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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者始動編
16/428

親族と任務

 リーデスは他の仕事のためその場を別れ、俺とエーレだけで玉座の間に赴く。そこには二人の魔族が待っていた。


「ただいま戻りました、姉上」


 うやうやしく頭を下げるその魔族は男性――海を想起させる深い青髪に、紺を基調とした貴族服。エーレと同じ碧眼はどこか温和な印象を与え、見る者全てを安心させるような雰囲気を醸し出していた。


「ああ、ご苦労だったな。ディクス」


 エーレが答えると、彼――ディクスは、俺に視線を送る。


「姉上、その方がもしや」

「そうだ。話していた勇者セディだ」


 ――現在、俺はエーレの指示を受けて元の姿に戻っている。もちろん顔は洗って靴跡も消している。

 エーレの言葉に、俺は彼に頭を下げた。すると相手は、こちらに近寄り満面の笑みを浮かべ、右手を差し出す。


「ディクス=シャルンリウスと申します。聞いていると思いますが、魔王エーレの弟です」

「……よろしくお願いします」


 幾分緊張しながら握手をした。

 優しげな空気の中にもどこか格式ばったものが見受けられ、様々な国で謁見した光景が思い出される。


「私は主に、神々との折衝を行っています。一応魔王軍幹部という肩書きは頂いていますが、戦闘に参加することはほとんどありませんね」

「折衝役……ですか」


 俺はチラりとエーレを見やった。彼女は気付くと、話し始める。


「基本、私はここを離れることができない。そのため神々とやり取りをする際――神界に赴く必要がある時は、ディクスに任せている」

「なるほど……今回は俺の件を話しに行ったのか?」

「それよりも前にあちらに滞在していたが、私が連絡し、神々にも事情は説明してある」

「喜んでおいででしたよ、アミリース様も」


 ディクスが言うと、エーレは微笑んだ。


「そうか、それは何よりだ」

「……アミリース?」


 俺は会話の中飛び出した単語に眉をひそめた。どうやら名前のようだが。

 その回答は、エーレから返ってきた。


「女神の名だ。最上級である第一級神格所持者にして、私の友人でもある」

「……友人」


 魔王と神が話をしている――というのは聞き及んでいたのだが、さすがに友人と言われると違和感を覚える。


「当然の反応だな」


 エーレは予期していたのかそう告げた。


「彼女は私が忌憚なく話せる数少ない者だ。実を言うと私と彼女は生まれた時期が似ていてな。それをきっかけにして意気投合したのだ」

「生まれた時期……ねぇ」


 俺はふと、エーレを眺め年齢を推測してみる――のだが、どう見ても妙齢にしか見えず、想像つかない。


「ん、変な想像をしていないか?」


 エーレは視線から何を考えているか察したようで、こちらに言葉を向ける。


「神や魔王は不老に近い存在であるため、確かに見た目で年齢はわからない……が、さりとて数百年も生きていれば雰囲気も変わる」

「ということは、エーレは見た目通りの年齢でいいのか?」

「女性に年齢を聞くとは、相当勇気があるな」


 エーレは腕を上げ、手刀の構えを見せた。俺は慌てて両手を挙げて、無抵抗な様子を示す。


「待った待った! 今のは無し!」

「……ふむ、まあいいだろう。ちなみに言っておくと、私は十八だ」


 大体想像通りの年齢――というか、俺とほとんど変わらない。


「その年齢ってことは、魔王になったのはつい最近なのか?」

「ああ、十五の時即位した」

「前魔王はどうしたんだ?」

「隠居している。魔界の隅の方で」

「個人的には、ずっとそこにいて欲しいのですが」


 ディクスがポツリと漏らす。なんだろうか、前にエーレから多少聞いたが、そんなに酷かったのだろうか。


「ああ、すまない。話が脱線した」


 けれどエーレはそれ以上話す気がないらしく、手を振り改めて話し出す。


「ディクス、以前語った通り彼に指導を始める。神々との折衝に参加させる可能性もあるため、その時は頼む」

「もちろんです」


 ディクスは丁寧に応じた。その内、神界に行くことにもなるようだ。


「では、次に紹介するのは……と、前に出なさい」


 エーレが呼び掛ける。見ると、彼女のドレスを掴み後方に隠れるようにして立っている女性がいた。


 エーレと同様ヒールを履いているが、それでもエーレと比べ頭一つ分は身長が低い。

 髪色は黒。さらにエーレやディクスと異なり瞳も黒。漆黒のドレスと、おまけに黒いヒールで身を包んでいるため、幾分畏怖を感じさせる――格好のはずなのだが、小動物のように隠れこちらを窺う姿により、魔族の雰囲気は微塵もない。


