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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
賢者打倒編

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実験の噂

「えっと、それで詰所で聞いた話は?」


 通りに戻り、俺達は再び飲食店に。とはいえ俺達は食事を済ませたばかりなので、俺達は紅茶程度を注文するだけだったが。


「えっと……」


 タノンはオムライスをちょこちょこと食べながら説明を始める――とりあえず詰所の件についてはナリシスも深く追求しなかった。というか「あまり人に迷惑かけちゃだめよ?」という一言で終わり、彼はとりあえずスリをしていたことはバレていないと認識し、動揺した態度もひとまずおさまった。


 で、内容自体はそれほど複雑なものではなかった。ある時、詰所に捕まって解放され……外に出た時、何気なく詰所の会話を盗み聞きした。そして、実験云々という言葉を聞いたらしい。

 どうも詰所の者達が言うには、実験に関わる人やエルフを探しているらしく、それを集めるためにどうすればいいのかという相談だった。


「ノルマ、みたいなことも言っていたんだけど」


 タノンが付け加える。ふむ、どこかのエルフが詰所の者に実験に関わる人達を集めるよう指示されていたということだろうな。それ自体は、無理矢理兵に手伝わせている……くらいで話が終わるところなのだが、問題はここからだった。


「で、さ……どうも、人を集めてなんだか物騒なことをやっているという話みたいなんだよ」

「集めて、どうするの?」


 ナリシスが問うのだが……それに関しては首をすくめるタノン。口に出すのも憚られる、といった雰囲気。


「……その、こんなの信用しないと思うし」

「話して」


 優しげな言葉と共にナリシスは要求。それに一度タノンは大きく背筋を伸ばし、けれどすぐに肩を落とす。


 どうも、かなり深刻そうな雰囲気だが……ここに至り俺もナリシスも言葉を待つ構えを取った。こうなったら根気勝負であり、話すまで待とうかという態度で――


「……兵士、達は」


 告げるタノンの声音は、ずいぶんと重い。


「集める人やエルフのことを……生贄って……言っていたんだけど」


 ――なるほど、その単語が気に掛かって怖くなった、ということか。


 俺は一度ナリシスへ目を移す。表情は考え込むように口元を当ててはいたが、笑みは崩していない。


「……きっと、そういう実験に関わる人達を、兵士の方々は見下していたのかもしれない」


 そんな風にナリシスは言及。するとタノンは首を傾げ、


「……どういうこと?」

「どういう実験をしているのかわからないけれど……兵士の方々は、生贄だと言っていた。おそらくだけど、その実験というのはあまり面白くないことで、関わると面倒事になるため、そういう表現をしたんじゃないかな」

