怒りと動機
そこからヴランジェシスは俺へと説明する――この世界がどのように成り立っているのかを。
魔王と神が秘密裏に手を組み、魔力を管理しているという事実……リーデスのように歴史的な背景も、さらにどのような形でどんなものを管理しているのか具体例を示すことはなかった。
内容がひどく抽象的なのだが……これは、目の前の天使が知らないからなのか? それとも把握していて、わざと具体性の無い話をしているのか?
どちらなのか俺には判断がつかない……けれど、一つ決然とわかったことがある。それは――
「魔王と神は手を組み、この世界を支配している……どうだ。この世は、勇者セディが思っている以上に狂っているだろう?」
彼は間違いなく、怒りながら話をしている。とても演技とは思えないし……大いなる真実を知り活動している存在としては、不可解としか思えない。
これはやはり、エーレの述べたように大いなる真実を偶然知った者なのではないか――
「……話は、わかりました」
俺はヴランジェシスから聞き終えると、難しい顔をしてそう返答した。
同時に彼をこの場に釘づけにしておく――という俺の判断は間違っていないと思いつつ、今回の戦いの裏側もおぼろげながら見えてきた……おそらくヴランジェシスは大いなる真実を知り魔王や神を恨み、反旗を翻すつもりだったのではないか。
それを確かめるには、まず目の前の相手から話を聞き出さなければならない。
「確かに驚嘆すべき話です……しかし、その件と今回の件、何か関係があるのですか? 天使という存在のあなたと悪魔……これも、大いなる真実に関係が?」
「この世界を正しいものへと変える……その、一歩だ」
ヴランジェシスは答える……一歩?
「そう、勇者セディ……この狂った世界を元に戻すためには、魔王と神々を滅ぼさなければならない」
彼の言葉の直後、俺は言いようもない不快感を覚えた。
「だからこそ、私達は人間や魔族達に技術を与え、魔王や神々を打ち滅ぼす力を編み出そうとした」
「それが……あの悪魔?」
「あんなものでは魔王を滅ぼすことはできないだろう。しかし、あの技術を利用すれば……あるいは」
ヴランジェシスの瞳が妖しく光る。
「天使長という存在が悪魔を生み出すことに違和感があるのは認めよう……だが、魔王と神々を打ち破るためには、こうした技術が必要不可欠になるとは思えないか?」
「……この技術は、どこから出たものですか?」
俺は事の確信を訪ねるべく問い掛けた。対するヴランジェシスは、
「それについては申し訳ないが……守秘せよとの命令だ」
そう断じた。やはり、簡単に口は割らないか。
「守秘……どうやら、あなたが指示を受けている存在は、神々ではなさそうですね」
「そうだな」
「あなたが従う女神は、この件と関係があるんですか?」
問い掛けに、ヴランジェシスは薄い笑いを浮かべた。肯定、否定どちらともとれる表情。
「……そして、ここまで踏み込んだことを俺に話したのは――」
「そうだな。説明しながら私も思っていた……大いなる真実を打ち破る戦いに、加わらないか?」
勧誘、か……無言でいると、ヴランジェシスはさらに続ける。
「この事実は、基本口外していない……それは広めることで噂が立ち、私達の活動が露見する可能性を考慮して、だ。とはいえ私は優れた人物を勧誘せよとの指令も受けている……だからこそこうして、魔王軍幹部を多く倒してきた実績と、この状況で悪魔を平然と倒し続ける力を持つ勇者セディに、協力を仰いだ」
……なるほど、現状はエーレやアミリースといった存在を滅ぼすための戦力強化を図っているところなのか。なおかつ今回の騒動は、フォゴンがヴランジェシス達と手を組み技術を受け取った結果もたらされた事象――
「今回の悪魔の襲撃……危ない橋を渡ったが、その責については技術を渡したフォゴンに負わせろと指示を受けている。とはいえさすがに事が大きくなってしまったため、魔王達が動き出す可能性がある。だからこそ騒動が片付けば、拠点にこもることになるだろう。勇者セディもそこに来てもらうが、どうだ?」
「……いくつか、尋ねてもいいですか?」
「構わない」
「仲間達はどうすれば?」
「悪いが、一人だ。無論、口外も許さない」
当然だな……俺は頷き、
「ではこの事件の経緯を、教えてもらってもいいですか?」
俺が請うと、ヴランジェシスは頷いた。
「いいだろう……といってもさして難しい話ではない。フォゴンに技術を与え、それを用いてあいつは特殊な悪魔を創り出す技術を開発した。そして起きたのが屋敷襲撃――あれについては、城側の密偵だという情報が舞い込んできている」
ヴランジェシスは語ると、薄い笑みを浮かべた。
「まあ、どれほど調べようとも私達のもとまで到達するような情報はないため、心配いらない……ところが、フォゴンはどうやら技術を勝手に開発した報復だと思いこんだ。そこで監視をしていた私が名乗りを上げ、技術を渡すことで組織内の地位を与えることとし、彼は受諾。逃亡しようとしながらある程度の実証実験を行い、殺した」
「……なぜ」
そこで俺は、ヴランジェシスに確認を取った。
「なぜ、彼を? そして、なぜ街中で実験を?」
