戦士の結末
先手は当然ツルアだったが――それをシアナは軽くいなして対応する。
初撃は多少シアナも呻いたが、この一撃については言葉を発さなかった。相手の斬撃を見て手刀に秘める魔力を増やし、対抗したのだろう。
「ほう、もう対応するか」
ツルアは驚愕とも感嘆ともつかない声を出しつつ、連撃。それをシアナは容赦なく弾くのだが、彼は食らいつく。
どうやら、武術的な能力は男性もかなりのレベルであるらしい……そうした言わば人間的な要素においては、シアナもエーレと比べ劣るだろうし、攻撃を防ぐことはできても反撃には至らないという状況。
だからか――シアナは手を変える。周囲に残っていた悪魔を同時にけしかける。四体の悪魔が同時に体当たりを仕掛け、ツルアの体を覆うように包囲をする――
「無駄だ!」
咆哮と共に彼の剣が薙ぎ払われた。結果、斬撃は悪魔に直撃しその体を一発で塵にした。
「言っておくが、使役する悪魔がそっちの手先になるなんて、想定内だからな」
対応策は施しているというわけか……考えているとシアナが後退し、ツルアと距離を置いた。
「さて、残るは悪魔一体と、あんた。そして黒い騎士さんか」
こちらに視線を送りながらツルアは呟く……その顔には、明確な余裕が。
「そっちはもう全力なのか? それとも、こっから力を引き出さないと本来の力を見せてくれないのか?」
告げると同時、ギシリと――彼を取り巻く空気が変化する。まるで彼の周囲にある空間が歪んでいるかのように錯覚するくらいの、強い魔力。
同時に、彼が握っている剣に変化が生じる。突如刀身が黒く染まり始め、刃を侵食していく。
まだ力を引き出せるということか……考える間に、シアナが呟いた。
「その力……危険ですよ」
「寿命が縮むって話だろ? 覚悟の上さ」
あっさりと応じる……途端、さらに魔力が膨張する。
するとシアナが手を振る――俺達の周辺に突如結界が出現。
「おっと……悪いな、わざわざ結界を張ってもらって」
――ここに、余計な人が来ないような措置。現状エーレやナリシスの誘導に従い人はいないが、いつまでもこの魔力を晒すと、人が来るという懸念からだろう。
「なら、さらに力を加えてもいいよな?」
刹那、さらに力が上昇する……際限ないと言っても過言じゃない暴虐の気配は、息を飲むレベルであった。
魔法具を活用すれば、俺もこうした力を引き出すことは瞬間的には可能だと思う。けれど彼は悪魔の力を身に宿すことによって、その力を持続させることができる様子。
「……どうやら、その力かなり厄介なものですね」
シアナが発言。どういう意図なのかと首を向けると、
「なんだ、あっさりと気付いたな……ま、ここまで魔力を見せれば当然か」
ツルアが応じた……一体?
「ま、そういうことだ……お前達に対抗するためには、ただ力を高めただけでは勝てないと勇者ラダンは思っている……至極当然の話だ。そもそも魔族は人間と比べ遥かに魔力が多い存在。例え人間がどれだけ力を得たとしても、その領域に到達するのは難しい」
「だからこそ、開発したと?」
「これは副産物だったんらしいが……でも面白いだろ? 魔族に対し、防御能力や攻撃能力を大幅に向上させる特性の魔力というのは」
何……? 俺が疑問に思った直後、言わんとすることがなんとなくわかった。魔力にも質の違いというものが存在するのだが、それを魔族に対し有効なものへと変えた、ということだ。
となれば、シアナにとっては不利な戦い……無論こうした要素だけで彼女が負けるはずはないと思う。けれど――何か策が無ければまずいという気がした。
相手に対し一瞬でも隙を生じさせることができれば……考える間に、ツルアは語る。
「だがまあ、この力を引き出すのは結構しんどいからな……ここいらで、終わらせてもらうぜ」
同時、彼は軽く剣を振る。すると漆黒が水滴にように地面へと落ち……それが地面に大きな染みを形成。隆起し形を成していく。
「その力は、悪魔も生み出せるのですか」
シアナが言い、ツルアは笑う。
やがて悪魔が形成された――が、感じられる魔力はそれほどのものではない。勘だが、俺達が率いる悪魔と比べれば弱いのではないか、というレベルだと思った。
けれど、それを生み出したのには別の理由があると思った。ツルアはシアナを倒す術があるような気配。しかし多勢であるこちらに対抗するために、俺達の攻撃を阻む駒を用意したということなのだろう。
