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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
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魔王軍幹部との決戦

 部屋全体を振動させる程の爆発音が(とどろ)く。俺は音のした場所から大きく後退しつつ、状況を窺い始めた。


 今いる場所は玉座が置かれている広間。照明は俺が生み出した光しかなく、部屋の大半は鬱屈(うっくつ)とした暗闇が支配している。

 後方には扉があり、正面は赤い絨毯が敷かれた大理石の道。加えて五段の階段があり、先にある広間の一番奥――玉座付近から、音は生じた。


 爆発による煙が、玉座周辺に舞っている。注視していると、煙の中から突然何かが飛び出した。男性――見覚えのある姿。


「フィン!」


 咄嗟に叫んだ。彼は地面と衝突し数度転がって動きが止まる。

 そちらへ駆けていく直前で、彼の手が上がった。赤い鎧を着て剣を握る銀髪の姿が、俺を制止するように手のひらを見せている。


「油断すんな、セディ……お前は敵だけ見てろ!」


 言われた俺は反射的に煙の方向に目をやった。すると――


「この程度か、貴様らも」


 ひどく無機質な声が聞こえた。やがて煙が晴れ、姿が見える。


 普通の成人男性と比べ二回りは大きい巨体。全身を青い甲冑で包み、顔すら鉄仮面のような物で覆われている。さらに右手に握る俺の身長程はあろうかという大剣が、迫力を増幅させている。

 相手は何事も無かったかのように超然と立ち、俺達を見下ろしていた。その後方には王が家臣を見下ろすための玉座が置かれている。あの巨体が座るためか、サイズはかなり大きい。


「最近の勇者は骨が無かった。ここまで来るのも賞賛に値するが、やはり牙を突き立てることはできないか」


 俺の着る白銀の鎧を振動させるような、重い声が室内に響き渡る。

 陰鬱しか存在しないこの部屋で、目の前の相手は暴虐とも言える圧倒的な殺気を放っている。油断すれば卒倒すらしそうな気配の中で、俺は剣を握り直し眼光鋭く相手を見据えた。


「我が力を見せつけられても退く気は無いか。死ぬ気か?」

「やってみないと、わからないさ」


 吐き捨てるように言うと、俺は走った。対する相手は手に握る大剣を掲げ、軽く振る。


 動作としてはただそれだけだったが、剣風が吹き荒れる。同時に迫るのは、相手の体の内に眠る魔力により構築された衝撃波――大気すら両断するのではと思うその一撃に、俺は左腕をかざした。


「防げ――女神の盾!」


 中指には青い石のついた指輪がはめられている。声の瞬間それが光り出し、正面に青色の結界が一枚生みだされた。


「ほう、女神の力を封じ込めた指輪か」


 感嘆の声を相手が漏らした次の瞬間、結界と斬撃が衝突した。凄まじい力を持った刃を、俺は結界を制御し必死に押し留める。

 この結界はいかなる攻撃も防いできた強固なものなのだが、斬撃に対しては軋み始めてしまう。


 耐えろ――思った直後、斬撃と結界は相殺した。だが剣風は残ってしまい、風にあおられてたまらず後退する。


「セディ!」


 仲間――フィンの声がした。俺はわかっていると言わんばかりに反応し、剣を構えた。握る剣は飾り気のない無骨なもの。しかし、俺はその力を十二分に知っている。


 剣に全身全霊の力を込めると、刀身に青白い光が生じ輝き始める。俺は無我夢中でその剣を振った。相手が魔力を込めた衝撃波を放ったように、こちらの剣からも魔力が生じ、蒼い軌跡が猛然と相手へ向かう。

