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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
賢者打倒編

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街の変貌

 情報収集できそうな場所と言えばやはり酒場なのだが、ここには酒を飲む習慣が無いのかそういう店がなかった。一応人が来るということで飲食店はあるみたいだけど。


「まあ、まだ夕方前だから酒場があっても情報は拾えないかもしれないな」


 そんな風に俺が呟いた時、エーレが店に入る提案をした。そこは、小さな雑貨店。


「ここでいいのか?」


 確認を取ると、エーレは小さく頷く。


「他の建物と比べ古めかしい……発展する前からの店かもしれない。上手く会話ができたら、話を聞くことにしよう」


 エーレは言って先んじて店へ入る。続けて俺とシアナが入ると、そこはキラキラとした宝石のような装飾品が数多く置かれている場所。とはいえ光沢などが鈍く、模倣品なのだと素人目からも一発でわかった。


「いらっしゃい」


 中年の女性が呼び掛ける……エルフは見た目上齢をとらないため、目の前にいるのは人間か?


「どうも、少し見させてもらっても?」


 エーレが丁寧に問うと、女性は嬉しそうに「ええ」と応じた。


「客足がめっきり減ってお客さんだけでも嬉しいよ。良かったら買っていって」

「そうさせてもらいましょう……この店は長いのですか?」

「かれこれ二十年くらいだねぇ……私は街が発展する前から、ここで店を営んでいるんだ」

「へえ……雰囲気的にはエルフには見えませんが?」

「人間とエルフの子だよ。その中で人間の血が濃いせいか、こうして老けるわけだ」


 笑いながら話す彼女……なるほど、それなら納得がいく。

 そして、これは当たりだろうと思った。あとは上手く質問するだけだな。


「後ろの二人は?」


 女性が問うと、エーレは笑みを見せつつ答える。


「妹と仲間。私の強引な店巡りにわざわざ付き合ってもらっているのです」

「そう……ま、安物ばかりだけど」


 女性に対し、エーレは周囲にある雑貨を見始める。その間に俺はシアナに小突かれ、


「適当に雑貨を見るようにしましょう」


 小声で言われ、同意するように狭い店内の端へと移動。確かに後方で突っ立っていると、エーレも話しにくいだろう。


「しかし、以前来た時とは比べ物にならない程、栄えましたね」


 いよいよ本題……耳はエーレ達に意識を向けつつ、俺は石を眺める。


「そうだねぇ……私としては、昔のように小さい方が良かったけれど」

「発展したのには、何か理由が?」

「族長が変わってから方針を転換したんだよ。元々新たに就任した族長……デイン様は、外を旅していたからね。その影響を強く受け、この森を発展させるべく人を呼び込むことにしたんだ」


 外か……人間と交流を重ね、自分達の境遇では駄目だという認識なのだろうか。


「で、元々ここに暮らしていたエルフ達は最初反対していた。自然と共に生きる以上、余計な介入は必要ない、と……けどまあ最終的にデイン様に丸め込まれたのを見ると、余程デイン様の説得が上手かったか、色々と釣られたかのどちらかなんじゃないかねぇ」


 女性は苦笑いをしながら語る……その時の光景を、思い出しているのかもしれない。


「で、最終的にはデイン様が族長になって、今のこの街があるわけさ」

「けれど、これだけ急速に発展した以上、弊害も生まれているのでは?」


 エーレが訊くと、女性は「そうだねぇ」と同意の言葉を上げた。


「色々おかしな人が入り込んでいるのも事実だし、現状から天を仰いでデイン様を打倒しようとするエルフがいるなんて話も……おっと、こんなこと、誰にも話さないでくれよ」

「わかっています」


 やんわりとエーレは返答すると、続いて質問を行った。


「おかしな人、というのは?」

「ほら、商人とかでも怪しげな品物を売っている人とかいるじゃないか」


 魔法具を売る人という可能性もあるのだが……確かに商人に紛れて色々ここに技術を集めている可能性もある。


「街は発展しているけど、なんだかピリピリとした空気もあるねぇ……あの豪華な神殿の周りとかそうさ。行ってみればわかるけど、周囲は警備のエルフ達で固められているからねぇ」

「自衛、というわけですか」


 エーレの言葉に女性は神妙に頷いた……それは何か理由があってのことなのか、それとも神殿ができたため自然と必要になったことなのか。

 とはいえここまでの情報で言えることは、アイストの森はずいぶんときな臭い状況にあるということ……それと俺達が追っている事件や主犯者と結びつくのかは不明だが、彼らの技術が首謀者の実験に加わっていた以上、黒に近いと言えるだろう。


