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嘘つき男の誠実

作者: 林檎
掲載日:2026/05/08

 



「……こんなトコまで追いかけてくるなんて、執念深いひとね。わたくしは絶対に帰りません。おとといきやがれですわ、シルヴァ」


 メイド姿のニニ・バロウズは、腕を組んで仁王立ちした。

 きちんと三つ編みに結った明るい茶色の髪に白い肌、青い瞳には分厚い眼鏡。その大きな瞳が、レンズ越しにじろりと眼前の男を睨みつける。


「相変わらず口悪いなぁ、ニニ。つれないこと言うてんと、はよ実家帰り。田舎で一人さみしく待っとる親父さんが可哀想やろ」


 そう言ったシルヴァ・スタインは、上等なフロックコートに身を包み紳士然として屋敷の裏口に立っていた。

 鈍い銀色の長い髪をひとつに結って垂らし、薄い紫色の瞳はニコニコと嘘くさく笑っている。ニニの幼馴染であり、父親の部下でもあり、故郷でのニニのお目付け役だった。

 彼の喋る異国訛りは、幼い頃からそれを聞いていたニニの耳には懐かしく響く。


 シルヴァの言葉に、ニニはふんっと鼻を鳴らす。


「一人じゃなく、大勢部下がいるじゃありませんの。父が寂しくて可哀想と思うなら、あなたが傍にいてあげればよいのでなくて?」

「そりゃ見目も頭もいいしよう気も利くしで、僕が傍におったら親父さんは気分もようて助かるやろな。せやけど、気の利かん生意気なおへちゃさんでも、お前は実の娘や。僕がおるより喜びはるて。な?」


 まるでいいことを言ったとでもいわんばかりに晴れやかな笑みを浮かべる様は、ニニからしたら大層胡散臭い。しかも内容は、ちっとも「いいこと」ではなかった。悪口だ。

 煽られていると分かりつつも、ニニの心には怒りが湧き上がる。


「……あなた、本当に説得が下手ですこと。さっさとお帰りあそばせ、その面二度と見せるんじゃありませんわ!」

「何言うてんの、家出娘が。親父さん心配で夜しか寝られへんねんで?」

「あらまあ、健やかですこと!」


 一年前。

 故郷で暮らしていたニニは、幼い頃から結んでいた婚約を相手から一方的に破棄された。

 羞恥と傷心で耐えられず故郷を飛び出したニニは、頭を冷やして心機一転、今は住処を転々として働きながら新しい恋を探している。

 だというのに、何故か居場所を嗅ぎつけたシルヴァが連れ戻しにやってくるのだった。


「だけど、ちょっと来るのが遅かったわね、シルヴァ。あのね、わたくし、今こちらの屋敷の主人とちょっといいカンジですの。そろそろ結婚の話とか出てもいいくらいですのよ!」

「あ? ……なにそれ、勘違いちゃうん? もうちゅーした?」


 ふふんとニニが勝ち誇ると、シルヴァの額に青筋が浮く。彼に告げられた下品な言葉に、ニニは顔を真っ赤にした。


「破廉恥なこと仰らないで! そういったことは結婚してからに決まってますでしょう!」

「ええ~? ええ~~??」

「ムカつきますわね、その野次。でも今のわたくしには、負け犬の遠吠えに聞こえますわ」


 ニニは、新しい恋を求めてさすらう身。

 これぞと思った相手には積極的にアピールしてきたおかげで、ニニにはこれまでにもいいカンジになった相手がいた。しかし、追いかけてきたシルヴァがなんやかんや邪魔した所為で、恋の成就には至らなかったのだ。

 今回こそ、なんとしても、結婚まで漕ぎつけたい。


「やめときて、絶対騙されてんで。こんッな、田舎娘のおへちゃさんなんて、都会の金持ちが結婚するわけあらへん。泣きを見るんがオチやで」

「人の容姿に言及するのは失礼でしてよ! 第一、わたくしは結構可愛らしいと市場では評判なんですの!」


 ニニが歯をむきだして威嚇すると、シルヴァは穏やかな笑顔を浮かべる。


「ああ、赤ちゃんてなにしてもかぁいらしいもんねぇ」

「赤子扱いも、レディに対して失礼と知りなさい!」

「え? レディどこ? ご挨拶せんと」

「~~~もう! 帰って! 二度と来ないでくださいまし!」


 ぐいぐいとシルヴァの背を押して追い出すと、ニニは屋敷の裏口をバタン! と勢いよく閉じた。

 しばらく扉に張り付いて待ってみたが、外からの反応はない。さすがに面の皮がレンガみたいに分厚く硬いシルヴァでも、招かれてもいない屋敷に堂々と入っては来ないらしい。

 そもそも、ニニは裏口から出て庭の掃除をしようとしていたところだったのに、何故か待ち構えていたシルヴァがそこにいたのだ。どこに行っても追いかけてくる執念深さには恐れ入る。