「そちらが妹さん?」


 尋ねると、エーレは頷いて紹介する。


「妹のシアナだ。人見知りが激しく、今回も社会見学を兼ねてディクスに動向させたのだが……」


 エーレはディクスに視線を送る。彼は即座に苦笑した。


「ほとんど客室から出ませんでした」

「やっぱりか……シアナ」


 咎めるように言うと、彼女――シアナは委縮したのか肩を僅かに震わせる。


「……ごめんなさい」


 そして俺にどうにか聞こえる小さな声で、言った。態度通りの声音に、俺は苦笑する。


「なんだか、ずいぶん臆病だな」

「すまないな。この子だけは箱入り同然に育ったため、人前に出たがらない。それを直そうと常々考えているのだが……」


 と、エーレは俺を見つめると、ニヤリと笑みを浮かべた。あ、何か思いついたな。


「そうだ。勉強と社会見学を兼ね、今回の任務、シアナも同行させよう」


 ――その一言で、当のシアナが飛びあがる程驚いた。


「お、お姉様!?」


 わなわなと体を震わせ問い掛ける。エーレはシアナに向き直り、肩に手を置きながら応じた。


「シアナも言っていただろう? 世界を色々と見て回りたいと。いい機会だ。ここでその夢を達成させよう」

「こ、こここ困ります……!」


 ややどもりながら、シアナは答える。けれどエーレはすっかりその気のようで、首をこちらに向けた。


「それに理由付けにもなる。シアナの同行は、勇者を尖兵化する実験をやっていると周知させるには絶好のやり方だ」

「どういうことだ?」


 疑問を感じ問うと、答えはディクスからやってきた。


「シアナは魔法開発などを得意としています。他の幹部に認められ、新たに考案された魔法がある程です。これは魔族の間で有名な話なので、今回の件もシアナがいれば実地実験をしていると納得させられるというわけです」

「へえ、そうなのか」


 感嘆の声を上げシアナを眺める。

 エーレの年齢とシアナの背丈から考えて、彼女は十四、五くらいだろうと推測できる。その年齢で魔法開発に注力しているというのは、かなりの才女と言っていい。


「あ、あああの……」


 だが現在、そうした様子を一切見せないシアナ。なおも唇を震わせながら、何か言いたそうだった。

 一方のエーレはもう決断したようで、追い打ちのように告げる。


「セディ、シアナとリーデス……そして、ファールンと任務を行ってくれ」

「わかった……けど、いいのか?」


 うろたえるシアナに視線を送りながら問い質す。

 エーレは当然だと言わんばかりに首肯し、今度はディクスに指示をした。


「ディクス、申し訳ないが神々にも連絡しておいてくれ」

「わかりました」


 承諾するとディクスは、一礼し出て行こうと歩き始める。その折、俺とすれ違う時――


「シアナを、頼みます」


 彼の声が聞こえた。やがて重厚な扉の音と共に、彼は姿を消した。


「う、ううう……」


 そしてシアナの呻き。頭を抱えた彼女に対し、エーレは満足そうな表情。


「よし、方針は決まったな。それでセディ、あなたに今回行ってもらう場所だが」

「ああ」


 俺はシアナから目を逸らし、エーレに相槌を打った。


「今回は検分だ。現在とある地方に、大いなる真実を話すべきか迷っている幹部がいる。その者の印象を、私に報告してもらいたい」

「……結構重要な仕事みたいだが、俺で良いのか?」

「ああ。理由を言おう」


 俺の問いに、エーレは腕を組みながら説明を加える。


「件の者は階級的にはまだ低い。転生し認知されていないリーデスならともかく、階級の高い幹部に調査させるのは理屈上難しい。加えてディクスが赴くほどの口実があるわけでもない。しかし実験と称してなら、理屈としてはそれなりだろう」

