堕ちた勇者
リーデスは気絶した傭兵に一度視線を送った後、小さく息をつき俺へと目を移した。
「とりあえず赤い悪魔も楽勝みたいだね……先に進もう」
「ああ」
頷き俺達は路地を出る。すると丁度警備に回っている兵士がいたので、傭兵のことを話し拘束してもらうようお願いする。
「街に被害が出ないのは一番だが……俺達が倒しまわっていると、フォゴン達が気付いて悪魔を引っ込めたり、下手をすると暴走させる可能性があるよな」
ふと俺は思いついたことを口に出す。すると、リーデスが律儀に応じた。
「大いなる真実を知っている存在なら、無茶はしないと思うけどね……まあ、敵の内情がわからないから、どうともいえないけど」
「シアナはどう思う?」
「私ですか? そうですね……貴族フォゴンが、深夜襲撃した後怯えていたというのが気に掛かります」
言われてみれば確かに変な気も……俺はシアナの見解を聞くべく、質問を行うことにした。
「どういう風に気になるんだ?」
「逃亡した時、その表情には動揺一つなかった。となると深夜から先ほどまでの短い時間で、怯える要素が消えたということになります」
「あの悪魔が完成したからじゃないのか?」
「セディ様の意見だと、悪魔達は彼らの切り札ということになります……だとしたら、セディ様に潰されたのを見て、動揺してもおかしくないはずです。表情を一つ変えていない様子だったのは、変でしょう?」
「……ああ、確かにそうだな」
深夜から今……昼前の時間までで、不安を払しょくすることがあったことになるのだが……どういうことなのだろうか。
「これ以上は推測しかできないので控えますが、敵にはまだ何かしら策があると考えてよいでしょう。となれば――」
「すぐにでもフォゴンを捕らえるしかない、ってことだな」
俺の言葉にシアナは頷く。
そうした会話をしながら、いよいよ俺達はモーデイルがいた場所に辿り着く。そこはまたも裏路地だが、酒場の裏手で、ゴミなどが転がっている。
「傭兵達のたまり場といった感じかな。で、モーデイルは……」
周囲を見回すが、やはりいない。
「仕方ないな。リーデス、なら次は他に悪魔のいる場所へ――」
「いや、その前に戦わないといけないみたいだよ」
俺の言葉に彼は首を左右に振る。次の瞬間、
「やはり、悪魔を潰していたのはお前か」
声が上から――見上げると、酒場の屋根の上にモーデイルの姿があった。その左右には漆黒の剣を握る傭兵と、さらには青き悪魔……だが、一目見て違和感を覚え、何が違うのかすぐに気付く。
体に存在する青が、通常の悪魔よりも濃い。深く、吸い込まれるような濃い青――
「屋敷の戦いを振りかえれば、至極当然といえる人選かもしれないが……こちらとしてはひたすら面倒だ」
モーデイルはそう語りながらリーデスに目を移す。
「そちらの人間は、初めてだな」
「どうも、初めまして。一応彼の仲間だ。そっちは、気配を隠すのが上手いね。ここに来るまで気付かなかったよ。気配を消す魔法具でも使っているのかい?」
「そういうことだ……余裕のようだが、大丈夫か? お前達は今、包囲されているわけだが」
語った瞬間、俺達が来た道と、反対側の道から悪魔が出現する。どちらも普通の濃さを持った青き悪魔だが……いや、それだけではなく、一体ずつ赤き悪魔もいる。
さらには、酒場とは反対側の建物の屋根の上に、新たな人影。青き悪魔に加え、革鎧を着ていながら杖を握る男性。魔法使いだと、俺は推測する。
「さあて、ここが正念場だね」
リーデスは出現した面々を見ながら構えた。次いでシアナも構え、両者は背中合わせとなる。
「セディ様、道にいる悪魔は私達が」
赤き悪魔がいるのだが――シアナは、俺に大丈夫だと言わんばかりの目の色を見せる。
だから俺は頷くしかなかった。
「わかった」
「さて、どこまで粘るか見物だな」
モーデイルは屋根の上で超然と語る――その時、俺は彼に一つ質問した。
「なぜお前は、フォゴンに協力したんだ?」
