屋敷の主
聖炎に触れた直後、こちらへ迫ろうとしていた魔物達が一気に消滅する。数を大幅に減らし、さらにディクスが援護に回ったことにより、突撃してきた魔物達を一瞬の内に殲滅した。
「ほう、やるじゃないか」
しかしモーデイルは表情を崩さない。俺は魔法の発動を終えると剣を構え直し、
その時、騎士の表情が険しいものになっていることに気付いた。
「さすが勇者セディだな」
けれどモーデイルはどこまでの強気であり、その対比が印象的に映った。
先ほどまで騎士は無表情ではあったものの、懸念など示していなかった。対するモーデイルは相変わらずこちらの動向を見て余裕を崩していない……これは何を意味するのか。
騎士には、今回行う作戦が破綻すると読んだのだろうか。そしてそう思ったきっかけは、俺が聖炎を放ったことか?
こちらが思考する間に――騎士は表情を戻し、さらに玄関奥から魔物が出現する。どうやら今度の攻撃は一度では終わらないらしい。
俺は再度聖炎を出すべく左腕を突きだそうとした――しかし、さらにやって来た魔物を見て、動きが止まる。
「新手だな」
ディクスが呟く。その言葉通り、これまでとは異なる魔物が新たに出現した。
人間型なのはこれまでと同じだが、スラリとした体格に、黒と青が混ざった模様を見せている……黒に斑点のように青が混ざるその姿は、通常の魔物と比べ気色悪さを一層引き立てている。
「覚悟するんだな」
モーデイルが言う。どうやらそいつが真打ということらしかった。
悪魔が、動く。素手で猛然と駆け始めたその姿は、常人と比べれば確かに速い。しかし、対応できないレベルではない。
けれど聖炎を出す前に、俺の所に到達しそうな勢い――だから剣を構え直し迎え撃とうとした、その時――
背中に、悪寒が駆け抜けた。
「っ……!?」
それはどういう意味合いのものだったのか――判断する前に悪魔が拳を放つ。
考えている余裕はない。先ほどの感覚を信じるか、それとも……一瞬迷ったが、本能的に回避を行った。結果拳は空を切る。
「ほう……?」
瞬間、モーデイルの感嘆にも似た声が聞こえてきた。やはり何かしら仕掛けが施されていると考えてよさそうだ。
「思ったよりも聡いな。今ので沈むと思ったんだが」
彼がさらに呟いた時、別の悪魔が俺ではなくディクスへと拳を放った。どうするのか――視線を向けると、彼もリスクを回避するためか拳を避けた。
当たらなければ何も起きない……となれば戦法は決まった。俺は再度放たれた拳をよけると、反撃に移る。
魔力を刀身に加え、一撃入れた。斬撃は悪魔の左肩口から斜めに一閃され、あっさりと消滅する。
その消え方があまりにあっけなかったため、俺は拍子抜けするくらいだったが――さらに後続から同じような悪魔がやって来るのを見て、気を引き締めた。
「……モーデイル」
その時騎士が呟いた。直後モーデイルは頷くと、腕をさっと振る。その行動により、またも同様の悪魔が出現する。しかも数が五体と、今度は戦力を結集させ押し潰す構えのようだ。
こちらとしては一撃で葬れるため、さしたる問題ではない……はずだが、回避優先の戦法である以上、立ち回りは慎重にするべき……そう思いながら、迎撃態勢に入った。
相次いで悪魔の攻撃を避け始める。さらに反撃を加えて悪魔を片っ端から滅していく。一瞬聖炎を使って倒すべきかと思ったが、悪魔は断続的に来るため左腕に魔力を集めるのも難しく、やめた。
ディクスも俺と同様のやり方で剣を放ち迎撃している。とはいえ攻撃をかわすことがどうしても優先になる以上、中にはすり抜けそうになる悪魔も存在し――
「ふっ!」
俺がすかさずフォローに回り、打ち倒した。
「さすが、勇者セディ」
モーデイルから放たれた称賛の声が耳に届く。それを無視するように俺は近づいてきた悪魔を滅ぼし、逆に彼らに仕掛けようかと窺うまでに至る。
ここまでは圧倒的に俺達の優勢……けれどモーデイルの様子から何かあるのだと察し、警戒を解くことはない。
「ならば、少しやり方を変えてみるか……?」
