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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
13/428

最後の戦い

「はあああっ!」


 先手を打ったのは俺。玉座のある階段下から剣を薙いだ。

 魔力が剣先から発せられ、斬撃が刀身を離れ青い軌跡となり、真っ直ぐ魔王に放たれる。牽制的な意味合いで放った一撃だ。


「――ふっ」


 対する魔王は僅かな呼吸と共に右腕で平手を放つ。

 双方の攻撃が衝突し、パアン! という破裂音と共に、斬撃が消滅した。


「その程度で、私は倒せない」


 魔王はそれまでとは異なる、冷厳とした声音で告げ、跳んだ。俊敏な動作は一切の無駄がなく、最短距離で間合いを詰めてくる。

 俺は反射的に左腕をかざし、叫んだ。


「防げ――女神の盾!」


 中指にはめられた指輪の力で結界が生じ、魔王の進路を阻む――


「無駄だ!」


 はずだった。魔王は右腕を先ほど同様に振ると、一撃で結界を破壊し追撃を行う。だが動きが結界を破壊した時間だけ鈍った。

 俺はその一瞬を利用して一歩後退し、攻撃を避ける。だが振り下ろした腕により生じた風圧は、体に直撃した。


「くっ!」


 刹那の時間ではあったが、身動きがとれなくなる。俺は風の流れに従いさらに一歩後退する。すると魔王は攻撃を控え、俺を注視し構え直した。


 こちらもまた体勢を整え、魔王に視線を送る。近づいた分相手の魔力が直に伝わり、圧倒的な気配から首筋に汗が生まれる。

 俺はそれを誤魔化すように、魔王に告げた。


「ずいぶん、シンプルな攻撃だな」

「派手な攻撃はできる。しかし、そんなものは、あなたに意味が無いだろう。あなたに通用する攻撃は、私の力を凝縮した一撃だけだ」


 極めて冷静に、魔王は答える。


 ベリウスのような派手な攻撃はない。しかし、ああした派手な攻撃に使われる力を腕に凝縮している。結界が易々と砕かれたのを考えれば、当たり所が悪ければ即死だ。

 俺は意識を集中させ、魔力をさらに高める。ベリウスの時に覚醒した力を、体から引き出そうとする。


「力が増幅しているな」


 魔王は構えたまま淡々と呟く。俺は剣に力を収束させると、再度魔王へ駆けた。その力を見てか魔王は視線を鋭くし、感じられる魔力も濃くなった。


 剣が振り下ろされる。魔王は手刀で防ぎにかかる。剣と腕が衝突し、部屋全体を震わせる程に魔力が拡散し――剣に集めた魔力が消失する。相殺された。

 渾身の一撃は魔王の腕により完全に防がれ、刃は腕を斬ることすら敵わない。


「増幅しているが、それでも足らないな」


 (さと)すように、魔王は言う。俺は即座に後退した。


 だが、今度は魔王が反撃する。こちらに詰め寄り右手で手刀を放つ。最初の攻撃は身を捻りかわした。しかし、左腕で放たれた二撃目は一撃目よりも鋭く、本能的に避けられないと判断した。

 剣で手刀を弾くとさらに下がる。強力な一撃であり、腕全体に痺れが走った。


「それが全力か? それとも、まだ何か残しているのか?」


 魔王は追わず、悠然と構え直し尋ねた。俺は答えられない。

 ベリウスや、フォシン王を訪ねた堕天使とは大きく違う、魔力を絡めた純粋な剣と武の応酬。今まで戦った魔族の中で最もシンプルな戦い。しかし呼吸は荒くなり、汗も噴き出す。


