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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者強化編

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魔王の母

 さすがに変な料理が出されるなど思ってはいなかったので――どんなものが出てくるのか期待しつつ俺は部屋の中で待つことにした。

 その間に室内を散策。玄関から左の扉は書斎だったため、少しばかり読んでみた。魔法具の研究に関する本が中心で、俺達の世界で購入したものなのだと容易に想像することができた。


「そういえばこういう物を書く魔族とかはいるんだろうか……?」


 呟きつつ本棚に収め……ふと、俺は見慣れた背表紙を発見する。

 それは『女神の剣』。勇者ラダンが今回の黒幕なのだと改めて思い返し……小さく、息をついた。


 彼が相手だからといって剣が鈍るというわけではない。けれど、少しばかりやり切れない気持ちになる。

 俺は大いなる真実を知り、最終的に魔王に弟子入りするという決断をした。けれど彼は理不尽な世界に反逆した……この違いは何なのか。


「できれば、話を聞いてみたいところだけど」


 呟きつつ本から目を逸らし、部屋を出た。


 それからしばしゆっくりと過ごし、外が茜色に染まるタイミングで夕食が始まった。たっぷりと具が入った野菜スープに、オリジナルソースのかかった一口サイズのステーキ。さらに様々な種類のチーズなど俺達の世界で食べるものと何ら変わりはない。

 もちろん美味しいのだが……紅茶と同様懐かしい気分にさせるのは、ルナの料理の腕がそういう方向にあるということなのだろう。


「なんだか、心が落ち着きますね」


 ファールンが言う。それにルナはクスリと笑い、


「お城ではこういった食事はなかった?」

「料理について不平不満は一切ありませんが、こうして心が休まるのとは、少し違うような気がします」

「食べる場所にもよるのでしょうね」


 シアナがスープをすすりながら言う。


「お城はどうしても雰囲気が硬いですから」

「確かに、言えるかも。私も城にいた時は色々あったわね」


 と、ルナは語る……その顔はどこか、困った雰囲気もあった。


「ただ私の場合は、そもそも先代魔王が原因と言えるかもしれないわね」


 ふいに出た先代魔王という文言に、彼女の隣にいるシアナのフォークが止まる。

 その反応が少し気にはなったが……話題が出たので、一つ話を振ってみることにする。


「あの、先代魔王についてですけど……」

「先代は死にました」


 即答だった……ええええ、はっきり断言してしまうのか?


 というか、ルナにしてみれば先代魔王って夫のはずなのだが……俺はそれ以上何一つ言及できず、俯いた。


 空気が悪くなるかと一瞬思ったが、ルナはすぐさま別の話題に切り替えその場は難を逃れた……こうなってしまうと意地でも訊きたくなるのが人間というものなのだが、なんというか、目の前の親族からは絶対聞くことができない気がする。


 そういうわけで先代魔王に関する話はそれ以上なく、夕食を終えた。その後片付けはシアナに任せて俺はルナと話を始める。内容は、エーレに弟子入りを表明して以後、これまで俺が辿って来た道筋について。


「……あなたにとってみれば、とにかく初めてのことばかりでしょうね」

「まったくです。実際今回城を離れたわけですが、街やこうした場所があるということも驚くくらいで」


 言いながらふと、窓の外へ視線を投げる。日はすっかり落ち外は月明かりの存在する夜へと変貌していた。森の中であるため漆黒の木々が不気味に映ってもよさそうなのだが、俺が感じたのは穏やかな雰囲気。

