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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
11/428

勇者の帰還

 ――翌日、準備を済ませ城の入口へ赴く。そこには見送り役のリーデスがいた。


「戻る前に、いくつか情報を渡しておくよ」


 彼はいくつか俺に伝えた後、術により要塞に舞い戻る。場所は玉座の間手前の廊下。辺りに何の気配も無く、罠も全て消え失せていた。


「陥落……したんだよな? 確か」


 呟きつつ廊下を歩き始める。突き進んだ道を逆走し、大広間に入る。そこにも気配はない。


「制圧しているとしたら、人くらいいてもよさそうだが」


 言いながら、片方が外れた大扉に向かう――このまま一度街へ戻ろう。そう思い至ると同時に、外に出た。正面の要塞城門は開き、馬車が往来していた。


「……へ?」


 目の前の光景に呆然となる。

 外には大勢の兵士がいた。さらに全員がこちらに気付いて注目し、動きを止めた。人数は城を攻略していた時よりも遥かに多い。おそらく、事後処理のために駆り出された兵士達だ。


 そこで理解した。もしかすると、彼らは内部を調査する前に事前準備を進めていたのかもしれない。


「あ……」


 視線に耐え切れず、俺は声を発しようとした――直後、そこらじゅうから歓声が上がった。腹を打つくらい大きい声に、びっくりさせられる。


「勇者殿が……帰って来たぞ!」

「勇者様の、ご帰還だ!」

「勇者様、よくぞご無事で!」


 口々に俺を称える声、さらには安否を気遣う声が聞こえてくる。わけもわからず立ち尽くしていると、一人の騎士が近づいてきた。


「よくぞお帰りになられました」

「あ、ああ……」


 俺は歓声を気にしながらも、騎士に応じる。


「彼らは、事後処理の方々ですか?」

「いえ、あなたが魔王軍幹部と決戦されるとの情報を聞きつけ、速やかに急行した兵士達です。私も、その一人」


 騎士は一礼し説明を加える。彼らは王のいる城下町の人間ではなく、別の領地からやって来たらしい。

 援軍が来るとなると、それなりの時間がいるはずだ。俺は頭の中で時間の計算をしながら尋ねる。


「こちらでは、どのくらい経過しているんですか?」

「二日です。我々は一日遅れでやってきたのです」


 二日? 単に一泊してきただけのはず。時間にズレがある――と、最初思ったのだがすぐにわかった。


 そうだ、転移させられた後気を失っていた時間が半日くらいあったのかもしれない。だとすれば二日と言う数字も理解できる。

 納得してから視線を巡らせる。称える面々の中に、仲間達の姿は見受けられない。


「俺の仲間は?」


 問うと、騎士は手で城門方向を示した。まだこの場所にはいるようだ。俺は案内を要求し、騎士と共に歩き始める。行動し始めても、周囲の歓声はなお轟いている。


「事情は仲間の方々からお伺いしています。幹部と共に転移したらしく……その後、どうなされましたか?」

「ひとまず、どうにかなったよ」


 抽象的に応じた。するとそこで、正面から歓声に混じり、こちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。


「え――」


 そちらへ目をやった時、いきなり視界が上を向き青空が見えた。さらに鼻に激痛が走る。


「な――」


 瞬間、地面に体を打ち付けた。多分とび蹴りか何かで倒れたのだ。次に全身に痛む。間違いなく、今回の戦いで一番のダメージだ。


 そして、こんなことをする人間を俺は一人しか知らない。間違いなくミリーだ。こんな場所でとび蹴りとはずいぶんな挨拶。抗議の声を上げようとして――相手はいきなり馬乗りになった。どうやらこの体勢でボコスカ殴るつもりらしい。