 同時に、相手が剣を振るのを視界に捉えた。剣先から再度衝撃波が生じ、二つが双方の中間地点でぶつかった。


 轟音と旋風。俺はさらに後退し、近くに倒れているフィンが視界に入った。俺は彼の腕をつかむと、風の勢いに任せ後方に飛んだ。結果、俺達は扉付近まで下がる。

 やがて斬撃が消失する。玉座は余波がしばし荒れ狂い――しばらくすると、残響音を伴い静まり始める。俺は玉座に視線を投げた。そこには先ほどと変わらずに佇む相手の姿。


「逃げるのか? それも良い選択の一つだろう」


 先ほどと何も変わらない声。俺は相手が無傷であるのを半ば確信すると共に、剣を構えようとした。


 その時、視界に黒い何かが映っていることに気付く。手が触れると、自分の黒い髪の毛が一房落ちた。あの旋風に紛れ相殺しきれなかった刃が、髪に触れたのだろう。

 それは俺に決然とした事実を、突きつける。


「奴の方が、明らかに上だな」


 淡々と事実を呟くと、フィンの様子を確認した。彼は肩で息をしている。さらに全身傷だらけであり、戦える状態でないのは一目瞭然だった。どうしたものか――考えていると、再度相手から声がした。


「そういえば、名を聞いていなかったな」


 同時に重い足音が響く。敵が階段を下り、こちらへゆっくりと歩いて来る。


「フィン、一度戻れ」


 俺はすかさずフィンへ指示をした。


「カレンの力があればもしかすると、勝てるかもしれない」

「……わかった」


 フィンは小さく頷くと、広間入口の扉を抜け出て行った。一人となった俺は、敵を睨み大きく息を吸い、呼吸を整える。


「……セディ=フェリウスだ――魔王軍幹部、ベリウス」


 朗々(ろうろう)と告げると、剣を握り締め切っ先を向ける――目の前の敵、魔王軍幹部ベリウスに対して。


「逃げる気は無いのだな」


 ベリウスが声を発する。その言葉に走って応えた。無謀ともいえる行為に、相手は無言で剣を掲げる。

 俺は剣に力を込め斬りかかろうとする――直前、後方からの声を耳にする。


「来たれ――煉獄の聖炎!」


 聞き覚えのある声。同時に俺は横手へ跳んだ。

 瞬間、横を金色の光がすり抜け、虚を衝かれたベリウスに真正面から迫る。


「これは――!」


 ベリウスが初めて驚愕の色を見せた直後、光が直撃する。

 それは金色の炎であり、室内を艶やかに照らすと共に、ベリウスの気配を一時消失させる程の濃密な魔力が室内に満ちる。


 俺は即座に体を反転させ入口に走る。そこにはフィンと共に立つ、純白の法衣を身に纏う女性がいた。腰まで届く茶髪に、俺の黒とは異なる碧眼。この場においても気品を感じさせるその人物は――