 きっとルナの空気が伝播しているのだろうと思いつつ……ふいに、彼女から言葉が。


「一つ、お伺いしても?」

「どうぞ」


 目を戻し答えると、彼女は真剣な眼差しとなり、


「エーレやシアナのことを、どうお考えでしょうか?」

「……え?」

「色恋沙汰というわけではなく、管理する上でどうお考えなのかを聞きたく思いまして」


 ふむ……管理による仕事をする上でどう思っているか、ということか。


「……正直、エーレやシアナには助けられっぱなしで、頭が上がりません」

「粗相などしていませんでしょうか?」

「いえいえ、まったく」


 首を振る俺。ゼロとは言わないが、それでも俺としては大切なパートナーであることには変わりない。

 それを聞いてルナは安堵の表情。どうやら対外的にきちんと礼儀作法を守っているかどうかの確認だったようだ。


「おそらく、セディ様にも今後ご迷惑をおかけすることになるかと思いますが」

「いえ、むしろこちらが……」


 なんだか双方が気を遣っているような状態。俺達はしばしそうした問答を繰り返していたのだが……やがて双方が笑い、矛を収めた。

 少しの間、沈黙が生じる。決して不快なものではなく、彼女の空気に当てられてひどく穏やかなものだった。


「……きっと、これから苦しい戦いになるでしょう」


 やがて、ルナは声を発する。


「エーレ他、大いなる真実を知る神々などの存在があるとはいえ、敵は多くの魔族を討ち破った実績を持つ勇者。決して、油断だけはしないようにしてください」

「もちろんです」


 深く頷く。反応にルナは満足したような表情を浮かべた。


「では、明日の話をしておきましょうか。明日から私とシアナは魔法具の生成準備を始めます……今日一日接してみておおよその魔力は理解できました。これで、セディ様が活用できる魔法具の生成は、十分できます」


 接しているだけで……少し驚きつつ俺は頷く。


「しかし、もう一歩……夕食前に話した通り、新たな試みをする以上、さらに何かが必要となる。あなたが勇者ラダンと相対してどうしたいかを……修行中に考えておいて」

「わかりました」


 難しいと、率直に思う。けど時間だって限られる以上、やるしかない。


「後は……そうね、ミュレスに事の詳細はしっかりと話してあるから大丈夫だと思うけれど、あの子はメルミと同様感情的になりやすい面もあるから、そこだけは注意してあげて」


 本当に大丈夫なのだろうか。まあ不安に思っていても仕方がないのだが……沈黙しているとルナは微笑。


「そう肩を張らなくてもいいわよ。それと、修行についてだけど……一応期間は言い渡されているけど、場合によっては短縮、もしくは延長という可能性があることだけ留意して置いて」

「わかりました……実質的な期間はどのくらいですか?」

「十日くらいかしら」


 短いな……その間にエーレ達は色々と態勢を整えるわけか。

 正直十日で劇的に変化するとは思えないのだが……まあ、頑張るしかないか。


「わかりました……よろしくお願いします」

「ええ」


 ルナは返答し……やがて、シアナが片付けを終えて戻ってくる。そこでファールンも近づき、食後の団欒といった按配となる。


 なんだかひどく平和だと思いつつ……俺は明日のことを想像する。彼女の言う大変な修行というものがどの程度のレベルなのか――俺には想像つかないためどうとも言えないのだが……まあ、苦労するのは間違いないだろう。


 そういった修行なんて、いつぶりだろうか……勇者である時、剣の腕が落ちないよう訓練を行っていたが、それはあくまで持ち得る技術を劣化させないために行うもので、これから行う強くなるための修業とは違う。


 振り返れば、俺は魔法具の力を利用しつつ、持っている技術だけでどうにかやってきた……これからさらなる敵と相対する上でそうした武具の活用はもちろんだが、先のアイストで出会ったような技術面で優れた相手を考慮すると……まだまだ腕を上げなければいけないと思う。


 特に勇者ラダン……彼の実力がどれほどのものなのか気になる。百年以上経ち延命を施している状況で剣を振れるのかという疑問もあるのだが、もし現役通りに戦えるとしたら、俺よりも戦闘経験は上だろう。魔法具についてはどうなのかはわからないが……彼は魔王や神々を相手にして戦う意志を持っている。となれば、対策をしているはず。


 その中で俺は新たな力を手に入れるために動く……ルナの言葉通りどうラダンと相対するべきかもそうだが、技術的な能力だって今一度磨かなければならないだろう。


 それに対し、今回はきっと良い機会……心の中で思いながら、俺はその日をゆっくりと過ごした。


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