「おい。ちょっと待て――」


 そこまで言って、絶句した。馬乗りになったミリーは、拳を振り上げた体勢で固まる。俺もまた彼女を凝視し、硬直する。

 殴られそうな状況であるため、言葉を失ったわけではなかった。ミリーが、それこそ顔をくしゃくしゃにして泣いていたから、口が動かなくなった。


「……馬鹿じゃないの、あんた……」


 弱弱しい声。拳は力を無くし、そのまま腕は落ちた。俺はただミリーを見返すことしかできない。


「罠だってくらい、あんたも把握してたでしょ……どうして一人で突っ込むのよ……」


 泣き顔で、掠れた声でミリーは告げる。俺はどうやって返答していいかわからず、沈黙するしかなかった。

 やがて――彼女は涙を袖で拭い、立ち上がった。


「……もういいわ。無事だったんだし」


 言うと、ミリーは腕を取って、俺を無理矢理立たせた。礼を告げようとして口を開きかけるが、泣き()らしたミリーの見て、どうにも言えない。


「その、ミリー……」


 それでもなんとか声を紡ごうとした時、別の仲間が目の前にやって来た。カレンだ。


「あ――」


 声を発しようとした寸前、いきなり平手が飛んできた。避けることもできずまともに受ける。耳に奥でパアンッ! という子気味良い音が聞こえ、頬が痛くなる。


「……今度からは、気を付けてください」


 低い声。向き直り表情を確認すると、冷静に努め感情を抑えるカレンの姿があった。だが、目は真っ赤だ。泣き腫らしていたのが一目瞭然だった。

 俺は耐え切れなくなって別に視線を向ける。カレンの後方ではフィンが苦笑していた。だが目が合うと、憮然とした面持ちとなった。内心ではきっと怒っているんだと思った。


「……わかった。ごめん」


 俺は謝罪の言葉を漏らした。

 やり取りを見てなお兵士達は歓声を上げている――なんだか罪悪感に近い感情を抱きながら、ゆっくりと歩き出した。


 合わせて仲間達も動く。騎士の先導を受け、カレンやミリー達と共に城門を出た。外にはテントが張られ、騎士に従い天幕の中に入る。


「怪我とかは、ないのか?」


 テントに入ると、フィンが訊いてくる。俺は頷くと、事情を説明する所から始めた。


「転移させられ、ひとまず敵と距離を置いたから……」

「どこに転移させられた?」

「荒野だったから……もしかすると、あれが魔界だったのかもしれない」


 俺の言葉に騎士や、仲間達は驚いた顔を見せる。


「……ともあれ、相手の魔力を利用してこちらに戻ってくることはできたよ。ほとんど賭けみたいで、かなりの運任せだったけど」

「そんな運を拾って帰ってこれたんだから、めっけもんだな」


 フィンは軽い感じで呟いたのだが、ミリーやカレンは睨むような視線を投げてきた。

 俺は首をすくめつつ、できるだけ刺激しないように話を続ける。


「えっと、それでひとまず休息を取ろうかと思う……要塞はどうにか陥落できたみたいだし、魔王との戦いで準備も必要だろう」

「そうですね。それが良いと思います」


 視線の強さは変えなかったが、カレンは賛同した。俺は他の面々を確認すると、全員が同意見のようだった。


「それじゃあ、一度戻ろう」


 言ってから、今度は騎士に呼び掛ける。


「この場所の守りを、お願いします」

「任せてください。前回のような失態は、致しません」


 騎士は自信を持って応じた。俺は小さく頷くと、街に帰る準備を始めた。






 戻った街は討伐前と様相は変わらない。だが新たな魔王軍幹部が倒されたという事実は広まっていた。俺は小さく息をつきながら、倒したわけじゃないと心の中で呟く。


「セディ、宿に戻るのか?」


 歩いていると隣にいるフィンが尋ねた。俺は首肯してから答える。


「王様に会っておきたいけど、休まないと倒れそうだ」

「違いないな」


 その足で元の宿に戻る。いつ帰れるかわからないのでチェックアウトしていたのだが、前と同じ部屋は空いていた。


「今日一日は休もう。明日にでも王様に会えばいい」

「……反応が、気になるところだな」

「そうだな」


 フィンの言葉に返事はしたが、俺と仲間達では意味合いも異なるだろう。俺はふと、魔王城から帰る時にリーデスから言い渡された情報を思い出した。


(フォシン王は僕らに洗脳されたていた……そういう風に言い含める方向で頼むよ。謁見した時その方が仲間達に説得力があるだろ? 口裏を合わせるために、王本人にもこちらから言伝をしておくよ)


 確かにそうなのだが、口裏を合わせるという点がしっくりこない。ただこれが世界の秩序を維持するためというのなら、従おうと決めている。


 俺はフィンを伴い前と同じ部屋に入る。奥にあるベッドに荷物を放り投げ、テーブルに備えられた椅子に座る。一方フィンはテラスへの窓を開けると、外に出て大きく伸びをしつつ呟いた。


