第二話:ミルク多め
結局、私は男の言葉にイエスと答えた。
すると次の瞬間妻と娘、マリアとミーナは光に包まれ、何事も無かったかの様に起き出してきた。
「あ、まだ名乗っていませんでしたね。私は瑞祥…呼び捨てで結構ですよ。ミューズという女神に仕える者です。」
「ミューズ?聞いた事が無いな…」
私は別に宗教家ではないが、それでも一般的な神の名くらいは知っている。
「あ、知ってます。確か芸術の女神の姉妹でしたよね、グレイス神話の。」
早々に考えるのを止めた私の後ろから、お茶を運んできた妻が言った。
…そういえば妻の方が学があるのだったな。
「えぇ、その通りです。…あ、どうも……ガルザさん、あの…奥さん、おいくつなんですか?綺麗な方ですねぇ。」
…妻を紹介するたびに言われてきた事だが、そのあたりは神の使いも同じらしい。
「36だ。ちなみに私は54だが…まぁ、縁があったんだ…それよりお前は私に何をさせたいんだ?前金はもうもらったんだ。」
そう言って紅茶を飲み干す。…猫舌なのでミルク多めだ。
「まぁ、勇者がやる事ってのは大体決まってるものです。救出か、討伐。貴方にやってもらうのは後者。相手は…魔王ベンダーラ。」
「…そうか。」
「おや、落ち着いてますねぇ。」
「今の時期、勇者がやる様な事と言えばそれくらいしかないからな。」
「冷静なのは良いことです、えぇと…魔王ベンダーラ、現れたのは九ヶ月前。出現と同時に魔物の軍団を率いて大陸全土に攻撃開始。大陸の二割までを征服し、現在、リードミスト王国にその魔手をのばす。また、大陸の東、セイキンモク半島に居城を置いている。」
知っている、二週間前、奴等はこの国に宣戦布告をしてきた。
その十日後我が国は兵力の三割を失った。
今は小康を保っているが、その結果は分かりきっていた。
「…勝てるのか…?」
「…勝てます。」
瑞祥の顔が一変真剣な顔つきになった。
「私はリードミスト王国将軍として先の戦いに参加した。多くの兵を死なせた。にもかかわらず我々は逃げる事しかできなかった。そんな私に、あの強大な軍団を打ち破り、魔王の首を落とす事ができるのだな、自らの雪辱を晴らし、死んでいった者たちの仇を討つ事が。」
あの戦いで、私はひたすらに自らの無力を呪った。
撤退という判断は正しかったし、戦争を個人が左右するなどありえない事もよく知っている。
それでも、死んでいった者たちの事を思い出す度、無力な己への怒りが魂までも焼き尽くす。
「出来ます。貴方は勇者であり、勇者とは神の加護を得た者なのですから。」
「神とは…有能なの…だな…」
騎士如きにそれほどの力を与えるのだから。
ならば彼らは何故死んだ。
何故神は十日、否、九ヶ月早く力を貸さなかった。
吠え、叫びたい衝動をなんとか抑えたが、顔に出ていたらしい。
瑞祥は、少し悲しそうな顔をして、しかし何も言わずに、ただこちらを見ていた。