治安悪化の理由
その様は特に何もなく過ごし――なぜかエーレがため息などついたりしたが、俺は無視を決め込んだ。
そして翌日から俺達は情報収集を開始……その中エーレは、いの一番に宿を脱していた。
部屋を出る寸前、俺はふとエーレに監視されている可能性を危惧してみたが、彼女は今の所気配はないと返答した。
「でも、俺達のことを警戒していたということは、見張りがいてもおかしくないか?」
「下手に干渉するべきではないと考えているのだろう。向こう側からしてみれば、セディは確かに厄介な存在だろうが、何の情報も持っていない……つまり、下手に監視をつけそれが露見しようものなら、逆に疑われてしまうと考えている」
それもそうか……となれば、あんまり変な行動を起こさない限りは大丈夫か。
確認の後、彼女は先んじて部屋を出た。ひとまず再度神殿へ行って書状に関して話をしてくるとのこと。そして俺とシアナは一緒に行動することとなった。
「行かなくて良かったんだろうか……」
大通りを歩く中ふと呟くと、シアナは「大丈夫ですよ」と答えた。
「名目上は書状をもらいにいくだけですからね。むしろ騎士役であるお姉様単独で行く方が理に適っているでしょうし、何かあっても大丈夫ですよ」
「心配はしていないけどさ……まあ、相手から見れば俺達は何の情報も持たないという前提だから、怪しまれる可能性はないか」
そこでふと――そういえば、ヴランジェシスが俺に大いなる真実を話したことについて、敵は把握しているのだろうかと考える。俺達は彼らがこちらに関する情報を持っていないという前提で行動しているが――
「……シアナ、ヴランジェシスが俺に真実を話したけど、それが敵に伝わっている可能性、あると思うか?」
「状況的にヴランジェシスは城に急行したわけですから、報告する暇はなかったように思えます」
「魔法を使って報告も……転移直後城から爆音が聞こえたし、そういう時間は無かったか」
「だと思います。それに報告していたなら、敵の動きももっと変わっているはずですよ」
「そうだな」
俺が応じた時、ふいに昨日と同じ装飾品点が目に入った。
「……まずはあの店から行くか」
「昨日と同じ店ですね」
「一応見知った感じだし、ここに古くからいるわけだし」
そういうわけで再度入店。昨日と同様中年の女性がいて、こちらに気付くと小首を傾げた。
「おや、昨日の方じゃない……もうお一方は?」
「今日は別行動です……商品を見ながら、色々と教えてもらおうかと思いまして」
言っている間にシアナが周囲の物を見始める。値段的に安いためなのか、少しばかり食いつきが良さそうな感じ。
「んー?」
と、そこで俺とシアナを一瞥する女性。
「もしかして、恋人同士かい?」
――言葉に、シアナはビクリと肩を震わせた。
「あ、あ、あの……」
「様子からすると、なんだか怪しいねえ……ま、詮索しないでおくか」
深入りすると面倒とでも思ったのか、女性はあっさり話を切り上げた。こちらとしては色んな意味でありがたい。
「で、何が聞きたい? お連れさんが物を買ってくれたし、少しサービスしようじゃないか」
「ありがとうございます……それじゃあ、街で美味しい店とかを教えてもらえると――」
とりあえず、無難な内容から話し始める。女性はそれに快く答えてくれ、俺は適度に相槌を打ちながら会話を続ける。
それから少しして……頃合いと感じたタイミングで、別の話題を切り出す。
「……そういえば、昨日スリに遭いましたよ。相手は少年でした」
「えっ!?」
「ああ、財布まで盗られていません。未遂に終わったんですが、手慣れているような感じでした」
「そうかい……それは災難だったねぇ」
「……声を大にして言いたくはないと思いますが、ああいうのって多いんですか?」
途端に女性は渋い顔をした。やっぱり街の悪い部分は言いたくないか――
「そういうことに関わった以上、知っていいかもしれないね」
俺の予想に反し、女性はため息をつきながら答えた。