「殺したのは必要がないと感じたためだ。ああいう手合いの人間は、旗色が悪くなれば寝返る可能性があるため厄介だと思った……実験については、勇者オイヴァやこの国の騎士が追うことはわかっていたため、どれほど戦えるかある程度知ることができると思ったためだ」
「そして、フォゴンは悪魔を暴走させた?」
「ああ。私に殺されかけたことで悪魔を呼ぼうとしたらしい。とはいえ命令を上手く伝達することができず、街中では相手の魔力に反応して戦う専守防衛型になってしまったようだ……城を襲撃しているのは、フォゴンが宝物庫を狙ったため、その命令を悪魔が伝わったのかもしれん……ここまでしてしまうと、ジクレイトといった国家が動き出す可能性が高くなるため、望まない展開だったのだが……仕方ないな」
答えた刹那――ヴランジェシスは肩をすくめ、俺に笑い掛ける。それは、天使という名にそぐわないような醜悪な笑みに見えた。
「状況は把握したようだな……では、勇者セディ。回答を聞こうか」
そうして急かすように告げるヴランジェシス――ここに至り、もし断れば天使の牙が俺に向けられるのは間違いないと悟る。目の前の存在に勝てるのか……そうした危惧を抱いたりもしたが、これは逆に好機でもあった。
ここで頷き承諾すれば、今回の事件に関する首謀者が判明するかもしれない。それがわかれば間違いなく一連の事件の解決も早くなるだろう。だからここは頷き、承諾するのが得策ではないか……けれど――
「……さらに質問があります。いいですか?」
「構わない」
「魔王や神々と対抗するために、あなた方はこうして実験を繰り返していると」
「そうだな」
あっさり頷くヴランジェシス。それに俺は、一呼吸置いてから尋ねた。
「もし俺が協力するとなれば……この街にいる悪魔は、どうすれば?」
「半ば暴走している状態だ。倒してくれ」
倒すということには変わりないようだが……俺は、さらに質問を重ねる。
「あなたは、どうしますか?」
「そうだな……勇者セディが街で戦ってもらえるなら、私も役目を全うできる。城へと向かうことにしよう」
「そこで、何を?」
疑いの眼差しを送りつつ問うと……ヴランジェシスは、小さく笑みを浮かべた。
「ふむ、態度から理解したよ……勇者セディが、密偵なのだな?」
その問い掛けに――俺は、応じることができなかった。
「城側がフォゴンを捕まえようと動いていた……その理由は、山賊達とフォゴンが秘密裏に繋がっていたことを示唆する念書が発見されたため……襲撃で、見つけ出したのだろう?」
……ここで首を左右に振っても良かったのかもしれないが、俺は首肯した。
「はい」
「だからこそ、私がフォゴン側についていたことが気に掛かり、真実を話しても不審に思っているというわけか……いいだろう。ここまで伝えたのだ。それも教えよう」
と、ヴランジェシスは俺へと改めて説明を行う。
「あの城の宝物庫の中に、私達が欲する魔法具がある……それを、フォゴンや山賊を利用し盗ろうとしたわけだ」
「……つまり、あなたは今からそれを実行すると?」
「不快に思うか? しかし、魔王や神々を崩すためには、必要なことだ」
肩をすくめたヴランジェシスに――俺は、怒りを覚え反射的に剣を握り締めた。
それに相手はすぐさま気付いたか、やれやれといった様子を見せる。
「狂った世界を元に戻すためだ」
「だから……正当化しろと?」
こいつを、城に行かせてはならない……そして魔法具を手にさせてはならないと判断し、この時点で協力に同意する可能性は消滅した。
内心大いに怒りを感じる中で……俺は、天使へさらに言及する。
「もう一つ、あんたは言っていないことがある」
「……何?」
「魔王や神々を倒した後の話だ。彼らがこの世界の魔力を管理しているのならば……その後、誰か管理するんだ?」
「無論、私達だ……ただ、まあ」
と、ヴランジェシスは何でもないことのように話す。
「世は乱れるだろうな。とはいえ、正常な世界に戻すために、必要な犠牲だ」
「……ああ、そうか」
俺は奥歯を噛み締め返事をした――お前らに、秩序を乱す権利はない。
「交渉は、決裂のようだな」
ヴランジェシスは語ると、俺に剣の切っ先を向けた。
「先に訊いておくが、この狂った世界のままでいいと思っているのか?」
「……お前達に、今暮らす人々の生活を奪う権利は無い」
「破壊と荒廃の果てに未来がある」
「……破壊、か。とても天使の言葉とは思えないな」
皮肉っぽく告げると、ヴランジェシスは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「……もう一度訊くが、あんたが仕える女神とやらも、これに加担しているのか?」
「奴と一緒にするな……あんな、世界を管理し満足しているような存在とは」
「つまり、情報は仕える女神からというわけか」
目の前の天使は大いなる真実を偶然知り、何かのきっかけで首謀者と接触した……といったところか。
「話はこの辺りで終わりにしよう……残念だが、断った以上はこのまま逃がすわけにはいかない」
ヴランジェシスがまとう空気が、殺気立ったものへと変貌する。俺は剣を構え応じる体勢をとり、相手の動向を窺い始めた。




