病院・始まり
孝太郎と京子は今病院にいた。なぜなら2人の最愛の息子である良太が、交通事故に遭って搬送されたとの連絡を受けたからだ。二人が病院に来てかなりの時間が経つ。夜も更け、あたりを静寂が包む。聞こえるのは、腕時計の秒針が動く無機質な音だけである。
良太は今手術室の中にいる。
「どうしてこんなことに・・・。」
京子が思わず漏らした。ずっと幸せで、これからも幸せであるはずだった。突然、当たり前の生活が壊れてしまった。簡単に受け入れられない現実を突き付けられ、京子は夢うつつだった。たくさんの思い出を3人で作ってきた。その思い出の一つひとつを思い出す。
しかし、孝太郎は違った。妻の京子とは違い、不思議と落ち着いていた。それは息子を愛していなかったからとか、この事態を受け入れられていないとか、そのような理由ではなかった。
そう、彼は知っていたのだ、こうなることを。
「やっぱりこうなったか。」
「え・・・?」
京子が無意識に返事をした。それもそのはずである、なぜなら、孝太郎の言っていることがまったく理解できないからである。それと同時に、彼がどのような意味を込めて言っているにしても、何でもいい、今の現実を受け入れる手助けを本能的に求めていたからである。
「それって、どういうこと・・・?」
京子はゆっくりと顔を上げて孝太郎の方を見た。まったく今の状況を受け入れられない京子は、ただ孝太郎を見つめるだけであった。孝太郎はまっすぐ前を見ていて、京子が自分の方を見ていることには気づいてなく、そして何かをずっと考え込んでいた。
「だから、さっきのってどういうことなの!?」
叫んだが、孝太郎はまったく反応しなかった。
さっき2人が会話をして、何分経っただろうか、突然孝太郎がポツリと言った。
「言っておかないといけないことがあるんだ。」
「俺は、良太が小学2年生で交通事故に遭うって知ってたんだ、ずっと前から。そして死ぬってことを。いや、正確には、良太じゃなくて、『俺の子供が』か。」
京子はまったく理解が出来なかった。が、孝太郎は話し続ける。
「信じてもらえなくてもいいんだ、だけど話させてくれ。」
そうして、孝太郎はゆっくりと、少しずつ言葉を選びながら話した。『もう一人の自分』のことを。