「ひとまず休息だな。どのくらいの長さになるかはわからないが」

「ああ」


 俺は疲れた声で応じた。それにフィンは何か感じ取ったのか、振り向いた。


「なんだか、浮かない顔だな。ま、いつものことか?」

「……どうだろうな」


 肩をすくめ応じる。

 耳を澄ませると壁を隔てた隣室から、物音が聞こえ始める。カレン達が部屋に入ったのだろう。そこでなんとなく、彼女達から聞いた話を思い出した。


 帰路に着く途中で、転移させられた後の顛末を聞いた。リーデスと共に俺が転移してしまい、フィン達はどうしようかと思案したらしい。だが、魔物は出現するため玉座にはいられないと判断し、一度引き返した。

 翌日、遅れてきた騎士団がやって来ると、残りの魔物を掃討した。さらに翌日、要塞全てを制圧し終えた時、俺が戻って来たらしい。


 俺はあくまで魔界から脱出してきたということで通している。魔王からちょっかいが来なければ、これで誤魔化せるはず――思いながら、口を開いた。


「ともあれ、幹部はまた倒したんだ。このまま退いてくれると有難いんだけど」

「俺は突っかかって来ると思うぞ」


 不吉なことを言うフィン。以前ならば同意していた。だが、リーデスからしばらく攻撃はしないと話を受けている。そのため魔界に行くにも別の場所が必要らしい。

 そしてそれがリーデスからの最後の情報。もし俺が魔王の城に転移するとなると、どこが良いのか。


 ――コンコン。俺がリーデスの言葉を思い出していると、ノックの音がした。


「はい」


 呼ぶと扉が開き、カレンが姿を現した。


「少しお話が」

「ああ、いいよ」


 承諾すると、フィンが窓を閉め室内に入ってくる。


「俺は少し情報を集めてくるぞ」


 言いながら、カレンと入れ違いに部屋を出て行った。気を遣ったのだろう。


「どうぞ」


 俺が対面する椅子に促すと、カレンはそろそろと歩み寄り座った。


「それで、話って?」

「今後の方針です」

「それは、決まっているだろ?」


 魔王決戦の準備、と言おうとしてカレンの窺う。しっかりと俺を見据えていたカレンであったが、瞳がかなり揺らいでいる。


「何か、あるのか?」


 尋ねてみた。すると、


「……どこにも、行かないですよね?」


 そんなことを訊いてきた。俺はカレンを見る。先に気付いた瞳以外に、肩に力が入っているのがわかる。そのせいか、少し動きがぎこちない。


 ああ、そうかと思った。カレンは俺が何をするのか、予感めいたものを抱いているに違いない。幼い時から一緒にいた妹であるため、わかってしまったのだろう。


「ケーキ屋さんは無くなってしまいましたけど、この街にはまだまだ紹介したいものがあります。それに、フィンさんやミリーさんとも話し合っていました。戦いが終わったら打ち上げでもしようって。本当は兄さんに黙ったまま、驚かせる予定だったんですけど」

「俺に?」

「はい。前の時だって、今回だって、兄さんの功績ですから。だから、こうやって凱旋した後は祝杯を上げようと思っていたんです」


 カレンの言葉は、どこか余裕が無い。俺に語り聞かせるように言葉を紡ぐ。


「なぜ話したんだ?」


 ふいに訊いてみると、カレンは窺うように言った。


「……どこにも、行かないですよね?」


 先ほどと同じ問い。俺は静かに頷くと、カレンの頭を軽く撫でた。


「別にカレンが不安に思うようなことはない。戦いが終わって疲れているだけだ」

「それなら、良いのですが」


 カレンは歯切れの悪いままだったが、追及はしてこなかった。


「俺は少し休むよ。フィンやミリーにはそう伝えておいてくれ」

「わかりました」


 カレンは答え立ち上がると、部屋を出て行った。心なしか俺を危惧する視線を最後に向けたが、何も言わなかった。


「……どこにも、か」


 一人になり、呟く。カレンだけでなくミリーやフィンだって、気付いているかもしれない。しかし、考えが変わることは無い。


 リーデスと話をしていた時――ある事に気付いた。それを魔王へぶつけるために、俺は部屋で新たな決意をした。






 翌日、謁見を済ませた。王はリーデスからの伝言を受け取っているのか、俺に対し不快感は示さなかった。こちらも余計なことは言わずただ頭を垂れ、謁見は終了。騎士や大臣達の称える声を背中に受けながら、帰った。