モーデイルがそんな風に呟いた時、悪魔の一体が俺の横をすり抜けた。倒そうとしたのだが、剣が届かずさらにディクスも対応に一歩遅れた。
それにより悪魔は、さらに速度を増し俺達を越え、結界を張るカレンの正面に迫った。
「くっ!」
俺は近づいてきた悪魔を薙ぎ払うと、カレンの正面にいるやつの背後を狙うべく、剣を差し向けようとした。けれど決定的に間に合わず、悪魔は駆ける。
カレンの正面には先ほどと変わらず護衛するようにシアナがいた。もし結界を破壊されたらシアナが防ぐ――そういう心積もりが俺にもわかった。
悪魔は結界にも構わず猛然と走る。そして――結界を、すり抜けた。
「な――」
カレンは呻き、シアナもまた驚いた。けれど悪魔は攻撃をやめない。このままでは悪魔の拳がシアナかカレンに触れる――
「カレン様!」
シアナは叫び、悪魔が行った攻撃に対応するべく腕をかざした――例え強力な悪魔であり、シアナが魔族だとバレないようにするため力に制限があろうとも、大丈夫――そういう根拠なき確信が、心の中にあった。
しかし結果は予想外だった。腕をクロスさせて防いだシアナ。直後悪魔の拳が激突し――シアナが突然、吹き飛んだ。
まさか――頭の中で驚愕しながら、近づきつつあった悪魔を倒す。
「――シアナさん!」
カレンが叫ぶ。シアナはその時点で地面に着地していたが、衝撃が大きかったのか僅かながら顔をしかめていた。
「なるほど」
そこで、ディクスがシアナに目を送りながら呟いた。
「魔力だけで構築されたものを、すり抜ける悪魔か」
「さすがだな、オイヴァ」
モーデイルが口を開き……さらに腕を振り、悪魔を俺達へけしかける。
「破れ――精霊の剣!」
その間にカレンから声が。見ると結界を通り抜けた悪魔に対し、一筋の光を打ち込んでいた。
それにより悪魔は消滅……俺は突破されないようにすると改めて決意し、視線を戻し――
「今の攻防で後方の一人くらいは倒れてくれるはずだったんだが」
途端、モーデイルが苦笑した。
「まあいい……おい、やるぞ」
「ああ」
モーデイルの言葉に騎士が頷く。一体何を――考えている間に、腕がさらに振られ、
悪魔が、四方八方に拡散した。
「っ……そう来たか!」
ディクスが叫び、手近にいた悪魔を斬る。俺もまた察し、カレンの結界をすり抜けようとした悪魔を倒す。
だが、数が多くその全てをフォローすることができない……何体かは結界をすり抜け、騎士へ拳を放とうとしていた。
俺は咄嗟に叫びそうになった。対する騎士はそれを盾を構え防ごうとし――
拳が直撃。結果盾はあっけなく砕かれ、さらに騎士自身が吹き飛んだ。
「っ――!?」
周囲の兵士がざわめく。さらに悪魔が兵士へ牙を剥けようとして、周囲の面々が慌てて後退する。
「上々だな……どうだ?」
「いいだろう。それに屋敷の中は準備が整ったようだ」
「なら、これで終わりだな」
その時、モーデイルと騎士が会話しているのを聞いた……この悪魔の混乱に乗じて逃げる気か!?
「行くぞ」
そして俺の予想は見事的中し、玄関扉の奥からさらに悪魔が出現。次いで傭兵達の姿も見えた。
傭兵達は全員漆黒の剣を握り――さらには、彼らに守られた一人の人物が視界に入った。
「あれは……?」
「この屋敷の主である、フォゴン=オーダイルだ」
俺の呟きにディクスは悪魔を斬りながら答えた……見た目は恰幅の良い貴族服を着た紳士。
「とうとう逃げ出す準備ができましたか?」
ディクスは挑発的にフォゴンへ問い掛ける。すると相手は余裕の笑みを浮かべ、
「そんなところだ……勇者オイヴァ」
動揺一つ見せず答えた。逃げ出すという段階になってもこの表情。やはりどこかに逃げ場所があるに違いない。
「奴を逃がすな!」
騎士の一人が叫ぶ。けれど悪魔に苦戦し押し返されるこの現状で、対抗できる戦力は俺達しかいない。
無論俺だって悪魔を斬り払ってはいるが……四方に分散した悪魔を倒しに行くのは、フォゴン達を逃がすことに繋がってしまう。だから玄関扉前から動くことができず、騎士達がやられる様を見て奥歯を噛み締めるしかなかった。




