末路と激動
敵が全員倒れる中で、俺はリーデスへと質問する。
「倒れているのはモーデイルと魔法使い……傭兵は逃げたけど、無視してもいいよな?」
「そうだね。さて」
リーデスは俺の質問に同意した後、魔法使いの倒れている屋根に向かって跳躍した。
体はあっさりと宙に浮き、ゆっくりとした動作を伴い上に降り立つ。そして魔法使いを抱え、地面へ。
「はい、どうぞ」
シアナもまたモーデイルを担ぎ、地面に降りた。少女が大人を軽々と……という構図だが、シアナの正体を知っている俺としては、驚くこともない。
「では、リーデス」
「はい」
頷くと彼は、魔法使いとモーデイルへ手をかざす。記憶の読み取りを開始だ。
これで後はフォゴンの居所を探り、捕まえるだけ……とはいえ彼自身流動的だとすれば、さらに捜索を余儀なくされる。この場合は根気勝負となる。
「これで解決の道筋ができました……が、懸念がありますね」
リーデスが作業をする間にシアナが言う。
「フォゴンを捕まえたからといって、悪魔が消えるかどうか」
「それはあるな……もし消えないなら、少しずつ見つけて倒していくしかない」
「時間はかかりますがそれしかなさそうですね……」
シアナはどこか憂鬱なため息をつく。大変だと思っているのだろう。俺も同感だ。
「……うん、とりあえずフォゴンのいる場所は見つけた」
リーデスの声。記憶の読み取りが終わったらしい。
「ただフォゴン本人がそこにいるかどうかは、わからないよ」
「拠点というわけじゃないのか?」
「ああ、モーデイルが彼から指示を聞いている場所は、隠れ家みたいだけどすぐに引き払う準備をしているな……内容は悪魔に関するデータをとれというくらいで、めぼしい情報も無い」
「となると、そこにいる可能性は低いだろうけど……他にヒントもないし、その場所に行ってみよう」
決めた後、俺は倒れるモーデイルと魔法使いに視線を移す。
「それと彼らは重要参考人だし、兵士達に連絡を――」
「――勇者殿!」
そこに、真後ろから声が。振り返ると鎧姿の騎士が一人と、兵士が数人。
「戦闘音がしていると報告を受け駆けつけたら……あなたでしたか!」
俺のことは把握している様子。
「はい。あの、勇者モーデイルを捕らえたので、ここはお任せします――」
「皆様に、一つご報告が」
俺の言葉を遮り、騎士が口を開いた。その表情が深刻なものであったため、俺は話すのを中断し聞き入る。
「フォゴンの行方がわかりました」
行方が……? もしそれならすぐにそこへ急行を――
「しかし、新たな問題が発生したのです……」
その場所は、リーデスが記憶を読み取った場所そのものであり、彼はそこから動かなかったというのが結論だった。
「いや、この場合は動けなかったと言った方が正しいだろうね」
ただの民家のような室内を外から見ながら、リーデスは呟く。俺は彼に心の中で同意しつつ、外から部屋の様相を眺めた。
おそらく、作戦会議をしていたのだろう。部屋にある机には地図が置かれ、さらには資料の束などが積まれている。あの中で俺達が求める資料はあるのかなどと思いつつ、視線を転じる。
机に対し、椅子は一つ。そして座っているのがフォゴン当人だったのだが、
「なぜ……このようなことに?」
シアナが――胸を貫かれ絶命しているフォゴンを見据えながら、疑問を呈した。
騎士によると、傭兵がこの場所に入ったという情報を聞きつけ、強襲しようと動いていたらしい。その準備が整う中で、やがて一人の人物が外を出たのを機に、突入。そして、この光景があったらしい。
「……外に出た人物を追いましたが、あっさりと撒かれてしまいました」
悔しそうに説明する、俺達を発見した騎士。彼はあの屋敷で戦っていた人物の一人らしく、だからこそ俺の顔にも見覚えがあった。
「そして、私は直接見ていたわけではないのですが……外に出た人物の特徴は、フォゴンがヴラシスと呼んでいた人物と酷似しているそうです」
「彼で間違いないだろうな……となると、ヴラシスがフォゴンを殺したのか?」
「それで間違いないんじゃない?」
俺の意見にリーデスが頷く。
「動機なんかはまったくわからない……けど、おそらくヴラシスはフォゴンの味方ではあったけど、部下ではなかったのかもしれない」
「どういうことだ?」
「つまり、フォゴンではなく別の誰かの指示を受けて、フォゴンと接触していた人物」
……となると、ヴラシスの上には一連の事件首謀者が?
