共に行く者
数日後、マヴァスト王から勅命を受け、騎士と共にアイストへ行くこととなった。
そのことをベッドに伏せるカレンに報告。いまだ寝ているのは、ヴランジェシスの攻撃が相当響いたからだ。
話し終えると彼女は心配そうな顔をして、
「兄さん、大丈夫なの?」
「俺の心配はいらないさ。エルフの森だから、むしろここより安全かもしれない」
本当は虎穴に入るも同然なのだが……胸中呟いていると、カレンは小さく笑った。
「そうかもしれないね……兄さん、気を付けてね」
「ああ。ちなみにオイヴァがこの城に留まり、立て直しに協力するらしい。一応、カレンのことも言っておいたけど……」
「自分の身は、自分で守るよ」
決然と言った。ま、当然の返答だ。
「兄さんは、王様の依頼をしっかりこなしてきて」
「ああ……それとミリー達についてだけど、もし俺がアイストの森へ行っている間に到着したら、ここで待機していてくれるよう伝えてくれ」
「うん」
小さく頷くカレン……そこで、小さく肩を落とした。
「ごめんなさい、兄さん……同行できなくて」
「気にするな。今回の相手で無事だっただけよしとしよう」
「……あの騎士は、結局何者だったんだろうね」
カレンは難しい顔をして述べる――ヴランジェシスは宝物庫を狙った時、ディクスの眼前以外で天使の力を使うことは無かったらしく、なおかつディクスと共に戦った面々も記憶を消されているようで、天使に関する情報は一切上がってこなかった。
城内の面々も事後検証するのは無理があるため、カレン達から見れば結局どういう存在の犯行なのかわからずじまいというわけだ。
けれど、本当のことを話せば多大な混乱を呼び込むことは間違いないし……何より、信じてもらえない可能性も高いので何も語らないことにした。
「あの騎士について判明するかどうかはわからないけど……まあ、何か騒動が起きているのは間違いない。マヴァストの王様は西側の仕業ではないかと断定していたけど」
「そう……真相は闇の中だし、置いておくしかないみたいだね」
ため息をつくカレン。あれだけ戦ってフォゴンは死に、さらに資料も大半破棄されていた……消化不良となる結果だし、そういう表情をするのも無理はない。
「……ひとまず、話しておくことは以上だけど」
「出発はいつ?」
「明日になりそうだ」
「そう……兄さん」
「うん?」
「気を付けて」
改めて述べられるカレンの言葉……それに俺は、大いなる真実の件を胸に呼び起こしながら、力強く頷いた。
その夜、俺は明日に備え早く休もうと考えていたのだが、シアナが部屋に来てエーレと会話をすることになった。
『すまないな、なし崩しに任務を続けることになってしまって』
謝罪の言葉だった。俺はそれに首を振る。
「気にするな……むしろ、ここまで関わった以上最後まで戦うさ」
『……すまない』
エーレは苦笑し俺に再度謝る。けれど、俺は首を左右に振る。
「エーレが気落ちする必要はない。たまたま俺が弟子入りした時、こういう騒動が起きただけ……むしろ、良かったんじゃないか?」
『確かにセディがいなければ、問題はもう少し複雑になっていたかもしれないな……私としては、あなたに礼をしなければならないと思っているのだが』
「そう硬くならないでくれよ……そうだな、エーレが言うなら、何か考えておくよ」
『そうか……? では、そういうことにしよう』
と、一度エーレは言葉を切った。
『では、ここからが本題だ……セディ、今回の件、あなたとしてはどう思う?』
「どう思う、とは?」
『私やシアナと違う立場……人間という立ち位置として聞かせて欲しい。今回の敵はどうやら、大いなる真実という管理を壊すために活動しているようだが』
「そうだな」
『あなた自身、その件で悩んでいた時もあっただろう……どう思うのか知りたいのだ』