 一瞬でも力を抜けば殺される――思った直後、魔王は言い放った。


「勇者セディ。私はあなたをあくまで試しているだけだ。あなたの力は世界の秩序には必要な存在。そう易々と殺しはしない」


 心を読むかのような言葉。そしてそれは殺さず仕留めるという、余裕すら感じられるもの。

 それも無理らしからぬことだ。俺の剣は当たっても傷一つ与えられず、さらには魔王の動きについていくのがやっと。今まで戦った魔族とは、やはり桁が違う。


 だが、気を奮い立たせる――目的のために。


「悪いけど、あきらめるわけにはいかない」


 決意を込め魔王に言うと、剣を握り締める――それも、痛みが走る程強く。さらに強く力を引き出す――勝つためにはそれしかない。


「お前を、是が非でも倒す」

「そうか。だが私に刃を向けたことだけは、多少なりとも償ってもらわなければならない。覚悟は……できているな?」


 魔王は言うや否や、それまでとは別格の速さで動く――気が付いた時、目の前に手刀が迫っていた。

 反射的に攻撃を左方向に避け、剣を振る。当たったのは手刀を放った右腕。しかしやはり切った感触は無い。魔力でコーティングされており刃が届かない。


 加えられる手刀を、歯を食いしばりながら弾く。攻撃はどんどん重くなり、防戦一方となる。さらに手刀の余波で生じる魔力でさえ、俺をたじろがせる力が生じる。

 だが、ここで負ければ決断が無駄となる。それは仲間達への裏切りをも意味する――そう思うと、さらに力が湧く。


「まだ先があるか――!」


 感嘆の声が、魔王から発せられた。俺はなりふり構わず剣を放つ。


 魔王はそれを手刀で弾くが、今度は一瞬だけ刃に抵抗があった。それがなんなのか判別する前に、剣を振り抜く。そこで初めて、魔王を押し返した。

 俺は追撃せず剣を構え直し、魔王を確認する。その右腕には、僅かな鮮血。


「これほどまでに力を高め、刃を届かせるとは感服する」


 魔王は自分の流した血を見ながら呟いた。一撃を与えた――そこで鮮血を見ながらポツリと、魔王に呟く。


「血……やっぱり赤いんだな」

「当然だろう。人間と同じような食事をすることもできるし、生活もできる。体の構造が同じでも不思議はあるまい」


 魔王は告げながら構える。その時には、血の流れが止まっていた。


 再生能力――絶対的な防御力に加え、瞬時に傷を癒す力も持っている。おそらく、傷を負わせるだけでは足りない。魔王を完全に凌駕し、一撃で葬る程の、文字通り最強の力がいる。

 その考えを裏付けるように、魔王は声を発した。


「しかし所詮は傷を負わせたに過ぎない。これで勝てるとは思っていないだろう?」

「ああ」


 俺は答え真っ直ぐ魔王と対峙すると、考える。

 傷を与えた力。この源泉を紐解けば、さらに強力な力を生み出せる――それは仲間を裏切りたくないという感情。ひいては、仲間達に対する想いだ。


 ああ、そうだ――ベリウスの時もそうだった。俺の力は常に仲間のためにある。国や人々のため――それは当然として、それよりももっと根っこの部分。魔族や魔物に対する復讐心を経て、今は仲間を失いたくないという想いがあった。そして、信頼してくれる仲間を、裏切りたくない。

 今道半ばで倒れたら、仲間達がどうなるかわからない。魔王は仲間達を殺さないと言った。しかし、魔王に刃を向けた俺の仲間達を、事情を知らない魔族達が何もしないと限らない。


 だからこそ、負けるわけにはいかない。


「何か、見つけ出したようだな」


 魔王は言った。俺は返答せず、代わりに剣を振ることで応えた。だが一撃は手刀で弾かれ、魔王は反撃を繰り出す。

 俺はどうにかそれを避け、さらに距離を取ろうとしたところで気付く。背後にある大扉がずいぶんと迫っており、逃げ場を失いつつある。


「距離を取るのは正解だが、それも窮地に陥りつつある」


 冷酷に魔王は告げる。俺は内心同意しつつ呼吸を整える。


 魔王の発する気配は先ほどから変わっていない。むしろこっちが疲弊し力を消耗しつつあるため、力強くなったようにも感じられる。改めて、魔王がどれほど強大なのかを思い知る。


「結局、魔王はどんな幹部連中よりも、絶対的な力と言うわけか」

「私はそう思っていないのだがな」


 俺の呟きに、魔王は謙遜(けんそん)した。


「まあ、ともあれ……こうした力こそ、魔王に必要な資質だからな。私も鍛えたのだ」


 魔王は構えを崩さないまま、穏やかに話す。


「だが、ベリウスと同等というのは事実だ。私は単に、力の使い方が少し違うだけに過ぎん。あなたもあと五年あれば、私のように力を扱えるはずだ……だがそれは、あくまで私と同じ技法を習得したに過ぎないが」

