反逆者
現状の戦力は俺の悪魔が残り二体と、シアナが四体。大通りから外れ路地へと進む俺達だったが、案内は基本デインが行っていた。
彼自身、どうやらああいった屋敷以外にも色々と研究資料の保管場所があったらしく、路地に入っても足が止まることはなかった。
そして天使と遭遇することなく――これはエーレ達の計略のはず――街の出口へと到達しようとしていた。
「ようやく、だな」
デインは呟きながら前を進む。俺としても内心、仕事の大半は終わったと考えてよかった。
後はデインを拘束するだけ……森を出れば味方の魔族達が待ち構えているという算段のはずなので、そこへ誘導するだけだった。
やがて、路地を抜けた。次いで森が見え、デインは一目散に走り出す。
周辺に天使の姿は無い。さらに言えば人々の姿もない。おそらくナリシスや天使により大通りなどに集められているのだろう。
よし、阻むものは何もない。これで作戦は終了――思った直後、
「……やれやれ、もうどうしようもない状況だな」
疲れた男性の声――俺達は同時に立ち止まり、声のした真正面に目を凝らす。
目の前は森……そこから青い鎧姿に加え、右手に長剣をだらりと下げた戦士が一人現れた。
長身かつ、立つほどに短い茶髪。口の端をゆがませどこかニヒルに笑う三枚目といった男性は、気だるそうな歩みに任せ俺達を眺めていた。
「まさか報告を聞いてから半日も経たん内にこうなるとは、いくらなんでも予想外だ」
「お、おお……!」
デインが声を上げる。同時に俺は直感する。
おそらく、デインと勇者ラダンが繋がっている存在。それが、目の前の男性。
「迎えに来てくれたのか……」
「まあな、悪かったよ。さすがにあの数の天使は手におえんからな」
端的に告げると、男性は俺達を一瞥し小さく笑う。
「やあ、ご苦労だったな、お前らも」
こちらを労う言葉だったが……彼は今、どういう考えなのだろうか。
何か対応した方が良いのかと思っていると、デインが彼に歩み寄る。男性はそれに笑い、
「悪いな、すぐに安全な場所に連れて行くぜ」
言葉に、俺は目的を妨げる存在だと認知し、デインを止めようと声を掛けようとした。その時、
「――デイン殿!」
シアナの声。刹那、俺は彼女が何か言いたいのかを察した。
男性から、ほんの僅かではあったが……殺気。
瞬間、彼の右腕が振るわれる。思わず握り締める剣を差し向けようとしたが、何もかも遅かった。
「――がっ!?」
デインの呻く声。男性の剣が、深々と彼の胸に突き刺さった。
「……な、ぜ……」
「お前さんは、色々とやり過ぎたんだよ。さらに言えば、俺達に確認も無しに見知らぬ魔族と手を組んだというのも間違いだ。まあ――」
と、男性は俺達を一瞥。
「これも全て、お前さん達の計略だろ?」
言葉と同時に、デインは倒れ伏す。そしてもう、動かない。彼を見て、シアナはポツリと呟く。
「……あなた」
「俺は邪魔者を始末しただけさ。けど、今回の戦いはこちらの大敗北だが」
男性は陽気な声で、俺達の指揮する悪魔に目を向ける。
「それの情報や、ついでにこっちの御大の存在まで知ったようだしな」
「……一体あなた方は、悪魔を生み出し何をするつもりですか?」
シアナが一歩前に出て問う。すると男性は笑みを消し、
「確認だが……お前達は大いなる真実の関係者だな? ここに出現している女神とも、どうせ打ち合わせ済みなんだろ?」
「それを聞いてどうするのです?」
「いや、一応の確認だよ。ここまでデインのことを調べる以上、俺達の動きを追っている存在なのは確定的……念の為さ。ま、態度から正解みたいだな」
語る男性は肩をすくめると、シアナに視線を送り、
「俺達は、ただ反逆しているだけだよ。腐りきった、バカみたいな世界に対し」
「……私達の邪魔立てする存在というわけですね」
「ああ……それに、俺達のこともバレちまった。実はこうなった場合御大から指示を受けていてね……デインの始末はついでだ」
「何を……?」
「宣戦布告なんて、洒落てるとは思わないか?」
陽気に語る男性に対し――俺は背筋を凍らせる。
宣戦布告……? まさか、神々や魔王という存在に対し喧嘩を売ろうというのか?
