首謀者
「ではさらに疑問が。そのパトロンというのは?」
俺が不安を覚える中ナリシスがウェージへと尋ねる。
「私もそこまでは知らないが、どうやら西側の諸国のどこかにいる王らしい」
「え?」
「戦争のために強力な武器を生み出していたそうだよ。ただその国は滅亡し、技術は流出してしまったらしい……これが確か、何十年も前の話だったか」
そこで俺は、全身が粟立った。それはもしや、死の商人――
さらに技術が流出し、今でも戦争に使われているとしたら……それは、戦乱吹き荒れる原因の一端となっているのではないだろうか。
「……西側の魔法具については何度も手に取ったことはありますが、エルフの気配はありませんでしたよ?」
ナリシスが問うと、ウェージは肩をすくめる。
「当然、エルフの魔力であるとわからないようにはしているし、そうした技術もあるさ……エルフが製作した物だと露見すれば、面倒事を抱えかねないからね」
さらに続けたウェージに対し、ナリシスは「そうですか」と返答した……が、どこか憮然とした印象を受けたのは、気のせいではないはずだ。
気付けなかった――そういう女神としての思いが、はっきりと読み取れる。
「ともあれ、そういう経緯から故郷に戻ってきた族長は、この街で研究開発を進めるために街を造り、なおかつ自身が主導的な立場で開発が行えるよう族長となった。そしてここで開発を始め、やがて先に説明した魔族に関する技術などを仕入れてきた」
なるほど……つまり、魔族の一部を使っての研究は、こうした施設を造った後での出来事というわけか。
「なるほど、経緯はわかりました」
ナリシスは神妙な顔つきをしつつ応じる。すると表情を見たウェージは、首を捻る。
「どうした?」
「いえ……もし、でいいのですが――」
「こうした魔族の一部を提供する存在は何なのか、ということだね?」
「はい」
頷いた彼女は、さらに言及する。
「場合によっては、それを直接扱っても良いかなと思いまして」
「ははは、なるほどな。しかしさすがにそれは、族長と掛け合ってもらわなければならないな……どうする?」
このままの流れで族長の下に――俺はさすがにバレると思ったのでナリシスを注視し、
「いえ、ひとまずどちらが良いのか考えてみます」
ナリシスはやんわりと断った。そしてウェージは「わかった」と答えた後、
「では、提供する相手について話そうか……どうも彼は、こうした技術を信用に足る存在に拡散して欲しいと願っているようだ。技術開発を進めることが目的らしい」
「なるほど」
「その中で、族長の話によるとマヴァスト王国の騒動もその一つだったらしい……それについて、知っているかい?」
そこにも言及するのか……ウェージはナリシスに対しどこまで信用しているのかとちょっとばかり驚愕しながら、なおも会話に耳を傾ける。
「多少ながら……私の知り合いが悪魔の姿を見たと言っていたのですが」
「実験だろうな。街中の人間を狙うような真似はしていなかったそうだから、ジクレイト王国などが動き出すこともなく内々で片付くことだろう……それに」
と、ウェージは怪しい笑みを浮かべた。
「あれを開発したのは、マヴァスト国内にいる貴族だったからな……身から出た錆である以上、国側もあまり公にしたくないだろう」
「でしょうね」
同意するナリシス。口調はさっぱりしているが、俺は言葉の端々に敵意に似た何かを抱いていると確信する。けれど、ウェージは一切気付いていない。
「ちなみにその事件からこの研究機関に辿り着く可能性は?」
「技術の受け渡しについては技術を提供した存在が仲介していたからどうとも言えないが、もし何かあったならば既に踏み込まれているだろう」
それが俺達なんだけどな……ま、そこは置いておこう。
「マヴァスト王国の使者が現れたということで、族長はにわかに警戒したらしいが……まあ、無難な返答に終始すると言っていたから、大丈夫だろう」
――ここまでペラペラと話す以上、確実に俺達のことは信用していると考えてよさそうだな。で、こうなった以上彼から限界まで情報を搾り取りたいところ。
というか、ここで俺達が手に入れるべき情報を全て入手できるかもしれない……そう思っていると、
「そして、マヴァスト王国で開発した技術は、今族長により改良されているところだ。おそらく、さらに強力な術が完成することになる」
さらなる驚愕の事実――あの技術が!?
