厄介者
少年タノンに案内され進んだのは、街の外周部にも近い場所。神殿周囲と打って変わりずいぶんと閑散としている上、建物だってお世辞にも良いものとは言えない。
さすがに路上で暮らすような者はいないようだが……平屋かつ塗装されていない木造の小さな家が多く、大通り周辺と比べてもずいぶんと印象が違う。
「あ、あそこだよ」
タノンはやがて一軒の家を指差した。正直他の家と見た目の違いはほとんどないような場所。
「よし、わかった」
と、言ってなぜかエーレはタノンの首根っこを掴んだ。
「お、おい! 何するんだよ!」
「逃げないための処置だ。言っておくが、連れてきたからといって逃げられると思うなよ?」
「な、なんだよ!? 詰所に突き出さないんじゃないのかよ!?」
「おとなしくしていれば考えよう……その権利があるのは私だ。忘れるな」
……やることはまるっきり悪役だな。さすが魔王、こういうことは手慣れているということか。
変な所で納得していると、突如エーレが振り向き俺と視線を合わせた。なんだか目で訴えているのだが……あくまで演技だと主張しているのか? 俺としてはどっちでもいいんだけど。
「では、入るぞ」
少ししてエーレは気を取り直し、先んじてタノンが指差した家へと入った。
俺とシアナも続けて入る……宿の一人部屋くらいの広さしかない、小さな家だった。
「ん?」
その中央、テーブルに備え付けられた椅子に腰かけ、魔法の明かりを生み出しくつろぐ男性が一人。不精ひげに人相の悪い顔は、見た目だけで言えば完全に野盗崩れ。
「お前がこの子にスリを教えた人間か?」
エーレが堂々と直接的に尋ねる……すると男性は俺達を一瞥し、
「なんだ? わざわざこいつを突き返しに来たのか?」
悠長な口調で言いながら立ち上がる。
「いや、お前の方を教育してやろうと思ってな」
エーレが言うと、男性が突如笑い始めた。
「なんだ、そういうことかよ……威勢のいい奴だな」
そう語る彼の態度にはずいぶんと余裕がある……俺の剣が見えていないはずはないし、さらに数も多い。この余裕はどこから来るのか――
「しっかし、そいつが詰所に突き出されることは何度もあったが、こういうことをしてくる奴は初めてだな」
「ほう、そうか。で、どう思う?」
「単純に、バカだなと思うよ」
言葉と同時に――俺は、背後から気配を感じ取った。
振り向くと、そこには四、五名の男性の姿……どうやら、仲間らしい。
「ほう、この一帯がお前のナワバリというわけか」
エーレは吐き捨てるように言うと、男を見据える。
「中にはエルフもいるな……よく仲間を集めたものだ」
「この辺にいる奴らは街の中で最下層の人間でな……タノンの声を聞きつけて駆けつけてきたんだよ。まあ、いわば落ちぶれたクズ集団だ。それを俺が教育してやったわけだ」
そうなると、こいつはこの周辺のボスといったところか。
「……こんな真似をしているというのに、捕まらないとは驚きだな」
「なぜだろうな?」
卑しい笑みを浮かべる男……何も語らないが、察することができた。そうか、盗んだ金を詰所の者達に賄賂として渡しているのか。
となれば、詰所もグルであり捕まりようがない……どうやら想像以上に腐った事態となっているらしい。
俺の想像をエーレもまた理解したのか、顔をしかめる。
「そういうことか……ふむ、これは想定していたよりも話をつけやすくなったな」
エーレは言う。こういう騒動を生み出す人間であるため、反族長側のエルフ達との交渉も早くいくと思ったのかもしれない。
「ずいぶん悠長に構えているな……」
と、男はエーレやシアナに目を移す。まあたぶん、品定めだろうな。
「よし……お前ら、男は殺せ。残る二人は押さえろ。傷つけんなよ?」
そういう形になるよな……俺はため息をつきつつ剣の柄に手を掛けようとして、
「シアナ、任せたぞ」
エーレの指示が飛ぶ。シアナはすぐさま「はい」と返事をして、男達と対峙する。
