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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
賢者打倒編

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少年との騒動

 情報収集の後だったので、ひとまずこれで合流し、いったんどうするか話し合い――そう思った時、


「ん? シアナのそれは……」


 エーレは目ざとくシアナの指輪に気付く。


「そうか、昨日と同じ店で情報収集か。どうだった?」

「ああ、それが――」


 とりあえず俺は、周囲に聞こえない程度の声量で自身の見解まで説明。それにエーレは「ふむ」と口元に手を当て、


「そうか、私もセディに同意だ……問題のある人間を捕まえれば信用を得られるし、事を動かすのも早くなるだろう」

「といっても、ヒントは何もないわけだが……」

「いや、あるぞ。昨日の少年だ」


 昨日の――彼女も着眼点が同じだった。


「セディ、リベンジすると昨日言っていたな?」

「あくまで俺が思っただけだよ……けど、懐の厚さを考慮すると、見かけたら狙ってみるなんて可能性も」

「なら少しばかり大通りを歩いて様子を見ることにしよう。他に手立てもないからな」

「けど、前と違って俺達に見つからないよう動くだろう?」

「私やシアナなら気配はわかる。そしてわざと私達が死角を作れば、容易に踏み込んで来るだろう」


 わざと、か……他に候補もないし、それを試してもいいか。


「わかったよ。で、これからすぐにやるのか?」

「ああ。ただ私は、着替えることにしよう」

「……ちなみに結果はどうだった?」

「今日は忙しいとのことで移動の準備をしていたよ。少し話をしてみたが明日にはできるということで、どこかに行った」

「報告、か?」


 首謀者に……対するエーレは「かもしれん」と答えた。


「ただ、そう過度に警戒しなくともよいだろう……こちらは書状もあり公的な用件であると主張している上、私達の存在もバレてはいない様子だった。セディの存在を考慮して、どう対処するか判断を仰ぐ、といったところか」

「……いま思いついたんだが、敵がマヴァストに潜り込んでエーレについて調査されたらおしまいじゃないか?」

「その辺りは上手く取り成している。心配するな」


 抜かりないってことか……ま、ここで不安がって動かずにいることもできないし、動くしかないか。


「それじゃあ今日は、あの子供を見つけることから始めるか」


 俺がまとめに入り告げると、エーレ達は同時に頷いた。


「ああ……ちなみにシアナ。それはいくらした?」

「えっと、セディ様がお支払いになって――」


 会話をする間に歩き出す。一旦宿に戻るとはエーレとりあえずローブ姿に戻り、「観光でもしよう」と気楽に言うと大通りを眺めながらゆっくりと進み始めた。


 改めて街の景色を眺めると、やはり神殿周辺はどこも綺麗な邸宅が並び、外側に行くほど建物のレベルが落ちていく。さらにエルフの兵士は中央の神殿を中心として見張りを強化している次第……あからさまのような気がしないでもない。


