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マックス  作者: 水道水
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自由願望


 


魔力―― 基本的には現代における石油、石炭、天然ガスのエネルギー資源。

      ほとんどは魔力石と呼ばれる鉱石や、魔力草とよばれる草に魔力が宿っているといわれている。

      開発途上の資源であり、発見から十年ほどしか経っていない今においては実用化には至っていない。

 この世には神に祝福された者がいる。

 同時に神に見放された者もいる。

 不公平。

 それはどんなものにも存在し永遠に消えないコードなのだろう。



 果てのない茜色の空に人を見下したような雲が飄々と流れている。

 夕日をじっくりと見れば、ゆっくりと地平線に沈んでいくのがわかる。

 少年は空に視線を戻し、眺めながら舌打ちをする。

 青い瞳と茶色の髪を持つなかなかの男前である。

 この男前の少年の名をマックスという。

 兵士になるための厳しい訓練を終えて、鬼教官に弄られてたまったストレスを発散するべく、訓練所近くに広がっている大きな草原に腰を下ろしているところである。


「いいよな、お前はどこまでも行けそうでさ。ただ空に浮かぶ事ができるだけで自由を得ることができているんだから」


 マックスは呆けた顔をしながら届くはずのない雲に向かって手を伸ばす。


「痛っつぅ」


 できたばかりだと思われる赤と青が混ざった痣。

 全身に巻かれた包帯と血の滲み。

 打撲跡と切創のオンパレードだ。

 少年は鬼教官によって傷つけられた体を憎々しげに見る。


「くそ…手加減なしかよ…いてぇ…」


 別に誰か見ているわけでもないのに、涙を堪えようとする。

 その顔には意地でも涙をだすもんかという気概が感じられた。

 口をへの字に結び目を閉じた少年はそのままごろんと寝ころんだ。


「痛い…」


 痛さに顔を歪ませながらも、マックスは目を瞑る。

 剣が風を切る音が頭の中でよみがえる。







 ひゅぅっ!

 びゅっ! 

 しゅっ!


 左からの一閃…辛うじてよける。

 右からの一閃…はフェイントで再び左からの一閃。

 まんまとフェイントにかかった俺の左腕からはつーーっと血が垂れる。

 色鮮やかな血だ。


(うっ!)


 痛さに怯んだ隙に左の首に思いっきり蹴りを入れられる。

 倒れるとかという生易しい表現ではない。地面に顔がめり込むほどの勢いで叩きつけられた。

 気を失う、失いたい。そうはさせて貰えない。

 髪を引っ張られ、無理やり意識を起こさせる。


「お前…女にいいようにやられているぞ…。お前が女には手を出せないとなめている…女にだぞ!」


 妖艶とも純粋ともいえない、怪しげな麻薬のような体を痺れさせる声、天界から送られた聖水の如く清らかな声が耳元でささやかれる。状況が状況でなければ、その甘美な声に酔いしれていた事であろう。

 女はさらに強く髪を引っ張る。大きな目を三日月のように細くする。


「この私が直々にお前の腕を磨いてやっているのだぞ。はやく起きろ、うすのろ」


 氷よりもさらにずっと冷たい声がその形のいい唇からつむぎだされたと思いきや、下顎を撫でられた。俺は身構えた。身構えようとした。だが、俺が身構えるよりも一瞬はやく、顎に強烈な衝撃をうける。


「うぐっむ!」


 下からの衝撃で口を開けることができなかったためか、唸ったような低い叫びが喉からでてきた。

 上に蹴り上げられそのまま車輪のように回転をしながら、俺は糸が切れた操り人形の如く、ばたりと倒れる。体に力が入らない。


 追撃がくる。はやく立て! 殺されるぞ。


 いくら自分に言い聞かせても、体は言うことをきかなかった。

 ここでそろそろ殺されるのかもしれない。

 体を動かすことを諦め、眼球を動かす。

 そこには露出が控えめでありながら、どこか色気を醸し出していた服を着ている淑女がいた。

 長く、穏やかな川で流れている水の如く真っ直ぐで艶やかな金色の髪を風になびかせ、女神と形容していいような美しい顔を綻ばせている。エメラルド色の目は喜色とも憎しみともとれる感情を孕んでいるようで、なんともいえない感情が伝わってくる。

 この目の前にいるザ・淑女ともいえなくもない彼女が、歴戦の戦士顔負けの強さを誇り、俺をその強さで半殺しにしているとは誰も思わないだろう。当の半殺しにされた本人の俺でさえ、いまだに信じられないのだから。


「どうだ? そろそろ私の強さを絶望とともに認識し、失禁するほどの恐怖を味わえたか?

今ならその糞にまみれけつの穴を開いて私に見せ、泣きながらすみませんでしたと言ったら許してやろう。寛大な私のことだから、それでお前の命は助けてやろうではないか。ああ、ついでにけつの毛を数本むしって私に見せてみろ。泣きながらな…ははははっ!」


 淑女なんて世界を何週しても足りないくらいに遠い女であることを認識させるのに十分な言葉と剛毅な笑いに、頭の中の恋とも焦りともいえない奇妙な熱が、小便が凍る並みのはやさで下がっていく。と同時に自分が低く見られているという悔しさというより悲しさ、と自分の弱さへのやるせなさに頭が透き通ったように冷たく静かになる。

      