 宿にはカレンとフィンの姿は無かった。残っているミリーに聞いたところ、二人とも情報収集に出ているらしい。俺は昼食をどうしようか相談すると、ミリーに誘われ近くにある店に行くことになった。


 案内されたのは、大通りを一本横に逸れた場所にあるオープンカフェ。席に着いて注文した後は、無言だった。

 やがて料理が運ばれ、沈黙のまま食事を始める。ミリーは話し出すタイミングを見計らっていたようだが、結局食事が終わるまでそれは続いた。


 食後の紅茶が置かれた時、ようやく沈黙を破った。ミリーではなく、俺の言葉で。


「カレンやフィンは、かなり警戒しているのか?」


 遠目に見える大通りを眺めながら言う。すると彼女は少し戸惑いながら答えた。


「ええ、もちろん。私もだけど、楽観できないという結論に」

「当然だな」


 大いなる真実を知らない仲間達は、敵が何かしら策を巡らすと考えるだろう。俺だって魔王と口裏を合わせていなければ、細心の注意を払っているはず。


 こちらの答えを聞くと、ミリーは話の矛先を変えた。


「で、セディ。これからどうするの?」

「これからって……魔王討伐の準備を進める、だろ?」


 答えたが、ミリーはどうも煮え切らない表情。


「何でそんな顔をするんだ?」

「あんたがそう指示するのなら、私達は従うけど……」

「けど、何だ?」

「なんだか、別に考えがあるように見えて」


 鋭い。ミリーが心を見透かそうと瞳を動かしているのがわかる。どうにか俺から情報を――そうした意図がありありと見える。


「……ひとまず、王様は何事も無かったよ」


 俺はその点には触れず、無理やり話題を変えた。


「心が晴れやかだ、とか言っていたから洗脳が解けたのかもしれない」

「それならいいけど……でも、洗脳が解けたから魔族が襲い掛かってくる可能性も、あり得るんじゃない?」

「そこについても一応言ったよ。二度も幹部を倒している以上、報復の可能性があると。まあ、それも……」


 一拍置いて、ミリーに告げる。


「魔王討伐により俺達がこの場所からいなくなれば、関係ないと思う」

「……準備は、手早くした方が良いということね」


 ミリーが零すと、俺は頷いた。


「魔王の討伐は、この国の人達とは無関係だ。以前計画していたように、俺達だけで動くことにしよう」

「わかってる。けど、魔界に入るための処置はどうするの? 一応カレンが術を持っているようだけど……」

「方法はいくつかあると言っていたから、今はカレンを信じるしかない。それよりも、魔界は魔物の巣窟である以上、どんなものが必要になるかを熟慮した方が良い。俺みたいにまぐれで帰ってくることなんて、間違いなくできないだろうから」

「……そうね」


 ミリーはやや弱い声で応じた。そこで俺は眉をひそめる。


「どうした?」

「少し、あの時の光景を思い出しただけ」


 リーデスと共に転移した時だろうか。ミリーは少し躊躇いながら、話し始める。


「あんたが光に包まれ姿が消えた時、どうしようか頭が混乱した。始めはあんたもしぶといし、戻ってくるだろうとか思っていたけど……半日も経ったら、不安で仕方が無くなった。カレンは泣きっぱなしだし、フィンも動揺してた」

「そっか」


 心配してくれたらしい仲間の様子に、申し訳ない思いとなる。

 今まで孤立するケースはあったが、魔界に飛ばされ生死も不明になるなんて事態は無かった。今回はそれに加え相手が相手だったので、最悪の可能性も危惧していたようだ。


 さらにミリーは、思い遣るように話を続ける。


「ねえ、セディ。あんたが何を悩んでいるのか知らないけど、要塞の戦闘中全力で戦っていたあんたを、私は信じる。その意志だけは、決して変わらないみたいだから」

「……わかった」


 胸の奥にじわりと響いた。

 カレンも、フィンも、そしてミリーも俺を気遣い、助言を重ねる。仲間に想われているという事実に、改めて感動する。


 言葉を発さずにいると、ミリーは頬をかきながらさらに続ける。


「それと、戻って来た時蹴り飛ばしたのはごめん。けど、その……あんまり無茶だけはしないようにして欲しい。私達は仲間なわけだし、頼ってくれてもいいから」

「……そっか」


 なんだか照れ臭くなって、視線を逸らした。

 今までこうした言葉をミリーからもらったケースはほとんどなかった。だからどんな顔をしていいかわからない。とはいえ相手も同じようで、「なんて臭いセリフだ」という、恥ずかしそうな顔をしていた。