「少し強引な気もするけど……」

「シアナの口からいくらか理由を話させる。それに加え信用におけるとでも言えば、悪い気はすまい」

「それなら……ちょっと待て、階級的に低いんだよな? なぜそうした魔族に真実を伝える?」

「魔族は抱えられる力の総量が生まれた時から決まっている。しかし、それが一挙に出るとは限らず、今回訪ねる者もまだ完全に覚醒しきっていない。だが力を面に出してしまえば、幹部連中とタメを張る存在なのは把握している。ちなみに当該の魔族は自身その事実を知らない……私としては、覚醒する前に評価を下しておきたい」

「わかった」


 なんとなく理解した。将来における幹部候補を見定めるという話のようだ。


「出立は明日の朝にしよう。シアナも準備があるだろうからな。集合場所は先ほどの大広間だ。いいな?」

「ああ」

「では、部屋に戻っていいぞ」


 エーレの言葉に俺は踵を返す。扉が開き、外に出る。


 最後、ふと振り返る。扉が閉まりゆく中、エーレとシアナが何やら話をしていた。






 部屋に戻ると、俺は息をついて丸テーブルに設置された椅子へ座る。


「憶えることが多いな……ま、初めてだし仕方が無いか」


 今朝から受けた説明を頭の中で整理しつつ、俺は考える。

 明日から任務。それはエーレの妹と、リーデス、そして堕天使ファールンと共に、幹部候補を見定めること――それだけわかっていれば、大丈夫だろう。


 結論付けぼーっと部屋を眺めていると、ノックの音がした。


「はい?」


 鍵は掛かっていないのでその場で呼んだ。扉が開くと、堕天使ファールンが立っていた。


「何か連絡?」


 俺は席を立ち、扉前に立つ彼女へ歩み寄って問う。

 相手は丁寧かつ、腰を低くして頭を下げた。


「ご挨拶をと、思いまして」


 ずいぶんと殊勝な堕天使だ。俺は態度に驚きつつ、彼女に近寄りながら口を開く。


「それはどうも……なんだか、印象が違うね」


 世間話をする体で言うと、ファールンは目をぱちくりとさせた。


「印象、とは?」

「ほら、最初戦った時」


 ずいぶんとテンションの高かったファールンを思い出す。勇者を目前に嬉々とした表情を浮かべていた時とは、ずいぶん違う。

 もしかして階級とかの関係で今のように接しているかもしれない――と考えたのだが、ファールンは俯き、何かを押し殺すように声を発した。


「それはその……どうにか」

「どうにか?」


 首を傾げる。一方の彼女は応じない。

 奇妙な沈黙が訪れる。俺は言葉を待つつもりで佇んでいたのだが――苦り切った様子のファールンは、無言のまま。


「何か変なこと、言った?」


 気になって尋ねるが、彼女はなおも沈黙……あれ、この態度さっき別所で見たぞ。


「……えっと」


 もしかして――様子から、意を決し問い掛ける。


「ひょっとすると、今の性格が地だったりする?」


 疑問に、ファールンははっと顔を上げ、コクコクと頷いた。


 ああ、そういうことか。堕天使で好戦的な性格を演出するために、最初出会った時は演技していたのだろう。

 というか、それ以降は事務的な口調の彼女しか見ていなかったので、最初の方が本来の性格と思い込んでいた。


「ああ、ごめん。話が逸れた。えっと、こちらもよろしく」


 理解すると、俺もまた頭を下げる。

 対するファールンはひどく驚いた様子で、急に慌て始めた。


「わ、私のような者に頭を下げるなど……」

「卑屈じゃないか?」

「いえ、階級的に私はずっと下ですので……」


 手を振りながら彼女は答えた。どうにも緊張している。


「いや、それでも今回仕事を始める仲間なわけだし――」

「魔族というのは、元々仲間意識が低いんだよ」


 言いかけた所で、リーデスの声を耳にする。

 横を見ると、廊下に彼ともう一人――シアナがいた。


「僕ら魔族、それに神々もそうだけど、ヒエラルキーが絶対だからね。友人という存在はいるけど、共に高め合ったり行動したりするような仲間というものは……少ないね」

「そうなのか」


 俺は解説を聞いてファールンに視線を送った。


 彼女はなおもこちらに目をやりながら、緊張した表情だけは崩さなかった。

 同時に感じられるのは、シアナの時のような小動物的な雰囲気。