「……わかった」
俺は少しばかり思考し、言葉に出す。
「まず彼らは魔王と神々を倒して自分達が管理を行うと言っていた……この狂った世界を戻すために自分達は戦っていると言い、現在生きている人達は未来のための犠牲とも言っていた」
『……ああ』
「破壊と荒廃の後に未来がある……というのは、別に間違ってはいないと思う。歴史を振り返れば、人間達だって多くの犠牲を払った後平和が訪れているし、俺達が暮らす世の中だってそうだろう……けど、ヴランジェシス達のやり口を見ていると、賛同することはできない。彼らに管理を任せたら、良い未来なんて訪れそうにないだろうな、というのが俺の感想だ」
『……そうか』
エーレは目を伏せ、何かを考える素振りを見せた。
「エーレは、そういう見解じゃないのか?」
『……私は、それ以前の話だな。相手の凶行を止めるのは、もっとシンプルで単純な考えだ』
「それは?」
聞き返すと、エーレは俺を真っ直ぐ見据え、言った。
『目の前に、管理手法を学び新たな手段を模索しようとしている人物がいる……だからこそ、私は今回の敵を倒そうと決意している』
「……そうか」
俺のことを言っているわけだ。
『ヴランジェシス達は、破壊をして新たな世界を切り開こうとしている。けれどセディは、それとは別の手段でやろうとしている……私は、あなたを支持して戦っているのだ』
「私も、同感です」
シアナが合わせて言う……俺は、納得し頷いた。
「わかった……俺も、今生きている人達の犠牲を強いるようなことは許せない。だから、進んで戦うよ」
『……ありがとう』
エーレは礼を述べ、最後に一つ付け加えた。
『さて、増員の件だが……明日、城門を抜けた場所にいる。そこで合流してくれ』
翌日、俺とシアナはディクスに見送られ、城を出た。ちなみに移動手段は馬。アイストの森周辺では馬を預ける場所が無いため、最寄りの町で馬を預けるという段取りをつけた上の手段だ。
朝方であるためまだ商店も開いていない。とはいえ日は昇っており、朝陽が俺達を照らしている。
「増員って、誰だろうな?」
ふと俺が疑問を寄せると、シアナは首を傾げた。
「残っているのはファールンくらいでしょうか……けれど、お姉様は他に仕事があるということでしたけど」
「となると、新しい魔族になるのかな?」
「たぶん、そうです」
ちょっと不安だけど……エーレが選んだ魔族である以上、心配ないか。
そうこうしている内に俺達は門へと到着。門番に「お疲れ様です」と告げつつ、俺とシアナは外へと出た。
目の前に広がるのは街道と、草原。左手には山脈が見え、右手には所々に森も見える。
目的地のアイストは、馬を使って北東に約三日程進んだ場所。さして遠い距離ではないのだが、増員される魔族とどう折り合いをつけるかで、結構しんどい旅になるかもしれない。
考えている間に、俺は周囲を見回しそれらしい姿を探す。すると、
「……いた」
俺は少し街道を進んだところに、白い外套を着る存在が、馬を横にして立っているのに気付いた。遠目で見るとフードを目深にかぶり表情は見えず、なおかつ全身をすっぽり覆うような外套によりどういう容姿なのかわからない。けれど具足を身に着けているのだけは理解できた。
「行きましょう」
シアナが言う。俺は「ああ」と返事をして、そちらへ移動。近くまで行くと下馬して、まず挨拶をした。
「えっと……マヴァストの騎士の方ですか?」
人違いの可能性もあったので、とりあえずそう尋ねた。すると相手は、フードをゆっくりと下ろし、
顔を見せ――
「……は?」
「え?」
俺とシアナは同時に呻いた。
対する相手はそれに口の端を歪ませて応じる――間違いなく、悪戯が成功した、という笑みだった。
「それでは――行こうか」
告げた相手。それは――他ならぬ、魔王エーレそのものであった。




