出会った相手
「しかし、どういう経緯はあれどああした人間がのさばっていること自体は問題だろう……何故この森で、そのようなことになった?」
「町が発展したから、としか言えませんね……自然と調和し過ごしていた時は、貧しくなった日もありましたが穏やかな日常があった。多くの者がそれに満足していましたが、デインだけは反発し、外界に触れ、人を呼ぶことを考え始めた」
なんか典型的だな、などと思いつつ口を挟むことなく話を聞く。
「その結果が、今……全面的に否定する気はありません。実際人を呼ぶ前と異なり豊かで幸せな暮らしをしている者もいます。そしてこうした光景こそ、人が営む行為そのものだとすれば、迎合した我々も、理解しなければなりません」
……心情的に良く思っていないが、繁栄しているのは事実だし恩恵を受けている存在もいるから、全面的に非難するというわけではないようだ。
まあ俺も、富を皆に分け与えた方が良い、なんて綺麗事を言うつもりはない……ただ、事件のこともあるし放置しておくのもまずい気がする。
「とはいえ、現状ではいずれ破たんが来ると思うぞ?」
俺と同じ見解なのか、エーレがそんなことを言った。
「権力闘争に敗れた親族を、こうした形で追い込む……確かに人間の国には大なり小なりこうしたケースはあるはずだが、それにしたってやり方が雑だ」
「雑、ですか……確かに、こういうことに関して弟は慣れていないようにも感じられますね」
見解を述べるノージェス……顔は、複雑なものだ。
「加え、ああした神殿が立っている中で白昼堂々とスリが横行する……推測だが先に捕まえた男は、詰所の役人を買収していた可能性がある。ここまで来れば、相当腐敗しているとは思わないか?」
「……確かに、欲を憶えた同族はさらに富を得ようと必死という傾向はあります」
うーん……人間とは異なり甘い蜜を知って、色々タガが外れたということなのだろうか。
「今はまだ繁栄が続いているため、不満はそれほど現れることはないだろう……しかし、こんな発展を続ければいずれ問題が生じ始めるのは必定。ああした神殿の存在もあるためいずれ財政が苦しくなり、一度貧窮すれば暴動が起きるだろう。そして矛先は腐敗した役人や、神殿中央にいる存在ということになる」
俺はエーレの話を聞いていて……なんとなく、エーレがどういう方向に話を持っていこうとしているのかを悟った。ここから彼女は「それを打破できる手がある」と言って、魔族であることを明かす。もちろんノージェス自身抵抗はあるだろうけど、そこはエーレの力で押し通すわけだ。
彼女がデインに反抗する理由は「彼が我らにたてついた」とでも言えばいい……うん、俺も魔族と接してきて、色々と考えられるようになったな。
「そうした状態となれば、最早手遅れだ。加え、この森にいるのは長命なエルフ……繁栄と衰退を一挙に見せられ、絶望し恨みは骨髄まで浸透するだろう」
「……何が、言いたいのだ?」
ノージェスは不快に思ったか口調を変え、眉をひそめた。さすがにエーレが一方的に言い続けることによって、態度が硬化した。
「私はあなた方が知人に会いに来た聞き、ならば上層部の者がどういった存在なのかを示し、礼を兼ね安心させようと思い招いた。だが言葉からすると、私を諭すのが本題のようだな」
核心を突いてきた……さて、ここからエーレは本性を見せるだろう。
「確かに、そうだな……では」
と、彼女がいよいよ本性を見せようとした、その時、
タイミング悪く、ノックの音が聞こえた。
「すいません、ご報告が」
女性の声――それに、ノージェスが反応する。
「すまない、定時連絡だ。先に済ませても構わないか?」
「定時?」
「何が起こるかわからないということで、神殿の状況を逐一報告してもらっている……私はそこまで必要ないと言っているのだが」
「わかった」
エーレが同意すると、ノージェスは扉の向こうにいる相手へ「入ってくれ」と告げる。
声に応じて扉が開き、相手が顔を出す。そこで――
「……は?」
間の抜けた声……なぜか、エーレが。
「へ?」
相手もまた声――登場したのはシアナよりほんの少し身長があるくらいの、小柄なショートカットの銀髪女性。瞳の色は深い青で、フードの無い青い修道服を着ている。
鼻筋整った顔立ちに白い肌と、薄幸そうな印象を受けると共に俺に美人だと思わせたのだが……エーレが声を上げた以上、大いなる真実の関係者か?