「それでは足らないと、言いたげだな」

「そうだ。敵を倒す手段には、おおまかに二つある。力で押し潰すか、技量で上を行くか。私は特に後者……とりわけ技術の習得を重視した。これにより、技術面で幹部の者達とは一線を画する力を手に入れるに至った」

「ずいぶん、努力家な魔王だな……」


 俺の言葉に、魔王は小さく笑みを浮かべた――それはどこか、自嘲的な雰囲気を持たせたもの。


「無闇に力を示せば、魔界どころかあなた達の住む世界まで被害を及ぼす可能性がある。だから行き着いた先は、ただひたすら目前の相手だけを消す……この力しかなかった」


 俺は魔王の言葉を聞き、小さく息をついた。強大な力を示さず、滅ぼすべき相手だけを倒す――今までの魔王の発言から、それは人間達のために編み出したものだろうと、容易に想像できた。

 なぜ、こうまで人間を思い遣るのだろうか。俺は魔王と向かい合いながら、疑問を口にする。


「魔王、あんたはなぜそうまでして人間のために動く? 大いなる真実という事情があったとしても、ここまでする義理は無いはずだ」

「大いなる真実を知らない神々との衝突を避けるため、という面もある。無闇に力を奮えば神々から明確な非難を浴び、真実を知っている者達であっても抑えられなくなるかもしれないからな。だが、過剰に感じられるかもしれない。リーデスから聞いているだろう? ケーキ屋の件は」

「……ああ」


 それも確か、人間達の営みを邪魔しないよう配慮した出来事だった。

 魔王は俺が頷くのを見ると、僅かだが悲しげなものを漂わせる表情を示す。


「人間達には人間達の営みがある。それを邪魔する権利は、基本的に私達にはない。これは私の自己満足の部分も含まれているが……魔物の所業に対する、せめてもの償いだと思ってもらえればいい。魔物達は管理できない面もあるが、制御は私達がやらなければならない部分だ。だから人間達が魔物に殺されれば、私の責任でもある」


 その言葉に魔物に殺された両親を思い出す。本来ならば憎しみを抱いてもよい場面。しかし魔王の悲哀の表情を見て、何も言う気になれなかった。


「結局の所、私の統治であっても限界があるのだ。私も全てを見通せるわけではない。さらには、大いなる真実を知らない幹部の中に、私のいない所で自由にやっている者もいる……既に滅ぼされたが、サルファンの事例が特に有名だった」


 聞き覚えのある名前が出てきた。その国にいた幹部は俺が倒したのだ。


「あの国の幹部は野心家で、国の王も私欲のため利用。その後殺し、いつか私の座を奪おうと画策していた。無論、井の中の蛙で私に遠く及ばなかったが……その野望のせいで人間側にも多くの犠牲が出た。滅ぼされたのは、自業自得だろう」

「倒したのは、俺だよ」


 そこで声を発すると、魔王は目を見張った。


「そうなのか。誰が倒したかまでは詳しく調べていなかった。ここで礼を述べさせてもらおう」


 対峙する状況で、礼もくそもあったものではない。だが、魔王は構えを崩さないにしても、優しい顔で告げていた。


「……あんたを見ていると、なんだか馬鹿らしく思えてくるな」


 俺は魔王の顔を見て呟いた。すると相手は眉をひそめ尋ねる。


「馬鹿らしい?」

「あんたほど人間想いの魔王が、勇者に常日頃狙われているという事実に」

「なるほど、あなたから見ればそうかもしれない……だがそれが私の役目であり、責務だ」


 魔王は決然と答える。責務――それが魔王の行動原理であり、あらゆる根源なのかもしれない。


「あなたはどうだ? あなたはなぜ、今まで魔王を討とうと思っていた?」


 逆に魔王が尋ねてくる。俺はひどく鎮まった頭の中で思考し、ゆっくりと答え始める。


「俺は、あんたみたいに高尚な理由じゃない」

「聞かせてほしい」

「……最初は復讐だった。俺の両親は、魔物に殺されたんだ」


 話すと、魔王は胸を痛めたように目を細める。だが、俺は構わず続ける。


「でも、旅を続け勇者と呼ばれるようになって……そして、大いなる真実を知って気付いた。最初はそうだったかもしれないが、結局は俺自身が持つ狭い世界を守りたかっただけなんだ」