「それがどこまでの力を出すことができるのかは、これから実証実験が必要となるのだが……」
「とすると、近々戦争が?」
ナリシスがさらに問う。段々と雲行きが怪しくなってきた会話に、彼女も眉をひそめる。
「私としては望んだ方向かもしれませんが……」
「そこまで大それた話ではないさ。実証といってもおそらくこの森のどこかでやることになる」
「そう、ですか……」
けれど、それが完全に完成すれば神々や魔王に――と、ナリシスは考えているに違いない。
「その技術は、どうやって改良したのですか?」
「以前から族長は、その貴族が開発した悪魔生成の技術に類似した研究を行っていたらしい。それを応用できるとのことで……マヴァストで披露した悪魔に、とある力を上乗せすることでさらに強力なものにした」
「その能力とは?」
「私達エルフの魔力だよ」
断言した彼に対し……俺は、一つの推測を立てる。少年タノンから生贄という言葉を聞いた。それはもしや――
「適合するエルフの魔力を見つけるのにはかなり苦労したが……開発に成功した。その間にかなり無茶なやり方で魔力サンプルを集めていたため、兵士などから色々と言われる結果となってしまったが」
それが、タノンの言っていたことに繋がるのだろう……なるほど、悪魔の強化にエルフの魔力を加えるのか。これは確かに、相当厄介な話だ。
「その研究は既に完成したと?」
ナリシスが質問。興味津々という態度を示しており、対するウェージは何の疑いもなく応じる。
「私が先日聞いたところによると、最終段階らしい……それほど間が空くこともなく、完成にこぎつけるだろう」
「なるほど、そうですか……話としては魅力的ですが、さすがにそちらは商売に用いることはできなさそうですね」
「かもしれないな。となれば、この技術を?」
彼はガラス容器の中に存在する剣を指差し問う。ナリシスは深く頷き、
「はい……ただもう一つ。こうした技術は一体誰の手によって? 口上からすると魔族からというわけではなさそうですが?」
「ああ、そこだよ……これは私も君の驚く顔が見られると思いワクワクしている」
核心部分――それは驚愕に満ちた話らしい。
「族長も、魔族が直接押し掛けてきたのならば首を左右に振っていたかもしれない。けれどそうではなかった。技術については過去倒した魔族から奪い取ったと言ったそうだ」
倒した魔族――その言葉を聞いた瞬間、ウェージの言葉通りナリシスと、ついでに俺まで驚いた。
「倒した――もしや、勇者なのですか!?」
「そうだ。ただし元、がつくようだが」
事件首謀者は勇者――それもおそらく、大いなる真実を知っている可能性がある。
俺と同じような状況であるはずなのだが……その元勇者は、魔族や神に反旗を翻した。
魔族の技術はそうして手に入れたと仮定してもいい。だが天使についての技術は……こおkは、ヴランジェシスなどを懐柔したことによるものだろうか?
とはいえ、それらを尋ねることはここではできないため……少し調べる必要がありそうだ。
「その勇者は何者ですか? 魔族を倒したというのなら、それなりに功績があるはずですが」
ナリシスの質問。それにウェージは頷く。
「ああ……だが、公には死んだことになっているはずだ」
「死んだ?」
「というより、百年も前の人物……そこから考えるに、元人間とでも言った方が良いのかもしれないな」
百年前……ずいぶんとまあ、長い年月を生き抜いた相手だ。
こういう場合、延命処置を施したのだろう……人間の寿命では百年生きるなんて夢のまた夢というレベルなのだが、魔法により延命処置を施せば、それも十分可能である。
もっとも、それを行う場合恐ろしい程の資金が必要となるわけだが……世の中には少しでも長く生きたいという願望もあるため、凄まじく高額でも需要はあったりする。ただ延命を施す資源もかなり希少なので、金があっても大変なのだが……とにかく、そういう勇者が相手というわけだ。
「見た目は結構若々しい人物、だそうだ……私も直接見たことはないため、詳しいことは語れないが」
「お名前は?」
ナリシスが問う。名前……といっても、さすがに百年前の勇者なんて聞いてもわからないと思うけど――
「ああ、名前か。これについてはおそらく君達も知っているだろう」
――知っている? 俺とナリシスは首を傾げ、そして、
「名は――ラダン=フロージェ。百年前に数々の魔族を倒し……人々の間で確か本になっていたはずだな。確か『女神の剣』という名前だったか? とにかく、そうした伝説上の勇者……その人物が、魔族の技術を提供してくれているというわけだ」
俺にとって、信じられない言葉がやって来た。