 溜息をつくと、ニニは持っていた箒やバケツを掃除用具入れに仕舞って、その足で屋敷の主人であるフェイ・ローグの元へと向かった。


「旦那様!」


 ノックののち親しさに甘えてノータイムで扉を開くと、フェイはちょうど天井の梁に引っ掛けた縄で己の首を括ろうとしているところだった。


「旦那様!!!???」


 今回ばかりは、誰何を待たなくて正解だった。

 ニニはフェイに駆け寄ると、彼の体にがしっとしがみつく。


「え、あ、ニニ!?」

「旦那様! 早まらないでくださいまし!」


 じりじりと後退させて、なんとかフェイを縄から遠ざける。ついでにニニが縄を切ると、それは梁から落ちてぺしょ、と床に落ちた。

 床に横たわる縄の姿を見たフェイは、ひょろりとした体躯をへなへなとカーペットの上に崩れ落とす。顔は真っ青で、指先は震えている。

 しかしなおも、彼は縄に手を伸ばした。


「あああ……死なせてくれ……」

「一体、どうなさったのです、旦那様……」


 ニニは驚きが去ると、愛しい人を亡くすところだった恐怖でゾッとする。フェイの顔を覗き込むと、彼はみるみるうちに大粒の涙をこぼして泣き出した。


「うわああああ、ニニー! 聞いておくれよ!」

「まあ、旦那様! なんなりとお聞きいたしますわ!」


 この屋敷の主であるフェイは、若くして成功した実業家だ。

 家族は亡く、商売は得意だが家事は苦手で、あまり社交的ではない。だからもともとこの屋敷には少数しか働き手がいなかった。

 しかし仕事が忙しくなった為、家事だけではなく仕事のアシスタントも出来る人材を求めて、なんでもこなせる年かさの使用人を求人所へ依頼していた。


 そこでやってきたのが、ニニである。


 最初彼は若いニニに戸惑ったが、思った以上に仕事が出来る上に求人で出した給金よりも安く雇うことが出来ると知り、戸惑いつつも採用してくれたのだった。

 やがて、若い二人の距離は急速に近づき、主人とメイドの恋へと発展する。ちなみにフェイは貴族ではないので、田舎出身の平民であるニニとの恋に身分差という障害はない。


 さて、そんな順風満帆な筈の彼が何故首を括ろうとしたのか。


「旦那様、一体なにがあったのです?」

「それが……実は、私は、共同経営者のポールに騙されていたんだ」

「まあ」

「最近金遣いの荒い彼を問いただしたところ、ポールは会社の資金と帳簿を持って出て行ってしまった」

「まあ!」


 なんとも横暴かつ急展開の話に、ニニは青い瞳を丸くした。彼の背中を撫でながら、頭の中で素早く状況を整理する。

 その間も、悲壮な表情のフェイの話は続く。


「なんとかしたいけど、共同経営者だったのは事実だし、小狡い彼はもう会社の権利を全て自分に移した後だったみたいで……」

「まあ……お可哀想な旦那様、それで絶望して縄を……」

「ああ。これじゃあ、従業員のお給料も払えないし、路頭に迷うしかない。その前に、私が死ねば保険金が入って、せめて彼らに給料を払うことが出来るかと……」


 そこまで言うと、フェイはニニを抱きしめてさめざめと泣いた。状況をすべて理解したニニは、そんな彼をしっかりと支える。

 それから、叱咤した。


「旦那様! 生きていれば、挽回するチャンスはありますわ。生きていてこそ、です。どうか早まらないでくださいまし!」


 ニニがそう説得すると、フェイはさらに大粒の涙をこぼした。


「ああ、そうだったね。愛しい君をおいて先に行くなんて、私はなんてひどいことを考えたんだ。許してくれ、ニニ。君との結婚を真剣に考えているのは、本当なんだよ」

「もちろん、許しますわ。怒ってなんておりません。旦那様は、責任感がお強いくてらっしゃるもの」


 にっこりと微笑んでニニはフェイの肩を撫でた。

 一番は、フェイが絶望しないことだ。恋人である自分を置いていこうとしたことなど、怒れる筈がない。

 恋も愛も金も欲望も、生きていてこそ。絶望した人に、それを叱るほどニニは薄情ではないつもりだった。


「ああ……しかしどうしよう。ポールに資金も会社も奪われて……」

「まあ、旦那様、どうぞご心配なさらないでくださいまし」

「え?」


 フェイを立たせると、ソファに導いて彼を座らせた。本当は落ち着かせる為に温かいお茶を淹れてあげたいが、必要事項を確認をするのが先だ。

 なにせ、事は一刻を争う。


「ポールさんが持ちだしたのは、いつも金庫に入っている帳簿ですわよね?」

「ああ」

「わたくしが経理として管理している、帳簿ですわよね?」

「……うん」


 重ねて問うと、フェイは不思議そうにしながらもしっかりと頷いた。それを確認して、ニニはニヤリと笑う。

 ニニは商会を手伝うことを想定して雇われたので、屋敷内でその優秀さを発揮するとすぐさまその卓越した経理能力を買われて、フェイとポールの商会の金庫番として起用された。

