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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
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提示された選択

 魔王に案内され、俺は眼下を一望できるテラスに来た。前方の景色は入口があった方角とは反対。そこには荒野と、少し離れた場所に大きい湖がある。


「荒んだ魔界ではあるが、こうして見下ろせばそれなりに見れるだろう?」


 エーレが言う。テラスには純白の丸テーブルと、向かい合って設置された二つの椅子。テーブルの上には湯気が昇るティーカップとケーキ、そしてお茶の入るポットが置かれていた。


「座って景色でも眺めながら話そう」


 エーレが席に座るのを見て、俺も座る。彼女は横を向き景色を眺めながら、お茶を一口飲んだ。

 対して俺はカップを見下ろし、飲もうか躊躇した。


「毒入りでも警戒しているのか?」


 エーレが尋ねる。図星だったが何も語らない。


「私が飲んでも毒見にはならないだろうしな……さて、どうしたものか」


 信用させようとしているのか、首を傾げ思案を始める。それを見て、俺は意を決しお茶を一口飲んだ。それは紅茶で、どこか懐かしい味だった。


「……このお茶は」

「ん? これはランクルト王国で収穫された紅茶だ。このケーキも同じ原産。この王国のものが、私は特に気に入っている」

「……俺の、故郷だな」


 その言葉にエーレは目を丸くした後、喜んだ。彼女の表情は魔王であるのを忘れさせるくらい、無邪気なものだった。


「そうか。もしかして懐かしいのか?」

「ああ」


 頷きつつ、フォークを手に取りケーキを口に運ぶ。チョコレートケーキであり、食べた瞬間、記憶のある味だと確信する。


「これもよく父さんが買ってきたケーキだ。多分、都市の店じゃないかな?」

「ああ、そうだ。部下によく買いに行かせている」

「俺達の世界に繋がるゲートを使って?」

「ああ」


 きっぱり答えるエーレに、俺はなんて贅沢な、と思った。


「……さて、そろそろ話をしようか。三つの選択肢について」


 やがてエーレが言う。俺はフォークを置くと、黙って目の前の魔王を見据える。


「先にも言ったが、これは私が思いついている案だ。この三つを選ばなくてもいいし、全く違う選択をしてもいい」

「あんたの力なら、俺を服従させることもできるんじゃないのか?」

「力で従わせるのは、絶対にしない。魔族や魔物であればそれも必要だろうが、人間相手にする気は無い。これは世界を管理する者としての、矜持だ」


 確固たる意志でエーレは語る。俺は彼女が人間に危害を加えないことを、しかと決意しているのがわかった。


「さて、三つの選択肢だが……簡単に言うと、選択の全ては私に関わるものだ」

「魔王であるあんたを、どうするかという話だな」

「そうだ。一つ目の選択は、魔王である私を倒す」

「……買いかぶり過ぎじゃないか?」


 疑問を呈した。確かにベリウスという大幹部を倒したのは事実だが、目の前にいる魔王を倒せるかどうかなんてわからない。

 質問に、エーレは小さく笑みを浮かべ答える。


「戦えばわかる。ベリウスは戦闘能力だけを考えれば私と肩を並べるほどの力だった。今は滅ぼされてしまったためリーデスと言う名で活動させているが、前のように武勇一辺倒ではないため、あなたに敵う存在は部下に現状いないと言ってもいい。現状と能力を踏まえ、可能性を指摘しているまでだ」

「ずいぶんと、悲観的だな」

「そうだな。もっとも、実際はどうなるかは、わからない」


 エーレはこれまたあっさりとした口調。さらに紅茶を一口飲みつつ、第二の選択肢を告げる。


「では二つ目だ。簡単に言えばあなたが大いなる真実を考慮し、魔王討伐はあきらめる。そうだな……あなたがこの城に来ている以上、ボロボロになった演出でもして、勝てなかったと仲間に言えば良いだろう。勧誘に関しても大筋はこの流れで行われるため、あなたがこちらの交渉を受け入れる場合も、この流れとなる」

「なるほど」

「そして選択をすることによるメリットだが……一つ目の選択におけるメリットは、当然ながらあなたが真の勇者として歴史に名を刻めることだろう。おそらく、全てを犠牲にしてでもやる価値のあるものだと、私は考えている」