「でも……生贄って」

「その言葉をそのまま受け取ると色々悪い想像をしたくなるけど……少なくとも兵士の方々だってそんな非人道的なことをしているのならば告発するだろうし、それに――」


 と、ナリシスは一拍置いて話し出す。


「そんなことをすれば、街にいる人やエルフが行方不明になったりと思うわ。そんな噂を耳にしたことは、ある?」

「……ない」


 首を振るタノン。それならばと、ナリシスは続ける。


「だから、タノン君が考えていることでは決してないわ。安心して」


 穏やかな笑顔。それによって、タノンの顔がようやく明るくなった。


 その後、適度に会話を行い俺達は別れる。タノンはすごく名残惜しそうだったが、ナリシスが「それではまた」と声を掛けると、彼も「また」と元気よく返事をして立ち去った。


 残された俺達は……少年の姿が消え去るまで見送った後、


「……彼について、どうする気だ?」


 なんとなく尋ねてみた。するとナリシスは困った顔をして、


「……どうしよう?」

「いや、俺に訊かれても」

「ことのほか懐かれたから、色々と面倒を見ていたのだけど……あはは」


 と、乾いた笑いを上げる。こればかりはナリシスも解決が難しいらしい。


「やっぱり、何か答えを出しておいた方がいいと……思います?」


 口調まで元に戻った。俺は少し考え、


「……一応、何かしら決着をつけた方が良いとは思うけど」

「ですよね……」


 肩を落とすナリシス。やりにくいのだろうと思いつつ、俺は本題に戻す。


「それで、実験についてだけど」

「それなら、私の言ったことが全て。行方不明者なんて情報もないから、少なくとも人やエルフが実験によって殺されているなんてことにはなっていないはず」

「それなら……調べる必要もないかな」

「なぜ?」


 聞き返すナリシス。え、その返答ってことは――


「調べるべきだと思う。一応、手掛かりでしょ?」

「でも、エルフの屋敷に忍び込むってリスクが高くないか?」


 俺は先日行った屋敷侵入を思い出す。あの時は色々と段取りをつけた上で目的の資料を手に入れるべく動いた。その上で失敗してしまったわけで……今回の場合も、実験している場所を探す以上、結構準備が必要だろうし――


「その辺りのことは、任せてもらってもいい?」

「……え?」


 すると、ナリシスは自信ありげに言い出した。


「任せてって……何だ?」

「その実験について調べる、当てがあるの。さっきタノン君が言っていた屋敷は、行ったことがある」


 言うと、彼女はくるりと一回転。同時、

 その一瞬で、髪色が栗色に変化。さらに髪の長さも腰くらいまで届き、瞳の色も黒に変化。


 この変化を周囲に見られていないか――そう思い見回したが、タイミングが良く――正確に言えばそういうタイミングを見計らったのだろう。見咎める人はいなかった。


 で、俺はその姿を見て思う。


「……まさか」

「この格好は商人の娘ということで、名はナジェンだね」


 どこまで変装して行動しているんだろうか、この女神は……まあ、話が早くて助かるというのはあるけれど。


「しかし、そこまでやるとなるとずいぶん本格的に潜入しているんだな……」

「エルフと魔族の武具……という案件だし、場合によっては大いなる真実も……という危惧を抱いた結果。それが的中してしまい、一刻も早く解決させるべきだし、情報は出来る限り速やかに集めたい」

「それもそうか……で、商人の娘ということで、交流はあるのか?」

「ええ。魔法技術の関係者はそれとなく当たっているの。該当のエルフもきちんと話は通してあるから――」

「なら、一つ提案があるんだが」


 そこで俺が一つ意見する。それにナリシスは首を傾げ、


「提案?」

「交流があるのなら話は早い……タノンという少年の言葉を信じるなら、何かエルフがやっているのは間違いないと思う。だからそれに荷担できないかといった感じで、彼に接触することはできないか?」

「つまり、味方のフリをして近づくわけだね」

「そういうこと」

「……ふむ、やってみようかな。でも、その話を誰に聞いたことにする?」

「噂、というのだとあいまい過ぎるよな……とはいえ族長からなんて話も荒唐無稽過ぎるし……ここは無難に、詰所のエルフから聞いたとすればいいんじゃないか?」

「それなら確かにいけるかな。それじゃあこれからそのエルフについて調べるということで」

「わかった」


 俺は同意したが……ずいぶんと、変な方向に話が進んでいるような気がした。タノンという少年がもたらした情報の信憑性も問題だが……果たして、デインを突き崩す情報が手に入るのかどうか。そこはまったくわからない。


 とはいえ、そう簡単にデインを打倒できる情報なんて手に入らないのも事実か……クーデターなんて、本来一朝一夕でできるようなことではない。時間が掛かることなのは間違いないのだが、それでもできるだけ急ぎたい……矛盾する課題を抱えながら、一つずつ候補を潰していかなければならないのもまた事実。


 仕方ない、ここはナリシスが構築したコネがある以上、それを利用してどうにか立ち回ることにしよう……考えつつ、俺はナリシスと大通りを進んだ。


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