 驚いたことに、それまで経理を担当していた男はとんでもないゴロツキだったのだ。

 金が入る端から酒に変えてしまう男だったというのだから、都会の男の恐ろしさに田舎娘のニニは恐れおののいたものだ。そして、そんな男に経理を任せていた経営者の二人にも。


 ゴロツキを追い出してニニが経理を担当しだしてからは、商会の経営は右肩上がり、どんどん成功して、今の地位と財力を手に入れたのだった。

 そんな折に、苦労を共にした筈の共同経営者の商会乗っ取り。そりゃあフェイとて首を括りたくもなるだろう。


 とはいえ、ポールの持ち出したのが金庫の帳簿だと聞いて、ニニは己の勝利を確信した。


「旦那様、どうそ安心なさって」

「え?」

「ポールさんが持ち出したのがアレでしたら、彼は金融庁に告発されて逮捕されますから」


 ニニが素晴らしく晴れ晴れとした笑顔でそういうと、フェイはワケが分からないらしく、目を丸くする。


「うふふ、ポールさんには誰を敵に回したのかきっちり分からせてさしあげますので、旦那様はドーンと構えてお待ちになればよろしいのですわ」

「え? ……え?」


 ぽかんとした表情と疑問符を大量に浮かべるフェイの為に、ニニは、まずは温かいお茶を用意しようと思い立った。


 *


 三日後。

 ニニの予言通り、ポールは横領の罪で逮捕された。

 金庫から持ち去られた帳簿には彼が私腹を肥やしていた経緯がきっちりと書かれていて、乗っ取った新商会の申請に役所に赴きその帳簿を提出した彼は即日逮捕されたのだとか。

 一度でもきちんと帳簿を確認すればポールでも気づけた筈なのに、さすがゴロツキに金庫番をさせていただけのことはある、ありえない雑さだった。


「何がなんだか、私にはさっぱりなんだよ、ニニ……どうして帳簿をすり替えていたんだい?」


 逮捕の記事が書かれた新聞を畳んで、フェイはまたもや疑問符を浮かべていた。

 朝食が済んだばかりのところで、フェイはニニの淹れたお茶を飲んでから答えを求めてこちらを窺ってくる。ポットをワゴンに置いたニニは、深刻な表情を浮かべた。


「実は……数日前からポールさんの様子がおかしいなと思っておりましたの。でも彼は旦那様の親友ですので信じておりました。……それでも一応、保険として着服していた証拠を詳細に書き綴った帳簿を金庫に入れておいたのです。まさか、懸念が現実になるなんて、わたくしも残念ですわ」


 ポールが横領していたこと自体は、実はフェイも知っていたのだ。しかし相手は、苦労を共にした仲のポール。彼が着服した分はフェイが補填して商会の経営には影響ないようにフォローしていたのだ。