「可能性としては、西側の人間でしょうか」
騎士が推測を立てる。一連の事件と大いなる真実を知らなければ、そういう推測になるだろうな。
「情報を集めたところによると、勇者モーデイルなども西側の人間と関わりがあったようですし」
「……ここまでで考えられるシナリオとしては」
そこで、シアナが口を開いた。
「フォゴンは西側の人間と関わりを持ち、何かのきっかけで悪魔を生み出す技術を手に入れた。そしてそれを研究し、ヴラシスは完成した彼の技術を確認し、横取りするべく殺した……こんなところでしょうか」
――大いなる真実を知る俺達にとっては、西側の人間という部分が一連の事件首謀者に変わることになるな。
「西側の人物の詳細がわからないので推測でしかありませんが……少なくとも、フォゴンが邪魔だったというのは間違いないでしょうね」
「ですね……しかし、これで真相は闇の中になるかもしれません」
騎士は難しい顔をして俺達に告げる。
「……勇者セディ。結果としてこういう形となりました。王からはあなた方にもきちんと事情を説明しろと指示を受けたため、こうして現場に赴いたのですが……」
「情報、ありがとうございます」
俺は騎士に礼を述べると、さらに続ける。
「フォゴンは死んでしまいましたが、まだ悪魔は残っているでしょう。俺達は引き続き悪魔達を討伐、さらに残ったヴラシスの捜索を行います」
「……お願いします」
騎士は小さく頭を下げると、その場を後にした。
周囲には兵士が多く、フォゴンの死んだこの家を調べようと動き回っている。そうした景色を眺めながら、俺はシアナ達へ口を開く。
「……結局の所、フォゴンは殺される運命にあったのかもな」
「そんな気がするね」
俺の意見にリーデスがいち早く同意。
「これも推測で申し訳ないけど……フォゴンが怯えていたというのは、大いなる真実を知る事件首謀者から受け取った技術で、何かしようとしたからかもしれないな。もしかすると彼は、セディ達が襲撃したことを事件首謀者がやったことなのだと思い、怯えたのかもしれない。けれどヴラシスが事情を説明し、実験と逃げる算段を立てたといったところかな」
そんなところか……とはいえ、詳しく訊くべき相手はもうヴラシスしか残っていないため、真実を知りたければ彼を見つけるしかない。
「さて、僕らはまだ悪魔殲滅を継続だね」
「……そうだな」
俺は疲労が入り混じった声で応じると、歩き出そうとした。
その時だった――どこからか、獣の雄叫びのようなものが聞こえてくる。
「……え?」
首を傾げた刹那、今度は大通り方面から悲鳴が聞こえ始めた。
「おい、まさか――」
俺はこの上なく嫌な予感がして走り出す。リーデスやシアナも険しい顔を見せながら俺と並走。そして、
通りに出た瞬間、青き悪魔が我が物顔で通りを進む光景を見て、思わず呻いた。
「おい、リーデス……混乱は、呼びこまないんじゃなかったのか!?」
「そういう推測だけど……潮目が変わったのかな?」
リーデスは応じると共に悪魔を睨みつける。
今の所見える悪魔は全て青……かつ、ただ通りを歩くだけで人に襲い掛かってはいない。けれど街中に悪魔が出現したことで、通りは混沌の様相を見せ始めている。
「これはすぐにでも収拾しないとまずいだろうね……セディ、行くよ――」
リーデスが俺に告げた――次の瞬間、
今度は、地面を振動させるような轟音が。方向は――城。
「ちょっと待て、城に……!?」
あっちにはディクスやカレンがいる。大丈夫だと思いたいが、不安が俺の脳裏によぎる。
「……勇者殿!」
そして混乱に気付いた先ほどの騎士が通りに出てくる。
「これは……私達は……!」
「――仕方ありませんね。セディ様、二手に分かれましょう」
騎士が手をこまねいている間に、シアナは俺へと告げた。
「先ほどの爆音……どうやら城で間違いないでしょう。お兄様やカレン様がいる以上大丈夫だとは思いますが……敵は街を混乱させ始めた以上、狙いを変えたのかもしれません」
「狙いを、変えた……?」
つまり、街で騎士達を混乱させ、城へ――ということか。
「これは私の直感でもありますが……セディ様は一度お兄様と合流し、事情を説明してください」
「……わかった」
俺は頷き走り出す――悪魔に関しては、既にシアナ達は適応している。むしろそれぞれが身体能力を発揮し倒す方が効率が良いし、俺がいなくても大丈夫だろう。
だからこそディクス達と合流し、二人にも協力してもらう――思いながら俺は騒然とする街中を走る。
モーデイルが倒れ、フォゴンが死んだ……戦いは終盤に差し掛かっている。しかし、状況だけは刻一刻と悪くなるばかりで、街全体が混沌の渦に飲み込まれようとしていた――




