物々しい街
修行を行う場所を理解した後、ミュレスはあの街へ行くよう告げた。だから俺は出で立ちを勇者本来のものに戻し、ファールンも旅装姿へと変化した後、街へ向かう。
道中会話もなく……というより、遠目から感じられる街の空気に当てられたとでも言えばいいのだろうか。無言のまま街の入口に到達し、見張りの兵士から簡単なチェックを受けた後街に入ったその瞬間、物々しい雰囲気を肌でしかと感じ取る。
「なるほど、激戦地か……」
俺は大通りを見回し呟く。ファールンも同じように視線を送り、難しい表情をしていた。一方のミュレスはそれほど表情を変えてはいないが、警戒している素振りは窺えた。
街の中を見れば、分厚い城壁は攻撃を受けたのか損傷した部分も見られ……住民達の表情もどこか険しい。
穏やかな空気は一切存在していない。加え、普通の街ならば大通りに子供の一人でもいるはずなのだが、通りを歩いているのは人間は大人ばかりで、なおかつそのほとんどが商人と傭兵らしき人物。
「兵士が損耗して少なくなっているせいで、こうして傭兵が集っているわけだ」
俺の視線に気付いたか、ミュレスが説明を加える。
「セディもわかっていると思うが、兵が足りなくなり傭兵に頼り始めた時点で劣勢なのはわかるだろ? 質も確実に悪くなり、さらに戦費だけがかさんでいく……まさに、国が崩壊の危機ってわけだ」
「……まさかここから盛り返せと言うんじゃないだろうな?」
いくらなんでも無茶苦茶――と思ったのだが、彼は首を左右に振った。
「馬鹿言え、そんな無茶させるわけないだろ……説明したいところだが、まずは手配した宿に訓練を受ける最後のメンバーがいる。まずはそこへ行こう」
「わかった」
すぐにでも詳細を訊きたかったがここはぐっと堪え、言葉に従う。
彼が案内したのは、大通りでも城に程近い場所。相変わらず傭兵ばかりだったが、該当の宿に入ると高級店なのか、戦時中にも関わらず良い雰囲気を保っていた。
「ミュレスだ」
フロントにいる女性に彼が名を告げると、相手は一礼を示した後「どうぞこちらへ」と案内を始める。そうして通されたのは食堂。宿の裏側は庭園らしく、ガラス張りの庭園を眺めることのできる景観の良い場所……ここはさすが高級店といったところか。
けれど、現在は客がいない……いや、一人だけ椅子に座っているのが確認できた。
「あの人が?」
「ああ、そうだ」
こちらの問いにミュレスは頷き、近づく。すると音に反応して相手が振り向き――
「あれ?」
俺は思わず呟いた。格好は白銀の胸当てを身に着け戦士風……けれど他の戦士とは異なる、隔絶とした気品を感じることができた。
ただ問題は格好ではなかった。その顔立ち。腰まで届く青い髪と、瞳の青さ……間近で見て、人間とは異なる魔力を隠し通せてはいても、その取り巻く気配については完全に殺せていないとは思った。
で、呟いたのは……目の前の彼女が、他ならぬアイストで交戦した天使だったためだ。
「お、察しが良いな。そう、彼女はアイストで女神ナリシスに同行した天使だ」
「――アイナ=フォーデュと申します」
立ち上がり、丁寧な礼と共に彼女は言う。俺はそれに返しつつ、まずは確認。
「えっと、あなたが今回の同行者?」
「はい……以前の戦いで自身の未熟さを痛感し、こうしてあなた方と修行をすることにしたのです」
「未熟さ……?」
「あなた方が率いていた、悪魔との戦いでそう感じました」
そういえば、彼女は短剣を生み出し相対していた……けど、それほど苦も無く対処していたはずだが。
「えっと、十分な戦いだったと思いますが」
「問題は、一撃で倒せなかったことです」
きっぱりと、彼女は俺に告げる。一撃で……それ、結構贅沢な悩みのような気がするんだが。
「ああ、それを説明する場合、彼女がどういう立場かを聞かないといけないな」
そこでミュレスが語る。身分?
「というわけで、アイナさん。身分を」
「え? あ、わかりました……私は、ナリシス様の身辺護衛を主な活動とする……天使長です」
「……へ?」
天使長!?
「もっとも、神界の天使を統括するなどという身分ではありませんが……天使の階級の中では、上の方だと思っていただければ」
「なるほど……」
なんだか納得した。つまり天使長ともあろう者が、雑兵となる悪魔を一撃で倒せないとは、などと思っているのだろう。
やっぱり贅沢な悩みだと思ったんだが……けどまあ、天使長自身が語っているのだから、好きにやらせていいだろう。こっちとしては味方が多い方がいいし。
「と、いうわけでこのお三方で今回の修行を行ってもらう……さて」
ミュレスは俺達に籍へ座るよう促す。
「まずは修行に関する説明から入る」
彼の言葉によって、俺達は座る。俺とファールンが隣同士。で、着席したアイナの隣にミュレスが座ったのだが……彼女はちょっとだけ席を離した。まあ、無理もない。
「そう警戒しなくてもいいだろうに……ま、いいや」
と、ミュレスは苦笑した後、話し始めた。
「まずは修行に関する説明……の前に、この国の情勢が少し関係するから、そっちの説明をさせてもらう」
彼は前置きをしてから、改めて語り出した。
「このザイオン王国は、領土規模からいっても弱小国に分類される国で、数年前までは戦乱吹き荒れる西部の中でも平和に暮らしていた……その主な要因は、政略結婚などを利用して周辺の大国と同盟を結んでいたからだ。この国の周辺には結構デカイ国があるからな。そうした後ろ盾を上手く利用したわけだ」
戦乱の世で、小さい国が生き残っていくためには確かに必要な処置……貴族ではない俺が彼らの心情を推し量るのは難しいが、生き残るために必死になっているのは間違いないだろう。
「で、そうした国の庇護の下、そこそこ安定した国だったわけだが……ある時、ちょっかいをかけてくる国がいた。それが、隣国であるオーグ王国だ。きっかけは……国境付近の小競り合いだったかな? どうもオーグ王国側が仕掛けたらしいが」
「仕掛ける何か明確な理由があったのですか?」
ファールンが質問。俺はミュレスの言葉を聞くべく耳に意識を集中させているのだが……反面、彼の隣にいるアイナについては興味がないのか、それとも知っているためか窓の外を眺めていたりする。
「うーん、この国の中に特別な資源でもあればわかり易いんだが、そういうわけじゃないんだよな」
「しかし、大国の後ろ盾がある存在に対し、交戦を仕掛けるとは」
「ま、オーグの方にも別の後ろ盾があったしなぁ……とはいえ、事情はさらに複雑かもしれん」
「……どういうことだ?」
俺が問い掛けると、ミュレスは小さく笑みを浮かべる。
「ちょっとばかり調べたんだが……今回の戦争、ザイオンは再三周辺の同盟国へ戦争協力を嘆願しているわけだが、同盟国は動いていない」
「何か理由が?」
「表向きの理由は、オーグ側の後ろにいる国々との衝突を避けるためだ。ここで下手に介入してオーグを蹂躙し始めた日には、背後にいる国々が動き出す可能性もある」
「それを避けるため、動かないというわけですか」
ファールンの言葉にミュレスは「そうだ」と言い、
「だが、この話には続きがある」
さらに述べる……むしろ、ここからが本題だと言いたげな雰囲気だった。