「大いに助けてもらってるよ」


 彼女を見ながら応じた。けれど同時に考える。今更何でこんなことを話し出すのか。


 こちらの言葉に、ミリーの表情からは恥ずかしさが消え、晴れないものとなる。そこで察しがついた。

 ミリーもまたカレンと同じような心境なのだ。予感を抱き、無茶な行動をしないよう、慣れない言葉で必死に呼び掛けている。


「……一応、言っておくけど。あんたは巷じゃ相当神格化されてるからね」


 ミリーは次に、念を押すよう言う。


「え、そうなのか?」

「下手をするとあんたが死ねば、色んな人々が魔王と戦うために決起するんじゃないかと言われるくらい、話がでかくなってる。あんたが帰って来た時、兵士達が歓声を上げたでしょ? あれはただ生還して興奮しただけじゃないんだよ」


 ミリーの言葉に、内心困惑する。もし俺が魔王に敗れて死んだとしたら、相当な影響が出るのかもしれない。それは、フォシン王やリーデスが危惧していたことに繋がる可能性がある。


「ミリー、一ついいか?」


 だから、疑問に思ったことを口にする。それは魔王であるエーレに言われた、二つ目の選択肢について。


「ネガティブだけど、もし魔王を倒せず命からがら戻ってきたら、どうする?」

「それからリベンジするのか、あきらめるのかは、あんたが決めればいいよ。それに、あんたが思っているほど人々は失望しないと思う」


 こちらの考えを読むように、ミリーは答えた。


「魔王を倒せなくとも、あんたは色々な人達の窮地を救ってきた。その功績は魔王に負けたからといって消えるわけじゃない。ま、貶めるような奴がいたら私達がどうにかするよ。仲間だしね」


 後顧の憂いは無い――そんな風にミリーは語る。


 例え二つ目の選択肢を取ろうとも、俺はきっと歴史に名を残す人間となるのかもしれない――でもそれは、二つ目の選択を取るメリットが増えただけに過ぎない。

 思案していると、ミリーはおもむろに立ち上がった。


「さて、私は一足先に準備でも始めるよ」

「悪いな」

「戦闘はあんたがメインだからね。準備くらいは引き受けるって」


 彼女が陽気に言った直後、大通りを歩く騎士の姿が映った。

 彼は誰かを探すように見回しており、やがてこちらに目をやった。距離はあったが気付いたようで、小走りに駆け寄ってくる。俺は居住まいを正した後、近づいてきた騎士に問う。


「どうしましたか?」

「陛下からの、伝言です」


 騎士の言葉に、俺は首を傾げる。ミリーも同じらしく、先んじて声を上げた。


「あの、王様には謁見したと思いますが」

「いえ、個人的に会いたいと」


 騎士の言葉にさらに疑問符が頭に浮かび、ミリーを見た。彼女も同じように疑問符が頭に浮かんでいるようで、互いに顔を見合わせる。


「……もしかして」


 やがてミリーは声をやや落として呟く――彼女の推測はおそらく、以前のように魔族が干渉してきて、罠を仕掛けているのではないか。まだ洗脳は解けていないのではないか、というものだろう。


「お礼を言いたいとのことです」


 そんな中騎士が付け加えた。


「お礼?」


 俺が聞き返す。幹部を倒したとかいう意味合いなのだろうか。


「俺一人、ですか?」

「はい」

「そうですか……さすがに断るのは、気が引けますね。時間はいつでしょうか?」

「いつでも良いとのことです。門番には話を通しておくと」

「わかりました。お伺いしますとお伝えください」


 了承の言葉に騎士は一礼した後、背を向け去った。残された俺達は再び顔を見合わせる。

 やがて、声を上げたのはミリーだった。


「何が目的だと思う?」

「……さあな」


 視線を外す。思い至ったのは、リーデスが関わっていること。それならば、呼ばれた理由も予想がつく。


「ま、行けばわかるさ」

「そんな悠長な……」

「昼間とかなら問題ないだろ? 念のため武装していくし、危なくなったらとっとと退散するよ」

「……わかった」


 ミリーはしぶしぶ承諾した。


 対する俺は胸中で、ざわついた予感を覚えていた。導き出した選択が、自分の予想以上に早く提示されるかもしれない――そんな気がした。

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