 もちろん、経理を担当していたニニはそれを知っていた。

 愛するフェイがポールの所業を見て見ぬフリしているならばと触れずにいたのだが、横領は横領、罪は罪。きちんと別で帳簿を作成しておいたのだった。


「そうだったのかい……いや、ニニのおかげで助かったよ、ありがとう」

「礼には及びませんわ。愛する方をお守りするのは、当然のことです」

「ニニ……」


 ニニが微笑むと、フェイは頬を赤らめて感動した様子でこちらを熱く見つめた。

 裏帳簿は、ポールがフェイを裏切らなければ、日の目をみることはなかったもの。

 ようは、ポールの自業自得だった。


 *


 事件から数日後。

 庭の草むしりをしていると、そこにやってきたシルヴァも何故か草を抜き始めた。明らかに花壇の花を抜くので、箒でどつく。


「は~えらいご苦労さんやったねぇ」

「……まだいらしたの、あなた」

「そりゃ、僕はニニを連れて帰るんが仕事やし」


 彼は何故か事件の顛末を知っていて、訳知り顔でうんうんと頷いた。ニニは胡乱な眼差しを彼に向ける。


「言ったでしょう? わたくしと旦那様はいいカンジですの、今回の件でさらに絆も強まりましたし、もう戻る余地はこれっぽっちもありませんの!」


 箒で彼を押し、ニニは抜いた雑草をかき集めた。昼間の明るいうちに庭の掃除を終え、市場に買い物に行ってしまいたいのだ。

 今回の一件以降フェイの商会はさらに忙しくなり、さりとて屋敷の使用人は少ないままなのでニニは大忙しだった。

 シルヴァは怯むどころか、何故か機嫌よさげに笑う。


「またそんなこと言うて。今回のことでよう分かったやろ? お前には家業を継ぐ才能があんねん、こんなとこでメイドしてるタマやあらへん」

「おだまり。わたくしは誠実な方と共に、まっとうに生きていくと決めましたの。父のこともあなたのことも知りません」

「出来もせんこと言うてる」


 ケラケラとひとしきり笑ってから、シルヴァは真顔になった。ニニは彼を無視して、ぶちぶちと雑草を抜いていく。


「それにしても……ポールが逮捕されて、全ての権利と資産は旦那さんのもんに、か。えらい得しはったなぁ」


 シルヴァは、ニニが抜いた雑草をいじりながら笑う。そのじっとりとした笑いに、含むものを感じてムッとした。


「そりゃあ、あんな悲劇があったんですもの。ちょっとはイイことがないと、真面目に誠実に努力してらっしゃる旦那様が報われませんわ」

「ははは、おもろいこと言うやん」

「反論すら面倒くさくなってますの!? 早く田舎にケツまくってお帰りなさいませ!」


 ついに怒ったニニがしつこく箒で叩き続けると、シルヴァは渋々帰って行った。


 *


 あの嫌味な男のことである、これで諦める筈がない。

 そう考えたニニはもう一刻の猶予もないと判断して、その足でフェイも元へと向かった。


「旦那様、失礼いたします」

「やあ、ニニ。今日も可愛いね」

「ま、まあ、ありがとうございます。旦那様も、今日も一段と素敵ですわ」


 最近のフェイは、すっかり上機嫌だ。

 ポールが逮捕されたおかげで、資産も会社も彼の手に戻ってきて、結果的に得をしたのだ。会社を拡大する話や、新しい商売の話などで連日屋敷には人がやってくる。


「ははは、ありがとう。それで、どうしたのかな?」


 フェイは手にしていた書類を置いて、ニニに歩み寄った。


「あの旦那様……この前、わたくしとの結婚を真剣に考えていると、仰ってくださいましたよね?」

「ああ、そろそろ実家の両親に君を紹介したいと思ってるよ」

「それって……すこーーーーし早めることは出来ませんかしら」

「ええ???」


 ニニが遠慮している体を装いつつかなり厚かましいことを言うと、フェイは驚いて目を丸くした。

 そりゃあそうだろう、両想いではあるもののまだ互いの両親に挨拶もしていないし、具体的な結婚の話もほとんどしていない段階だ。焦っている自覚はあるが、それでも機を逃してはならない、とニニは経験に基づいて行動していた。

