悪魔と勇者
悪魔が二体同時に飛来する――狭い路地の中でその存在感は大きく、手を伸ばせば俺達に拳が届く距離。
そこで俺達はまず、悪魔と距離を置くことにする。俺とシアナが同じ方向に退避し、反対側にリーデスが移動。自然と悪魔二体を挟み込む形となり――加えて、魔法使い側にいた青き悪魔が二体、地面に降り立った。
「合計四体か……」
とはいえ青き悪魔は油断しなければそれほど苦労なく勝てる相手……問題は体が大きく、翼を生やした悪魔の方だ。
悪魔は互いの背を守る形で布陣し、一体が俺達と向かい合う。対する俺は剣を収束させつつ――モーデイルへ視線を送ることも忘れない。
「存外冷静だな」
相変わらず屋根の上に立つモーデイルが口を開いた。
「安心しろ、始末するのを確認しない限り逃げることはない」
「なら、その場で悪魔がやられる様を見ているといいさ!」
リーデスが声を上げ、走る。それに青き悪魔一体と翼の悪魔が呼応する。特に翼の悪魔は体が肥大化しているにも関わらず、青き悪魔と同等の動きを見せる。
どうするのか――まず翼の悪魔が拳をリーデス目掛け放つ。見た目相当重い一撃だったが、軌道がひどく真っ直ぐであり、リーデスは横に体を傾けかわした。
次いで青き悪魔――リーデスは、そちらに矛先を向ける。一歩で悪魔に近寄り、攻撃をする暇を与えることなく一撃拳を決めた。それにより悪魔は消滅。やはり青き悪魔は相手にならない。
それはこちらも同じだった。俺達にも悪魔が二体同時に仕掛けたのだが、シアナは楽々と回避。そして俺は翼の悪魔から攻撃を逃れつつ、青き悪魔に一太刀入れた。結果悪魔は消滅し、残すは二体となる。
「足止めにもならないとは、そいつらが使えないのか、それともお前達が強いのか……」
モーデイルはこちらを観察しつつ呟く。俺はそれを無視しつつ、真正面に存在する悪魔を見据えた。
人間のような顔を構築した悪魔の形相は怒りという表現が一番近いかもしれない。さらに獣のような唸り声を発し、今にも飛び掛からんとする体勢を見せる。
「あれだけの大きさで魔力を伴った攻撃をされると厄介ですね……」
シアナが言う……本気を出せば何て事の無い相手かもしれないが、魔族であることを露見してはならない以上、全力を出すことは適わない。
となれば……ここは、俺の出番か。
「シアナ、ここは俺が」
言いつつ前に出る。シアナは俺に対し少し心配そうな視線を投げかけたが……小さく頷き、引き下がった。
「ほう、一騎打ちか」
モーデイルが興味深そうに述べる。
「なら、お前の戦いを見てから他の人間を始末することになりそうだな……」
告げると彼は剣を軽く振った。声に出して命令はしていないが……それにより、リーデスと正面から対峙する悪魔が、防御の姿勢をとった。
どうやらリーデスと戦う悪魔は様子見で、俺との戦いを先に済ませるつもりらしい……彼の胸中では、おそらく俺が三人の中で最も強く、倒すことができれば残る二人も簡単に始末できると考えているのだろう。
俺は魔王に届く剣を放てるため、正解と言えなくもないのだが……戦闘の対応能力だけを見れば、俺よりもシアナやリーデスの方が上だろう。だからもし俺が負けたとしても、シアナ達がこの場をどうにかしてくれるのは間違いない。
「ま……やられるつもりはないけどな」
どこか軽口のような言葉を俺は呟き……全力で、魔力を剣に集めた。
途端、周囲の大気がざわつく――瞬間的に魔力が発露したため起きた現象だ。
「ぐっ……!?」
その魔力に、モーデイルが反応。まさかそこまで――そういう声が聞こえてきそうだった。
刹那、悪魔が魔力に反応したか翼を広げ、俺に突撃を開始しその動きは、俺を押し潰すかのよう。
距離をとったとはいえ、肥大化した悪魔は一瞬で間合いを詰める……けれど俺は冷静だった。刀身に注いだ魔力を解放し、剣を掲げ斬撃を放つ――!
