側近による試練
「彼女が、シアナの言う魔族?」
道にいる相手に目を向けつつ、俺はシアナに問う。
「はい、そうです。名は、メルミといいます」
説明をする間に近づいていく……と、彼女は何やら俺を見据え、
「……初めまして」
ずいぶんとまあ刺々しい言葉を俺へと投げかけた……完全に敵意に満ちているな。
おそらく人間である俺がエーレやシアナの近くにいることを好ましく思っていないのだろう……これまで俺が関わって来た魔族は大抵俺のことを評価している節があったが、ここにきて異を唱える存在が登場というわけだ。
「初めまして、セディ=フェリウスといいます」
俺は彼女に自己紹介をする――と、さらに表情を険しくするメルミ。
「……シアナ様、お久しぶりです」
そして俺を半ば無視するように発言する彼女。シアナは「お久しぶりです」と丁寧に返答し、
「お母様は?」
「私がご案内致します……こちらに」
と、彼女は本道から逸れる分かれ道の一つを手で示す。その先は、森……俺はそれを見ながら移動を始めた。
道中、メルミは時折こちらへ視線を投げることもあったが、基本的に何も語らず淡々と歩を進める……ただ見るからに態度が硬いため、攻撃でもしてきそうな雰囲気すら感じられる。
正直、大いなる真実に関する管理を学び始めてから魔族達は基本敵を除けばこういう気配の存在はいなかった。本来はこちらが正解のような気がしないでもないが……と、またも彼女は俺に視線を投げる。
なんだか、こちらを窺うような様子……これはもしかして一波乱あるか? などと思った時俺達は森の中へ。道もきちんと存在し、さらに太陽の光がそれなりにあり歩く分には一切困らない。本当に俺達のいる世界みたいだと思った時……ふと、あることに気付いた。
目の前の道が、突然途切れている。思わず反射的に足を止めた瞬間、前方を歩くメルミも立ち止まる。
そして、もう一つの事実に気付いた――後方にいたはずのシアナとファールンの気配が……消えている。
「勇者セディ、話は伺っている」
メルミが振り向く。その眼差しは――鋭い。
「だが、私としては納得できない部分もある……正直、ルナ様にお会いさせることは、やめるべきだと私は思う」
ルナというのが、シアナやエーレの母親だろうか……そういえば名前とか詳しく聞かなかったなどと思いつつ、俺はメルミの言葉を聞く。
「だから、私がお前のことを試す」
「で、ここはあんたの作った結界の中ってわけか」
こちらの言葉にメルミは答えなかったが……無言の肯定だと俺は認識した。
「というか、よくシアナ達を気付かせない結界を構築したな……」
「ルナ様直伝だよ……ふふふ、私は今回の件を、大変心待ちにしていた」
なんだか不気味な笑いすら上げるメルミ……おい、キャラが変わっているぞ。
「貴様の話は色々と聞いている……そして、多くの魔族から評価を受けていることもな」
「ああ、そうか」
「だが私は認めんぞ」
メルミが顔を軋ませる。それが殺気をはっきりと滲ませたものであり、俺は剣の柄に手を掛け、
「認めんぞ……貴様がシアナ様と恋仲になるなど!」
――思わず、ズッコケそうになった。
ちょっと待て! もしかしてこの殺気って、それが原因なのか!?