 そうではなくては、またシルヴァに破談にされてしまう。


「実は、田舎から父の部下がやってきてまして……わたくしを連れ戻そうとしているんです」

「え!? そ、それは大変だ」

「そうなんです。彼も父も、わたくしが結婚してしまえば、さすがに諦めると思いまして……」

「な、なるほど。確かにそうだね。よし、じゃあ結婚を急ごう」


 きちんと説明すると、さすがニニの愛する旦那様である。すぐに快く頷いてくれた。

 これほど気の合う相手は今までにいなかった、もはやこれは運命である、とニニは勝手に決めつけて嬉しくなる。

 経験則として、焦るといい事がないとは知っているが、今回ばかりは目を背けることにする。


「はい! ありがとうございます、旦那様!」

「ははは、当たり前じゃないか」


 フェイの頼もしい返事に、ニニは感激で目を潤ませた。

 愛する人と結婚する、それはニニの幼い頃からの夢だった。一度は故郷で婚約破棄されたことで潰えたと思っていたが、これでようやく叶う。


「ではさすがに今日は難しいでしょうから……明日かしら? 明後日かしら?まさか、明々後日まで待ったりいたしませんわよね?」

「せ、せっかちさんだな、ニニ」


 焦っている所為でめちゃくちゃな事を言って、ニニはフェイに向けて目配せをした。

 しかし、ひきつった笑いを浮かべた彼に額を小突かれてしまう。せっかちだと言われて、ニニは恥ずかしさに顔を赤くした。さすがに焦りすぎだった。


「申し訳ありません……」

「いやいや、そんなところも可愛いよ。……そうだ! いいアイデアがあるんだが」

「まあ、なんでしょう?」

「私と君が、一夜を共にするのはどうかな? 今夜」


 しょんぼりとしたニニに、フェイは表情を輝かせて「素敵な」提案を披露する。

 一瞬目を輝かせたニニだったが、それを聞いてスン、と表情を曇らせた。


「なんですの、それ」

「既成事実を作ってしまえば、結婚したも同然。お父上も部下も、反対することは出来なくなるだろう?」


 どうやら大真面目に言っているらしい。しばし愛する人の顔をじっと眺めたニニだったが、やはり受け入れることは出来なかった。普通におかしいことを言われている。


「でも旦那様、未婚の男女が一夜を共にすることは許されないことですわ。まず、まっとうな男性ならばそんなことをお求めになりません」


 ニニが首を傾げて言うと、フェイは朗らかに笑う。自分がおかしなことを言っている自覚は、ないらしい。


「ははは、確かに未婚の男女なら、ね。でも僕たちは明日には結婚する二人だよ? 一日の順番違いなんて、誤差だと思わないかい?」

「思いませんわ。旦那様はわたくしを、ふしだらな女にしたいんですの?」

「まさか、愛しているからだよ。ああ、勘違いさせたならごめんよ、可愛いニニ。私は君を愛しているからこそ、だよ」

「……いけませんわ、旦那様」


 そう言って抱き寄せようとしてきたが、ニニは微笑んで後退する。

 雲行きが怪しくなってきたことに、フェイはようやく気付いたようだった。


「あ、ああ、そうだったね。いいかい、ニニ」

「はい」

「愛しているよ、それは疑わないで」

「はい、勿論ですわ。信じております、旦那様」


 その点に関しては全幅の信頼を寄せてニニが微笑むと、フェイに手をそっと持ち上げられて、甲にキスを受ける。

 それでもやっぱり一度怪しくなった雲行きは晴れることなく、ニニの心にはもやもやとした雲が立ち込めていた。


 *


 夕方。

 市場に買い出しに来たニニは、せかせかと道を歩いていた。隣には、難しい顔をしたシルヴァ。

 先ほど結婚話が急速に進んだ一幕を、彼に一から十まで全部説明してあげたところだ。心に雲が残っていることは、黙っていた。


「ね? お分かり? わたくしと旦那様は強い絆と愛情で結ばれているの。実家に帰ってる場合ではなくてよ」

「え~~~~??? それ絶対騙されてるて、賭けてもええわ」

「お黙り。あなたはサッサとこの報告を父へ持ち帰りあそばせ」

「なんや、えらい当たり強いなぁ、僕にだけ塩対応なんは愛情の裏返し?」


 シルヴァがふふん、と笑ったので、ニニは真顔を彼に向ける。


「真正面から冷たくしてますのに、あなたの心は鋼か何かかしら?」

「ひどいわぁ、繊細なガラスのハートやねんけど」

「ああ、中に針金が入ってるやつですわね」

「しっかし、婚前交渉迫ってくるなんてロクな男やあらへん。そんなん捨ててまい」


 その経緯は話の都合上どうしても抜き取ることが出来ず、そのままは話してしまったのだが、ニニは後悔していた。結婚話を壊したいシルヴァには、まんまといい口実を与えてしまったようなものだ。


「ふん、話聞いてらした? 結婚直前ですの! 別れたりしませんわ、わたくし達愛し合ってますのよ」

「へーえ? 具体的にドコがええの、そのスカタンの」

「スカタンとか言うのおやめなさい。旦那様の好きなところは、まず優しいところでしょ」

「僕かて優しいやん」

「それに、笑顔が素敵だわ」


 歌うように言って、ニニは微笑んだ。横を歩きながら、シルヴァは鬱陶しそうに眉を寄せる。


「ヘラヘラしとるんはどうも好かんわ」

「あなたの好みでなくて結構よ」

「……もう終わり?」

「おばかさん! 旦那様は、なんといっても嘘をつかない、誠実なところがとっても素敵ですの。誰かさんと違って」


 トドメとばかりにニニがフェイの一番好きなところを告げると、シルヴァは吐くようなジェスチャーをしてみせた。行儀が悪い。

 それから彼は、ケロリと首を傾げる。


「へぇ? 誰のことやろなぁ」

「あなたに決まっているでしょう、この嘘つき男。さっさと尻尾くるんと巻いて実家にお帰りあそばせ!」


 ニニは邪魔よとばかりにシルヴァの肩を突き飛ばすと、スタスタと歩き出す。ニニよりもよほどしっかりとした体躯のシルヴァにはなんのダメージもなかったが、それでも気分は大事だ。

 それにしても、重たい買い物袋を三つも持たせているのに、ちっとも揺らがないとはどういうことか。


「……ほんま酷い態度やなぁ。小麦粉やら油やら、重いもんばっかりの荷物持ちさせときながら」

「遅くってよ、荷物持ち!」

「へいへい」


 酷い態度を取っておきながらもニニが偉そうに命令すると、シルヴァは苦笑を浮かべてのんびりとこちらの後をついてきた。

 

*


 そうして屋敷に帰ると、来客が来ているようだった。

 フェイの屋敷には、年老いたメイドのマーサと、マーサの夫で庭師兼御者のサム、それから新人メイドのニニが勤めているだけだ。おかげで、最近多い来客の対応に三人は忙しなくしている。


「おかえり、ニニ」

「ただいま帰りましたわ。お客様ですの?」

「ええ。ちょうどお茶を持っていこうと思っていたところよ」


 マーサがティーセットの並んだ盆を指す。


「わたくしがお持ちしますわ。マーサは休憩してらして」


 ニニの祖母よりも年上のマーサは、最近足が痛いとしきりに愚痴をこぼしている。重いトレイをサッと受け取って、ニニはキッチンを出た。

 その後を、何故かシルヴァがついてくる。この男は最初こそ屋敷内には入って来なかったが、最近図々しくなっていてニニが気づいた頃にはキッチンでマーサと豆のすじ取りをしていたり、庭でサムの代わりに土を運んでいたりするのだ。

 