「……こういう点も是正したほうがいいのかな」

「どうだろうね」


 呟きに、リーデスが答える。


「新たな管理手法を形成していく上で、魔族間の関係も変化があるかもしれない……ここで議論できるものじゃないな」

「それもそうか」

「ともあれ、これは慣れてもらうしかないね。もし不満なら君の方針で同じ立ち位置として接するようにできるけど、どうする?」


 リーデスの質問。俺はこの場にいる面々を一瞥した後、言葉を紡いだ。


「どうあれ、無理強いはよくないな」

「わかった」


 リーデスが応答する――そこで、疑問が浮かび上がる。


「そういえばリーデス。ファールンは階級が低いって言っていたけど、そういう魔族でも大いなる真実を知っているケースがあるのか?」

「真実を知っている幹部の推薦によって可能だよ。厳しい試験を必要とするけどね」

「ファールンの場合は?」

「彼女は……まあ、ちょっと事情が特殊なんだ。その辺りを説明すると長くなるから、後にしておこう。ただ、特別な存在であるのは間違いない。」


 煮え切らない回答だったが、とりあえず理由はあるらしい。俺は納得し、今度はシアナへ目を向ける。


「えっと、それで……」

「あ、はい」


 シアナはリーデス横から俺に近づき、小さく頭を下げた。


「ご迷惑をお掛けすると思いますが……よろしくお願いします」

「……こちらこそ」


 俺の方も頭を下げる。

 なんだか友人に紹介された時の自己紹介みたいだが、俺は魔王に弟子入りした勇者で、相手は魔王の妹である。奇妙なことこの上ない。


「えっと、シアナさんとお呼びすれば……?」

「あ、いえ。呼びつけで構いませんよ。口調もタメ口で構いません。ただ表向きは実験体という形なので、他の目がある時は、様付で話してください」

「わかりました」


 難なく了承する。


 そういえばエーレに対しても外では陛下と呼ぶべきだろう。その点を俺は心に留めながら、再度リーデスへ質問する。


「で、リーデス。今日は挨拶のために来たのか?」

「ああ。シアナ様がどうしてもと。突然で申し訳ないけれど」

「いや、俺としてはシアナが巻き込まれてしまった形で、逆に大丈夫かなと思うくらいなんだが」

「お姉様は決めた事を曲げない性格なので、仕方がありません」


 シアナは苦笑する。その言葉と表情によって、俺は義理の妹であるカレンを思い出した。

 ふいに、仲間達は今どうしているだろうか考えた。とりあえず、突然消えたことで動揺しているのは間違いない。もしかすると先ほど見た郷里に帰っているかもしれない。


「どうしたの?」


 リーデスの声によって、我に返る。少し感傷的になってしまった。


「いや、何でもない」

「ホームシックか何か?」


 追及してくる。それに近い心情だったのだが、俺は否定する。


「環境が激変して対応するのに四苦八苦しているだけだ」

「そのうち慣れるよ。後はできる限りフォローする」


 リーデスはどこか、こちらに期待を込める眼差し。言動からずいぶんと信頼されているようだが――


「リーデス、なんだか前と見る目が違うが、何かあるのか?」

「ん……? ああ、それは高揚感じゃないかな。新しい試みに直に触れられて、なんだか楽しいというか」


 彼の反応は、収穫祭を待ちわびている町人みたいな感じだった。


「子供みたいですね」


 皮肉気にシアナが言うと、リーデスは「そうですね」と頭に手をやる。


「ですが、気持ちに偽りはありません」


 なおかつ、決然と告げた。俺はなんだか嬉しくなる。

 この場にいるのは俺を含め四人。だがこの場以外にも魔王やその弟という存在がこれからの壮大な取り組みに参加している。俺が発端の出来事に対し、魔王軍幹部は高揚感を漲らせている。


 視線を巡らせる。ファールンは同じように思っているのか、リーデスの言葉にうんうんと頷いている。そしてシアナは目が合うと、にっこりと微笑んだ。


「頑張りましょう、セディ様」


 そして彼女が言う。俺は「ああ」と答えた。


 明日からいよいよ始まる――俺もまたリーデスのように不思議な興奮を覚え、明日を少し待ちわびるような気持ちとなった。

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