「狭い世界……?」

「俺は仲間が傷ついたり、悲しんだりするのを見たくない。魔王を倒せば、そうした悲しみが全て消せるんじゃないかと思っていたんだ。ただこんなこと言っているけど、旅の途中で幾度となく心配させ、無茶して泣かせたりしたけどさ……」


 なんだか矛盾していると、自分に少し苛立つ。しかし魔王は何か納得したのか、力強く頷いた。


「いや、あなたは正しいよ。結局魔族……私であっても狭い見地でしか物を見れない。私もまた自分の住むこの場所を、守りたいと思っている。そのために、世界の安定を維持し続けているに過ぎない。私の責務は、自分の望みの延長線なだけだ」

「あんたのは、ずいぶんスケールの大きい話だな」

「世界規模であっても、根っこはあなたと同じだよ」


 その言葉に苦笑した。魔王も合わせて苦笑したが、どこか共感する相手を見つけ、嬉しそうだった。


「……惜しむらくは、互いの利害が一致していないことだろうな。だからこそ、私とあなたは戦っている」


 魔王の言葉に――反応はしなかった。ただ剣先に力を集め、魔力を生み出す。


「次で最後かもしれないな」


 剣を見ながら魔王は呟く。

 最後――確かにそうだろう。俺の体は短い戦闘にもかかわらず限界に近い。対する魔王はかなりの余力がある。次に全力で仕掛け通用しなかったら、最早打つ手はないだろう。


 無にするわけにはいかない――その時、俺は胸にかけられているアミュレットの存在を思い出す。


 圧倒的な魔王の気配に隠れ、今まで意識できなかったカレンの魔力。だが思い出してみるとそれがかなり身近に、俺を守るように存在しているのがわかった。さらには、アミュレットの効果により俺の魔力と魔法具が、一つに合わさり剣先に収束していく。


(無茶をしないでとは言いません……けど、自分を大切にしてください。その上で、後悔のないようにしてください)


 カレンとの約束が思い出されるとアミュレットから力が零れ、俺に力を与える。


 すると今度は右手首から魔力を感じる。俺はまたも思い出す。それは要塞攻略の時にフィンから渡された腕輪。カレンのアミュレットと共鳴するように、力が溢れてくる。


(いいかセディ。お前は勇者だ。それははっきりと自覚しておけよ。死ににいくような真似だけは、絶対にするな)


 同時にフィンの言葉が記憶から引っ張り出される。勇者――次の瞬間、剣先に力が凝縮し始める。


 そして最後に、またも別の武具が同調し力を発揮する。左手首にある白銀のブレスレットだ。そういえば返していなかった、ミリーの使用していた魔法具。


(ねえ、セディ。あんたが何に悩んでいるのか知らないけど、要塞の戦闘中全力で戦っていたあんたを、私は信じる。その意志だけは、決して変わらないみたいだから)


 ミリーの言葉。その直後俺の体からさらに魔力が沸き上がる。


 みんなの――ために。俺の出した答えが合っているかどうかはわからない。しかし、今ここで負ければ誰もが後悔することになる――思いながら、目前にいる魔王へ走った。

 魔王が腕を構え迎撃の体勢を整える。その直後、俺は力を解放した。自分の視界が白く染まるくらいの、爆発する力。


 それを目の当たりにした魔王は、ただ驚愕した。


「ここまで――力を――」


 声が聞こえ、魔王の魔力が噴き出す。


 それは先ほどまでの俺の力ならばあっけなく殺されるであろう、暴虐とも呼べる力。だが構わず剣を振る。視界が光で染まり、体の感覚が消える。


 最後に感じたのは、剣を握る感触と、アミュレットやブレスレットから感じる魔力。それらを通して仲間達の笑顔が映り――意識は途絶えた。

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