 本当に、何がしたいのか理解出来ない。

 ニニをただ連れ戻すだけならば、麻袋にでも詰めて馬車に押し込んでしまえばいいものを、彼はニニを追いかけてきて結婚を破談にさせては、またニニの好きにさせるのだ。

 まるで永遠に続く、追いかけっこのように。


「なんですの? 勝手に上がりこまないでくださいな」

「まあ、ええやん。荷物運んだ手間賃やと思い」


 言っても聞かないシルヴァに辟易して、ニニは彼を無視して廊下を進む。もしフェイに余計なことを言い出したら、先日話した自分を連れ戻しに来た幼馴染だときちんと説明するつもりだった。


「旦那様、失礼いたします」


 応接室の扉を開くと、そこにはソファで睦み合う男女がいた。目に飛び込んできた光景に、ニニはぽかんとする。


「旦那様? わたくし、妾は認めない派なのですが……浮気ですかしら泥棒猫ですかしら」

「えらい動揺してんなぁ」


 横でシルヴァの面白がる声が聞こえたが、ニニはまったくそれどころではない。

 見たことのない女性だったが、ひと目で性を売ることを商売にしていると分かるほど色っぽい。そんな彼女が、ニニの旦那様の上にのしかかっているのだ。しかも二人とも、随分と肌色の面積が広い。つまりほぼ服を着ていない。


「ニ、ニニ……」

「あら、あなたが身の程知らずなメイドさん? バカねぇ、お金持ちの彼が田舎から出てきた子なんか相手にするわけないじゃない」

「メルル、なにを言うんだ」

「うふふ、だってフェイ、あなただって、メイドが結婚を迫ってきてしつこいってずっとボヤいてたじゃない」


 メルル、と呼ばれた女性は、ニニに見せつけるようにフェイを胸に抱き寄せる。


「本当ですの? 旦那様」

「……あーあ、バレちゃあしょうがないなぁ」

「まあ」


 ニニは呟いて、フェイの顔をじっと見た。

 大好きだった彼の顔は、この一瞬の間に意地悪く歪んでいる。初めて見る表情だった。


「田舎から出てきた世間知らずの芋女が、本当に僕と結婚出来ると思ったのかい?」

「ひどぉい」


 フェイの言葉に、メルルがけらけらと笑う。


「安い給料でよく働くから、しばらく使ってやろうと思ってたけど、身の程知らずにも僕に結婚を急かしてくるから、そろそろ切ろうと思ってところだったんだ。無駄は省けたよ」

「まあまあ、ではわたくしを騙してらしたの?」


 ニニはトレイを棚に置き、困ったように頬に手を当てた。隣でニヤニヤとこちらを見てくるシルヴァがいたが、無視だ。

 メルルを退けて体を起こしたフェイは、悠然と髪をかき上げてから頷く。


「そうだよ、私を恨むかい?」

「あら、恨むだなんて。……ですが、そう。そうですわね……わたくし、とっても残念ですわ」


 深いため息をついたニニは、ボンネットを外して結っていた髪を解いた。ふわりと指通りのいい髪が広がる。隣で、またもやシルヴァの面白がる笑い声が聞こえたが、それも無視だ。


「へぇ?」

「……今度こそ、誠実な方だと思って生涯お仕えするつもりでしたのに、わたくしのことを騙してらしたのね」

「騙される方が悪いんだよ。第一、お前だって私の財力と見た目に惹かれたのだろう? 私の本性はこれだよ」


 ひひひ、とフェイは笑う。それは、ニニの大好きだった穏やかな笑顔ではなく、ひどく下卑ていた。

 ますますガッカリして、ニニは眉を下げる。


「財力も見た目も関係ありません。最初から本性を見せてくださっていたら、それはそれで好きになりましたわ。わたくしが求めているのは、誠実な方。嘘をつかないのなら、悪党でも愛しましょう」