「わかりました……ありがとうございます」


 エーレはそこで話を切り、青い石のペンダントを女性に差し出した。


「これを」

「はい、ありがとう……良かったらまた来ておくれ」

「ええ」


 エーレが代金を渡すと、俺達は店を後にした。そして大通りに出た直後、


「少なくとも、今の会話で事件と繋がることのできる土壌が出来上がっているのはわかったな」


 エーレが断じた。俺とシアナは同時に頷く。


「推測だが、デイン側か反族長側か……どちらかが技術を使っていると思う。それを発見するのは容易ではないが、まずは神殿に直接赴き事情を訊くことにしよう」

「反応、するかな?」

「セディがいるのだ。何かしら考えることはあるはずだ」


 もし俺に関する情報が届いていなかったとしたら……まあ、反応を見てから考えればいいか。

 というわけで俺達は一路神殿へと歩く。大通りは中心部になっていくにつれ建物のグレードも上がっていく。ここまであからさまだと逆に苦笑してしまうくらいだ。


 ただ周囲の人々の身なりは上がっていかない……のは、交通路だからだろう。実際、脇道に逸れると上等な生地のローブを着た貴婦人のような出で立ちのエルフが見える。脇道にそうした存在がいるというのは、なんだか奇妙に思えるが――


「なんというか、相当権力に溺れている感じだな」


 建物を見ながら俺は言う。すると、エーレが応じた。


「自然と共生していた時とは真逆の状況だからな。贅沢という甘い蜜を手に入れて手放せなくなったのかもしれん」


 辛辣(しんらつ)な言葉。その目は俺と同様周囲の建物に向けられていた。


「どういう心情なのかエルフに訊いてみたいが……とりあえず進むことにしよう。あ、途中で私は格好を変えるからな」

「ああ」


 俺が返事をした時――正面から、帽子をかぶった子供が走ってくる。身なりはごくごく普通のものだが……俺は一つ、直感する。


「なんだか、スリっぽいな」

「スリ、ですか?」


 シアナが応じる。その間に子供は、一瞬だけこちらに目をやった。

 む、俺がターゲットになりそうだな……なので俺はエーレとシアナに目配せをした。


 両者はどう感じたかわからないが……エーレはなんとなく言わんとしていることを理解したらしく、シアナの手を引いて、目立たない程度に俺と距離を置いた。

 瞬間、子供が俺の横を通り過ぎようとした。そして、突如体を傾けて俺の体に頭をぶつけ――


「はい」


 俺は、ポケットに入り込んだ。子供の手首を掴んだ。


「っ――!?」


 驚いた子供は、俺のことを見た……パッと見十二、三くらいの少年。翡翠のような緑色の瞳を持つ、どこか人間離れした雰囲気を持つ少年。

 エルフなのだろうと直感しつつ、俺は手首を掴んだまま警告を発する。


「ここにも憲兵くらいはいるんだろう? こんなことをしていたら、いずれ捕まる――」

「――け」


 次の瞬間、小さな呟きが聞こえた。すると突如、掴んだ腕がバチリ、と痺れた。


「っ……!」


 静電気のようなものであったが、一瞬だけ力が緩み、少年の腕を離してしまう。

 それによって彼は俺の腕から脱し、あっさりと横を抜け走り去ってしまった。


「おっと、油断した」

「簡単な魔法だな。私にも呟きが聞こえた」


 エーレが言う。彼女は純粋に、駆けて行く少年を見送るような態度だった。


「ふむ、ここにもああいう者がいるのだな……エルフだったようだし、街の発展と共に貧富の差も拡大中か」

「あんまり良い発展とは言えないな……」


 俺は呟きつつ痺れた腕を軽く振る。


「……もう一度、来るかもしれないな」

「リベンジに?」

「ああ。財布は掴まれたみたいだから、懐が厚いのがバレただろうし」

「なんだ、相当持っているのか?」

「……マヴァストの件でも報酬を貰ったし、一時懐が厚くなっているだけだよ」

「そうか。まあいい、とりあえず先に――」


 と、そこに兵士の姿が大通りに現れる。弓を持ち、さらに腰には細身の剣を下げた面々は、何やら喚きつつ少年が走り去った方向へと駆けて行く。

 どうやら捕まえようとしている兵士みたいだ。ま、これだけ遅れているのでは成果は期待薄だろうな。


「さて、気を取り直して行くぞ」


 エーレは彼らを無視するように言うと、移動を再開。途中彼女は装備を元に戻し、改めて神殿へと向かった。


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