「なあエーレ。ここまで神殿周囲の警備を強化するというのは、異を唱える者に対し相当警戒しているということか?」


 俺が意見を求めてみると、エーレは神殿に視線を送りながら答えた。


「かも、しれないな。となると反抗する面々は、族長となりここまで権威を高めたはずのデインが危惧する相手……相当な実力者かもしれん」

「そうした相手に対し、俺達は策を実行するわけだよな……」

「ああ。できればセディの案を利用して一気に上層部に近づき、クーデターを早期に実行したいところだな……と、待て」


 物騒な会話の中、エーレは突如俺達を呼び止めた。


「……セディの背後に少年がいるな。早速のようだ」

「え? 本当か?」

「間違いない。あなたの考え通りリベンジに来たらしい」


 と、エーレは少年を気にする様子一つ見せず、神殿を見据えた。


「セディは後ろを絶対に見るな。シアナも気付いていると思うが、そちらに視線を向けるなよ」

「わかっています」


 シアナは答え、俺からは何も……いや、背中に意識を集中させ魔力を探ってみると、確かに何かある……たぶん、視線をこちらへ向けているのだろう。


「セディはひとまず自然体でいてくれ。捕獲は私とシアナでやる」

「了解……頼んだ」


 作戦が決まる中、俺達は見かけ上観光を続けることにする。神殿を横切り、俺達が入り込んだ大通りから見て今度は左の道へと進む。

 なんとなく気配を探ると、視線がまだあった。けれど俺は何一つ気付かない素振りを見せ……少しずつ、近づいてくるのを理解する。


 エーレはシアナと談笑を行い、これまた気付いていない態度を見せる。少年から見れば油断しきっていて、カモ以外の何物でもないだろう。

 ここからは、どうエーレ達が動くのかお手並み拝見といったところか……ただまあ、魔王とその妹なわけだし、拝見する必要なんてないのかもしれないけど。


 周囲の街並みを見つつ、俺達はどんどんと進む……やがて気配が間近に迫り、おそらく俺の背後くらいにいるだろうというところで――


「待った」


 声がした――というか、


「……え?」


 少年が小さく呟いた。そして俺の視界から、突如エーレが消えていた。

 振り向いてみると、俺のポケットに手を伸ばそうとする少年と、その手首を掴み横に立つエーレの姿。


 たぶん手を伸ばしたタイミングを見計らい、持ち前の能力で一気に移動したのだろう。傍から見て瞬間移動にしか見えない所作であり、周囲にバレていないかヒヤヒヤしたのだが……こちらへ奇異な視線を向けてくる者は誰もいない。彼女はきっと、誰にも視線を向けられていないタイミングで行動に移したのだろう。


 とはいえ……シアナと協力する必要もない上、完全なゴリ押しだ。俺は内心多少ながら呆れた心境を抱く。


「……いいのか、それで?」


 力任せな方法に対し問い掛ける。するとエーレは憮然とした面持ちとなり、


「これが一番早いだろう」


 そう言われると何も言い返せない……まあ怪我人も出なかったし、良しとしよう。


「え、えっと……」


 対する少年は目を白黒させて俺達を見回す。そこで、


「では、詰所にでも行こうか」


 エーレが冷淡に告げた――途端、少年の顔色が変わる。


「ま、待ってくれよ……」

「二度もスリを働こうとしたあげく、見逃してもらえるとはずいぶんとお花畑な思考だな。言っておくが、容赦はしないぞ」


 笑顔で語るエーレ……それが逆に怖い上、迫力がある。演技だとわからない少年にとっては、トラウマになるのではなかろうか。


「お、俺は何もやってないよ……」


 反論する少年。眼差しは恐怖以外の何者でもなかったのだが、どうにか口は動かせている。

「ふむ、そうくるか」


 対するエーレは淡々とした物言い。


「まあ確かに未遂以前の段階で手を掴んだ以上、そうとれなくもない……ふむ、そうだな」


 と、何か含みを持たせた笑みを見せる。


「その思考を矯正してやってもいいが……お前をどうにかしても、元締めをどうにかしなければ解決しないだろうな」


 と、エーレは笑みを浮かべつつ少年に尋ねた。


「ここまでコケにされたなら、返さなければならないな……お前にスリを教えた人間はどこにいる?」

「し、知らないよ……」


 首を左右に振る少年。瞳は怯えきっているが、それがエーレに向けられたものではないと、なんとなく想像できた。


「ほう、知らないか……残念だがそういう嘘は良くないな。お前がスッた金の一部か、それとも大半を渡しているのだろう? さっさと吐けば、助けてやるぞ?」

「た、助ける……?」

「二度と盗みをしないと誓えば、見逃してやろう……ここで捕まるのと、どちらがいい?」


 問い掛けに、少年は押し黙った……もし拒否したらどうなるのか少し不安に思ったが、やがて彼は小さく頷いた。


「わ、わかったよ……」

「よし。では案内してくれ……名前は?」

「タ、タノン」

「タノンか。いい名前だ。それではタノン。進もう」


 エーレが仕切り、タノンが先導を開始する。対する俺とシアナは、互いに顔を見合わせ、


「どうした?」


 エーレが途中で振り返る。そこで俺達は我に返り、エーレの追随を始めた。


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