「お、おい……?」
「貴様がシアナ様の隣に立つなど千年早いわ! この私が直々に引導を渡してくれる!」
絶叫に近い声と共に、メルミは魔力を噴出する。それは紛れもなく強大であり……俺は脱力感を無理矢理抑えつつ、剣を抜き放った。
エーレ達の母親の側近……なるほど、高位魔族である事実は相違なく、その実力はかなりのものだと発する魔力からも理解できる。そして俺を見据える瞳は明確な殺意をたぎらせ魔力を集中させている。
……正直ため息をつきたい気分になったのだが、俺はどうにか堪えつつ、元の姿に戻り……魔力を刀身に加えた。
「何だ! その程度か!」
哄笑すら聞こえてくる……メルミは俺を威嚇するようにさらに魔力を膨らませる。なるほど、これはかなりのレベル……威圧感だけなら、勇者として戦ったベリウスとも遜色ないかもしれない。
対する俺は一度深呼吸をして……さらに魔力を全身に加える。持ち得る魔法具を駆使し、さらにシアナからもらった魔法具から刀身に魔力を収束させる。
そして一つの結論に達する。メルミはおそらく魔力の収束具合から見て一撃で仕留めるつもりなのだろう。理由が理由なので圧倒的な力を見せつけて「お前がシアナ様の隣にいることなどできん!」とか言うつもりなのだろう。だから勝負は、一瞬。
ならば、俺はそれに相対するまで……相手は俺を滅する気配。ならば、エーレすら打ち破った力を引き出し、相対するまで――
「死ねぇぇぇぇぇ!」
無慈悲な咆哮と共にメルミが駆ける。だが声とは裏腹にその速度は洗練されたもの。怒りで我を忘れているわけではないことを俺に認識させる。
けれど――完全に詰め寄られる前に俺は動いた。振り下ろされたメルミの手刀に対し、俺は一気に魔力を開放し斬撃を放つ。それにメルミが反応した直後、互いの攻撃が触れ合い――
轟音と閃光が周囲を包んだ。
「っ!」
「ぐっ!?」
短く呻いた俺に対し、メルミは明らかに何かダメージを受けた様子で――直後、剣から彼女の腕の感触が、消えた。
弾き飛ばされたのだろうと認識すると共に、さらなる轟音。そして光が消え……俺の正面に、半ばから折れゆっくりと倒れる木を背にして座り込むメルミの姿。
「……勝負、あったな」
俺は倒れ伏すメルミに対し宣言し剣を鞘に収めると、メルミがゆっくりと立ち上がる。
「くうっ……! これほどとは……しかし、まだ――!」
「メルミ」
――そこで突然、シアナの声。気付けばメルミの背後……少し先に、彼女とファールンの姿があった。
俺の攻撃を受けて結界を維持できなくなったんだろうなと思いつつ無言で様子を窺っていると、メルミは声にぎこちなく振り向く。
「あ……シ、シアナ様……これは……」
「何をしていたの?」
微笑を伴った問い掛け……だが、彼女の背後には人間の形をした漆黒の魔神が見えた。
正直、先ほどの圧倒的なメルミの気配よりも、笑みを浮かべたシアナの今の方がよっぽど怖い。それはファールンも同じようで、雰囲気に気圧されたか半歩退く姿が見えた。
「メルミ、答えなさい」
優しく問い掛けるシアナ。それにメルミは完全に硬直し、言葉を失くした。
「あ、いや……その、ですね……」
「うん」
言葉が止まる。もし俺を成敗したとしてもこの結末は変えられなかったと思うのだが……どうするつもりだったんだろう? あの怒り様だと後先考えていなかったという気がしないでもないが。
ま、その辺りはいいか……ひとまず、現状の問題を解決する必要があるだろう。俺は先へ進むべきだとシアナへ口を開こうとして――
「セディ様」
優しい声音と変わらぬ微笑。途端、こちらの動きも止まる。
「こればかりはきちんと説明が必要かと思います……ほんの少し、お待ちいただけたらと思います」
……凄まじいプレッシャーだった。もし敵だったなら、俺は全身から滝のような汗を流し、恐怖しながら剣を構えたことだろう。
「さて、メルミ。答えなさい」
「は、はい……あの」
口ごもるメルミ。直接シアナと相対する彼女は、相当なものだろう。これはもしかすると倒れるんじゃないか……そんな風に思った時、
「あら、やっぱりこうなっていたのね」
どこかおっとりとした口調……それは、シアナ達の後方――つまり森の奥からだった。
注視すると、そこにはゆったりとした黒いドレスを来た女性の近づく姿。流れるような黒い髪と、エーレと同じような青い瞳……だが、近づくとエーレと比べ少し色が深いと感じた。
加え、エーレと比べ遥かに物腰が柔らかく、ドレスと同様ゆったりとしている……顔立ちは二十代前半にしか見えないのだが、森の奥から来た以上間違いなく――
「ル、ルナ様!」
メルミが声を上げた。それに相手――シアナ達の母親であるルナは優しく答える。
「メルミ、客人を困らせてはなりません」
それは――不思議な迫力に満ちた声だった。恐怖など一片たりとも感じなかったが、それでも指示に従ってしまうような強い空気も存在する。
メルミも同様に感じたようで、ルナの声に彼女は姿勢を大きく伸ばし、
「はい!」
元気よく答え、彼女へと歩み寄った。
シアナの追及を回避する意味合いもあるんだろうけど……現にシアナはメルミに言及することはせず、ルナへ口を開いた。
「お母様……お出迎え、ありがとうございます」
「いいのよ……あなたが、セディ様?」
ふいに話が向けられ、俺は小さく「はい」と答えた……言葉に、俺もまた背筋が伸びてしまう。
「ここまで遠路、ご苦労様……さて、色々と話したいことはあると思うけど、ひとまず私の住まいに行きましょうか」
彼女は言うと俺達に背を向け歩き出した。そこで俺やシアナは互いに視線を合わせ……やがて、進み出した。