「知り合いか?」
ノージェスが尋ねる。それにどう答えようか俺は一瞬迷ったのだが、
「あ、はい、あの、この方が……」
と、シアナが声を上げた。どうやら彼女を俺達の知り合いということにするつもりらしい。
「む、そうなのか……ナリア」
「あ、はい。そうですね」
幼さを残した声で彼女……ナリアも合わせるように首肯する。うん、現状はよくわかっていないようだが、エーレ達のことは把握している様子。
「……ノージェス殿、彼女と話をしてもよろしいか?」
エーレはそこで話題を変える……知り合いが現れたのだから、流れ的にはありか。
「わかった。いいだろう……しかし、先ほど話した事は?」
「戻って来たのなら、改めて話しましょう」
エーレは約束すると、部屋を出るべく歩く。俺やシアナ。そしてナリアも従い……廊下に出た。
「場所はどうする?」
「近くの客室にしましょう」
ナリアは手近にある部屋を指示すると、そこへと入った。
で、個室に四人が囲むような状況となり……口火を切ったのはエーレ。
「まず、なぜあなたがここにいる?」
「……私達は、この場所で何やら実験を行っているという事実をかなり前から聞き及んでいました。その調査については、本来は部下にやらせるべきなのでしょうが……実験内容を勘案し、私が直接」
「なるほど、それで――」
「あの、エーレ」
俺は状況が一切読めずエーレに訊く。
「えっと、彼女は誰だ?」
「ああ、そうだな。説明しなければいけない……彼女は」
エーレはナリアを手で示し、告げた。
「女神、ナリシスだ」
「……は!?」
女神、ナリシス――って、ヴランジェシスが仕えていた女神!?
「ここからは私の推測だが、ここの調査をして神界を留守にしている間、大いなる真実についての情報を事件を起こした天使に見られてしまった、といったところか?」
「正解です」
ナリア――いや、女神ナリシスは神妙な顔つきで頷いた。
「ここの調査をしていることが露見しなかったのは幸いでしたが……あの不祥事のこともあり、ますますここの場所の調査が重要となり、潜入を継続しているのです」
「部下の身辺調査は誰が行っている?」
「私が信頼を置いている天使長と、女神アミリースによって……天使長は、元々大いなる真実を知る存在ですから、敵の可能性はないでしょう」
「そうか……それで、実験内容は魔族の一部を使った武器のことか?」
「そうです。あなた方もマヴァスト王国の件から情報を得て来たということですか」
「そうだ……ふむ、しかしこれはかなり良い方向に話を進めることができるな」
途端、エーレは破顔した。我が事成る、という強い顔つき。けれどなんだか嫌な予感がするのは……彼女が、魔王だからなのか。
「ナリシス、念の為訊くがマヴァストに関連する武具の提供者は、族長デインと断定していいのか?」
「私が調査した結論は、それです」
「では、潜入し最終的にはどう動くつもりでいた?」
「……マヴァストの騒動があったため、族長がどう動くかを経過観察するつもりでいましたが」
「方針を変えないか?」
「変える、とは?」
首を傾げるナリシス……大丈夫なのか? 彼女の口ぶりからすると、正体を明かすような行動は避けている雰囲気だが。
「簡単な話だ。ノージェス殿にクーデターを成功してもらって、デインの情報を奪い取る」
「……はい!?」
あ、驚いた。さすがにこれは予想外だったらしい。




