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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

沈丁花

作者: 藤白竜胆
掲載日:2010/11/21


春は、哀しい。


そして、愛しい。




また、春がきたよ。

あの匂いに誘われて、脚が向いちゃった。




ねぇ、君は今、どうしてるの?


あたしを誘う、あの薄紅の花は…


残酷なまま、まだ君を思い出させる。




君はもう、此所にはいないのに。





―沈丁花―





あの日遺されたのは、紅い残像。


ねえ、君は今何をしているんだい?

遠い未来で、幸せに生きているんだろうか。


あの日

オレが君の手を離さなければ、まだ君は隣で笑っていてくれただろうか?


…いや、それでも。


君はこの時の流れに生まれたわけじゃない。

帰さなければ、いけなかった。



わかってる。


けど。



最期にもう一度、逢いたい…。





あたしは今、瑞香でむせかえりそうな、あの御屋敷の前にいる。



君が死んだ年、あたしは生まれたんだね。


だから、逢うはずなんて無かったのに。



…出会ってしまった。



こんなに愛しくて幸せをくれた人に。


こんなに切なくて甘い疵をくれた人に。




だから、まだ。



未練がましく、あたしはお屋敷に脚を運んでしまう。


わかってるのに。


おかしいね。


君に逢えるわけなんてないのに。




あれ、おかしいな…


雨なんて降ってないのに、頬が濡れてる。



なんだか君が泣いているような気がして。

ふと、空を見上げた。




珍しく、穏やかな穹だった。…それが、嵐の前の静けさだと気付くのに時間はいらなかった。




近くで鳴り響く爆音。


しまった、と思えど手遅れ。



オレの右足は、アメリカ兵によって吹き飛ばされていた。


隣に腰掛けていた戦友も、息絶えて。




――じゃきり。




冷たく、朽果てる灼熱が體を貫いた。



散らばる紅が、反射する。



微かに、君が好きだといったあの花の香がした…。


何かに貫かれる痛みを感じて、空を見上げた。



歪んだ蒼は、いつもより強く輝いている。




『…どちら様?』


御屋敷から、あたしと同年代の少年が出てきて、怪訝そうに訊いてきた。


当然だよね。


家の前で泣かれちゃ、不審がられる。

『この花、なんていう名前ですか?すごくいい匂い。』


あたしは精一杯の笑顔で訊いた。


少年は、花を見て“ああ”と呟くと、答えた。



『沈丁花。中国名だと瑞香。』




君は無垢な笑顔で、オレの心を解きほぐす。


“ねえ、この花なんてゆうの?あたし、この匂い凄く好き。”


“知らない。だいたい、匂いが強すぎる。お前の嗅覚を疑うね。”


“なによぉ〜!それぇ!!君、この御屋敷の跡取りなんでしょ?なんで知らないのよ〜!”


“…煩いなあ。沈丁花だよ。

沈香に似た匂いと、丁子に葉が似てるから、沈丁花。わかったら少し黙れ。”



少しむっとしながらも答えてくれた君の声は、それでも優しかった。


知ってた?それだけで、あたしは幸せだったんだよ。




また来年の春も


この香りと、君の思い出を探しにゆこう。



また、いつか。誘われるように。

戦時中の少年と、現代の少女の物語です。一応。


タイムスリップして過去へいった少女。

未来のない戦地へ赴く少年。


出会うはずのない人であっても、また逢いたいと思う。



匂いは不思議です。

それだけで、記憶を鮮やかに蘇らせる。


沈丁花。

私は、この匂いで胸が痛くなります。

それは不快なものではなく、優しい傷痕。

それを、描きたかったのです。


070323

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