「お前さん方、見た所高位魔族といった感じだろう? なら、魔王側や女神側に見せしめ的な効果もあるだろ」
「余程、自身がおありのようですね」
シアナが言う……響きから皮肉を込めたものだと俺には理解できたのだが、男性は意を介さず肩をすくめた。
「お前さん方から見たら、無謀とも言えるかもしれないな……だが、存外油断ならない奴だと思うぜ?」
自分で――思いつつこちらが剣を構えた直後、男性が一歩で間合いを詰めた。
速い――魔族のように身体強化による俊敏さではなく、経験に裏打ちされた動き。相当な経験を積んだ戦士なのだろうと察しつつ、彼は、シアナへ剣戟を見舞う。
だがそれを、シアナは手刀で弾いた。見た目上攻撃は失敗したように見えた。しかし、
「……っ」
「ほお、今ので腕が切断されないとは、中々やる」
男性の声――剣にはそれほど魔力が込められている風ではなかった。しかし、それほどの力を持っているのか?
傍目から見ているだけでは単なる攻防にしか見えなかったのだが……考えていると、シアナが反撃に転じた。
放ったのは手刀――俺は以前舞踏を舞うように攻撃を繰り広げた様を見ていた。だから彼女の鋭い攻撃に対し彼は対応できないと思った――しかし、
彼はすぐさま手刀を防ぐと、反撃すらしてみせる。シアナはそれを避けるが、なおも執拗に男性が攻撃を行う――
そこで――今度は俺が接近し横から剣を振り抜いた。
「おっと」
だが男性は慌てず剣で防ぐ――刹那、俺の腕に僅かながら痺れが走った。相手の膂力によるものではない……魔力でこちらを押しのけようとするような感触。
知覚できないが、身体強化が相当施されているということか……俺が一歩引き下がると、男性もまたシアナと距離を置き笑う。
「やっぱ結構な相手だなぁ……さて、どう戦うか」
「あなたは……」
シアナが発言。すると男性は彼女に視線を向ける。
「なぜ、勇者ラダンに協力しているのですか?」
「言っておくが、俺は単なる連絡役でラダンがどういう計略を持っているなんてほとんど知らされていない。聞いているのは精々、魔王と神々両方に反逆するということ。奴からすれば、俺は駒の一つでしかないだろう」
あっさりと答える男性……同時に、顔には喜悦に近い不気味な笑みを見せる。
「だが、奴は俺に明確な力をくれた……俺はどうしても殺してやりたかった人間がいてな。その力を与えてくれた代わりに、こうして小間使いをやっているというわけさ」
「……憐れですね」
「どうとでも言えよ」
笑みを消し、男性は剣を構える。同時に俺は、剣を構え直しつつどう立ち回るかを思案する。
一度魔族の力を戻し、勇者として相対するべきか……デインの口から俺達が使者としてやってきたことは聞いているだろうが、目の前にいる俺達と使者がイコールで結びつくかと言えば、疑問。もし知らない状況であれば、元の姿を見せて逃げられでもしたら余計な情報を与えることになってしまう。
もちろんこれから勇者ラダンと戦うのであれば、いずれ露見することなのだが……思案していると、シアナが口を開いた。
「……あなたは、そのままでいなさい」
指示に――勇者の姿を晒すなという意味であるのがわかった。
「さて、そろそろ体も温まってきたからな……始めるか」
男性が告げる――瞬間、
ゾクリとするような魔力が、男性の内から生じた。
「これは……」
「理解しただろ? まあ、単に悪魔を生成するだけではお前らを潰すなんて真似はできない。だが、これさえあれば対抗できる」
言葉に――俺は、確信を抱く。
悪魔の研究も、それこそ女神ナリシスの一撃を耐える能力を持っていた。その力を利用し、人間にも……それが、今目の前で現実になろうとしていた。
同時に目の前の男性は実験体であり、なおかつ尖兵なのだろうと思った。この力を見て、彼は勇者ラダンに賛同することにした……動機からすると、決して無理矢理力を与えられたわけではない。そして、彼はその力を得た恩義によって世界に反逆することにした。
「さあて……あんた方の戦いも終盤だ。始めようじゃないか」
男性が告げる。それにシアナは構え、
「……冥府へ連れて行く前に、名くらいは聞いておきましょうか」
「ほう、武人みたいな魔族だな……俺の名はツルア。お前は?」
「……シアナ」
声と共に――ツルアは、シアナへと接近した。