「カレン!」

「無謀です、兄さん」


 妹のカレンだった。放ったのは多くの魔族を焼失させてきた金色の業火。カレンの得意魔法であり、持ち得る魔法の中で最高クラスのものでもある。


 そこで玉座へ振り向く。ベリウスは業火に焼かれ姿が見えない。金色の炎は広間の半分を満たし、魔法幹部を滅ぼそうと渦巻いていた。


「セディ、一度離脱したほうがいい」


 フィンが告げる。だが、俺は首を左右に振った。


「いや、まだだ。せめて相手を倒したかどうかの確認くらいは――」


 そこまで言った直後、心臓を鷲掴みにするような強烈な魔力が襲い掛かった。

 途端に息が詰まり、フィンもカレンも二の句が継げられなくなる。


「聖炎か……そこまでの魔法が使える人間も、久しぶりだな」


 炎が突如かき消える。見ると一切傷を負っていないベリウスの姿。

 さしものカレンも無傷の姿を見て呻いた。


「そんな……」

「今までの相手には通用していたのか? 確かにこの魔法に耐えられるのは魔族でも一部の存在だけだが」

「さすが、魔王軍幹部トップといった所か?」


 俺はカレン達の前に立ってベリウスに尋ね、剣の切っ先を向けた。

 相手の気配は先ほどよりも濃い。今まで感じたことの無い、身を震わせ息の根を止めてしまう程の殺気。


 明らかに、度を越した力。対抗できる可能性は低い――だがそれでも、退くわけにはいかない。


「ふむ、逃げる気は無いのか。大したものだ」


 感心したのかベリウスが告げる。

 横ではフィンが満身創痍ながら剣を握り直し、カレンも両腕を構え戦闘態勢に入る。


「戦意も失せてはいない……良いだろう。一つだけ猶予をやる」


 ベリウスが言う――さらに大きい気配が室内に満ちる。加えて相手の剣が白銀に発光し、俺達へ差し向けられる。

 先ほどの魔力の刃。だが威力は段違いであると、はっきり理解できた。


 逃げなければ死ぬ。そう直感したが――俺は逃げなかった。無理やり足を前に出し、対抗しようと剣に力を込める。背後には二人の仲間――守るために、ただ動いた。


「セデ――!」

「兄さ――!」


 声がした――瞬間、ベリウスの放つ光が広間を包む。

 俺は体の全てを振り絞って剣を振り抜く。耳から聞こえる音が消え、視界が銀色で埋め尽くされる。俺の放った蒼い光は、その銀色に包まれ――飲み込まれた。


 体が浮き上がる。周囲の時間が驚くほど遅くなり、感覚が喪失する。その中かろうじて、後方へふっ飛ばされていることだけは認識できた。刹那だったかもしれないその時間は、背中に強い衝撃が来たことにより正常に戻る。痛みが全身を支配し、剣を取り落とす。


「今の一撃に耐え、しかも二人を守ったのは賞賛しよう」


 聞き取りにくかったが、ベリウスの声が耳に入る。俺は落とした剣を拾い立ち上がると共に、状況を確認する。室内の様子が大きく変わっていた。


 打ち付けたのはどうやら、扉の外、廊下の壁らしい。扉を出れば左右に広がる廊下。俺はそこまで強制的に戻されていた。さらに玉座の扉は、周囲の壁と共に影も形も無くなっていた。

 次に地面を見回す。フィンとカレンが倒れている。両者はあちこちから血を流し、ピクリとも動かない。俺はベリウスに注意を払いながら容体を診る。幸い、二人とも命は助かっている。


 そんな俺を見ながら、ベリウスは悠然(ゆうぜん)と語る。


「運が良いな。だが、先ほどの一撃……仲間を見捨て回避にかかり反撃すれば良かったはず。私を倒すことが目的ならば、なぜ仲間を犠牲にしなかった?」

「……犠牲、だって?」


 聞き返す。俺の言葉に、ベリウスは重厚な笑い声を上げた。


「勇者、所詮お前達にとって仲間というのは使い捨ての存在だろう? 実際、私の下に来た勇者は仲間を切り捨て一太刀浴びせるか、見捨てて逃げて行った。まあ、全て捨てておいて構わんと、全員を外へ逃がしてやったがな」