「何だ? 余裕かましていていいのか? 言っておくが、こいつらは俺の手ほどきを受けた奴らだからな。体術は相当――」
言い終えぬうちに、シアナが攻撃を行った。それは――瞬きするようなほんの僅かな時間で、男達が襲い掛かろうと一歩足を踏み出したタイミングだった。
その間に、シアナは男達に向け、まず足を上げた。
次いでその足を――地面に叩きつける。刹那、俺の目には足元から魔力が発生し、それがシアナの前方に拡散、男達を襲い、
相手は防御する暇すらなく、直撃。結果、全員が等しく後方へ吹き飛ばされた。
「……は?」
指示を出したリーダーの男が、間の抜けた声を吐く。襲い掛かろうとした男達はまったく同じタイミングで地面に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「……シアナ、あれ」
「気絶させただけです」
事もなげに言うと、シアナは気絶する面々に背を向ける。俺も合わせて振り返ると、口をパクパクさせているリーダーの姿。
「体術が……なんだって?」
追い打ちのようにエーレが言う。すると男は一歩後退しようとして、
「逃がさん」
重い声と同時にエーレが少年から手を離し、右手で男の頭を掴んだ。
「さあて……その様子だとこれ以上の増援はなさそうだな……どう料理してやるか」
「ひ、ひい……!」
完全に立場が逆転し、男も状況が飲み込めた様子。これならあっさりと解決しそうだな。
そこで俺はエーレの近くに立っている少年に視線を送る。事態が二転三転する状況についていけないのか、半ば呆然としながらエーレや俺達を見回している。
「……とりあえず、俺達は気絶している面々を縛っておくか? 魔法でも使って」
「そうですね」
家は問題ないと悟り提案すると、シアナと共に吹き飛んだ男達へと歩もうとする。
その時だった――周囲に、気配が満ちる。
「ん?」
眉をひそめ見回すと、別の家からエルフや、人間達が外に出て俺達の様子を窺っていた。
「増援……という雰囲気ではなさそうだな」
見た所、近所で騒動があるから様子を見に来た野次馬か。
「お前さん方、こいつらに何の用だ?」
その中で、代表して青年っぽい容姿で耳の尖がった――エルフが、問い掛けてくる。
「ああ、えっと……」
答えようとして、どう説明するのがベストなのか迷った。今の状況は打算は大いにあるが悪者を退治している構図。けれど今現れている彼らにとって、気絶する男が味方なのか、それとも悪者なのかで立ち回りが変わってくる――
「この方がスリに遭遇し……私の姉が、それを成敗しにやって来たのです」
口を開く前にシアナが俺を手で示しながら説明。反応を見て俺達をどう思っているかは、これでわかるはず――
「そうか……ずいぶんな面倒事に足を突っ込んだな」
やがてエルフは、嘆息と共に呟く。対するシアナは首を左右に振った。
「私達はそう思っていませんし……私の姉はこういうことに対し潔癖で、事実を知り許せなかったのだと思います」
「何か言ったか?」
エーレの声。見ると動かないリーダーの男の首根っこを捕まえ、歩み寄ってくる。気絶させたらしい。
「私は当然のことをしたまでだ……ところで、あなた達は? 彼の味方か?」
「俺達は、こいつらに恨みはあっても情なんかねえよ」
エルフは瞳に怒りを覗かせながら告げる……ふむ、どうやらこの場所でも厄介者扱いされていたらしい。
「そいつに体術を教え込まれて手におえなくて困っていたんだ」
同意するように他の面々が頷く。ならこの場で戦闘はもう発生しなさそうだな。
「あんたらには感謝しないといけないな。何か例の一つでもしたいところだが……」
「俺達が勝手にやったことなので、別にいいですよ」
俺は手を振りつつ彼らへ言う……と、なぜか羨望の眼差しを向けられる。
「ほ、本当にいいのか?」
「え、ええ、まあ……あ、そういえば一つ訊きたいのですが」
このタイミングなら――俺は上手く話しができると思い、切り出した。