「力をやる、と言われたからだ」
「身の破滅を呼ぶとわかっていても、力が欲しかったのか?」
「俺は破滅するなどとは思わん。むしろ、この力によりこのくだらない国を潰せると確信している」
モーデイルの顔に笑みが浮かぶ。俺から見ると、狂気を大いに含んでいるもの。
「俺はフォゴンが勝つと読み賭けたまでだ……実際、お前達は袋小路となり追い詰められている。この状況が、何よりの証拠だ」
「舐められたものですね」
シアナがモーデイルに視線を送りながら告げる。すると、
「勇者セディの仲間である以上、警戒に値する人間であるのは認識しているさ。しかし、それを差し引いても、こちらの勝ちだと踏んでいるまで」
大層な自信……とはいえモーデイルからは、油断は一切見られない。むしろ言葉通り眼光鋭く観察し、悪魔を慎重に動かし少しずつ包囲を狭めていく。
「残念だが、ここで終わりにさせてもらおう」
そう言って、モーデイルは剣を掲げた。漆黒の剣でありながら、太陽に反射し白い光が刀身に満ち、
「――潰せ」
剣を振った。直後、道にいる悪魔達が行動を開始した――
悪魔全てが突撃――とはならず、まず様子見なのか青き悪魔だけが俺達へ間合いを詰める。そこで俺は、道からさらに青き悪魔が来ていると気付く。余剰戦力は十分というわけだ。
「先ほど語った手筈で!」
シアナは叫ぶと同時に俺の前へと出た。次いでリーデスも俺達の背後を守るべく悪魔達へ仕掛ける。
数は前後三体ずつ……果たして、シアナ達はどこまで力を抑えながら対抗することができるのか。
「見ものだな」
淡々と呟くモーデイルを他所に、シアナが最初の悪魔と激突する。拳を受け流すと素早く間合いを詰め掌底を繰り出す――悪魔の一撃は多少なりとも怖いが、シアナは臆することなく攻撃を仕掛ける。
それは功を奏し、シアナの一撃により悪魔の腹部が消失し――塵となった。次いで後続の悪魔も同様に倒し、事なきを得る。
この調子で倒し続けてくれれば確実に勝てると思うのだが……ここは、シアナ達の技量を信じるしかない。
「ふっ!」
後方からリーデスの声。振り向くと彼は蹴りを決め悪魔を倒していた。
戦法らしい戦法を持たない悪魔達に対し、シアナ達は優勢に戦っている……が、そこでモーデイルが動いた。
「――やれ」
一言。その瞬間、彼の左右に控えていた傭兵達が剣を振り上げる。
何をするのか――刹那、俺は背筋が凍るような感覚を抱いた。
それは言ってみれば、これまで俺が経験してきた魔族との戦いで感じた、本能的な警告。
「――防げ――女神の盾!」
反射的に魔力を込め、俺は上空に結界を構築した。
次の瞬間傭兵達の剣が振り下ろされ、刃先から漆黒の刃が放たれる。
そして結界に直撃し、轟音が響いた。俺は内心危なかったと思いつつ、モーデイル達へ注目する。
「ほう、お前が援護に回るのか……勇者セディ」
興味深そうにモーデイルは呟くと、握った剣を揺らす。
「そして、今の一撃を防ぐだけの結界……これが、数多くの修羅場をくぐってきた勇者の力というやつか」
彼は俺を見据えながら、左右の傭兵に何事か呟いた。聞き取れるレベルのものではなかったが、それにより傭兵達の動きが止まる。
同時に結界を解除する――いや、今度は、
「弾けろ!」
杖をかざした、魔法使いの攻撃。杖の先から光が現れる。それは威力を増幅させるためか魔力収束を始めた。それは紛れもなく隙なのだが、モーデイル達のこともありこちらは迂闊に攻撃はできなかった。
ならば――俺は左右を見回す。シアナ達は悪魔の数をさらに減らしている。そして時折俺の方を見て、援護に回ろうかという表情を見せていた。
こちらとしては大丈夫だという心持ちで見返しつつ――魔法使いの攻撃は防いだ方が良いだろうと思った。けれど結界を構築すれば、次に放たれるかもしれないモーデイル達の攻撃を防げないかもしれない。だからここは――
槍が射出される――俺は、剣で受ける構えをとった。