「ああした子が手始めたのは、半年くらい前からだね……理由は、今年の税が大幅に上がったためだよ」
「税?」
「名目は神殿の改修費とかなんとか言っていたよ……それまでだって街の発展のために徴収していたんだけど、それが膨らんだことによって路頭に迷う人やエルフが出てしまったんだよ。それまではどうにか、苦しくても耐えた人ばっかりだったみたいだけど……」
ため息を大いに交え語る女性……税、か。
俺が思いついたのは、ここから徴収した資金を武具の開発なんかに使っていたのでは、ということ。ただこれについては神殿を増築させるためとか他に理由があるような気もするし、結論付けるのは早計か。
「それまで頑張っていたけど、追い打ちをかけるように増税し、路頭に迷う者も出たよ……結果、ああした子供が出現し始めた」
「そういうことだったんですか」
と、そこで俺は疑問が一つ。
「けど、正直エルフの子供があんな的確にスリの方法を考えたとは思えない気もするんですけど……」
手際が良かったのを思い出す。俺はどうにか回避できたけど、普通の人ならスラれた事実すら気付かないはずだ。
「ああ、そこなんだけどねぇ……どうも、教えている人がいるんだよ」
「教えている……人?」
「流れ者っていうのかねぇ……」
ほとほと困ったように女性は言う……うーん、貧富の差に絡めて政治構造的なものを訊こうと思っていたんだけど、そういう雰囲気でもなくなってしまったな。
どうにか軌道修正できればいいんだけど……考えている内に、さらに女性から続きが。
「ほら、昨日お連れの人に話したと思うけどさぁ……族長に不満を持つ人が、ある時期人を雇っていたんだよ。そういう人間の中で住み着いた人が、こういうことを教えているみたいでねぇ……」
……ほう、なるほど。そういうことに繋がっているわけか。
おそらくデインを打倒しようと思った段階で傭兵なんかを集めたのだろう。けれどそれを断念し、残った傭兵の中にここに住み着き色々やっている人間がいるみたいだ。
「そうした傭兵達を、野放しにしているのが実情なんですか?」
俺が女性に訊いてみると、またも彼女は渋い顔をする。
「雇ったエルフの方々も後悔しているらしく、対処しようとしているみたいだけど、証拠なんかを見つけられないから捕まえられないらしいよ」
なるほど……ここで俺は、反族長側の人間と接触するために、その人間を利用しようかと考え付く。つまり厄介事をもたらしている人間を捕まえ手土産にすることで、信用を得てそうしたエルフ達の上層部の面々に会おうというわけだ。
きっかけは、あのスリの子供からだろうか……そこからは俺達の立ち回り次第だろうな。
結論付けつつ、俺は女性に告げる。
「わかりました……すいません、色々と話したくないこともあったはずなのに」
「いえいえ」
女性が言った時、会話に参加していなかったシアナがルビーに似せた指輪を女性に差し出した。
「これください」
「お、ありがとう」
「あ、俺が払うよ」
「え? いえ、でも……」
有無も言わせず俺が代金を支払う。そして二人して店を出ると、
「……ありがとうございます」
シアナがポツリと零すように言った。
「それ、欲しかったのか? 話をしたお礼とかではなく?」
「お礼半分、といったところです」
言いながら彼女は左中指にそれをはめた。
「綺麗ですねぇ……」
「……本物じゃないぞ?」
「わかっていますよ。けど、すごく丹念に作っているのがわかります」
技術的な意味合いなのか……前高そうな装飾品に興味を示していなかったのだが、今回はずいぶんと食いつきがいい。まあ値段が高い安いとかを考慮しているみたいだし、安物でうっとりしているところを見るとなんだか悲しくなってくるが……満足しているし、良しとしよう。
で、俺はシアナにこれからのことを相談しようとした――その時、
真正面からエーレの姿。彼女は俺達に気付くと、歩み寄って来た。




