戦いの目的
やがて、案内に従い俺達は森を抜けた。木々に囲まれた空間に、一軒の家。大きさはそこそこのもので、二階建ての建物。
しかもその家の横には泉が存在しており、なんだか幻想的にすら感じられる。正直、人間達の住む世界でもここまで綺麗な場所は、そう多くないかもしれない。
「どうぞ」
ルナがメルミと共に家へと入る。俺は泉に反射する太陽の光を見ながら入った。
室内は、一言で表現すると非常に人間臭かった。柄物の絨毯が玄関口に敷かれ、直進すると階段。左手には別の部屋に続く扉があり、右を向くとキッチンが併設されたリビングが存在していた。
家屋に加え、室内の物のほとんどが木製であり、かなり味がある……とでもいえばいいのだろうか。
「ちょっと待ってね。お茶を用意するから」
パタパタと小気味の良い足音を立てながら、彼女はキッチンへ。するとシアナがそちらへと歩み寄り、進んで手伝いを行う。
俺やファールンは最初どうしていいかわからず玄関先で立ち往生していたのだが、やがてルナが「座って」との声を発したため、それに従いリビングにある四人掛けのテーブルにあった椅子に着席した。
気付けば、メルミはリビングにいなかった。耳を澄ませてみると上から色々と物音がする。彼女だろう。
少しすると木製のトレイにお茶を乗せるルナが現れる。それぞれにお茶と菓子も配り……話をする前に、俺は一口。
レモンティーだった。ひどく懐かしいと思える味で、なんだかほっとした。
「緊張はほぐれた?」
ルナが問う。どうやらこれは俺達を配慮したものらしい。
「はい……あの、先ほどはありがとうございます」
そこで礼を述べると、途端にルナは苦笑した。
「あれは実質、私の過失だから……娘も来るし、なおかつ管理世界に参加しようとする勇者が……となれば私自身行くべきだったのに、メルミがどうしてもと言うので従った結果が、あれだから」
苦笑する彼女……母親なので当然なのだが、シアナやエーレと似ている。けれど二人と比べ気品よりも人を安心させるような温和な空気に満ちている。
「さて、私は色々とエーレから聞いているし、何をしに来たのかもわかっている……けど、その話より前に、少し聞かせて欲しいことがあるの」
「それは、俺にですか?」
「ええ」
笑顔を見せるルナ。俺は再度お茶を飲んで心を落ち着けつつ、返答。
「どうぞ」
「それなら遠慮なく……訊きたいのは、あなた自身どういう風に強くなりたいのかということ」
強く――問い掛けにこちらは怪訝な顔を示すと、彼女は続きを話す。
「勇者セディ……あなたはエーレ達から請われ、ここを訪れ私と向かい合って椅子に座っているわけだけど……それにはあなたの感情が伴っていない。私としてはそういう態度であると、例え強力な魔法具を作ったとしても効果が半減するのでは、と思ってしまうの」
「それはつまり……俺自身がこの戦いについて明確な目的などを持つべきだ、ということですか?」
「そういうこと。あなたがどうしたいか……そうした考えが根底にあるからこそ、魔法具も力を発揮する」
ルナの言葉に、俺は押し黙る……確かに漠然と強くなるという言葉だけを聞いてここまで来たのは事実だった。
俺はここに受動的な意志を持って訪れた。エーレが言うには気たるべき戦いに備え俺を強くする必要がある……というわけだが、ここに俺自身の考えは入っていない。ここに、俺の意志を入れるべきだと彼女は言っている。
意志の強さというのは、時に戦局を大きく左右する程になる……実際、俺はエーレとの戦いで何より負けられないという意志を持ち、倒した。さらに言えば勇者として、仲間が窮地に陥るなどした結果通常以上の力が出たこともある……ベリウスの時などがいい例だ。
「……そう、ですね」
だから俺は同意する。彼女はそれに深く頷き、
「あなたはこれから、私達すら踏み入れたことのない領域へ歩き出すことになる……そういうのは本来、試行錯誤を繰り返して完成するものなわけだけど、今回は事態が差し迫っている以上、失敗もできない。私も最善は尽くすけれど……一発で成功させる可能性が高くするためにはあなたの思いも大きく関係してくるし、何よりどういう気持ちで戦うかによって生み出す魔法具も変わってくる」
「今回の修行で、それを見つけ出すということですね」
今度はファールンが述べると、ルナは再度頷いた。
「エーレからは、修業が上手くいかなければ延長なども考えるようお願いされている。そうした中でできるだけ早く合流するには、今言ったことが重要だというのは頭の中に刻んでおいて」
今回制限は無いにしても、いつ何時戦いが起こるかわからない……つまり、俺の意志もできるだけ早期に固めるべきだというわけだ。
「わかりました……しっかりと、考えます」
こちらの言葉に、ルナは微笑を浮かべた。
今回の修業は、単純に剣を振ればいいだけでないのは理解した。とはいえ、訓練内容がどのようなものかもわからないので、それが始まってから考えることにしようと思った。
頭の中で考えをまとめた時、今度はファールンがルナへ確認する。
「ルナ様、修行の場所はどこになるのでしょうか?」
「到着してのお楽しみ」
含みを持たせた彼女の言葉……穏やかな口調にも関わらず、なんだか不安を覚える。
ファールンも同じことを思っているのか表情が強張る。俺達の表情に気付いたかルナは苦笑し、
「そう無茶なことはさせないわよ……けど、修行である以上大変なのは覚悟しておいて」
「はい……あの、当該の場所には俺達だけで?」
「もちろん案内役を同行させる。私の部下で、ミュレスという魔族」
「彼なら安心ですね」
シアナが言う。ふむ、信用における魔族というわけか。
「今日はここで休みなさい。それと一日ゆっくりしている間に、色々と話を聞かせてもらおうかしら」
「話……?」
首を傾げた俺に、ルナは机の上に手を置いた。
「あなたのことはもちろんエーレ達から聞いているけれど、直接色々と訊きたいの」
「は、はあ……」
そう言われるとさらに緊張する。どういうことを尋ねられるのか。
「さて、今後のことも決まったから、準備をしましょうか」
俺が不安がっている間にルナは話を進める。けど、準備……?
「お母様、準備とは?」
シアナが問い質すのだが、彼女は構わずリビングからメルミの名を呼んだ。すると上からドタドタと音が聞こえ、彼女が急いで降りてくる。
「お待たせいたしました。ご用件を」
「シアナ達をここで一泊させるから、その準備をお願い」
「はい、わかりました」
一瞬俺のことを見たのだが……彼女は主人がいるためなのか、文句一つ言わず指示に従う。
「さて、私も今から準備に入ろうかしら。シアナ達は……何もない所だけど、ゆっくりしてもらえれば」
「あの、お母様。準備とは?」
再度問い掛けたシアナに対し、ルナは嬉しそうに語る。
「シアナ達が来てくれたのだから……夕食、腕によりをかけて作らないと」
「あの、私も手伝います」
ファールンが慌てて立ち上がろうとしたのだが、それをルナは視線で制した。
「二人は明日から大変だろうから、今日はゆっくりしていて」
こちらを和ませる声音のはず……なのだが、彼女の言葉によってファールンは動きを止めた。さらに口まで縫い止められたようで、沈黙する。
シアナもまたファールンと同じように声を上げようとしたのだが、それをルナはやはり視線で止めた。この辺りはさすがといったところか……シアナを無言で押し留めるというのは、エーレでも無理だろう。
「それじゃあ、待っていてね」
最後に彼女は嬉しそうに語る……俺達は、ただ黙って頷くしかなかった。