「そんなこと、言っていいのか?」


 推挙する言い方に思わず訊いた。するとエーレは肩をすくめ、


「あなたがどのような選択をするのかは、あなたの自由だ」


 と応じる。


「とはいえ、全てを犠牲にすると言ったはず。私が消えれば大いなる真実を知る魔族は動揺し、逆に知らない幹部は増長し、私に変わり魔王となるため動くかもしれない。そうなれば十中八九人間に戦争を仕掛けるだろう。仮にそれが無くとも、魔物達は日に日に数を増し、今以上に人間達が犠牲となる。だが、二つ目の……魔王討伐をあきらめてもらえるなら、こうはならない」

「だが俺の権威が失墜する、とでも言いたげだな?」

「失墜とまではいかないだろう。だが、多くの人間から今のような眼差しでは見られなくなるだろうな。もっともあなたの場合は、顔をそれほど公表しているわけではない以上、これまでと変わらないかもしれない」


 告げた後、エーレはフォークを突っつきケーキを食べる。彼女の頬が緩み、味をしかと噛み締めているのがわかる。


 その姿を見ながら考える。もし二つ目の選択を取れば、魔王討伐をできなかったことにより、多くの人は失望するかもしれない。しかし、それでも失望を回復させるやり方はある。例えば魔王と秘密裏に連絡を取り、魔物掃討に尽力するなどだ。魔王は倒せなくとも、大きく人々に貢献したという事実は、記録に残るかもしれない。


 けれど、正直どうでもいい点だった。俺は名声を得たいがために勇者をしているわけじゃない。だから一つ目の選択に魅力を感じているわけでもない――思いながら、エーレへもう一つの選択を促す。


「三つ目の選択は?」

「ん? ああ……」


 エーレはフォークを置くと、語り出す。


「これは一番難易度が高い。しかし、ある意味勇者としての役割を最も果たしているとも言える。三つ目は、あなたが私にとって代わる、もしくはそれに近い存在となり世界の管理者になることだ」

「……え?」

「方法は何でもいい。大いなる真実を公表してもいいし、私を倒し同じようにしてもいいだろう。もしくは、今以上の案があるならば、それをあなたの意志で実行してもいいというわけだ」


 俺の力で――だが、上手く想像がつかない。


「ピンと来ないようだな」

「それは……まあ」

「当然だな。実際勇者は、戦う能力はあれど統治能力を持ち合わせてはいない。あなたに明確な意志があれば別だが、なければやらない方が良い。それこそ、先の二つの選択より悲惨な結末を迎える」


 悲惨な結末――暗に俺の力では管理が不可能であると言っている。そしてそれは、紛れもない事実だというのも、わかる。


「勇者の多くは、あなたを含め大きく勘違いをしている節がある。まず、魔王を倒したからといって全てが解決するわけではない点。そしてもう一つ。勇者は、強いだけだという点だ」

「前者はわかるが……後者はどういう意味だ?」

「私を倒せば、事実上最強の存在となることはできる。しかし、それは所詮最強と言うだけで、全知全能の神になったわけではない。歴史に刻まれる勇者となったとしても、己が一人で世界全てを統治などできるわけがない」