そして直感――ツルアの力を基にしたのならば、魔族に対し有効な力を持つ悪魔であるはずだった。
「さあて、決めようか」
体を揺らし、ツルアが一歩足を前に出す。シアナは構え、ツルアが生み出した悪魔もまた戦闘態勢に入り――閃いた。
そして俺は――唐突に魔族化の力を全て解いた。
「……ん?」
ツルアが一瞬だけ視線をこちらを向けた――同時に、シアナが一気に間合いを詰め、近くにいた悪魔一体を手刀によって吹き飛ばす。
「うおっ!?」
奇襲同前であり、ツルアは呻き慌てて後退する。同時に俺は勇者として元に戻った状態で、駆けた。速度はシアナなんかと比べて及ぶべくもない。けれど悪魔は明確に警戒し、こちらへ突進する一体までいた。
「なんだよ、お前は……!」
ツルアがこちらの魔力に気付いたか声を上げ、悪魔が眼前に迫る。俺は残っていた悪魔を突進させようか迷ったが……剣に魔力を込めることにした。
その力が外部に漏れ……ツルアがさらに驚愕の表情を見せる。
「なんだよ……お前のその力……!」
叫ぶ間に俺は悪魔へ斬撃を決めた。縦に入った一撃は悪魔を塵にして、シアナと共にツルアへ迫ろうとした。
けれど、シアナの前には数体の悪魔――形の上では彼女が悪魔を引きつけ、俺がツルア本人へ迫る形となっていた。
「――ちっ!」
ツルアの舌打ち。そして覚悟を決めたのか剣に漆黒を集め、外部に漏れるような爆発的な魔力が生じた。
対抗する俺は、刀身に全ての魔力を注ぐ――魔法具が一つとなり、ありとあらゆる魔力が結集し、あのエーレを倒すまでに至った力へ到達するような勢いとなり、
「――っ!?」
その力により、ツルアがさらなる驚愕の表情を見せた。けれど俺が剣を振ると同時に体勢を立て直し、剣を合わせる。
そして――俺はツルアの剣を両断し、その体に深く斬撃が叩き込んだ。
ツルアが倒れ伏し、シアナが彼の生み出した悪魔を片付けたのはほぼ同時だった。
「……セディ様」
「悪い……俺が人間に戻ればかく乱できると思ってさ」
怒らせたか、などと思い顔を向けると、シアナは大人びた風貌のまま少し憂いを帯びた顔になっていた。
「もう少し、お体の方を大切にしてください」
「ああ、うん、ごめん」
「……勇者、か」
ツルアの声。振り向くとその体が、塵となりつつあった。
「なるほど、神や魔王に反逆する勇者がいるのと同様、魔族や神と手を組む勇者がいても不思議じゃないな」
「結構事情は複雑だけどね……どちらにせよ、あんたはここでリタイアだな」
「まあ、な……」
笑うツルア。そして体全てが塵となり……戦いは、終わった。
結局、何も残らなかった……資料があるため情報は手に入れたが、敵の駒やデインは死んでしまった。この時点で、俺達は作戦の失敗だ。
「セディ様」
そんな心境の俺に、シアナが告げる。
「おそらく、お姉様達の戦いも終わりを迎える頃でしょう……一度、様子を見に行きませんか?」
「ああ、そうだな……エーレとしてはがっかりする結末だろうな」
「そんなことはないと思いますが――」
シアナは結界を解除。俺は歩き出し大通りへ戻ろうとする。その時、
「セディ、シアナ」
エーレの声だった。見ると、大通り方面へと続く路地の一つから彼女の姿が。
「……大通りの方はいいのか?」
「女神に追い払われたという形は作ったさ……あまり長期戦になっても怪我人だって出かねないからな……さて」
と、エーレは倒れるデインに視線を向けた。
「やられたか」
「ああ……連絡を行っていた人物が殺した」
「……不満の残る結果ではあるが、仕方ないな」
エーレは呟くと、手を軽く振った。それにより、倒れるデインの体が地に生じた魔法陣によって光に包まれ――消えた。
「デインが死んだ事実はひとまず隠滅しよう……現状死を知らせるのは、混乱を呼び込む可能性がある」
「そうだな……で、俺達はどうすれば?」
「このまま私達は退場することにしよう。セディ、申し訳ないが一度城に戻ってもらえないか?」
「わかった……俺の仲間についてはどうする?」
「その辺りのことも少し考えさせてくれ。一両日中には結論を出す」
「わかった……それじゃあ、戻ろう」
エーレは頷き、魔法を起動させる……こうして、アイストの森における騒動は、終わりを告げた。