 ベリウスの話に俺は何も答えられない。同時に、自分の血が急速に冷えていくのを感じる。


「一度だけ逃げるチャンスをやろう。今すぐ去れ」


 圧する言葉。だが応じない。冷え切った血が今度は熱を帯び始め、全身を駆け巡る。


「……ふざけるなよ」

「何?」


 呟きに、ベリウスは反応した。俺は仲間から目を離し、相手を見据える。


「お前にとってこの戦いは、遊びかもしれないな……だが俺は勇者としての役目や、使命がある」

「勝ち目がないのに、ずいぶんと無謀だな。仲間達も死んではいない。退くならば見逃してやるぞ?」


 ベリウスはそう返した――もしかすると、俺の言葉はずいぶんと軽いものに聞こえたかもしれない。


 だが、俺の心は言葉に表せない程の、何かが噴き上がっていた。使命感、仲間、そうしたものが体中を駆け廻り、剣を握り締め猛然と走る。


「……悪く思うな」


 相手が構える。すると、それまでと変わらない殺気が俺の体を打ち付ける。だが、恐怖は感じなかった。ひたすらベリウスへ突き進む。


 次の瞬間、剣の力が発露する――今までと比べ物にならない強い力であり、目の前の敵すらにわかに動揺させるほどのものだった。


「貴様――!」


 ベリウスが叫ぶ中、容赦なく剣を薙いだ。剣の持ちうる力に加え、身に着けている女神の力を宿した武具が剣と共鳴し、巨大な塊となって猛然と相手へ襲い掛かる。


 その一撃にベリウスも剣で相対する――しかし、威力は相手の力を確実に凌駕した。相手の剣を半ばから両断し、その体を撃ったほど。しかし力は大分殺されたのか、ベリウス自身は苦悶の声を上げ、後退しただけ。

 そこへ、俺は追撃のために無我夢中で駆けた。莫大な力を御することすらなく、持ち得る力全てをぶつけるつもりで、剣を縦に振る。


「――――!」


 相手が何か言った気がした。だが俺は、遮るように剣を振り下ろす。刃から生じた光が全身を包み、視界が白く包まれ意識が途絶えた――






「……う」


 目を開ける。どうやらうつぶせに倒れているらしい。体中から痛みが感じられる。

 俺は起き上がろうと力を入れるが、上手く動けない。


「奴は……」


 首だけ動かし敵の気配を探る。視界の正面に落とした剣が見えた。

 その向こうには、奴が来ていた青い甲冑と同じ色の塵が見える。色を見て、俺は甲冑を含め全てがベリウスの一部だったと理解する。


「倒した……のか」


 俺は呻くように呟くと、数度深呼吸をしてゆっくりと動き始める。今度はどうにか起き上がることができた。

 再び塵を見る。間違いなく倒している。自分でも信じられなかった。


「兄……さん」


 そこで後方から声がした。即座に振り向くと、先ほどまで倒れていたカレンが上体を起こしこちらを見ていた。

 俺はぎこちない歩みで近寄ると、口を開く。


「カレンか……良かった」


 安堵し床に座り込んだ。その様子を見て、カレンは尋ねる。


「兄さん、魔王の幹部は……?」

「どうやら、倒せたみたいだ。自分でも信じられないけどね」


 俺は息をつき答える。


 本来、カレンの魔法が効かない時点で、俺達に勝ち目はほとんどなかった。なぜならカレンの攻撃以上の技や魔法が、こちらの手元には無かったためだ。

 しかし俺は土壇場でカレンの扱う魔法以上の力を発揮し倒した。紛れもない事実だが、本当に自分でやったのか疑ってしまう。


 カレンは俺とベリウスの立っていた場所を交互に見てから、告げる。


「後続の、仲間を呼んできます」

「大丈夫か? 魔法で傷を治そうか?」

「いえ、大丈夫です。道すがら自分で治療します」


 カレンは痛みを堪えるように立ち上がると、その場を離れていく。俺は黙ってカレンを見送り、視界から見えなくなった直後腕をかざす。


「癒せ――天使の息吹」


 気絶するフィンに癒しの魔法を使用する。暖かい光が彼を包み、傷が塞がっていくのを見て取ると、俺は静かに息をついた。

 そして、再びベリウスの立っていた場所に目を向ける。


 先ほどの光景を思い返す。あの時二人の姿を見て、そしてなによりベリウスに仲間や勇者の存在を愚弄されて、力が爆発した――想いによって覚醒した、ということかもしれない。


「……本当に、信じられないな」


 再度呟く。大幹部の一人を倒してしまった。圧倒的な力の前に、一瞬絶望しかかった。けど、倒した。


 その時、ふとあることを思い出す。最後の一撃を加える前に、ベリウスが発した言葉。


「……大いなる、真実?」


 どういう意味なのだろうか。仲間が来るまで間、その言葉が頭の中で反芻(はんすう)し続けた。

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