「魔王は、違うと言いたいのか?」

「私もまた全知全能とは程遠い存在だ。しかし、魔物や魔族の大半を統べる存在と認知され、実行している。そこにはただ力が強いだけではなく、統べる能力が必要なのだよ」


 僅かに笑みを見せながら、エーレは話し続ける。


「さて、私が提示できるのは三つしかない。どうするかは、あなたが判断すればいい」

「勇者である俺を、どうにかしないのか?」

「フォシン王から聞いただろう? 勇者とは、私の目から見れば同胞だ。同じ志を持つ勇者を、なぜ殺す必要がある?」


 エーレは肩をすくめながら尋ねる。俺は黙ったまま相手を見据える。魔王に殺意はない――この時点で過去目指してきた目標は、あとかたもなく砕け散った。


「色々と巡っているようだな」


 なおもエーレは言う。俺は素直に頷いた。


「ふむ、私としては最強に近いあなたを迎え入れたいのだが、そうもいかないのか?」

「……一つ、いいか?」


 やや小さい声で、俺は質問する。


「提示できるのは、三つだけ。そして、それ以外の選択をしてもいいと言ったな?」

「ああ。だがもし、一つ目の私を倒すという選択を取るのであれば、私もタダではやられない。全力であなたを打ち取らせて頂く。それと、もう一つ」


 エーレはこちらをしっかりと見据えながら、続ける。


「もしそれ以外の選択を取るとして……例えば、私の地位を危うくするようなことや、あなたからの命令及び依頼事については、拒絶させてもらう」

「地位の方はわかるが、命令や依頼事を拒絶ってどういう意味だ?」

「例え事情を知っている魔族でも、魔王が勇者に言われ従っていると知れば、反発も生まれよう」

「なるほどな」


 つまり、面子の問題だ。しかしここにおける面子は、大いなる真実を知っている魔族に対してのもの。彼らにまで権威が失墜すれば、大きな混乱をきたす――そう言いたいに違いない。


「結論はすぐに出そうか?」


 エーレはこちらの顔を見ながら問う。俺は首を左右に振った。


「正直に言って、頭が混乱しているよ」

「だろうな。目的である私を滅ぼすことが世界の破滅に繋がる……これほど矛盾した出来事は、早々ない」


 彼女の眼差しは憂いを秘めたもので、どこか悲しそうだった。

 俺は心の中で小さく呻く。あんたは敵なんだ。そんな表情をしないでくれ――


「……俺は、どうすればいい?」


 尋ねる。ひどく抽象的な物言いだったが、エーレは意味を汲み取り、優しく答えた。


「思案し、体を休めるための部屋を用意しよう。不安であれば結界等を張ってもらってもいい。そして、結論が出るまでここにいてもらっても構わない」


 魔王の、エーレの表情と言葉は――どこまでも穏やかで、心を解きほぐすようなもの。

 俺はそれに目を逸らしながら、同意するように頷いた。






 案内された部屋はひどく広くて、一人の俺には寂寥感すら感じさせた。


「ベッドもデカすぎるな……」


 大人が五人は並んで寝られるベッドに、俺は辟易する。贅沢の極みみたいな部屋にも見えるが、意外にその他の装飾は地味。壁もワインレッドとシックな色取りで、とても魔王の城とは思えない。

 これも倹約なのか、と馬鹿なことを考えながら、ベッドに寝転がった。


「……選択、か」


 天井を見上げて呟く。頭の中はひどく混乱している。


 体裁を保とうと四苦八苦する魔王の幹部。そして、面子を保ちながら俺を勧誘しようとする魔王。どれもこれも戸惑うばかり。

 だが、現実はこうだった。神話や冒険譚のように世の中は上手くいかないらしい。魔王を倒せば全てが終わると思われた戦いは、世界の彼方へ飛んでいった。後に残るのは目標を見失った勇者である、俺自身。


「どうすればいいんだ……?」


 エーレから提示された選択のどれもが、メリットがありデメリットがある。何も失わず、この問題を解決することはできない。ならば、何を犠牲にして何を生み出せばいい?


 考えていると、ノックの音が聞こえてきた。俺は上体を起こし呼び掛けると扉が開き、リーデスが中へ入ってくる。


「やあ、ずいぶんと暗い様子だね」


 そう言うリーデスの方は、なんだか憔悴しきっていた。


「どうした? そっちもひどい顔だぞ」


 問い返すと、なぜかリーデスは口元に手を当てた。


「始末書でこってり……」


 答えはそれだけ。ものすごく気分が悪い様子。


「ごめん。思い出したくないからこの話は無しにして欲しい。頼むよ」

「……ああ」


 淡々と応じる。彼の様子を笑い飛ばす気すら失せていた。

 そんなこちらの様子を見て、リーデスは苦笑する。


「それより、君の方は大丈夫かい? 僕に劣らずひどい顔だ」

「ああ。目的が失われたのを、まざまざと見せつけられたからな」


 俺は王の言葉が嘘だと――心の片隅で期待していたのかもしれない。そして魔王を倒すことのできる状況を、欲していたのかもしれない。

 けれど、王の言葉は真実だった。


「……そうだ、一つ訊いていいか?」


 俺はふと、頭の中に思い浮かんだことを口にする。


「この大いなる真実を、俺のように勇者として知った人間はいないのか?」

「無いとは言わないよ。だけどそれは、王族の家系であったなど執政について重要な立場の人間だった。君のように陛下を倒せる素質があり、なおかつ王族と関係の無い人間は前例がないね。だからこそ、最初の動きでバタバタしてしまった」