「なんだい、それ」


 フェイはせせら笑う。

 メルルはニニの言葉を聞いて、ちょっと意外そうな顔をしていた。

 ニニは、フェイが悪党だったことに幻滅しているのではないのだ。フェイが、嘘をついたことに、幻滅していた。

 誰も注目していなかったが、シルヴァが居心地悪そうに肩をすくめる。そしてその間にも、話は進んでいく。


「とはいえ、こうなってしまってはもうお側にはいられません。お暇をいただきますわ、旦那様」


 髪を解いて眼鏡をはずしたニニは、にっこりと微笑んだ。その姿は、先ほどまでの地味なメイドからガラリと雰囲気が変わっていて、ひと目を惹いた。

 フェイとメルルが、目を見張る。


「フ、フン、私と結婚出来なくて残念だったね。これからは、身の程を知ることだ」


 ニニの雰囲気に呑まれたフェイは、明らかに強がりで捨て台詞を吐く。彼の顔をゆっくりと見て、ニニは悠然と微笑んだ。


「ええ……あなたも。誰を敵に回したのか、よく思い知るとよろしいわ」


 そう呟くと、ニニは二度と振り返ることなく屋敷を去った。


*

 荷物を纏めて屋敷を飛び出したニニは、広場の噴水のフチに腰かけてめそめそと泣いていた。

 傍らには僅かな着替えと路銀のみが入った、小さなボストンバッグ。隣には呆れ顔のシルヴァ。


「ほれ見たことか」

「うるさい……」


 メイド服ではなく私服を着たニニは、もうちっとも地味な田舎娘ではなかった。素朴な姿のニニを好ましいとフェイが言ったので、彼の好みに合わせていたのだ。


「うう……」

「使う?」


 シルヴァにさしだされたハンカチをありがたく受け取り、ニニは目元に当てる。後から後から涙が出てくるのが、悔しい。

 その間、脚を組んで座った彼は番犬よろしく周囲を睥睨していた。


「わたくしって、どうしていつもこうなのかしら……」

「惚れっぽいんがあかんのちゃう」

「うるさい。ちゃんと人を見て決めてますのよ? 旦那様……フェイは、優しくて穏やかで誠実な人だと思ったのに……」


 めそめそしていると、シルヴァに借りたハンカチはみるみる濡れてしまった。それでもなお、涙は止まらないし、愚痴はこぼれる。

 惚れっぽいだのなんだの言われても、ニニとしては真面目に恋をしていたのだ。


「恋する相手を『人見て決める』からあかんのちゃう?」

「……どういう意味ですの?」

「ほら、恋って突然落ちるもんらしいやん。知らんけど」

「そんな不確定要素の大きいギャンブル、ご免こうむりますわ」


 くすん、と鼻を鳴らして、ニニは立ち上がった。座ったままのシルヴァを見下ろして、睨みつける。

 するとほんの少しだけ、彼は怯んだように身じろぎした。


「第一、恋に関してはよりにもよって、あなたにだけは説かれたくありませんわ」

「そら失礼しました」


 シルヴァが肩を竦めると、ぷいっと顔を背けてニニは歩き出す。その後を、シルヴァが付いてきた。


「どこ行くん」


 まだまだ悲しいし、吹っ切るには時間がかかるだろう。けれど、ひとしきり泣いたのでこの恋にはここでサヨナラすることにした。

 ニニは心機一転、新しい恋を探すのだ。ここでへこたれている場合ではない、小さい頃からの夢を叶える為に、邁進するのみである。


「あなたの宿ですわ。どうせわたくしの分も部屋を押さえてあるんでしょう?」

「その前にどっかで飯食うていかへん?」

「あなたの奢りならよくってよ」


 そう。美味しいものをたらふく食べて、久しぶりにお酒なんかも飲んだりして、この胡散臭い男に愚痴って、そうして明日も明後日も、ニニは前に進む。

 二人はそのままうだうだ喋りながら、雑踏の中に溶け込んでいった。


*


 翌日、フェイの商会に突然金融庁の監査が入り、裏金隠しや脱税が発覚した。匿名の告発と根拠の資料が同時に届いており、商会は経営停止が即日決定した。

 実は、フェイがポールの横領を見逃していたのは、自分も同様の犯罪を行っていたからだったのだ。しかもより広範囲かつ、高額に。


 これにより当然フェイは全ての財産を没収され、あっという間に何もかも失い、牢にて罪の決定を待っている身へと落とされた。

『匿名の告発者』が誰なのかなんて、考えるまでもない。


「クソッ……! ニニのやつ、私を売るなんてふざけた真似をしてくれたな……メルルも、薄情な女だ」


 かび臭い独房で、粗末な囚人服を着て鎖に繋がれたフェイは一人で毒づく。

 メルルは、フェイに金が無くなるとあっさりと離れていった。元々それを商売にしている女性なので、フェイとて彼女を本妻にするつもりはなかったが、あまりの切り替えの早さはさすがにショックだった。

 首を横に振って、フェイは爪を噛む。


「……いや、今はそれよりもニニだ。あの女、必ず捕まえて酷い目に遭わせてやる……」

「そりゃ困んなぁ」


 そこに、コツンと靴音をたてて現れたのはシルヴァだった。薄暗い牢獄の廊下に立つには、やけに洒落た男である。


「な……? 誰だ、お前」

「ええ? 僕、そんな影薄いかなぁ?」


 シルヴァは顎を撫でてケラケラと笑う。そのふざけた笑い方に、フェイはかちんときた。


「誰だ、お前なんて知らないぞ! 第一、看守でもないだろう、何者だ!」


 上等なフロックコートに、銀のステッキを持ったオシャレないでたちのシルヴァは、逆立ちしても看守には見えないし、裁判所の者にも見えない。いっそ道楽者にしか見えなかった。


