」
――最早修行というより単なる戦争介入という気がしなくもないが……俺は黙って聞き続ける。
「といっても、戦争そのものを止めろなどという話じゃない。修行内容はズバリ、この戦争で武器を売っている商人を成敗することだ」
「え……?」
商人を? 俺が小さく声を上げると、すぐさまミュレスが説明を加えた。
「武器を製造する奴は当然同盟国の中にいるだろうから、そっちを捕まえるのはさすがに難しい……が、調査を重ねた結果、そうした武器を流し国へ売りさばく商人の方はどうにかなると俺は思った」
「商人を倒すと?」
「ああ。ただ無差別に、というわけじゃない。そうした商人は結構いるが、中には傭兵などを雇い入れ相当武装した奴らもいる。そうした奴らの中で奇妙な一団を発見し、今回の話を持ち込んだ……普通なら、セディは不満かもしれないが俺達魔族は人間同士の戦争に介入することはしない。だが、今回は違う」
「俺達が関わって来た事件や、勇者ラダンと関係があると?」
「ああ」
頷いた……なんだか雲行きが怪しくなってきたんだが。
「現在勇者ラダンとその一団は直接的な関わりはないみたいなんだが……どうも、そいつらは勇者ラダンの組織から派生した奴らみたいなんだ」
「つまり、彼らを見つけ倒すと?」
「そういうことだ。このメンバーなら楽勝だろ?」
ミュレスは俺達を見回すが……これ、別に意味でまずくないのか?
現状、勇者ラダンに対してはエーレ達が色々と動いている。直接関係ないとミュレスは語っているが、この戦争に関わるなどと大規模なことをしている以上、干渉していてもおかしくないと思う。俺達が下手に関わればエーレ達の動きに支障が出る可能性だって――
「言っておくが、他の魔族達の動向は気にしなくていい。元々、話はきちんとできている」
「……本当ですか?」
ファールンが問い掛ける。それにミュレスは即頷いた。
「でなけりゃ、こんな話はしない」
……ま、それが答えか。だから俺としては頷く他なかった。
「わかった……けど、具体的に俺達はどうすれば?」
「敵の居所なんかはこちらも把握できている……つまり、今回の修業は勇者ラダンと関わりのある商人達を成敗するということだ」
「それって、修行になるのですか?」
問い掛けは、アイナからやって来た。
「私はてっきり強力な魔物とでも戦うものとばかり……」
「言っておくが、人間相手だからといって甘く見ていては駄目だぞ?」
忠告が、ミュレスからもたらされる。
「情報では、奴らの周りには悪魔の力を宿した勇者もいると聞く……現状、こっちがアイストで動いた以上敵も警戒しているだろうし、なおかつ武器を供給する以上、先の一件よりも強力な武具を所持していてもおかしくない」
「なるほど」
アイナもやや警戒の度合いを強めた。うん、そういうことなら俺も納得がいく。
「と、いうわけでお三方にやってもらいたいのは、その本拠へ赴き、相手を叩き潰すことだ」
「潜入とかではなく?」
一応確認のために問い掛けると、ミュレスは笑う。
「ああ。そもそも大国が奴らに加担している以上、情報などを収集し証拠を手に入れたとしても、どこに訴えればいいのかわからんし必要な情報もおそらくないだろう。だから、成敗する」
確かにそうだが……けど、ミュレスの言っていることは「この戦争の根源を潰せ」と言っているのであり、規模の差はあれどかなり困難な課題のように思える。
まあ戦争に参加し戦況をひっくり返せなどと言われるよりは大分マシだが……それに、魔族が相手だとわかっている以上、俺達がやらなければならないことでもある、か。
「では確認しておきたいんだが……全員この修行に参加するということでいいよな?」
ミュレスが問うと、俺達は一斉に頷いた。
「よし、それなら今日はここで一泊し、明日から行動開始する。あと、案内については任せておけ」
彼は自身の胸を叩き告げる。なんとなく一抹の不安を感じなくもなかったが……ひとまず俺は再度頷くことにした。