「おおっ――!!」
使用したのは、古竜相手にも使った白波の剣。無論周囲に被害が及ばないよう注意を払いつつ、剣が地面を伝い、悪魔へまっすぐ迫った。
それに対し、悪魔は腕でガードする……直後斬撃が衝突。悪魔は両腕で剣を受け、白波の停滞する。
「さすがに一撃では終わらないか……!」
俺は言いながら追撃の一撃を放つべく再度魔力収束を開始する。連続攻撃なら、確実に葬ることができるだろう……思いながら、俺は剣を振り上げようとした。
けれど次の瞬間、悪魔が耐え切れず腕のガードが外れた。それにより押し留められていた白波が悪魔の胴体に直撃し、体を切り裂いた。
途端に、悪魔の声が上がる。それは紛れもなく断末魔。やがて、その姿が消えていく。
「馬鹿な……」
一撃で――モーデイルの顔に激震が走る。残る悪魔は一体……強力な悪魔には違いないが、戦局はこちらに傾いたと言っていい。
モーデイルは不利と判断したか、屋根の上で一歩後退しようとした。
「逃がしませんよ」
シアナが言い、跳躍した。風の魔法か何かを使用したのか、その体は優雅に宙を浮き、屋根の上に着地する。
「リーデス」
「はい」
続いて彼女は指示を送る。リーデスは応えるように足を一歩前に出した。
「準備に多少時間がかかってしまったけど……これで倒せる。セディばかりに活躍させていると怠慢と言われるかもしれないし、そろそろ頑張らないといけないな」
彼は腰を落とし、悪魔を拳で貫くべく体勢を整える。ここにきて、リーデスが本気になった。その上、どうやら策もあるらしい。
「言っておくけど、僕だってやる時はやるんだよ?」
そう冗談っぽく言い……一瞬遅れて、俺に言ったのだと気付いた。
悪魔が動く。右腕を振り上げると、真上から叩き潰そうと振り下ろした。対するリーデスは動かなかった。まさか――直感した刹那、
彼は、その攻撃を両腕をクロスさせ、真正面から受ける。
「……っと!」
衝撃音が大気を震わせる……その中で、リーデスは平然としていた。
「確かに攻撃力は高くなっている……けど、こちらは悪魔の魔力を解析した。これにより、容易く防ぐことができる」
リーデスは語ると、シアナに目を向けた。屋根の上にいるシアナはリーデスを一瞥すると、小さく頷く。
対応――口で言うのは簡単だが、瞬時に解析なんてできるようなものではない――いや、ポイントはおそらく、この悪魔が魔族幹部の一部を使って作成されていることか。それを利用し悪魔の魔力を分析し、同族の力であるため威力を殺すことができた……そんな感じだろう。
「ぐっ……」
モーデイルが呻く。リーデスの口上が信じられないと言った様子……俺が彼の立場なら、きっと同じような反応をしていただろう。
「セディ様と私達の力量を見誤ったこと……それが、あなたの敗因です」
シアナが言葉によるトドメの一撃を加える――直後、リーデスが悪魔の拳を押し返すと、間合いを詰めた。
「こいつで終わりだよ!」
彼は叫ぶと同時に左足で蹴りを放った。それは悪魔の右腰に直撃し、肥大化した体躯が大きく傾く。
彼は足を振り抜いた――それにより足が食い込み――体を、大きく裂いた。
それに悪魔は耐え切れず、やがて形を失くし消滅する。
「――くっ!」
直後モーデイルは退却しようと足を動かす。けれど、
「逃しません」
シアナが素早く回り込んだ。驚くべき速度――人によっては、瞬間移動したように見えるかもしれない。
「くそっ!」
吐き捨てた彼は、最後の抵抗として斬撃を放った。シアナは避けることなくそれを手刀で応じ、
刹那、甲高い音が周囲に響く。彼女の手刀が、剣を易々と半身から先を切り飛ばした。
「魔力を解析できれば、こんなこともできるわけです」
シアナは悠然と告げた後、手刀でモーデイルの体を薙いだ。それにより、彼もとうとう倒れ伏す。
「……これで、彼は終わりですね」
最後に淡々とシアナが語る。俺は「そうだな」と応じ、静かに剣を鞘にしまった。