             これが冷静か。


「っ!」


 ゾンビから人間に回帰したように痛さが蘇る。体から危機信号とともに鳴り止まないサイレンと大太鼓を叩いているようなドクドクとした振動が響く。

 ピクリと体が動く。血液がマグマの噴火の如く体を駆けずり回り、体は熱を帯びていく。

 痛む体に鞭打ちながら立ちあがり、体の中に溜まったもやもやを発散するように雄叫びを上げた。


「うぉぉぉぉおおっ!!!」


「………ふふっ」


 俺の叫びを受け止め、目の前にいる鬼はうれしそうに笑みを浮かべた。




 それからは憶えていない。気付いたら、汚いベッドで全身に包帯を巻かれた状態だった。

 天井には薄汚い染みが張り付いている。それを淡々と見続けた。

 全身から魂が抜き取られたような感覚で、何ともいえない虚無感に包まれる。

 時間にしてどれくらいたったのだろうか…。

 

「うぉっ!?」


 重い石で何度も叩きつけられたような感覚が全身を襲う。


「まだ、体を動かさないほうがいい」


 疲れきった爺さんのような声が聞こえた。

 声の方を見れば、白髪がいくつか混じった黒い髪の男がいた。

 白い白衣を着ているのを見れば、この陣営の診療室にいる医者と言ったところだろうか。


「ここは診療室か?」


「そうだ」

 

 少し嬉しそうにそう返す。

 何かいいことでもあったのだろうか?

 何が何だかさっぱりで、思わず医者の顔をまじまじと見た。

 顔だけを見れば、そこまで歳がいっているようには見えないのだが、疲れているのか目が酷く濁っていて、それがひどく老けさせている感じがした。実際の年齢は24、25といった所だろうか。


「お前は20時間ほど眠っていた。一時は出血量が酷くて危篤状態だったのだが、これほどまでに早く目覚めるとはな。一体どういう体をしているんだお前?」


「どういう体って…何かおかしいところでもあったのか?」


 いたって普通の人間のはずなんだがな。


「まさか…お前…自分の特異体質に気付いていないのか?」


 白衣着た男は驚いているのか、目を少し見開いている。


「はぁ? 特異体質?」


 何をわけの分からぬ事を言っているのだろうか?


「それは…まぁいい」


 何か言いかけてたな。気になるな。


「とにかくしばらく安静にしてろ…。それとそこに私が調合してあるポーションが置いてある。体が動くようになってから自分でとって飲め…」


 そう言っては少しの間、物珍しそうにしばらく俺を見た後、部屋をそのまま出て行った。

 ガチャリとドアが閉まり音が聞こえた後、俺はふぅと一つため息をつき、安静にしていろと言われているにも関わらず無理をして起き上がった。


「うっうっぁぁ…。痛い…痛すぎだろ…」


 じゃあ安静にしてろよと突っ込まれそうだが、俺ももともと落ち着きのないやつなんだ。何かをしてないと、いてもたってもいられなくなるのさ。


「ふぅ…。ようやく起き上がれた。人生でこれほど起き上がるのに労力を使ったことはないぜ」

 

 額には汗でテカテカしていることだろう。全身からも滝のように汗が滲みでている。

 そういえばあの白衣の男…ポーションを調合したとかなんとか言っていたな。男が先ほど指差した場所を見てみると、小さなテーブルの上に確かに緑の光を放ったポーションがあった。


「緑色のポーションなんか初めて見たぞ」


 なんというか…禍々しいな。

 市販でよく売られている体力を回復させるレッドポーションと体内にある器動力を回復させるブルーポーションがよく見られるのが、緑色のポーションは初めて見た。


「グリーンポーションってか? これ…さっきの医者飲めって言ってたけど…大丈夫なんだろうか?」


 まぁでも、俺を殺すとかそういう物騒な事は考えていないだろうな。それに害を加えようと思えば、俺が寝ている間にいくらでもできただろうし。…だよな?


「飲んでみるか」


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 痛さの波に意識を持っていかれそうになりながらも、歯を食いしばってそれに耐えた。 一歩一歩、転ばないようにするのが大変だった。


「無臭か…」

 

 そう言ってはグラスの中で怪しく光る液体を持っては一気に飲み込んだ。ドロドロとした液体を想像していたのだが、そうではなかったらしい。

 胃に全て収まった。グラスは綺麗に磨かれていて、光の反射の関係もあってか俺のいけ好かない顔が映っていた。


「うぁ…痣だらけじゃないか。あの鬼…絶対に許さないぞ!」


 自分のぼこぼこに腫れあがった顔を見て、金髪の女のことを思い出し、怒りがふつふつと蘇ってくる。

 あいつ…好き勝手弄くってくれたな。

 いつか同じ目に合わせてやる。

 鬼が俺の前にひれ伏す姿を想像しては口元が緩んでしまう。


「見てやがれってんだ!」


 そういえば、先ほどより大分痛みが軽減したような感じがする。

 痛いのは痛いが、叫ぶのを我慢しなければならないほどの痛さではない。

 

「グリーンポーションって薬…すごいな」


 薬を調合したってあの白衣の男が言ってたよな。

 後でお礼を言いにいこう。

 外の景色をふと見てみれば夜の準備をはじめているように見える。

 設備が一通り整っている以外にいいことが何もないこの陣営には俺も本当に嫌になってくるのだが、ひとつだけいいところがあるのだ。

 この陣営から北西に一キロ離れたところにこの広い平原には珍しい、小さな丘がある。

 そこからの風景は雄大な草原と果てまで続く地平線が見えて、俺はその景色がたまらなく好きなのだ。このまま自由に飛びまわれる錯覚を味わえるから。

 だから俺は日が沈む少し前に、毎日のようにそこに行っては景色を眺めている。


 昨日…? そうたぶん昨日に当たる日に鬼の機嫌を損ねてしまって、いつも以上に痛めつけられたので眺めることができなかったのだが…。

 気を取り直して、小さな丘に行こうではないか。

 そこでいつものように雲に愚痴を言って、自由への錯覚を楽しもうではないか。



 

 

 

 

 


前書きを付け足しました。

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