 最初――カレンを洗脳して、襲わせた件だろう。


「陛下も言っていたと思うけど、僕のように大いなる真実を知っている存在は、人間を殺そうとはしない。無論、中には無謀な輩もいて、ベリウスの時に人を殺めたこともある。だがそれは、自衛のためだ」

「そして俺達があんたを倒したのも、大いなる真実を知らない人間達による自衛か?」

「そうだね。だけど大いなる真実を知らない以上、仕方の無い話だ」


 俺の言葉に対するリーデスの答えは、達観したものだった。


「僕らとしては、是非とも協力をして欲しい。名誉とかそうしたものは、できるだけこちらもフォローを入れるようにするよ」


 聞いて、思わず苦笑した。栄達のために魔族に援助されるという図は、馬鹿馬鹿しい事この上ない。


「……で、俺は魔王の指示を受け、魔物を討伐する、か」

「悪くない提案だと思うよ」


 リーデスは言いながらも、腕を組みさらに語る。


「まあ、僕が君の立場であれば、取らないかもしれないけど」

「なぜだ?」

「だって理不尽じゃないか。今まで恨んできた存在に従い戦うなんて。世界そのものが存亡の危機に立たされた時だって、神と陛下……二つが一致するのは難しかった。反対の立場の存在が、すぐに染まるなんて普通はできない」


 内心同意した。本来勇者と魔王は相容れない存在。本質的な目的が同じだと言われても、現実感が無いし同調する人間だって少ないだろう。

 そうした心境を察したか、リーデスは肩をすくめた。


「僕達魔族であっても、古い戦争でしこりが残っている神々には憎しみを抱く。君が混乱し結論を出せていないのは、もっともだ」

「……憎しみ、か」


 彼の言葉を耳に入れ、呟いた――同時に、憎しみという言葉に引っ掛かりを覚える。神々と魔王は最初敵対し、今は世界を管理するため協力している。そして、しこりは消えていない――


「……なあ、リーデス」

「何?」

「もし神々が宣戦布告してきたら、どうするんだ?」

「もちろん、戦うさ。陛下を守るために」


 毅然(きぜん)と言い放った。俺は「わかった」と答え、ベッドから立ち上がる。


「お、何か思いついた?」

「頼みがある」

「頼み?」

「元の世界に帰して欲しい」


 その要求に、リーデスは目をぱちくりとさせた。


「それは構わないけど、大いなる真実を広めるためとかじゃないよね?」

「心配なら監視をつければいいさ。大層な事をするつもりはない」


 返答に対し――リーデスは注意深く俺を見つめた。どうやら言わんとしている意図を理解したようだ。


「……わかった。だけど――」

「だがその前に、魔王に取り次いでもらいたい」


 間髪入れずに頼む。リーデスの表情はさらに険しくなる。


「……断っておくけど」

「だから心配するな。俺のやろうとしているのはあんたが想像している通りだが、結論は違う」


 リーデスはこちらを凝視する。互いの視線が交差し沈黙が生まれ――やがて、根負けしたリーデスがため息をついた。


「わかったよ。陛下に話をしておく」

「ありがとう」

「人間相手にそう言われるのは、ずいぶん珍しいし、奇妙だね……」


 リーデスは困惑しながら、部屋を出て行った。見送った後俺は一度深呼吸をして、再びベッドへ腰を下ろす。


「……魔王と、神々……そして、憎しみ」


 頭の中で先ほどの引っ掛かりを思い起こす。会話から得た何かを、ただひたすら考える。導き出したそれが、正解だと信じるように――






 その日の内に、許可はあっさりと降りた。リーデスと話さえすれば、ここへ案内してもらえるという確約も手に入れた。


「私も予想がつく。あなたのやろうとしていることが」


 玉座にいながら、エーレは語る。


「どういう答えであっても、私は受け入れよう。ただ、良い返事をしてくれるのを、期待している」


 玉座に響く声に、俺は小さく頷いた。

 威厳があるのは口調だけで、他はなんだか年齢相応という様子。改めて見ると、本当に魔王なのか疑ってしまう。


「期限は特に設けない。あなたが思った時にここに来ればいい」


 そして友人との再会を約束するような、優しい声音と微笑で締めくくった。俺は了承し、自室に戻る。その日は何をするわけでもなく、落ち着かないベッドで眠った。

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