「いや~名乗るものではありません、なんつって」


 朗らかに言いながら、シルヴァはいとも簡単に鍵を開けると、牢の中に堂々と入ってくる。

 フェイはそこでようやく、これじゃ異常事態なのではないか、と考えた。

 どう見ても場違いな人間が、牢の中まで入ってくるものだろうか? と。


「お前……」


 彼が最後まで言い終わる前に、シルヴァがステッキでフェイを打ちのめした。


「ぎゃあ!」


 ばしん! と鋭い音が狭い独房に響き渡り、傷みと衝撃でフェイは地面にうつ伏せに倒れる。


「ほんま、ええ迷惑やわぁ……」


 言うたびに、ステッキがフェイの背中を殴った。バシッと鋭い音がして、フェイの体は悲鳴を上げる隙もなくびくんと震えた。痛みに、声が出ないのだ。


「こっちゃ頑固家出娘を連れ帰らにゃならんのに、余計な手間増やすなや」


 ビシッ、とまたステッキが肉を殴る音を響かせた。ため息をついたシルヴァは、牢の中に一脚だけ用意された椅子に座る。いかにもお疲れといった風情だが、ステッキを振るう力は信じられないぐらい強い。


「はぁ……あんな、ここだけの話。ニニが婚約破棄された相手で僕なんよ」

「は……? お前が、故郷の幼馴染……?」


 痛みに震えていたフェイだが、復讐対象の名前に反応して顔を上げた。だというのに、シルヴァは汚いものでも見たかのように顔を顰める。


「あ、そこは聞いてんねや。なんや、それはそれで気分悪いなぁ」


 またため息をついて、シルヴァはステッキの先でフェイの背中をぐりぐりとえぐった。


「いたたたたたっ!!!」

「せやけど、ひどい話やと思わへん? 娘と結婚したかったら組織で一番優秀になれ言うといて、いざ年頃になったら娘の夫に犯罪者はあかんて言うねんで?」

「な、なんの話だ……」


 話が読めなくて、フェイは痛みに呻きながらも疑問を口にする。組織? 犯罪者? シルヴァが一体何者なのか、フェイにはちっとも見当がつかないようだった。ニニは断片的に、故郷で婚約破棄されたことと父の命令で幼馴染で連れ戻しに来ていることしか伝えていないのだ。


「えー? ややこしいなぁ、こっちは知らんの? ニニの父親は、犯罪組織バロウズ家の当主やで?」

「は……」


 フェイはそれを聞いて、ゾッとした。確かにニニの家名はバロウズだったが、まさか地方都市で悪名高い犯罪組織の家の出だとは。


「ほんっま腹立つわ、あのオッサン。自分で条件出しておきながら、後だしであかんてな」

「うっ!」


 憂さを晴らすように、シルヴァはステッキを振るう。

 しかし、これでフェイはようやく合点がいった。シルヴァがバロウズ家でトップの腕利きなら、この牢に簡単に入ってきたことも頷ける。だからといって、彼にはとってなんの救いにもならなかったが。

 シルヴァの嘆きは続く。


「おまけに、このことをニニに言うたらあかんねんて。おかげで僕だけが嫌われて、嘘つきよばわりされて逃げ回られてるんよ。可哀想やろ?」


 ビシッ、バシッ。鈍く鋭い音と共に、もう何回目になるのかフェイを痛めつける。


「ぎゃっ! うう……お、お前、そんなこと私に言っていいのか? ここから出たら、私はニニの正体を言いふらすぞ!」


 脅しのつもりなのか、フェイがそう言った。その言葉を聞いて、まるでようやくフェイのことを思い出したかのように、シルヴァは彼に視線を向ける。


「……ええ? あんた、ここから出られると思てんの? お目出たいなぁ」


 シルヴァはにたぁと笑って、仕込み刀になっているステッキの鞘を抜いた。


*


 三日後。

 ニニはと意気揚々と街道を歩いていた。

 睡眠も栄養もばっちり摂り、肌も髪も艶々ちしている。女性的魅力をアップさせて、必ず次の街で次の恋を探すのだ。


「さぁ、参りましょう。道は前にしか広がっておりませんわ」

「いや~~~たまには後ろを振り返るも大事やと思うで」


 当然のように隣を歩くのは、シルヴァだ。それまで頑なに彼を無視していたものの、ちっとも去ってくれないと悟ったニニは渋々彼を睨みつける。


「……どうしてあなたまで来てますの? さっさと田舎にお帰りあそばせ」

「なんでそんな冷たいん」

「当然の報いでしょう? わたくしを捨てた男に、優しくする義理なんてありませんわ」

「……」


ニニは冷たく言うと、シルヴァは黙ってこちらをじっと見てきた。その視線がやけにくすぐったく、ニニはそう感じた自分の気持ちを振り切って宣言する。


「今度こそわたくしは、誠実で裏切らない男性と恋に落ちて結婚しますわ!」

「ま~~~~出来たらええね」

「邪魔すんじゃありませんわよ!」


ニニは怒鳴りつけたが、何故か嬉しそうに笑ったシルヴァはくるりとステッキを回した。




読んでいただいて、ありがとうございました!


異世界に関西弁男を出したくて書きました。

私も一応関西弁話者なのですが、地域によって多少違いはあると思うので、あんまり気にせずふわっと受け止めていただけると幸いです。

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